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火炎瓶《モトロフカクテル》

私の文はまだ教国に届いていないだろう。

そうなれば聖人認定の証書がイズモ伯爵の元へ届くのもまだ数日先のこと。

となればアンジェリカさまにアーサー王子が聖人認定されていたと告げるのもさらに先のこと。


となれば、ここから今しばらくは旧ドルボンド、旧ゼブラで発生した一揆……すなわち暴動に関して述べさせていただきたい。

現地では植民地政策がとられているので、旧ドルボンド国民、あるいは旧ゼブラ国民は奴隷のようにコキ使われていた。

本来ならばろくな薬も食べ物も与えられず、というところだが、ここはみちのく屋が財布を開いた。


「公爵さまの御命令とは存じますが、奴隷をあまり疲弊させても効率はあがりませぬ。いかがでしょう?

我らみちのく屋が提供しますので、奴隷たちの待遇を少しく改善されては?」


仕事の能率が上がる、食料医薬品をロハで提供してくれるとなれば、是非もない。

貴族から派遣された者どもは、みちのく屋の提案に飛びついた。

そうなると奴隷として働かされていたものどもに、少しの余裕ができる。


そこにイズモ、ナンブの剣士たちが入り込んだのだ。

提供された糧食医薬品はただではない。

いまここぞ、というときのための剣を磨いてこそ与えられるのだ。


そしてこれを提供してくれるのはイズモさまであり、ナンブさまなのだ、と。

奴隷に身を落とした者たちは、イズモさまナンブさまと崇め、よく食ってよく励んだ。

稽古は深夜におこなわれ、みな声を殺して鍛錬する。


ドルボンドなどは、元々忠誠心の強い国民性であった。

そしてゼブラは武張ったことを好む国民性である。

みなメキメキと上達した。


誰もが寝静まる時刻に、反乱の兵は鍛えられたのだ。

そんなある日、ついに私ヤハラの文書が師範代のもとに届くのである。

決起せよ!


檄文下る。

みちのく屋の支店を拠点にしていた師範代たちは、小躍りせんばかりに喜んだ。

それぞれが分担して、襲撃目標を取り決める。


とはいえ、占領軍の配置や編成など似たようなもの。

それぞれの区画でトップを襲撃。

そして駐屯する部隊を襲撃。


開戦と同時に指揮系統を破壊し、治安回復能力を奪うのである。

さらには街道を封鎖して、本国との連絡を遮断することまで計画された。

で、この暴動の決着点はというと、植民地政策の撤廃と一国としての独立であった。


いわゆる王室というものが滅んでいるので、誰がトップに立つのか? それは決まっていない。

いわゆるビジョンの無い夢物語でしかないのだが、いま必要なのはワイマール王国を揺るがすだけの兵力、あるいは騒動なのだ。

ワイマール王室が動揺してくれないでは、どうにもならない。


そのために彼らを扇動するのだが、世が平らいだあとで不満を持たれても困る。

かと言って変な力を持たれても困る。

有名無実な名誉戦士の称号でも授けてやろうか。


その辺りはあとで考えるとして、まずは扇動である。

それぞれの稽古場で、師範代たちは檄文を読み上げた。


かつて勇猛を誇り、武勇に長けたドルボンド、あるいはゼブラの民なれど、一敗地に塗れいまや日々の暮らしにすら窮するところ、イズモ伯爵ナンブ男爵の憂うるところなり。汝ら敗れたるはあくまでワイマール第三軍の武勇によるところ。然るになんぞ! いま汝らの頭を押さえつけるは戦さ場泥棒同然のワイマール上級貴族なり! これを不服と感じぬ者は男子に非ず! よってここに一命を賭して決起すべきところなり!

打倒すべきはワイマール上級貴族! 命を惜しむなかれ、名こそ惜しむべし!


これを剣術師範代が読み上げると、虐げられた民はみな沸き立った。

打倒すべし、脆弱なるワイマール上級貴族!

今こそ報復のとき、怨敵の首級をあげん!


「したが待て、儂ら甲冑具足が無いぞ? 武器も没収されちょる」


「何を情けないことほざくかーーっ! 貴様らいままでナンブ剣術から何を学んできたかーーっ! 武器なら木剣木槍があろうが! これで貴族どもの脳天を、したたかに打ち据えてやるんじゃろうがーーっ!」


「そうじゃ! ナンブさまの教えはただひとつじゃ!」


「必死三昧天下無敵! 立つモノはみな勝つのじゃ!」


無謀といえば無謀。

しかし男が今まさに立たんとする勢いは、誰にも止められない。

とはいえ、ここで師範代が一言。


「したが敵は武装しちょる。これに打ち勝つにひとつ、武器を作ろう」


これから武器を作ろうというのである。

材料は花瓶でも酒瓶でも構わない。

とにかく割れやすい容器。


それにボロ布か大量の藁。

そして油である。

貧者の爆弾、火炎瓶モトロフカクテルの完成である。


師範代たちはこれを各地で大量に制作した。

大量にというところが肝である。

火炎瓶ひとつでは、それほど殺傷能力は高くない。


しかし一点に大量投入されたらどうなるか?

灯油を巻いての放火同様、始末に負えない代物となるのだ。

師範代たちはアドバイスする。


間取りガラスを破るように投げ込み、向こう側の壁に叩きつけるのだ、と。

それも一極集中、ひとつの部屋を焼こうと思ったら天井に火が届くまで投入せよと。

完成した火炎瓶は数台の大八車に乗せられて、早々に出発した。


暴動を起こさんとする民衆に囲まれて。

各道場での役割分担は、こと細かく私ヤハラが指示しておいた。

少人数を番屋、急先鋒となるいわゆる交番に派遣している。


敵の初動を抑え込むのだ。

そして番兵や親衛隊を備えている高級官僚の屋敷には中ほどの人数を差し向ける。

ここが落ちれば統治者側はほとんど機能しなくなる。


そして大多数の部隊が襲うのは、そのものズバリ軍施設である。

ここには元ドルボンド軍人を組込むよう指示しておいた。

狙うを主に宿舎である。


ここで重要なのは指揮官を潰すことであった。

高級官僚がそれに当たるし、軍施設に寝泊まりしている者の中にも、それができる者がいる。

次に人数を削ること。


頭を失った烏合の衆でも、人数は厄介である。

敵の数がまとまることを許したくはない。

武器弾薬、それに食料は二の次だ。


ただし、誤って焼け落とさないようには指示しておいた。

まず先手は番所である。

常時五〜六人の番兵が駐在している。


ここの窓ガラスを突き破り、暴動の火の手を象徴する火炎瓶が投げ込まれた。

何事かと驚いた番人たちが、燃え上がる火を見てさらに驚く。

火を消そうとする者と、火炎瓶を投げ込んだ下手人を捕らえんと飛び出す者とに分かれた。


そして飛び出した番人は、待ち構えていた反乱軍に木剣で袋叩きにされた。

まずスネに一太刀浴びる。

転んだところを木剣で頭部をしたたか打ち据えられ、足蹴にされて首の骨を折られた。


少人数の反乱軍は番所の中に飛び込んで、背後から火消し役を襲う。

こんな残忍な行為が、各所で行われた。

そして高級官僚の屋敷だ。


こちらは高い塀に囲まれている。

そして邸内を定期的に番兵が見回っていた。

番兵たちは詰め所に戻り、巡回の交代をする。


反乱軍はまずハシゴを使い邸内に侵入。

取組合レスリングの手を用いて音も無く巡回の命を奪う。

もちろん番兵一人に対して複数人数で飛びかかるのだ。


勝負は呆気なくつく。

なんら難しくもなく人の命が奪われるのである。

そしてまとまった人数が邸内に忍び込むと、詰め所を襲う者と門番たちを襲う者とに分かれた。

門番を襲うのは、邸内に火炎瓶を運び込むためであった。


惰弱ワイマールの兵とはいえ、手練はいる。

詰め所を囲んだところで殺気に気付いた者もいた。

不審に思い人数をまとめて外を見回らせる。


しかしその人数ではどうにもならないほどの反乱軍が、すでに詰め所を取り囲んでいたのだ。

番兵たちが最後に見たものは、大八車で運び込まれる不審な瓶であった。

そのまま、絶命。


ただしドルボンドの反乱軍もただ虐殺を行い火をかける訳ではない。

その前に金銀財宝、ありとあらゆる金品を運び出す。

略奪ではない。


焼失せぬよう保護しているのだ。

もっともその火は自分たちがかけるのだが。

盗むな殺すな焼くな(あるいは犯すな)は人の三戒ではあるが、それをことごとく為している。


「こりゃ儂ら、地獄行きは確定じゃの!」


「アホ言え! これらはみな元々儂らの物じゃ! そいつに奴らの命を利子につけて返してもろうとるだけじゃろが!」


「ほうじゃほうじゃ! ほいたらいよいよ焼くべぇか!」


高級官僚とその家族、妻も子も皆殺しにしたところで、邸宅に火炎瓶を放り込む。

そして高級素材のカーテンなどにも火をかけた。

革命と反乱の火がのぼる。


この日を境に、ワイマール王国は大きく揺らぐことになった。

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