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アーサー王子の死と始まる歩み

叩き落としきれなかった矢を浴びて、バキ少年の動きが鈍る。

しかしニック国王の私兵たちは容赦ない。

二の矢をつがえて弓を引き絞り、まだ若い少年戦士をハリネズミのようにした。


だが少年はなおもアーサー王子をかばうように立っていた。

もはや腕も上がらず、一足とて踏み込めぬありさまなのにだ。


「しぶといな」


ニック国王の感想はそれだけであった。

敵ながら天晴とでも褒め称えるべき闘志を見せる若者に、ただ冷たくひと言を浴びせるのみ。

まるで「ひと山いくらの兵隊は、将の盾になるのは当然」とでも言いたげである。


「やれ、倒れるまで手を休めるな」


三の矢、四の矢が射られた。

さすがに鍛え抜かれた少年戦士もこれまで。

朽木の倒れるがごとく、己の血を池のように溜めた浴衣に倒れ伏す。


泣き叫ぶアーサー王子は、その亡骸にすがりついた。

隆々と盛り上がった背中に顔を埋める。

唯一の従者というだけでない。


この世にただ一人、愛する者を失った叫びである。

しかしアーサーは顔を上げた。

愛する者を奪われた悲しみは、怒りに変わっていた。


「おのれこの卑劣漢め! 余が直々に成敗してくれる!」


ついにアーサー、剣を抜いた。

その瞬間を待っていたかのように、ニックは嫌らしく笑う。


「やれ、城内において国王に刃を向けた謀反人だ」


一斉に矢が浴びせられた。

バキ少年ほどの手練でもかわしきれなかった矢の雨である。

アーサーごときでは一矢たりともかわすことができず、ただ膝を着いた。


革長靴の踵を鳴らし、ニックはアーサーに近づく。

そして乙女よりも美しく蜂蜜よりも甘い金髪を乱暴に掴んだ。

顔を引き上げさせる。


「どうした、アーサー? それでお終いか、さきほどまでの勢いはどうしたというのだ?」


反乱軍の兵士たちも勢いを失っていた。

誰もアーサーとバキ少年を救い出そうとしない。

もっともそれ以上に、弓につがれた矢が、自分たちに向けられているのだ。


「ではアーサー、お前の首は余が直々に手打ちにしてくれるわ」


アーサーの手から剣を奪い取り、ニックは真っ白な喉元にあてがった。

そのまま引く。

ニックの顔に大量の返り血が飛んだが、まぶたを閉じようともしない。


むしろ血を喜ぶようにして、剣を鋸引きに引いた。

しかし刃は頚椎で止まった。

アーサーの呼吸も止まっている。


兵に命じて首を落とさせる。

ハニーブロンドを掴んで、アーサーの首を提げた。

反乱軍兵士たちの始末を命じて、ニックは自室に戻る。


円卓にアーサーの首を据えた。

起きていた執事に、ワインを命じる。

討ち取った首を肴に、ワインを楽しむのである。


朝から飲酒、などと咎めてはいけない。

ニック国王にとってもっとも警戒すべき敵は、すでに生首となって果てたのだから。

ここで祝杯をあげずして、いつあげるというのだ。


城の中には、支配者に相応しい驕り高ぶった笑い声が響いた。








謀反人アーサー討たれる。

その報は翌日私の元に届いた。

ナンブ・リュウゾウからの文であった。


正直に言えばあまりにも急な知らせであった。

何故今なのか?

何故我々に声がかからなかったのか?


すべてが謎のうちは、あれこれと分からないことだらけであった。

そして前任の大臣たちがアーサー王子に接触していたことを思い出す。

おそらくは、そこが答えであろう。


自分なりに答えが見つかると人間は落ち着きを取り戻すようである。

ナンブ・リュウゾウからの文の続きを読んだ。

アーサーの首は城下でさらされ、斬奸状が立てられているという。


英雄などと謳われて慢心し、分不相応な野心を抱いた奸賊が国王陛下の寝所に押し入ったが、急を察した親衛隊の手により返り討ちに遭ったとされているらしい。

アーサー王子が慢心などということは考えられない。

分不相応な野心というのもおかしい。


むしろ彼は兄たちと覇権を争うことを良しとせず、ろくに取り巻きも作らない奴だった。

しかしそのことが裏目に出たようだ。

第三軍の将として祀り上げられ、国を代表する英雄になってしまったのだ。


狙われない訳が無い。

つまりアーサーを殺したのは、私たち第三軍であると言っても過言ではない。

しかしキョウカ夫人ではないが、そのことは事前に察していた。

そしてこのお人好しを救う手立てが無いことも。


とりあえず、かねてからの支度通り、教国へと文を認めることとする。

アーサー王子墜つ、と。

聖人認定の証書をイズモ家へ送りつけるよう、指示をするのだ。


そう、敬愛するアーサー王子を討たれたアンジェリカさまの目に入れるために。

そしてもう一筆ニ筆。

旧ドルボンドと旧ゼブラに住む剣士たちに、一揆を起こす檄文を送る。


さらには第三軍諸侯へ、行動のための下準備に入ることを告げる。

こうなると私たちの旗印はアンジェリカさまということになる。

ダイスケ伯爵が玉座に座るか、アンジェリカさまを女王陛下とするか、そこは最終調整ではあるが、王族の血がここにあるのはありがたいことである。


そしてもう一人、ナンブ・リュウゾウにも一筆。

くれぐれもヤハラを置いて早まりなさるなと。

もっとも恋女房がそばにいるので、ナンブ・リュウゾウも暴発はしないだろうが、用心に越したことはない。


さて、それでは旅支度をするか。

王都ナンブ藩邸へ行かねばならない。

三軍諸侯も集まるだろうし、渦中の人アンジェリカさまは王都の学園にあるのだ。


そしてナンブの生き血をすする子狸、キョウカ夫人もいる。

さらに言うならばワイマール諸侯の庶民を相手に商いをする学園理事長、鬼将軍もいる。

王都へ、王都へ。


私は馬車の人となった。

護衛として親衛隊の手練を一人同伴させるのはいつものこと。

しかし何事もなく無事に王都は入ることができた。


藩邸に入る。

あの元気な男ナンブ・リュウゾウがうなだれていた。

夕暮れの日差しがナンブ・リュウゾウの姿を、よりションボリとしたものに見せている。


「すまんな、ヤハラどの。ダチを救えなかったよ」


やはり、アーサー王子のこの結末は決定していたことだというのに、この男はそれをショゲていたのである。


「でしたら殿、お役目お疲れさんと御霊に声をかけてやってください。アーサー王子はその死によって歴史的大任を果たしたのですから」


「そうだな、これで俺たちは動くことが出来るのだからな」


少し瞳に力が戻った。


「キョウカさまは?」


「先日放課後に来てくれてな、恥ずかしい話だが女に慰められてしまったよ」


「殿、男が友人の死を悼んで涙することに、なんの恥じ入ることがありましょうや。英雄、友の死に鬼哭す。これは当然のことです」


やはりナンブ・リュウゾウは人情家だ。

浪花節の男である。

こんな男の前に悪漢と化したアーサー王子にいつまでも生きていられては、維新もへったくれも無くなってしまう。


よくぞ死してくれた、アーサー王子。

汝が一命落とすことで、歴史は動いてくれるのだ。


「して殿、殿がベソをかくにこのヤハラも膝をお貸しいたしましょうか?」


「いや、もうよい。落ちた命は二度と帰らぬものよ。いつまでも泣いてはおれぬ」


「その意気です、殿。ナンブ・リュウゾウの剣は郭清の血に踊ってこそです」


「うむ、そうだな。してアーサーの聖人認定は上手く運んでおるか?」


「とりあえず教国にアーサー王子死す、と一報入れておきました」


「キョウカも今はアンジェリカさまを慰めていよう。して、聖人認定の証書はどこに届くのだ?」


「アーサー王子縁の者として、イズモ家に届くようにはからいました」


「では兄者が王都へ参じるのを待つのみか」


「待つばかりにはございませぬ」


「というと?」


「ゼブラとドルボンドで一揆を起こすよう仕向けてございます。此度の増税には異議ありという名目で」


「血が流れるのう」


「上級貴族たちの心を王室から離すためです。それに民の血はそう簡単には流れないでしょう」


「根拠はあるのかね?」


「ナンブとイズモも剣故に」

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