純情無残
落馬すれどもまだ息のあったチャールズ王子の首の骨を、ニックが踏みつけてへし折った。
一笑に付すべき証言である。
私ヤハラならば一座の興を得たということで駄賃でもくれてやり、追い返すような話である。
もしも大臣たちの目の前でそのような蛮行が行われれば、ニックはたちまち取り押さえられたことであろう。
作り話もたいがいにいたせ、というところだ。
しかし余談ながらこのような荒唐無稽な作り話、アーサーが玉座に座ることになれば何代にも渡って「事実」として語り継がれるのだから、権力者とか権威というものは狂っている。
話をもとに戻そう。
阿呆の作り話ではあったが、アーサーは権力とか陰謀とかいうものから遠く離れたお花畑で育った若者だ。
純真無垢すぎた。
そして「誰かの役に立ちたい」という自己証明の欲求があったのだろう。
鼻息を荒くしてこの話に食いついた。
そして正義感に燃える。
「なんと我が王国は、そのような卑劣漢に玉座を与えているというのか!?」
「御内密に、数多の民が動揺いたしまする」
「アーサーさま、我らにお言葉を。ニック王は偽王なりと、天に代わりてこれを誅すると号令を!」
「しかし兵はどうする? 第三軍はすぐには動けぬぞ?」
「城内にも悪漢ニックの手法をヨシと出来ぬものどもがあります。されど三日間の御猶予をいただきたい」
「うむ、三日後に立つのだな?」
アーサーは決起趣意書を認めると、ペーパーナイフで指を傷つけ血判した。
拙く幼い決起軍の誕生であった。
「して、その方ら。決起の際には余も出るのであろうな?」
ホ? という顔を大臣たちはした。
予想外の言葉だったのだ。
余は座してワインを味わいながらそちらの吉報を待っておるぞ、という言葉が出てくると思っていたのだ。
それが「余が直々に成敗してくれる」という意気込みなのだ。
しかしその方が決起軍の士気も高まる。
もちろんですとも、と大臣たちは答えた。
それにいざとなればアーサーひとりを差し出すことによって、自分たちの罪を免れることができるかもしれぬ、とも考えただろう。
どこの世界、どこの時代、どこの国であろうとも「国家転覆罪」というのは極刑である。
大臣たちが現場にいずとも、アーサーをそそのかした連中となれば、当然のように極刑に処される。
罪を免れるというのは、少々ムシの良すぎる話であった。
というか、そのような大罪を冒すというのに、頭をアーサーに据えた時点で結果は自ずと見えてくる。
もちろん私たちもアーサー王子を頭目に、と考えていたので、あまり人のコトを笑えた立場ではないのだが。
しかし私たちはアーサー王子の人となりを心得ているつもりだ。
そして大臣たちはあまりにもアーサー王子を知らなすぎた。
そして純真無垢であることをいいことに、騙している。
愚者であることは恥じねばならないだろう。
しかし愚者を騙すことは決して許されない。
だから私は愚者を相手にするときは、愚者が勝手に滅びの道を歩むようにする。
というか、愚者とはあまり関わりたくは無いというのが本音である。
そしてアンジェリカさまは、一番親しい兄上が、イズモ領に入るのをいまや遅しと待ちわびていた。
その姿は、イズモ・ダイスケ伯爵が「兄上に可愛い妻を奪われてしまいそうだな」と笑わせるほどであった。
「よかったな、アンジェリカ。明日にはアーサーさまがイズモ領に入るよ」
「ダイスケさま、私が兄のところに入り浸っても、ヤキモチは焼かないでくださいね?」
「それじゃあ可愛いアンジェリカが誰のものなのか、今のうちにたっぷりと可愛がっておくか」
「ダイスケさまったら……」
口では咎めるが、ダイスケの唇をアンジェリカは拒まない。
むしろ愛しく優しいオ夫からのキスを待ち切れぬかのように、自ら唇を捧げる。
そして運命の日、早朝。
イズモ領へと旅立ったかのように見せかけたアーサー王子とバキ少年は、城下の安宿にあった。
その部屋のドアを、辺りをはばかるようにホトホトとノックする者がいた。
「アーサーさま、刻限にございます」
「うむ、いま出る」
アーサー王子は腰に剣を落とした。
バキ少年は額に鉢巻を巻く。
合戦準備であった。
アーサー王子が部屋を出る、宿を出る。
三〇ほどの兵士たちが路上を占拠していた。
しかし大臣たちの姿が無い。
どうしたことかと訪ねると、若い士官が「今宵の手柄はすべてアーサーさまのものとするためです」と答えた。
数も少ないようだがと不満を漏らすが、「襲うは国王ニックの寝所。奇襲は少数にて」と回答があった。
そうか、とアーサーは納得した様子。
逆にバキ少年は不安を面に表した。
しかしすでに武装している。
剣が抜かれた状態と同じだ。
そしてナンブ・リュウゾウの言葉をそのまま引用するのならば、「抜かば斬れ、斬らずんば抜くな」ということである。
その「剣が抜かれた状態」なのである。
もう後戻りはできなかった。
アーサー王子の頬も上気して朱に染まっていた。
バキ少年にはもう、口を挟むことはできなかった。
夜風は冷たい。
しかし徒歩で城を目指す身には丁度よい。
逆に見張りたちの身は凍えている。
大変に都合の良い夜風と言えた。
これは良い兆しとアーサーは考える。
城務め当直の兵が少ないというのも幸いである。
合戦の後というのはずいぶんと前の話になってはいるものの、それでも城の金庫を満たすためには在城の兵は節約しなければならない。
若い将校たちの話で、当番の兵は一〇〇ほどしかいないのを知っている。
当然、その配置もだ。
西門脇の小口を、役者崩れの兵がホトホトと叩く
「夜分遅くにすみません、旅の者ですが連れの者が持病の癪を患いまして。お薬があれば分けて頂けませんか?」
この役者崩れは武装をしていない。
だから除き窓から姿を改められても、不審を疑われることは無い。
すぐさま扉は開かれた。
そこへ兵が飛び込み、番兵を斬る。
奇襲であるので番兵たちは簡単に斬られた。
そして小口は無人となった。三〇の兵が雪崩込んだ。
標的はただひとつ、ニック国王の首である。
城内に合鍵で入り込んだ。
そのための三日間の猶予であった。
誰も声を挙げない。
粛々と階段を駆け上がる。
もちろん城に詳しいアーサーが先頭だ。
それでもそれなりの数の武装集団が階段を駆け上がるのだ。
未明の城はにわかに騒がしくなる。
何事かと飛び出してきた番兵たちが次々と斬られる。
騒がしさは俄然増した。
悲鳴や断末魔もあがる。
かくして順調に、アーサーたち決起軍は国王の寝所があるフロアにたどり着いた。
しかしそこには、弓を構えた兵が廊下を埋めていた。
その後ろには、国王ニック。
悪人は純真無垢な王子を迎えて高笑いした。
「よく来たな、アーサー! お前がこのような形で城に乗り込んでくるのを、この数日待ちわびていたぞ!」
「兄上! あなたは間違っております! 民を苦しめる政策を強いて、なんの王道ですか!」
「なにを甘いことを! 民は菜種油と同じ、生かさず殺さず、ジックリと搾り取るものだぞ!」
「さすがチャールズ兄さんを謀殺した謀反人、考え方からして腐れに腐っておりますな」
「ほう、余がチャールズ兄を殺したと? そのように吹き込まれて勇んで来たのか? 愚か者め……」
「玉座に目がくらみ兄上を謀殺するなど言語道断! 天に代わりて誅してくれる!」
「証拠がなかろう?」
「証人はいる!」
「どこにだ? その兵隊どもか? そのような者ども、余は見たこともないぞ?」
アーサー、返答に窮す。
そうだ、証人がいなければ大臣たちもいない。
やはりアーサーはひとりであった。
「国王に切っ先を向ける謀反人めが! 大罪人として討ち取ってくれるわ! やれ!」
矢が無数に放たれた。
そのうちの数本は、バキ少年が叩き落とした。
しかし他の矢はバキ少年の身体に刺さり、その動きを鈍らせる。




