暗雲アーサーに群がる
晩秋、当主を参勤交代にとられたナンブ領は、私ヤハラが切り盛りをしていた。
その手順、あるいは結果はすべからく王都に詰めるナンブ・リュウゾウに報告を送っていた。
その返信では無い文が混ざっていた。
王室からである。
当主ナンブ・リュウゾウ宛の文ではあったが、その当主から許可を得ている。
私は蝋で閉じられた封を切った。
まあ、大方の予想通りというか、忍びたちの情報通りというか、増税の告知であった。
これまで上級貴族には三公六領、つまり全体の利益の三割が税として徴収されていた。
ナンブ領を始めとする下級貴族には四公六領の税であった。
それが上級貴族に四公六領、下級貴族には五公五領の増税である。
下級貴族など参勤交代の義務もあるというのに、これは明確な嫌がらせ。
あるいは領地没収のための増税と読める。
戦いの幕が遂に上がったのだ。
まずはナンブ・リュウゾウへの文。
増税の事実を伝える。
その上で脱税作戦の指揮をイズモ伯爵に執るよう依頼すべしと。
その密使にはアンジェリカさまが選ばれた。
伯爵さまに仮病を使っていただき、見舞いに妻のアンジェリカさまが領地へ下るという手筈だ。
もちろん密書はナンブ・リュウゾウからキョウカ夫人、そしてアンジェリカさまへ渡される。
そして実際に封を切るのは、イズモの軍師くんであろう。
そこには私がこと細かに練った脱税作戦が記されている。
そしてナンブ・リュウゾウにはドルボンド、あるいはゼブラの剣士たちに文を書かせる。
増税のしわ寄せは植民地にくる。
だが今ははやるな。
まだ我々の決起の時ではない。
と暴発を止めるように指示をさせる。
その通り、今は我々が動くときではない。
半王室勢力に働いてもらうときなのだ。
我々からアーサー王子をもぎ取り、その気質もよく知らずに担ぎ上げた前大臣や軍人ども。
そいつらにたっぷりと王室を痛めつけてもらうのだ。
それまで我々はいたずらに勢力を削ることなく、万全の体制を整えていればいいのだ。
力を蓄えよ。
幸いアーサー王子の号令で大量生産している新式鉄砲は、取り巻き連中に知られることなく、イズモ伯爵が一手に管理してくれている。
さてそれでは、ここで私ヤハラに神の視点へ座らせていただく。
ここから記すのは私ヤハラが存在しない場所での出来事なので、私としては預かり知らぬ出来事ばかりなのだが、この物語の語り部はヤハラでしかないのだ。
そこで神の視点に座することをお許しいただきたい。
少し時間をさかのぼって、アーサー王子に触れてみたい。
兄のニックが玉座に座り、自分も王室を離れてイズモの世話になるということが決まっていた。
旧知のイズモ・ダイスケはいまや堂々の伯爵として領地をおさめ、隣にはナンブ・リュウゾウの領地。
そしてそこにはヤハラもあり、かわいい妹はイズモに嫁いでいる。
住み慣れた自室で荷をまとめている最中でも、どこか心躍る感覚が隠せない。
「アーサー王子、こちらですか?」
ナンブ・リュウゾウの家臣であり、自分の護衛にとつけてくれた、同性の恋人バキ少年だ。
王室の者というのは、やれお世継ぎだのお子はまだかだのと、とにかく子作りには熱心すぎる。
そんな重圧を感じていたからか、アーサーは同性の恋人とというものに惹かれていた。
もちろん巨大なスキャンダルではある。
しかしこれからはもう、自分は王族ではなくなるのだ。
そのバキ少年が、来訪者を知らせてくれた。
野に出る自分などに誰か用なのか?
もしかしたら城の者が別れの挨拶に来たのやもしれぬ。
そう思い出てゆくと、確かに城の者であった。
しかしアーサーの思い描いていたような使用人たちなどではなく、父王や第一王子を取り巻いていた大臣たちであった。
兄のニックが国王に即位した折に、職を追われた者たちである。
「アーサー王子! 国家存亡のときでありますぞ!」
獰猛な獣のような大臣は噛みつくように訴えてきた。
そして勢いにまかせてあれこれと新体制を批判していたが、アーサーにはいまひとつピンと来なかった。
実感が湧かないというのが本当かもしれない。
とりあえず兄王が厳しい増税を国民ならびに貴族たちに課し、誰もが困窮に喘ぐであろうということは理解できた。
「このままでは国が潰れますぞ、王子! なにとぞ大号令を! お言葉を!」
要するに自分が兄王を倒して玉座につくぞ! という号令を大臣たちは欲していたのだ。
しかしそこはお人好しのアーサー王子。
「大きな声を出さずとも、兄もわかってくれるさ」
と席を立った。
そして先の言葉である。
「兄上、民が困窮しますので、増税にはいま少し手心を……」
兄王のニックは、追い落とした大臣たちがどのように動くかを観察していた。
それがあのアーサーになびいていたのである。
大臣たちを推す将校や兵たちも少なからずいることも掴んでいる。
それに担ぎ上げられたか? とまで読んだ。
しかしあまりにもトボけた、お人好しの言い分でしかない。
考えておこう、とだけ答えてアーサーを返した。
この場で王に意見するとはなにごとぞ! 不敬である! と処断するのは容易い。
しかし国民人気の高いアーサーである。
これを討つにはいまひと働きして、大罪人になってもらわなくてはならない。
そしてアーサーである。
国王に意見してやったぞとか、俺も実力があるのだといった気持ちではなく、自分を頼ってきた大臣たちの期待に、少しでも応えられただろうか? という気分であった。
アーサーの周りには誰もいない。
元々兄たちと覇権を争うなどという気は無かったのだ。
同級生のヤハラを欲しても得られなかった。
イズモ伯爵のような頼れる兄貴分も無い。
そのどちらも持っているのが、盟友とよんで差し支えないであろう、ナンブ・リュウゾウであった。
盟友なのだが、その恵まれた環境には少なからず嫉妬の感情を覚えてしまう。
自分が国の英雄だと祀り上げられても、それはナンブ・リュウゾウが一歩もニ歩さがってくれたからである。
そんな自分の元に、職を失った大臣たちが現れたのだ。
少しでも役に立ってやりたかった。
部屋に戻ると大臣たちはまだ待ってくれていた。
そこでニック国王とのやり取りを伝えると、大臣たちは肩を落とした。
そしてドアを締めて、カーテンで窓を閉ざすと、アーサーに詰め寄った。
「よろしいですかな、アーサーさま。ニック国王は真の王に御座いませぬ。彼奴めは王位欲しさに第一王子を殺害した謀反人にございます」
「なにっ!? ニック兄さんがチャールズ兄さんを殺害したと!? それは真か!!」
度々、今更ながらに名前が出てきたが、第一王子の名はチャールズである。
そして現国王のニックがチャールズ王子を殺害したなど、私ヤハラも初耳である。
というか、私ヤハラならばそのような大事、判明した時点で何故公開しなかったのか? と問うだろう。
しかし大変に残念なことに、その場に私は存在せず、アーサー王子にはナンブ・リュウゾウのような危機回避能力……すなわち勘の良さも無かった。
そんなアーサー王子に付け込むようにして、大臣は続ける。
「覇権を手にしてからのニックさまをご覧になればお分かりでしょう。いたずらに諸侯を苦しめる参勤交代。さらには世を欲しいままにするような無理な増税。王道というものを外れた外道の所業。そしてあろうことか国政に明るい我等を追い落とし、亡国の臣をはべらせております」
「ぬう、状況証拠は確実だが、もっと確かな証拠が欲しい」
アーサーは唸る。
ならばともうひと押しするのが大臣なのだが、ここで読者諸兄には一連の流れを振り返っていただきたい。
参勤交代によって諸侯の力を削ぐのは支配者として当然のことである。
そうでなければ諸侯は力を持ち、王室の言うことを聞かなくなるからだ。
増税という富の一局集中もまたしかり。
最高権力者の元に富が集まらなければ、ナンブ・リュウゾウあるいはイズモ・ダイスケのような輩が現れてしまう。
私ヤハラ個人としては尊敬することも好むこともできないニック国王なのだが、それでも国王としての評価はできる。
単純に私が彼のことが嫌いなだけである。
しかし純情アーサーという男は違う。
誰かの役に立ちたいという思いが強すぎた。
それを自己証明とせんばかりにである。
これは我が主ナンブ・リュウゾウが焼かせたジェラシー故であろうか。
とにかく大臣の提示した「証拠」とやらに食いつく。
「チャールズ王子殺害の現場を目撃した証人が、これに」
別の大臣が前に出された。
彼は言う。
落馬すれども息のあったチャールズ王子の首の骨を、ニック王子が踏みつけた、と。




