キョウカ夫人の提案 実行編
ということで、ナンブ領へとんぼ返り。
すぐさま荷をまとめて教国行きである。
供には親衛隊の手練を二人、それにアヤコである。
そしてアーサー王子の聖人認定の代金として、たぬき商会から装飾の施された宝紅の石を受け取った。
もちろんキョウカ夫人からの文と引き換えである。
この石ひとつでも、決して安くはない。
しかし聖人認定の代金としては格安なのだそうだ。
私はそれをアヤコに持たせて、ともに馬車に乗った。
いきなりの来訪というのも失礼にあたるので、先に文を持たせて忍びを走らせている。
忍びは教国に着いたら、公式の郵便機関に文を投函するだけだ。
緊張感まみれではあるのだが、ナンブ・リュウゾウからも算盤からも離れた時間である。
私としては珍しく、そして貴重なひとときと言えた。
参勤交代でナンブ・リュウゾウが王都に詰めるのは一年間。
その間はキョウカ夫人と逢いたい放題、という訳でもない。
相手は全寮制の学生なのだ。
それも次の春に卒業する。
あのたぬきがナンブ領に居座るというのは、それだけでも憂鬱なのだが、藩邸でのナンブ・リュウゾウの手綱を取ってくれるのはありがたい。
そして参勤交代の費用を最小限に抑えてくれるであろうことも期待できる。
なにしろ商人なのだ。
算盤勘定においては私以上にうるさい。
とにもかくにも教国行。
鬼が待っているか蛇が待っているか?
はたまたキョウカ夫人の言うとおり、下にも置かれぬ扱いを受けるか?
蓋を開けてみないことにはわからない。
「おう、ワルが石持ってやって来たな?」
教国に鬼が出た。
というか、みちのく屋総裁で学園理事長の鬼将軍が私たちを出迎えてくれた。
「ワルとは聞こえが悪いですなぁ、総裁」
「何を申す、でっち上げをネタに強請りを働く輩の、どこが品行方正なのかね?」
「私は自分のことを品行方正などとは、ひと言も申してませんが」
「まあ良い、段取りは私がつけておいた。ヤハラくん、君が殺されるという心配は無いぞ」
「ありがとう御座います、理事長先生」
「それに旧ドルボンドでも旧ゼブラでも、剣士は育っている。いざという時にはいつでも使える」
「それらは一揆を起こさせて、上級貴族たちを失脚させるために使いましょう」
「そうだな、ニック国王に鎮圧部隊を出させて、利益を吸い取る前に王室打倒の大号令を発する。タイミングが肝となるな」
「機を得るに足の早い忍びたちがおりますので」
「そうであったな、ではまずおねだりに赴くとするか」
和服の着流しという、この世界この教国では珍しい姿で、鬼将軍は先に立つ。
辺りは教会と聖堂と牧師神父だらけである。
そして大聖堂へ足を向けると、身分の高そうな神父……いわゆる司祭たちが私たちを出迎えてくれた。
「ようこそ、ヤハラさま。本日はわたくしどものところへよく御足労いただきまして」
口上を述べるにも汗をかいている。
彼らからすれば、私は森で出会った腹ペコの熊にでも見えるのかもしれない。
それもこれも、たぬき夫人の腐った演技と、鬼将軍による脅しの賜物なのだろう。
「本日の御用向きは、ワイマール王国のアーサー王子を聖人認定して貰いたいとうかがっておりますが」
「はい、認定日をゼブラ国との合戦の日にしていただきたいのですが」
「造作もない、他に協力できることはございませんか?」
「そうですね、私どもからの使者が訪れるまで……具体的に申し上げるならば、アーサー王子が亡くなられるまで、聖人認定の事実を秘匿していただければ」
「かしこまりました。教皇さまにすぐさまお知らせしてきます」
お知らせしてきますもなにも、このくだりはすでに文で知らせておいたものだ。
おそらくはすでにリクエスト通りの手続きが済んでいて、私がそれを確認、代金を渡すだけ、ということになっているはずだ。
事実、さほど待たされぬうちに中へ通された。
教皇の執務室である。
教皇は分厚い本を開いていた。
「これは聖人と認定された者の名が綴られた書籍にございます。どうぞお改めを」
ワイマール王国第四王子アーサー、教皇派陣営にて教義を守るべく異教徒の群れを撃破。
その功績を認め聖人と認定する。とあった。
そして聖人の認定書である。
本物など初めて見るのだが、ここで教皇がインチキをする必要が無い。
私は代金としてアヤコに宝石を出させた。
鑑定師が宝石を見て金額を査定する。
領収書を切ってもらい、私の仕事は終了だ。
認定書は教国で保管してもらうことになっている。
そしてニック国王がアーサー王子を殺害したと一報あったときにこそ、妹であるイズモ伯爵夫人アンジェリカさまの元へ届けられるのだ。
準備はすべてととのった。
あとはゴングを待つばかりである。
季節は晩秋であったが、来年の王室に対する各領地の年貢、すなわち税の額が発表された。
具体的に言うならばこれまでの1.5倍というべらぼうな値上げであった。
当然のように貴族各領地から不満の声が上がった。
しかし王室は戦さ続きでなにかと物入り、と繰り返すばかり。
つまり値下げ交渉には応じないという姿勢を崩さなかった。
上級貴族たちは植民地である旧ドルボンド領地、あるいは旧ゼブラ領地での税の値上げを命じる。
そして冬。
ナンブ、あるいはイズモの剣を学ぶ者たちは憤慨して刀の鞘を叩く。
「(このような扱いをされて)たまるかーーっ!」
「(く)きっそーー!」
どうにもこうにも、怒りの収めどころが無い。
敗戦国の民が不当な扱いを受けるのはわかる。
しかしこのままでは民は餓え死にしてしまうぞ!
その思いに立ち上がろうとするのを、剣術指導者たちがなだめるのに苦労したそうだ。
しかしナンブさまとイズモさまがどうにかしてくれる、と説いてようやく騒ぎを押さえていたそうである。
しかしそこに突如として英雄が現れた。
そう、アーサー王子だ。
兄王に対して意見を述べたそうだ。
「王室あるは民あればこそ。いま少しで構いませんので、税に手心を加えてはいかがでしょう?」
王室に窮乏の兆しが無いのは、前任の大臣たちである取り巻きたちが証拠を提出してくれていた。
しかも悪手なことに、アーサー王子の取り巻きには師団長や軍団長が名を連ねていたのだ。




