キョウカ夫人の提案
さて、アンチ王国と王室との関係が明らかになったのだが、われわれとしてはどうあるべきか?
「どうもしなくていいさ」
忍びのイズミさんは軽く言う。
「ワイマールを乗っ取ろうとか、ワイマール王国の財産はすべて俺たちのものだとか、意気込んではいるだろうが、じっさいにはそんなことはできやしない。むしろ経済戦争にでもなれば、金を持っている者が勝つ。まともに取り合うことは無いさ。むしろ目の前の実害、第二王子と取り巻き連中の政策に対応した方がいい」
狙いを絞っておくというのか、なるほど確かに。
いま現在はようやく対増税ということで諸侯がまとまりかけているのだ。
今ここ、という状況であまりあれこれと気を揉むのもバカらしい。
我々が今この場で打倒王室などと声を上げても絵空事でしかないように、アンチ王国のワイマール乗っ取り計画も夢物語でしかないのだ。
第一、この脱税計画とて増税の令が下された訳でなく、第二王子が即位した訳でもない。
実害はまだ先のことなのだ。
などと呑気なことを言っていたら、半年後の晩秋。
第二王子が即位した。
私たちはまたもや王都に出向いて、これを祝福しなくてはならなくなった。
相変わらずナンブ家からの貢ぎ物は、一服の掛け軸であった。
もちろんナンブ・リュウゾウの手によるものである。
そして結婚式の贈り物として献上じた先の掛け軸は、第二王子の応接間に飾られることとなっていて、商談に赴いたキョウカ夫人が危うく鼻から茶を吹き出しそうになったそうである。
そしてやはり下級貴族たちはこっそりと密談を交わすのであるが、実はこの段階にもなると密談すら必要ないくらいに下級貴族たちは団結していたのである。
むしろ待ち構えているというか、悪政よかかってこい! というくらいな勢いである。
新国王の即位ということで、国全体が祝日となった。
キョウカ夫人も学校が休みということで、ナンブ・リュウゾウの傍らに控え式典に参加している。
「いよいよですわね、リュウゾウさま」
しっとりと潤んだ瞳を夢見るように輝かせるという芝居をしながら、キョウカ夫人はナンブ・リュウゾウの肩に頭を乗せた。
少しクセのある栗色の髪を撫でながら、「あぁ、そうだな」とナンブ・リュウゾウは答える。
いよいよ血の祭典、この国に血の雨が降る時期が訪れたのだ。
若い夫婦であるこの二人、しかし参勤交代の令がくだされれば、夫人は人質として王都で暮らさなければならない。
新国王よ、それが良い目か悪い目か、それは自分で判断するがいい。
お前は自らの意思でこの劇薬を体内に投じるのだからな。
それはお前の責任であって、間違っても私の責任ではない!
そのことだけは明言しておこう!
そして私たちが予想した通り、即位した新国王すなわち第二王子は、下級貴族たちにお触れを出した。
そろそろ第二王子だの新国王だのという表記も面倒くさいので、彼に固有名詞を与えてみようではないか。
第二王子であり新国王はニックとしよう。
ニック国王は下級貴族に対し、参政権を認めるというお触れを出したのだ。
そして中央へ参内するための屋敷を建てるべし、と付け加える。
これは私の読みの通り。
そしてその屋敷には貴族のもっとも信頼する者を常駐させよ、と来た。
体のいい人質である。
しかしこの段までは、私がすでにワイマール第三軍諸侯へ知らせている。
そしてこっかを窮乏へと陥れる天下の悪法、参勤交代を命じてきたのである。
ナンブ領、特にとするならば私の元へ各地の参謀から文が一斉に届いた。
すべからく、感謝の文であった。
しかしこれには、ナンブはキョウカ夫人を差し出すと明言している。
諸侯も渋々妻または子を差し出した。
読者諸兄に分かりやすい表現を用いよう。
藩邸が完成しそこに人質が住まうようになってから、ニック国王は増税を強いてきた。
それが翌年、春のことだ。
私たちは冬の間峠道を除雪し、経済を動かし続けてきた。
よって増税などさして痛くも痒くもないのだが、無理な悪法に簡単に従うこともない。
ワイマール第三軍は一斉に不作を訴え陳情した。
そして私たちには税金の減額が許されたのである。
本当は怒り狂いたいところではあろうが、ここにたぬき番長が一枚噛んだのだ。
「お怒りはごもっともですが、陛下。いまだ新体制は足元が固まっておりません。欲をかくよりも人心を引きつけるべきかと」
という耳打ちがあったそうである。
そう、新体制だ。
王城にあった大臣連中をすべて更迭し、アンチ王国の息がかかった連中をその職に就かせていたのである。
当然のことながら、それなりの反発はあったのだが、国王権限で強引に押し切ってしまったのである。
国の操作のノウハウを持たぬ者どもが国政を担っているのだ。
イズモの若大将も、貿易相手である近隣諸国をなだめるのに四苦八苦したそうである。
しかしワイマール第三軍の諸侯は意気軒昂。
我がナンブ家もイズモとの直通道路が完成し、物流と商いは順調におこなわれた。
そして春から、天下の悪法参勤交代に応じるのである。
王都の警備をまかされ、報奨はすべて自腹というロクでなしな体制である。
真っ先にわれらナンブ家がそれに駆り出された。
たぬき夫人の待つ藩邸に、家臣を率いたナンブ・リュウゾウが赴くのである。
しかしその手勢は二軍レベル。
親衛隊は私の残るナンブ領にあった。
そしてこれまた当然のように、下級貴族の声がまともに聞き入れられないという現象が発生する。
いや、下級貴族たちの益になるような提案は、すべて却下されたというべきか。
これのどこが参政権なのか? と諸侯は憤る。
憤るは憤るのだが、これもまた私が事前に告知した通りだ。
ますますワイマール第三軍の結束を固めるばかりであった。
そして不満は下級貴族たちばかりではない。
植民地となった旧ドルボンドや旧ゼブラ国がでも不満がつのっていたのである。
こんな状況の中、免職となった前大臣たちがアーサー王子に接触し始めたのである。
アーサー王子は旧知のイズモ伯爵領地へ身を寄せる予定であった。
それを旧大臣たちが許さなかったのである。
アーサー未だ王都にあり。
この事実に私はきな臭いものを感じざるを得なかった。
先王の取り巻きたちがクビになり、アーサー王子にすり寄っている。
すなわち謀反を画策している私たちは、アーサー王子と気安く接触できなくなってしまった、ということだ。
忍びたちがあちらの情報を抜いて来てはくれるが、こちらからアレコレと指示をだすことはできない。
できるとすれば、簡単に口頭で済ませられるような内容だけである。
それも深夜、誰もが寝静まった時刻限定で。
そしてアヤコが教えてくれた。
「旧大臣たちは復職を目指して、アーサー王子を担ごうとしています」
「馬鹿な! それこそ国家転覆、謀反に他ならないぞ!」
「もちろんそこまで議論は沸騰しておりません。むしろニック国王お一人に、お亡くなりになっていただこうかと画策している具合で」
「規模の大小ではない! 本当に単純に、これを謀反と呼ばずしてなんとする!」
よう、どうする? とは王都の藩邸で勤務するナンブ・リュウゾウからの文である。
どうもこうも、取り急ぎ私も藩邸へ赴かなくてはなるまい。
馬車を急がせてナンブ・リュウゾウの元へ。
第三軍諸侯の参謀格も王都へ集結していた。
みなで声をかけあい、イズモさまの別邸へ。
伯爵イズモ・ダイスケさまも王都にあった。
そこへみな集まったのだ。
伯爵さまは腕を組んで考える。
ナンブ・リュウゾウもまた、その傍らで苦い顔をしていた。
「なぁ、ヤハラくん。アーサーはこれから先、どうなるかな?」
イズモの若大将、ダイスケ伯爵の問いだ。
「殺されるでしょうな、謀反人として」
「もう、諦めるしか無いのか?」
「残念ながら……」
私としても苦しい返答である。
するとキョウカ夫人が入ってきた。
「すべてを諦めるのはまだ早いですわ、お兄さま」
「おぉ、キョウカ。なにか良い知恵でもあるのか?」
「えぇ、どうせお亡くなりになるのが決定しているのでしたら、役に立つ亡くなり方をしていただきませんこと?」
「それは、どういうことだい?」
「幸いにしてわたくしどもは教国に対してアドバンテージがございますわ。でしたらアーサーさまを聖人に認定していただくのはいかがでしょう?」
「いや待てキョウカ、それならば生きているうちに聖人認定してもらえば、ことは穏便に、かつアーサーの命も救われるのではないか?」
キョウカ夫人は人差し指を立てて、チッチッチッと振った。
「アーサーさまはすでに取り巻き連中が離しませんわ。つまり、アーサーさまが玉座に座られると悪政が取り巻き連中によって行われてしまいますの。そのときお兄さまは、リュウゾウさまは、お集まりのみなさまは、アーサーさまを討つことができまして?」
厳しい問いだ。
ダイスケ伯爵にとってもナンブ・リュウゾウにとっても、そして、私にとっても。
現にナンブ・リュウゾウは口をへの字に曲げて苦虫を噛み潰したような顔である。
そして激情を抑えられぬかのように、ナンブ・リュウゾウは剣を抜いた。
斬った。
納めた。
花瓶の花が首だけポトリと落ちる。
「斬れねぇな、ダチはよ。こんな簡単にはよ」
ナンブ・リュウゾウも苦しい。
そういう男だ。
かと言ってダチを見殺しにもしたくない。
だから苦しいのだ。
「リュウゾウさま、女の身で差し出がましいですが、苦しい胸の内キョウカはお察しいたします。ですが、ひとつ男は耐えるもの。できぬ我慢をするのが我慢ですわ」
「それが男の値打ちってヤツよなぁ、男ってのはつらいものよなぁ」
どうやらナンブ・リュウゾウ、ここはこらえてくれるようだ。
「しかしキョウカさま、聖人認定となると莫大な費用がかかりますが」
私が問いかけると、キョウカ夫人は椅子に腰掛けた。
そして高々と脚を組み、肘掛けを使い頬杖をついた。
アンニュイのポーズである。
「それでヤハラ、いくら欲しいんですの?」
そう来やがったか、このデコ助め!
しかし聖人認定の金額など、さすがに私も知りはしない。
そこを訊いてくれるのがナンブ・リュウゾウであった。
「キョウカ、いったいどれくらいかかるのだ?」
「そうですわね、聖人認定など実績ある一国の王がされるものですから、ほぼほぼ年間の国家予算くらいにはかかるかと……」
その場にいた算盤に明るい者すべてが、目玉を飛び出させた。
とてもではないが男爵子爵に出せるような金額ではない。
「ですがそれをタダ同然にまけることの出来る人物もおりましてよ?」
またか! またタヌキの出番なのか!?
「それは秘密を握る者、ヤハラ。貴方ですわ。貴方が教国へ赴けば、あちらさまは下へも置かぬ扱いで出迎えてくれるでしょう」
それは私に死ねと言っているのだろうか?
「殺す? 教国が? 負い目のあるナンブ家に対して、そのナンブ家の重鎮たるヤハラをですの?
ヤレるものならヤッてみろとおっしゃってごらんなさいな。そのようなことをすれば、教国は滅びますわよ」
確かにその通りだ。
イカサマにかかっているとはいえ、ナンブ・リュウゾウの妻キョウカを派遣された司祭が手籠めにして、なおかつ参謀軍師格の私を殺害すれば、教皇の格そのものがガタ落ちだ。
教国は信仰により成立しているのではなく、恐怖政治により成り立っているとなれば、信者は次々と離れてゆくだろう。
そうなれば教国は軍事国家へと方向転換するしかない。
そして方向転換が終わるまでに近隣諸国に討たれるだろう。
「それではヤハラ? 教国へ赴きますの?」
「そうですな」
「それでしたらおねだりをして、聖人認定の日付をゼブラ国が討たれた日になさいな」
なるほど、ニック国王に聖人を討たせるのですな?
「そうすれば決起軍の大義名分が立ちますわ」
今回のイズモ・キョウカの台詞「それでヤハラ、いくら欲しいんですの?」というくだりは実在友人出雲鏡花からのノルマでした。これを果たした以上寿は「燃え尽きたぜ……真っ白だ……」と青コーナーで眠りについていいですよね? え? ダメですか?




