結婚式の夜と二日目の朝
アヤコとイズミに守られて、舞踏会の会場に入る。
おそらくは屋根裏にそれなりの数の忍びが這っていることであろう。
天井からゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてきそうだ。
それもそのはず。
広間の中央はダンスのための空間がとられているが、壁沿いにはテーブルが設けられカクテルに軽食といった、踊らぬ者のためのサービスがならんでいるのだ。
散々飲み食いしたはずのイズミとアヤコは、キャッホーイと声を挙げてさっそく立食サービスに飛びついた。
ローストビーフに生ハムといった肉類を小皿に受けて、さっそく食事を楽しんでいる。
さらには食欲を増進させるためのカクテル。
踊る気の無い私も、さっそく極上の生ハムをシェフに盛り付けてもらう。
で、何故かは分からないのだが、着飾った女性、あるいは私に微笑みかけてきているような気がした。
そのいずれもが、高価な装飾品を身に着けていてドレスの生地も上等である。
ピンと来た。
貴族の娘たちが、私からなにがしかの情報を得ようとしているのだ。
となると、娘たちは第三軍諸侯の娘ということになる。
アーサー王子を旗頭として、筆頭はイズモ伯爵。
つまりナンブの肩の荷は降りているが、同時に信頼度も下がっているということだ。
ということで、おかしな真似をして失脚などはできないことになる。
「アヤコ、そばにいてもらえるか?」
「モガ、いかがなふぁいまひたふぁ、ヤハラさま?」
口一杯に食べ物を詰め込んでいる私の妻と、品のある貴族の御令嬢。
勝負にならないのは明らかだが、それでも女をそばに置いておきたい。
「どうも先程から貴族の娘たちに微笑みかけられてな。彼女らは私から情報なり失言なりを引き出したいらしい」
「ではトンズラ決め込みましょうか?」
「良いのか? 高給料理が並んでいるんだぞ?」
「高給料理よりもだーりんの唇の方が大切ですから」
嘘くせー。
世の中にこれほど嘘くさい愛の囁きがあるとは、このヤハラも知らなんだ。
なにしろトンズラが決定した途端、私の妻は折り詰めに料理を詰め込みまくっているのだから。
「さあ、逃亡しましょう、まいだーりん♡ これから愛の逃避行です!」
「そうだな、こんな場違いな伏魔殿はズラかるに限る」
私はどこぞの上級貴族の娘と踊る第二王子を尻目に、とっとと会場を後にした。
そう、第二王子は玉座に座れば側室も持てるのだ。
つまり正妻との間にお世継ぎができなかった場合の保険である。
その品定めを、この舞踏会でしているのだろう。
なんともお達者なことで。
しかし第二王子のことを言ってはいられない。
私の身にも災難は降り掛かってきたのだ。
宿に帰ると下着姿の御婦人が待っていたのだ。
「はじめまして、ヤハラさま」
そう言ったきり、女は昏倒した。
アヤコの吹き矢が命中し、毒を送り込んだのだ。
屋根裏から忍びたちが現れ、女をどこかに運んでゆく。
本当に、油断も隙もあったものではない。
アヤコは辺りの匂いをクンクンと嗅いで、敵がいないことを確認した。
ようやく平穏が訪れたようである。
「なんにしても気づかれしたな。今夜は寝るとするか」
「ありゃまヤハラさま、こんな美少女を放っておいて寝ちゃうんですか?」
「そんなイケズはしないよ。早く折り詰めを食べておしまい」
アヤコは上機嫌で高給料理を食べ始めた。
やはりこれでいい、これがいい。
食べることに夢中な妻からは、なんの邪気も感じられない。
策謀渦巻く世界にある私には、やはりアヤコがお似合いなのだ。
翌朝、宿の私たちの部屋にはナンブ・リュウゾウが寝ていた。
顔色と肌ツヤがよろしい。
彼もまた、昨夜はヨロシクやってきたのであろう。
ということで第二王子の挙式二日目の幕があがった。
下級とはいえ、貴族の宿である。
なかなかにヨロシイ朝食が出てきた。
毛布から尻を出して寝ていたナンブ・リュウゾウも目を覚まし、イズミやアヤコも交えて朝食となる。
「さてヤハラどの、今日はどのようにいたすかな?」
「実は殿、昨晩はこのヤハラ下級貴族の娘たちに色目を使われて、美人局ヨロシク、情報や失言を引き出されそうで、ホトホト困り果てておりました。よって本日は祝宴の時刻まで下級貴族のみなさまをお訪ねしてみようかと」
「それならアーサーにやらせりゃいいんじゃないのか?」
王族を捕まえて簡単に言う主君である。
「そうでなけりゃ兄者のとこの、ホレ、軍師くんがいただろ。あれに色々と演説ブタせりゃいいんじゃないのか?」
「しかしイズモさまは上級貴族、宿などとらずにお城にて宿泊される身」
「だからよ、軍師くんは貴族ではなかろう。ちょいと席を空けても誰も咎めはしねぇぜ」
「それではイズモさまがお困りになるのでは?」
「いや、ジイさんがついてきているみたいだ。問題は無かろう」
これは見落としていた。
あまりにも第二王子ばかり見ていたので、他に気が回らなかった。
「ではアヤコ、そのように段取りを」
まずは軍師くんと私とで現状と先の展望というのを一度すり合わせ。
そして増税対策の方針をブチ上げてもらい、イズモにその先陣を切ってもらう。
さらには悪法参勤交代の実情を彼の口から説明してもらう。
とにかく、悪い情報ばかりですっかり縮み上がっている下級貴族たちに、「お前たちには伯爵が、イズモがついているのだ」と言って、落ち着いてもらわなくてはならない。
心配はいらないのだ。
格の高い家と武力がある。
ここは一致団結しなければ、全員が搾取の苦しみを味わうことになる。
なんとしても第二王子の暴挙を止めなければ……いや、愚行の餌食にならないようにしなくてはならない。
王室打倒には、まだ早い。
それをブチ上げるのは、植民地が困窮するような政策が取られてから。
そして下級貴族たちに不満がつのってからである。
王室というものは、実に強大だ。
我々が一致団結しなければ、とうてい勝てはしない。
そのように訴えてもらいたい。
「近隣諸国との貿易に友好関係の構築、兄者の軍師くんはやること盛り沢山だな」
ナンブ・リュウゾウは笑う。
「若者というものは、それでよろしいのです、殿。暇をもて余していては時間がもったいのうござる」
「そうさな、若者の暇なぞ有害でしかない。命を燃やし生き抜かなければならん」
生き急げ! そんな言葉がナンブ・リュウゾウにはよく似合う。
そして私も主も、まだ若いのだ。
「若いといえばアーサーはどうだ? 第二王子が玉座に座れば、平民となり城を出なくてはならんだろ?」
「そこもまた、イズモさまで引き受けていただこうかと。あるいはイズモに居住するたぬき商会役員というのもいいですな」
「うむ、王室に直接パイプができるのは、頼もしいことだ。キョウカどのにもそのようにうかがってみよう」
「よかったですね、殿」
アヤコがスケベったらしい笑みを浮かべる。
「また今宵、キョウカさまに逢う口実ができて」
「うむ、今宵は何回『もうお許しを……』と鳴かせるかな」
早速鼻の下を伸ばしている。
それはさておき、まずはイズモ主導の体制強化である。




