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やはり密談は煙草盆の周りで行われる

そして悪政の前触れとなる、第二王子の婚姻が執り行われることとなった。

このアホタレが玉座に腰を降ろすには、やはり婚姻が必要なのである。

王族最大の仕事というのは、子孫を残すところにあるからだ。


そして忍び情報により、第二王子婚姻の前に奇妙な法令がでることが知れる。

下級貴族にも国政への参画を認めるというのだ。

王室に対し意見を述べることを許すというお触れが出るそうである。


王都に邸宅を構えることを許し、そこに滞在し国に意見を述べよというのだ。

しばし思案。

すぐに答えは出た。


「殿、いよいよ貴族諸侯の力を弱めるための参勤交代が本格化しますぞ」


「国に参加することが貴族の力を弱めるのかね?」


「王都に邸宅を構えるといえば聴こえはいいですが、その藩邸は誰が維持をしますか? 少なくともこのヤハラでは役に及びませぬ」


「? 十分以上ではないのかね?」


「簡単に申し上げますと、殿の場合キョウカさまが人質に取られるのです。そのくらいに格のある者でなければ、王室は納得しないでしょう」


「新婚の俺に別居をしろと?」


「左様、恋女房に逢いたければ参勤交代に応じよ。たまには逢いたいだろ? とまあ、こういう理屈です」


「酷い話だな。もっとも、俺はいま現在も別居中な訳だが」


「そう、殿の場合はまた特殊でして、キョウカさまを都で野放しにしていては……いえ、キョウカさまが都にいればさらなる活躍が期待できるという、王室にとっては喉に突きつけられた刃となり得るのです。王室にとっては、これは手痛い失策と言えましょう」


「妻が何をすると言うのかね? 商会を運営しているシッカリ者とはいえ、キョウカは可愛らしい娘っ子だぞ」


やはり恋は盲目というのか。

ナンブ・リュウゾウはあの女と肌を重ねておきながら、いまだその正体を見抜いていないのだ。

しかし百万の言語を駆使しようとも、ナンブ・リュウゾウには旧姓イズモ・キョウカという人間……いやタヌキの正体など理解できないだろう。


それをしようというのは無駄な努力である。

そして私は最初からそのような努力は諦めていた。

だから私は言う。


「良縁に恵まれて良かったですな、殿」


「まさに幸せ独り占めだぜ」


「それよりも殿、第二王子の結婚式ですが、当然のように貢ぎ物を贈らねばなりませぬ」


「嵩張らぬ消え物が良いのではないかと俺は考えている」


「本来ならばそうなのですが、王室は高価な美術品や装飾品を期待しているでしょうな」


「過去の合戦で得たものなぞ、みんなたぬき商会へ卸してしまったぞ」


「では何を贈るおつもりで?」


「ピクルスだ」


言い方は格好いいかもしれないが、要は漬物である。


「去年の大根と漬物は格別に出来が良かった。あれをひと樽献上しようではないか」


大根の漬物をひと樽贈られた王室がどのような顔をするか、それはそれで見物ではあるが、今回は却下である。


「殿、あまり悪目立ちはよろしくありません。幸いナンブ領にはペンの代わりとなる毛筆がございます。一筆したため掛け軸にでもされてはいかがかな?」


「さて、どのような文字を書くべきかな?」


ナンブ・リュウゾウはすでにニヤニヤしている。

毛筆にてしたためる文字というのは、ナンブとイズモくらいでしか読むことの出来ない象形文字、つまり漢字というものだからだ。


「権門は神に斉しいと驕り民の声を聞かず。我等遂に奔騰すべきもの也。これくらいでよろしいかと」


「いやいや、いくらヤル気になっているとはいえ、証拠に残るものだ。もそっと穏便に行こうや」


「殿も最近では賢くなりましたな」


「ヤハラどのの薫陶のおかげよ」


お前、本当に自分が賢くなったつもりでいるのか?

まあいい、ナンブ・リュウゾウはナンブ・リュウゾウなのだ。

たぬきの正体すら見破れぬくせに賢い気分でいるくらいが、この男らしくてヨロシイ。


「では殿、このように揮毫されてはいかがかな? 蛮龍雲を得て、遂に天へ昇らんとす」


「それだな、第二王子には勘違いしてもらおうじゃないか」


嫁取りが雲を得ることと勘違いするやもしれぬが、お前ぇのことじゃねーよ、というところである。

天へ昇るというのも玉座に座ることではない。

ともすれば昇天……お亡くなりになる事やもしれぬ。


まあ男爵ごときの貢ぎ物、それも見知らぬ象形文字が書かれた紙切れなんぞ、気にも止めてもらえぬだろうが。

空振りでかまわないのだ、このイタズラは。

むしろそうでなくては困る。


権力者なんぞに目をつけられるなど、死を意味する意外に無いのだから。

何よりもこのイタズラの肝は、王室への貢ぎ物に金をかけないところにあるのだ。

しかも筆を取っているのは書家でもなんでもない、芸術分野にうといナンブ・リュウゾウなのだ。


早い話が、鼻紙程度の価値しかないものを「ホラよ」と王室に送りつけてやるのだから、笑うことしかできないのだ。

それをわざわざ掛け軸に仕立て上げ、美術品にござりまするときた日には、手の上手な者がみなひっくり返ってしまうではないか。


「殿、奥方さまは王室とも取引がございましたな」


「うむ、おかげで生の情報が入ってくる」


「奥方さまが商談する部屋にこの掛け軸が飾られていたら、どのような顔をなさいましょうか?」


「頭がクラクラしちゃうほど、俺にホレ直すかもしれん」


「あり得ますな。お世継ぎ誕生も近いことでしょう」


そうだ、あのたぬきはこの手のイタズラを好むはずである。

そしてナンブ・リュウゾウはさっそく墨をすり、筆をとって書をしたためた。

白い紙に黒々とした墨が走る。


しかし私にも、正直書の良し悪しなどわからない。

が、単純に白と黒との明暗というのなら、墨による毛筆というのは美しく見えるのだから不思議だ。

ナンブ・リュウゾウは号を「南龍」として落款を押した。

あっという間に王室へ献上するインチキ美術品の完成である。

あとはその筋の店へ行き、掛け軸にしてもらうだけだ。


そしていざ挙式。

王都大聖堂で華やかな結婚式が催された。

私はナンブ・リュウゾウの供として参加。


他にはクサナギ先生が用心棒として加わっている。

式の前に私は、イズモの軍師くんと顔を合わせた。


「聞いているかい?」


参勤交代のこと、一揆が発生したときの処分、その他諸々だ。


「はい、聞き及んでおります。王室が下級貴族に国政参加の機会など与える気も無いクセに、よく言うものです」


「軍師くん、壁に耳ありだよ」


「これは失礼」


「で、そちらの算盤は?」


「しっかりと」


儲けを出しているという。


「人心は?」


「ワイマール第三軍の信頼を勝ち得ているものと」


「いざとなれば君の指揮で全軍が動く。気を引き締めてな」


若者は喉をゴクリと鳴らした。

そしてイズモ・ダイスケ伯爵と軍師くんは上級貴族が集まるテーブルへと移っていった。

私はナンブ・リュウゾウとともに、下級貴族の席へ移動する。


ナンブ・リュウゾウは爵位を受けた祝いの言葉に包まれていた。

正装の似合わない男爵である、と私は思う。

なにより祝辞に対する笑顔がぎこちないのだ。


しかしいちいち言葉の最後に同じことを言っている。


「詳しくは、ウチのヤハラに」


つまりこれからの展望について意見を求められ、迂闊なことは言わないように心がけているのである。

うむうむ、大変によろしいですぞ、殿。

面倒な問答はすべてこのヤハラにおまかせあれ。


ということで、私から一言。


「彼の者が玉座に腰をおろせば、すべて御理解いただけることと思います」


そう、現在の第二王子が王位を継承すれば、すべての答えが出るのである。

そしてすでに書簡にて、事のあらましは伝えてある。

私からすれば、信じるのか? 信じないのか? と、ただそれだけなのだ。


ただし、事が事のだけに慎重に慎重を期したいという下級貴族たちの気持ちもわかる。

故にもう一言。


「判断は急を要しません。じっくりと御考慮、なおなおの吟味をいただいてからの判断でかまいませぬ。ただし!」


ここが語気を強めた。


「もちろんのことではありますが、くれぐれも秘事故に御内密に。そして一旦立つとなれば、決して退かぬ信念をお持ちくだされ」


事態はもうすでに、タダゴトではないのだ。

ゼロか一〇〇かを選ばなくてはならない。

そんな選択を迫る者が、これから玉座に就くのである。


「そのためにも第二王子にすり寄る者どもの顔をよっく御覧になられよ。国を傾けてでも私腹を肥やしたがる連中ばかりにございまする」


やはり密談というものは、煙草盆の周りで行われるものなのである。


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