動き出す世界
一般兵を集めた。
過去の戦場に出た者を中心に、新兵も集める。
もちろん一度にではない。
数度に分けての徴兵訓練である。
駆け足と荷物運びを中心にした訓練だった。
不平不満はもちろん出る。
なにしろ派手なチャンバラやら取っ組み合いをしないのだ。
とにかく根性比べとばかりに走らせて、重荷を担がせた。
もちろん詰まらない訓練の報酬とばかり、肉をよく食わせ酒も飲ませた。
しかしまあ、平和な現在徴兵に応じる者など無頼のような連中である。
日当はすべて飲む買う打つのどれかに消えた。
しかしそれでも朝日が昇れば、彼らが言うところの詰まらない訓練が始まるのだ。
「いかがかな、ヤハラどの。兵たちの不満はつのっているだろう?」
「は、しかし殿。糧食武器弾薬の運搬は、次なる戦さの要にございます故……」
「それは俺もわかっている。だからさ、ゲームをすれば良いのだよ」
「と、いいますと?」
「親衛隊三〇名が運ぶ荷を、一般兵一〇〇名に襲わせるのさ。成功すれば破格の褒美を与えようじゃないか」
「よろしいのですか、殿?」
「ただし、親衛隊にはフジヒラ・トヨムの兄、褐色ポニテショタのライゾウを船頭とする」
「それでは間違いは起こりませんな」
ということで、物資輸送訓練の開始である。
ルールとしては真剣実弾を用いる訳にはいかない。
しかし装備はしてもらう。
どちらも重量物だからだ。それに撃剣の防具と木銃、袋竹刀での打ち合い。
面に結わえた小皿を割られたら退場。
これで三〇対一〇〇の演習を行うのだ。
藪木の生い茂る山中を、親衛隊士が砂袋を積んだ荷車を、ワッセワッセと引き上げる。
こんなところを通るのは不可能だろう、というような斜面も藪木をなぎ倒しながら登ってゆくのだから、集団の力というものは恐ろしい。
すると前方、というか上の方から人数が現れた。
目測で一〇〇名。
一度に全力を投入するのは正しい。
しかし山の上から、ということで彼らは親衛隊よりも高い場所まで山登りをしていたのだ。
重武装のまま。
下り斜面を利用しての突撃も正しいのだが、疲弊している。
親衛隊士たちは慌てることなく荷車を立木に縛りつけ、それから木銃を構えた。
一般兵たちの木銃を撥ね飛ばし、押さえつけるなどして、またたく間に数を減らした。
圧倒的である。
親衛隊士が討たれる、という心配もなく、一度の突撃で一般兵はすべて討ち取られた。
「なんだ、オイラの出番がまるで無いじゃないか」
ライゾウ少年が笑うほどの圧勝であった。
二戦目は攻守を変えての試合。
しかしこれは一般兵が一〇〇人いても、荷車を押し上げることができずに終了。
ということで親衛隊士が守りに代わり、もう一戦。
やはり結果は同じであった。
これで足腰の強さの重要性が理解できたことと思う。
事実一般兵たちは、翌日から文句ひとつこぼすことなく訓練に励んでいた。
私たちが山の中で遊んでいた頃、伯爵イズモ・ダイスケも練兵に務めていたそうだ。
件のワカゾー軍師くんに文を送り、こっそり焚きつけておいたのである。
そして少しばかり耳打ちしておいたのだ。
「三軍筆頭は君の主、イズモ・ダイスケ伯爵だ。全軍に声を届けるには、ウチの大将では位が足りぬ」
するとワカゾーくんもワカゾーくんなりに考えを持っていたのであろう、イズモ家が中心となって、近隣諸国との貿易に取り組み始めたのだ。
もちろんこれは正規の手続きを踏み、規定の税を納めることにより行う、正当な商いであり、伯爵家を始めとした上級貴族の特権であった。
三軍諸侯の産物を買い取り、近隣諸国に売りつけて、利益を諸侯に分配するというやり方だ。
それによりまずイズモ家は、第三軍の筆頭としての地位を確立した。
そして諸外国と利益を共有することで、第三軍……ひいてはアーサー王子を推しておけばいいことがあるぞ、と布石を打っているのだ。
なかなかによろしい。
内乱が勃発すれば気になるのは諸外国の動向である。
ワイマール王国というのはドルボンドを平らげたおかげで、かなり強力な国家となってしまっていたのだ。
諸外国からすれば目の上のたんこぶでしかない。
そこに追い打ちをかけるような富国強兵政策まがいの第二王子が玉座に座れば、いらない刺激を与えるばかりである。
ワイマール王国対近隣諸国などという戦さなど、断じて避けなければならない。
そのためには貿易だ。
幸いにして第二王子は貿易とか諸外国との交流には疎いようである。
商いというものに疎いからこそ、おかしな方向へ舵を切りたがるのだ。
まったくもって迷惑な話である。
これならば自分の身の丈を知るアーサー王子の方がずいぶんとマシではないか。
我らが旗印は、アーサー王子。
その旗を担ぐのはイズモ・ダイスケ伯爵。
よしよし、われらナンブ家にはなんの責任もなくなってきたぞ。
がんばれワカゾーくん。
ワイマール王国の命運は君の双肩にかかっているぞ。
たまに耳打ちさせてもらうけどな。
そして伯爵イズモ・ダイスケの貿易が上々な滑り出しを見せると、気位だけは高いクセに商才もへったくれも無いような上級貴族たち、そして王室までもが我も我もと外国との貿易を始めたがった。
しかしワイマール王国の上級貴族のガメツさは、先の戦さで諸外国の知るところである。
つまり貿易相手がいないのである。
せっかく外国貿易の特権がありながら、それを活かせなかったのである。
そこで微笑んだのが、ワイマール王国の毒婦……もとい、ワイマール王国の毒狸……いやいや、ナンブ・リュウゾウ男爵夫人であるキョウカである。
こちらは伯爵令嬢時代に公益権を購入していたので、外国との貿易が認められていたのだ。
もちろん実兄が伯爵である、という事実も効いているし、なによりも王室が利益を欲していたのだ。
仔狸夫人が「貿易権をいただければ、すぐにでも王室に富をもたらせるものを」とため息をひとつつけば、許可は簡単におりた。
そして仲介手数料を「たぬき商会の利益」として正当に頂いてくるのである。
そしてまたナンブ家は富むことになるのだ。
第三軍諸家はイズモ・ダイスケ伯爵により富みを得て、結束してゆく。
王室と上級貴族たちはナンブ家に富みをもたらしながら利益を貪った。
そう、旧ドルボンド領地の民やゼブラ国領地の民から血を吸うようにして。
植民地となった両国に、ナンブとイズモの剣客たちが教授のためにどんどん送り込まれる。
そしてある日、イズモダイスケ伯爵が王室に進言するのだ。
「男爵家のナンブ・リュウゾウが、私財を投じてドルボンドとゼブラのインフラ整備を行いたいと申しております。もちろん保証人として、イズモ・ダイスケが立ちますので」
水回りの整備に田畑の改良、さらには練兵場などもナンブの財布から金が投じられて、奴隷同然の暮らしにも光が差した。
みちのく屋の商いのおかげで、生活水準もさほど落ちてはいない。
物価が安定しているのだ。
それらはすべてナンブさま、イズモさまのおかげであると剣客たちは吹聴して回る。
特に上級貴族であるイズモさまの施し、ということで植民地の民は第三軍を贔屓するようになった。
ジクジクと、煮物の鍋が味を染み込ませるようにして第三軍は力をつけてゆく。
ナンブとイズモの刀鍛冶たちは、ここで大儲けをした。
両植民地から、真剣を手にしたいと大量の受注を受けたのだ。
若い刀匠たちの庶民的価格の刀が、みちのく屋によって商われた。
その代わりと言ってはなんだが、鉄砲部品の注文を両植民地に依頼した。
キララ式鉄砲が、大量に生産された。
ワイマール第三軍の諸家がそれを買い取る。
戦さとは槍や騎士で戦うものとされたこの時代。
刀剣の文化がいま正に花開いたと同時に、鉄砲の時代が訪れるという皮肉。
この皮肉をナンブ・リュウゾウはどのようにとらえるのか?
「仕方ねーべよ、戦さは勝たねば意味が無いんだからよ」
あれだけ鍛えたものが価値を落とさんとしている時代に、この能天気な発言。
これは刀剣文化は滅びぬという自信の表れなのか?
単に何も考えていないのか?
私は後者のような気がしてならない。
年度末で会社から虐待のようにコキ使われております。少々疲れが酷いので、次回更新は19日とさせていただきます。




