事後は始まりにて御座候
奥さま、王都の学園へと帰りし後。
私の妻であるアヤコから奇妙な情報を得た。
「なに? 第二王子が婚約?」
世代からすれば、ナンブ・リュウゾウが結婚。私も妻を娶り、イズモ・ダイスケも妻を持った。
そして私以外の二人は爵位まで譲り受けている。
むしろ王室、新伯爵新男爵の二人より年上の、第一王子と第二王子の婚約が遅いと思われるくらいだ。
王位継承というのは、それほどまでに慎重かつ繊細な配慮をもってしなければいけないということだと私は考えていた。
まあ、めでたい話でありその式には爵位を継いだナンブ・リュウゾウが出向くことになる。
とはいえ、第一王子の婚約がまだというのに、それに先んじて第二王子が婚約とは。
「ですよね? 第一王子を差し置いて、第二王子が結婚、男子出産となれば……いかがでしょう?」
「いやいや、第二王子が王位を狙っているなどと、証拠も無しにうかつなことは言いだせないぞ?」
「それが近頃第二王子というのが、身の回りを固めている動きがございまして」
「というと?」
「第一王子が王位を継承すれば、第二王子以下はすべて平民に身を落とします。本来ならば第二王子以下は、そうなったときのために経済的基盤を確保するために奔走するでしょう」
「そうだな、それ故に第一王子というのは学生時代から御学友に大臣の息子など身分のある者、おもに長男を選ぶ。次期政権を睨んでのことだ」
「それと同じ動きを、第二王子がされているとすれば?
そう、経済的基盤を固めるために商家の息子たちと懇意になるのではなく、まつりごとに関わる者との交流を頻繁に行っているとすれば?」
「単なる先んじた婚約とは言えなくなるか」
「しかもです、ヤハラさま。第二王子が交流を深めているのは、反主流の者たち。政権抗争で一敗地にまみれた連中。現行の政権に恨みを持つものばかりです」
「そんな負け犬連中を集めたところで、どうということはあるまい」
私は取るに足らぬと考えた。
しかし忍びたちは違う。
「そんな能無したちが政権に返り咲いたら? どのような王室、どのようなまつりごとが行われるのでしょうか?」
「ただでさえ能無しの王室だぞ、これ以上アホなことをされては敵わんな」
「もちろん第二王子に腹心あり、という証拠にはなりません。しかしイズミさんなどは、臭い臭いと繰り返しております」
なるほど、忍びの中でもナンブ・リュウゾウ直轄ともいえるイズミが警戒しているのか。
「アヤコはどう思う? やはり臭いと思うか?」
「私は第二王子が嫌いです。身の丈に合わぬ野心家で、そのくせ無能ですから。それが顔に出過ぎています」
もしも私がその言葉を鵜呑みにして、ナンブ家というか第三軍の方針を固めたら、「歴史は夜作られる」を実践することになろう。
もっとも、証拠らしい証拠が無い。
怪しいだけでは軍を動かせぬ。
「しかし怪しいというだけで、現時点では第二王子の婚約というめでたい話でしかない。動くことはできぬが、しかし」
王都への諜報活動を活発にするよう、人数を増やす。
割り振りはイズミに一任した。
そこで整理する。
第二王子が玉座に座るにはどのような方法があるか。
ひとつ、兄王子の不正不義などを詳らかにし、その信用を失墜せしめることにより、候補から叩き落とす。
ある意味穏便な方法には見えるが、そうなると第一王子は失脚の後に幽閉。
そして病死急死の形で殺害される。
ひとつ、軍事クーデター。
力ずくで王子と王室を破壊。
後腐れなく皆殺しにする。
後の国家運営のためには、国のダメージが大きすぎる。
しかしこの方法は近隣諸国へのデモンストレーションとしてはなかなかに有効かもしれない。
強力な軍事国家というイメージを与えられるので、他国との交渉が優位に運ぶかもしれない。
そして今ひとつ。
第一王子の暗殺である。
これは第二王子への負担がもっとも少ない方法だ。
死体の検分役などを抱き込んでおけば、案外あっさりと決着がつき、第二王子も何ひとつ疑われることなく玉座に座ることができるのだ。
あるいは事故という風に片付けてしまう方法も有りだ。
とかくこの手の話は仕掛けた側に有利である。
そして私たち、ナンブ郡にできることは何か?
その辺りを整理して見よう。
ひとつ、密告。
アーサー王子辺りにご注進いただくのはどうか?
ダメだろう。
いかにナンブ・イズモを手中に収めているからといって、証拠も無い話を持ち出させるのはマズイ。
まるでアーサー王子が玉座に興味を持っているかのように疑われてしまう。
しかもソースを問い正されて、うかつに忍びの存在をもらされては、後々大変に不都合となる。
もしも忍びたちが証拠を集めたとしても、その出処は不確かだ。
問い正されては、やはり返答に窮するだろう。
では諸侯に呼びかけて軍を動かすか?
それもできない。
以前極端な話で例えたが、ワイマール第三軍を動かしたとしても、一軍には数で勝てない。
だから私たちは旧ドルボンドなどに剣士を送り込み、ナンブ・イズモに就くよう工作しているのだ。
そして現段階では、その基礎は固まっていない。
では傍観するしかないのか?
ズバリ言えばそれしかできない。
今の私たちには、この事変に対して指をくわえて見ているしかできないのだ。
答えは出た。
それなのに私はこれから、主であるナンブ・リュウゾウ男爵におうかがいを立てなければならないのだ。
「んな姑息な野郎は叩っ斬ってやれ! 男子の風上にも置けんわ!」
主の答えは単純明快。
まさしく快男児そのものである。
しかしそれだけでは男爵は務まらない。
軍師である私も、そこは戒めるべきであろう。
というか我が主は最近戦さも無いし、夫人も王都へ帰ってしまった。
欲求不満というヤツであろう。
「殿、それでは此度の戦さ勝てませぬぞ?」
「なに? 戦さだと?」
このキーワードで、この男は聞く耳を持ってくれる。
大変に可愛らしいというか、チョロい。
「左様、大戦略にございます。いま、第二王子に戦さを仕掛けたところで、一軍二軍の連合軍とナンブ家では勝負になりませぬ」
「第三軍がおろう」
「第三軍をもってしても、銃がまだまだ不足しております。人数も足りませぬ。そして何よりも、ヴィジョンがありませぬ」
「ヴィジョン? なんじゃそりゃ?」
「今度ケンカを吹っかけるのは王族にございます。となれば勝利の暁には政権を取ることになりまする。いかなる国家を造り上げるか、方向性は決まっておりますか?」
「ヤハラどの、頭を使う作業は任せた」
野郎、明確なヴィジョンも無しに事を起こして、尻拭いは私にさせる気なのか。
だが、この男のこういうところが扱いやすいのだ。
「ごらんなさい、殿。殿は国家運営の準備も無しに事を構えるつもりなのですぞ?
もちろんこのヤハラにも、そのための下準備はできておりませぬ。それを殿は、油断など男子の恥ずべきことぞ! と叱責されますかな?」
「いや、俺に準備が無いものを、ヤハラどのに責任負っかぶせる訳にはいかんだろ」
この男は友達だ。
主従の関係にはあるが、ダチである。
そしてこの男は、決して私に不義理を働こうとはしない人情家なのだ。
本当ならば主君の失態を家臣に負っかぶせるべきものなのに、この男は私に対してそれをできない奴なのだ。
悪く言えば、私との友情のために死にかねない阿呆なのである。
もう少し身分を考慮してもらいてのだが、その辺りはまあ、それ……というやつである。
「俺がヤハラどのに責任負っかぶせたら、あとでしっぺ返しが十倍になってくるからな」
褒めるようなこと言って損した。
やはりコイツはまだまだ毛が三本足りないエテ公でしかない。




