ナンブ領でドタバタと
イズモ・ダイスケがアンジェリカを娶ったのが送春の頃。
そして爵位を譲り受けたのが早夏の時期。
伯爵イズモ・ダイスケの誕生である。
そしてさまざまな儀式だ挨拶回りだという雑多な要件を済ませて、落ち着きを取り戻したところでようやくナンブ・リュウゾウとイズモ・キョウカの結婚式であった。
まずは学園の教会で式を挙げ、イズモ領地で披露宴を行う。
しかし私がここでビッグ・ハートと讃えたいのは、イズモ・キョウカが建てたとされる聖堂に皇国から司祭を招いたことであった。
もちろん咎人であるあの司祭は派遣されない。
別の司祭が来たのだが、その表情はかなり引きつっていた。
そして今度は仕掛けなどせず、提供した酒はすべてあらかじめ水で割ったものを出している。
ただ前回の一件は皇国にとって相当な痛手であったのだろう。
今回の司祭は水を飲むばかりで一切の酒を断っていた。
それはそれで私たちとしても都合が良い。
水で割った酒でもベロベロに酔われて、「イズモの酒には仕掛けが施されている!」などと難癖をつけられることが防げるからだ。
逆に言えば司祭がそうしなかったということで、皇国が腹を見せた犬状態であるということがわかる。
その上でイズモ・キョウカ、というかナンブ家は多額の現金を背負わせて司祭を送り返したのだ。
これでナンブ家もアンジェリカほどではないが、教皇に対してタニマチとなった。
正しく「ヘイ、どっちが上なんだか……分かってんだろうな?」というところである。
もちろんイズモ・キョウカが欲しているのは「ありがたいお説教」なんぞではなく、「錦の御旗」というものである。
とりあえず近隣の国々に顔の効く教皇と皇国を押さえておけば、後々やりようが様々にあるからだ。
そして私はというと、戦さ不足で欲求不満気味のナンブ・リュウゾウをなだめるのが仕事であった。
「俺としてはだな、ヤハラどの。あの司祭を斬ってしまいたかったんだがよ?」
「斬らなくて良かったでしょ、殿?」
「うむ、キョウカどの……いや、キョウカもホクホクとしている。これで良かったのだがなぁ……」
「なに、殿の剣は時代がそのうち欲しますので。今しばらくお待ちください」
そこで一計。
より教皇に恩を押し付けるにはどうすれば良いか?
教皇もしくは皇国に対して不穏な動きを見せる者どもを召し捕ってやってはどうか?
すでに教会は一枚岩でないことは知れている。
ならばアンチ組織に対しての示威行為を買って出ては?
待て待て、ここは待て。
ナンブ・リュウゾウの闘争心を満たそうとすると、どうしても私のヘマが出てしまう。
教皇に対して優位性を取りたいならば、「第二次キョウカさまブーム」に乗っかるようにして、教会のひとつも余分に建ててやれば済むことである。
然る後に、教会を布教の拠点なんぞではなく、民の集会所あるいは寄り合いの場所として利用してやれば良いのだ。
次男三男といったゴロゴロしている連中が、酒や肴を持ち込んで自警団を組織するような拠点。
そんな利用をしてやればよろしい。
ではナンブ・リュウゾウの闘争心はどう処理するか?
こりゃもう、奥方さまが蜜月の間だけとはいえいらっしゃるのだ。
昼に夜をつぎ、責めて! 責めて! 攻め抜いて! 互いに腰が抜けるほど頑張っていただきたい。
それでも力を持て余すというのなら、ライゾウ少年と共に山へ入り、イノシシやシカを倒してもらおうではないか。
この時代、この世界に限らず農業というものは野生動物との戦いなのだ。
そして改めて、この時代この世界というのは人類文明の青春期なのである。
有害鳥獣駆除で撃って撃って撃ちまくって、あとは野となれ山となれ。
多少やり過ぎたところで取り返しのつかないことなど有りはしない、とばかりに疲れ切った身体を太陽の下に投げ出せばいいのだ。
「ということで殿、行ってらっしゃいませ」
「なんだか厄介払いされてるみたいだな」
「そのようなことはございませんわ、リュウゾウさま。少食ながらもキョウカは、リュウゾウさまの持ち帰るタンを心待ちにしておりますわ」
行ってらっしゃいのキスをねだるように、少しつま先立ちになるキョウカさまは、なかなかのタヌキである。
明け透けにぶっちゃけた話をすれば、ナンブ・リュウゾウ不在の方が、たぬき商会の仕事がはかどるのだ。
ナンブ領から出荷する農産物。
それを運ぶ人夫たちの手配。
そして各地で募集した剣士たちの護衛と、ナンブ剣術の稽古。
本来ならばナンブ・リュウゾウが行うべき仕事を、妻であるキョウカさまが人を使いテキパキとこなしてしまうのだ。
最近では私の立場も、ナンブ・リュウゾウの軍師なのかその妻キョウカの秘書なのか、わからなくなるほどである。
しかしイズモ・キョウカがナンブ・キョウカになったことで、確実に言えることがある。
蓄財が倍になり、ナンブに関わる人間が三倍にもなったのだ。
そう、関わる人間が三倍になったということは、それだけ金が回っている……つまり好景気ということだ。
それも今のうち、稼げるときに稼いでおくものですわ、とキョウカさまは言う。
たぬき商会の拠点をナンブ領に移したとはいえ、マダム・キョウカは学園へと帰らなければならない。
そして彼女がナンブ領にいる間に、さっさと爵位の委譲という儀式を済ませなければならないのだ。
イズモ・ダイスケ伯爵の場合は、伯爵家の行事である故、アンジェリカの休みが学校から認められた。
しかし男爵家に嫁いだキョウカさまには、これ以上の休みは認められていないのである。
そしてキョウカ夫人もまた、金にモノを言わせて横車を押すようなことはしない。
あくまでもルールに従う善玉として振る舞う。もしくは猫をかぶっていた。
そうでなければ、そんなところで身銭は切らないというケチっぷりとなるか?
ナンブ家はそれいけやれいけの勢いで結婚式場から披露宴、ナンブ領地での大どんちゃん騒ぎまでこなし、その上で二日酔いの頭痛と虚無感に耐えつつ、ナンブ・リュウゾウの男爵即位まで持ち込んだ。
この間も休むことなく、ナンブ・リュウゾウはキョウカ夫人に挑んでいたのだというから、スケベ心は偉大なものと言える。
というか、そこまで頑張ったのだから、もう充分だナンブ・リュウゾウ。
10カウントが流れても立ち上がる必要なんてどこにもないぞ。
それだというのに学園へキョウカ夫人を送る馬車の中、とてもガンバってらっしゃる二人の声がダダ漏れなのであった。
「ぬふぅ!」
うるせぇよ馬鹿。




