イズモ伯爵の嫌がらせ
そして翌朝、私たちはしっかりとした朝食を頂いていた。
飲んだ翌朝でも、ナンブ・リュウゾウを始めとする親衛隊たちは健舌そのもの。
米でも肉でも魚でも、なんでもかんでも山盛りにして挑んでいた。
その席にイズモ・キョウカはいない。
ナンブ・リュウゾウ曰く「キョウカどのは朝に弱い」とのこと。
なるほど、人の生き血をすするという伝説の吸血鬼というのは、朝日が苦手だと聞く。
しかしナンブ・リュウゾウと並んで健舌と見られるイズモ・ダイスケもこの場にいない。
そのことを誰もいぶかしむことは無かった。
まあ、この連中はシンプルイズベスト、という人種だ。
朝食の場にイズモ・ダイスケなくとも、「新婚だからな、昨夜ハリキリ過ぎたんだろ」としか考えていない。
密謀のできない連中だが、好漢というに相応しい男どもだ。
果たして、イズモ・ダイスケが食事の席に現れた。
「どうした兄者、顔色がよろしくないぞ?」
ナンブ・リュウゾウ、そういうところには目ざとい。
「うむ、まあな。アンジェリカが愛し過ぎて、昨日は励みすぎた」
真に受けた親衛隊たちは大爆笑。
しかしナンブ・リュウゾウは笑わない。
「兄者、困り事ならば力になるぞ」
その言葉にイズモ・ダイスケ、ナンブ・リュウゾウにヒソ……と耳打ちする。
ナンブ・リュウゾウの顔色が変わったのを見て、謀略が実行されたのを知った。
こんどはナンブ・リュウゾウが私の耳元で告げる。
「昨夜キョウカどのが、司祭に手込めにされたそうだ」
なに!? という顔を一瞬作ってから、私は口を開いた。
「殿、斬ってはなりませぬぞ。こうしたことは私刑にしてはお終いにござる。公の裁きにてしかるべき処置を取ることこそ肝心」
「しかしヤハラどの、俺の怒りはなんとしよう」
まだ、私の話を聞くだけの余裕がこの男にはある。
こうした時こそ冷静に。
剣術から学んだことなのだろう。
「殿、それは私憤にござる。殿はじき公人となる方。私憤は禁物ですぞ」
ナンブ・リュウゾウ憤懣やるかたないというところであるが、義兄イズモ・ダイスケに肩を叩かれる。
「済まん、リュウゾウ。俺の領地でこのような不祥事。傷物となった妹ではあるが、それでも変わることなく愛してやってくれるか?」
「もちろんじゃ、兄者! と、こうしてはおれん、キョウカどのを慰めにゆかねば!」
一目散、ナンブ・リュウゾウは食堂を飛び出した。
手筈によれば、ここでイズモ・キョウカの口からナンブ・リュウゾウに謀略の全貌が明かされるのだが、どうせそこからイチャつく展開になるのだ。
イズモ・キョウカの部屋に近づくことは禁止となっていた。
一方司祭はというと、一夜を明かした部屋に軟禁状態。
部屋の内と外に見張りを立てて、自害すらできぬようにしてある。
ここで謀略の全貌を打ち明けよう。
なに、単純なことだ。
夜明け前、泥酔して眠りこけた司祭のベッドにイズモ・キョウカが潜り込んだ。
ただそれだけのことである。
ただし、部屋には引き裂かれたイズモ・キョウカの私服を散らし、司祭が目覚める頃合いにイズモ・キョウカがさめざめと嘘泣きをしていただけのことである。
そこへ朝食の支度ができたと、イズモ・ダイスケ自らが知らせに訪れるという寸法だ。
ドタバタとしている間にありもしないことを事実としてでっち上げ、司祭に濡衣を着せたのである。
冷静に考えれば司祭も見に覚えが無いと言い張れるのだろうが、そこはイズモ・ダイスケが畳み掛けた。
イズモ・キョウカは義兄弟ナンブ・リュウゾウの妻となる身。
これに手をかけたるは、この場の処断では済みませぬぞ、と。
果たして自分はそのような酷い真似をしたものかどうか? と司祭が考える隙を与えず、教皇まで巻き込んだ騒ぎを内々に起こしてやると告げられたのだ。
この場での処断ならば、それで終いだ。
しかし組織や皇国全体に累が及ぶとなれば、自分ひとりのことではなくなる。
よし、自害して果てよう! などと考えても、すでに舌も噛めぬよう猿轡をはめられ、見張りを立てられてしまうという顛末。
詰んだ、ということを司祭は悟ったであろう。
しかしまあ、こんなロクでもないことをよく思いつくものだ、あのタヌキも。
いまごろはナンブ・リュウゾウにウインクして、小さく舌を出しているに違いない。
イズモ・キョウカ、恐ろしい女である。
もちろんこのことは教皇へと知らされるのだが、それにはイズモ・ダイスケが筆をとる。
そしてナンブ・リュウゾウもまた筆をとることになるのだが、そのためにはイズモの治安組織、いわば警察機関が証拠を数々でっち上げるので、司祭にはいましばらく生きた心地のしない日々を送っていただくことになる。
そしてこの出来事は、信仰心厚いアンジェリカの耳には一切入らないようにしてある。
私もふくめてそうなのだが、お前ら本当に地獄へ落ちるぞ。
さて死後の行き先などこの際どうでもよろしく、伯爵さま直属の治安維持部隊によるお取り調べが、午前中に開始された。
ここにはすでにイズモ・キョウカ、もしくはイズモ・ダイスケの息がかかっていたようで、
「司祭さま、昨夜はいかがなさいましたか?」
「いや、したたか酒に酔っていて、記憶がどうも……」
「さすれば記憶曖昧ということで、被害者イズモ・キョウカの証言が優先されまするが、よろしいですな?」
「……………………」
「沈黙は是となりますぞ? もちろんこの場で自害に及べば、返答に窮した故の自害となりまする」
「いや、見に覚えがありません」
「そうでしょう、先程司祭さまはしたたか酒に酔っていたと証言されているのですから」
と、見事なまでに咎人の作成にいそしんでいる。
もちろんイズモとしても司祭さまを信じたいところではあるが、伯爵令嬢イズモ・キョウカに偽証をする益が無い、というのが基本方針だ。
イズモ・キョウカはナンブ・リュウゾウに嫁ぐ予定である。
そのナンブ家に対し、教会を建てておけと出たのは教皇である。
しかしそれは親切心から出た言葉と捉えている、とナンブ家が証言の文をしたためているので、教皇としてもあれは子分になれという意味だ、とも言えない。
イズモ・キョウカが教皇に報復したのだ、と難癖をつけたければ、教皇がナンブ家に対しヤクザまがいの恫喝をしたと認めなければならないのだ。
つまり教皇は、司祭がイズモ・キョウカを手込めにしたということを事実としなければならないのである。
その上で司祭を処断もできない。
司祭を処断するには処断する理由を公にしなければならないからだ。
それは団体の恥となる。
信徒の減少にもつながる。
皇国の衰退にも発展しかねない。
だからといって、ナンブやイズモの勇猛なるを知る身としては、事を構えることもできない。
この場合、教皇の最適解はなんであろうか?
私は何もしない、というところに一票投じたい。
司祭を処断することなく、ただ粛々と事実を受け入れ反省の意思を見せる。
それだけでナンブもイズモも、それ以上のことはできなくなるのだ。
障らぬ神に祟りなし。
その方針がベストと私は思う。
ちなみにマウントを取り返したからといって、これ以上ナンブとイズモが騒いだりすれば、それは謀反とも取られかねないのである。
むしろ騒ぐ民を調伏することで、ナンブとイズモの株はグッと上がるというものだ。
教皇はおろか教皇派全体に対して箔がつくというものである。
取り調べ吟味の内容はすべて速記により記録され、公式な記録としてイズモ領地に保管された。
その公文書を清書してなおかつ「誤りなし」という伯爵さまの署名捺印を入れたところで教皇へ直に送りつけた。
それが昼をまわった頃。
謀略が密をもって良しとするならば、攻めは神速なるをもってよしとするものである。
この機密文書は忍びの手によって運ばれた。皇国最大のスキャンダルである。
そしてここは私が見てきたかのように語らせてもらうが、届いた文を開いて教皇は愕然とした。
太いタニマチであるアンジェリカ。
それが精強無比なイズモに嫁いだ。
そこの次期領主はこれまた精強無比のナンブと義兄弟の仲にある。
司祭を派遣したことにより、有能な番犬を二頭も手に入れることができるとホクホク顔の教皇だったが、一転奈落に叩き落されたのだ。
宗教者といえども、おいたはある。
お手付きもあろう。
しかし今回は相手が悪かった。
虎の娘で、修羅の花嫁なのだ。
番犬を手に入れるどころか、こちらが噛み殺されかねない、という状況である。
そしてイズモからの文はさらに続く。
お取り調べ吟味の済み次第、身柄送還いたします故、なにとぞ御命、お召になりませぬよう。
調査終了となれば、イズモはすみやかに司祭の身柄を引き渡すという。
そして、「処刑などなさりませぬよう」と結んでいる。
これはともすれば、道中にて司祭を殺害するつもりか? とも思ったが、猿轡をはめられ手足を戒められこそすれ、無事に身柄を引き渡してきた。
様子を見れば、拷問にかけられた形跡もなく、三度三度の食事に睡眠時間も確保さらていたと司祭は言う。
ただことの重大さにやつれてはいた。
もちろん皇国としても秘密裡に取り調べを行い吟味に吟味を重ねたが、司祭の潔白を証明することはできなかった。
当然だ。
被害者にして重要な証人であるイズモ・キョウカはワイマールにあり、イズモ伯爵の文は「罪に問わぬよう」と結んである。
つまり伯爵から「司祭を殺せ!」と言われているわけではないので、わざわざイズモ・キョウカを皇国に呼び付け証言を求めることもできない。
つまり教皇は永遠に「司祭という負債」と強姦の罪を抱え込み、イズモに対して引け目を感じ続けなければならないのだ。
ほんのちょとした欲を満たそうとして、痛い目を見る。
今回の広告は少々イズモとナンブを甘く見過ぎたようである。
気分鬱没。ということで更新を一回休みます。次回更新は29日を予定してます。




