ヤハラ、読む
いま現在の立場を整理するならば、皇国の教皇は先の大戦で活躍したイズモとナンブを大変に贔屓にしている。
もっとハッキリと言うならば、懐に抱え込み戦力とすることを欲している。
それ故にナンブ領地をこれまで放置しておきながら、いまさらになって「教会ひとつ建てておらんとはけしからん!」などと難癖まがいに恭順を求めているのだ。
私としては通う気も無い教会が建とうが建つまいが、まったく関係の無い話ではあるが、いらぬ敵を作ることは無い。
ただし、教会を建てるからといって、我々が皇国に恭順したなどと考えられるのも迷惑な話である。
我々を遇したいのならば、我々のルールを飲み込んでもらわなければならない、というのがイズモ・キョウカの考えである。
大切なことなので、今一度繰り返し述べさせていただく。
これは私の考えではなく、イズモ・キョウカのヤクザ理論なのである。
「小さな石ころをどけるのに、大軍を用いますな。さもなくば、石ころもそれ相応に大きくなりますわよ」というところだ。
我々を用いたいと欲するならば、それ相応の対価を支払え。
夢々タダ働きしてもらえるなどと思うなかれ。
という姿勢である。
そして上から目線で「お前ら皇国の仲間にしてやんよ」という教皇さまに対し、「仲間になって差し上げますから対価をお支払いくださいな」ということである。
そのためにイズモ・キョウカは喜々としてこの一件にからんで来ているのだ。
状況の確認、終わり。
ということで、世紀のスキャンダルを発見する役割を誰にしてもらうか?
私はそのことを考えなくてはならない。
ナンブ・リュウゾウ……は血の雨が降る。
シロガネ・カグヤ……女であることを理由にスキャンダルを揉み消されそうだ。
クサナギ先生……は食客で身分が無い、シロガネ・カグヤと同じ処理をされる。
となると、血の雨を降らせることなく、発言を揉み消しようのない身分となれば、誰が適任か?
イズモの若大将。
あらかじめ策を与えておけば、これだけの適任者もいなかろう。
なにしろイズモ・キョウカの実兄であり、妹の婚約者ナンブ・リュウゾウとは義兄弟の間柄。
そして次期伯爵と身分まで申し分ない。
ひとつ問題があるとすれば、策を授ける前にかなり飲んでしまっているところか。
いや、大牛の如き肉体。
今から話をつけ酒を控えてくれるならば、酔いどれとはならないだろう。
会場で警備の任に就いているモノに話を通してもらい、若大将にそっと近づく。
しまった、若大将はすでに耳まで赤い。
これは手遅れだったか。
と思うや否や、若大将はこちらを振り向きもせずに言った。
「聞いてるぜ、キョウカから。まあ任せておきな」
そして盃をあおっている。
のだが、後ろから見れば一目瞭然。
イズモの若大将は飲んでいる振りをしながら、盃から酒を腕伝いにこぼしているではないか。
つまりほとんど飲んではいない。
もちろんイズモ・キョウカから話を聞くまでは、グイグイといっていただろう。
しかしいざ策略となれば、ピタリと酒を止める。
さすがは剣豪イズモ・ダイスケとうなるしかない。
それに比べて我が主君は……。
と、その姿を探せば、こちらもグラスの酒が減っていない。
それどころか「我らこそ誠の警備兵」とばかり鋭い目を光らせていた。
ナンブ・リュウゾウには何も知らせてはいない。
しかしヤツは気配から一戦あるところを感じ取ったのだ。
野獣。
読者諸兄の世界ではもはや冗談でしか使われない単語であろうが、かつては戦いの中に身を置くことでしか自分を満足させられない人種を指した言葉である。
ナンブ・リュウゾウはまさしくその野獣であった。
貴族の倅、次期男爵でありながら満たされることなく、戦いを望んでいるのだ。
剣の林、槍の森。銃弾の雨が降り注ぐ戦いというのなら、ナンブ・リュウゾウ。
大変に頼もしい男だ。
しかし今回は権謀術策、身分を利用したり立場を使った戦いである。
戦いの匂いを嗅ぎつけていながら、その頼みとする剣を抜けないトモに、心の中でだけ詫びを入れた。
そして私がイズモ・ダイスケに接触しているところを見られるのも、好ましいことではない。
早々に上座を辞して宴の場へと戻った。
それから私は宴の場に居座り、親しい者や初見の者たちと談笑する。
この会場からは一歩も出ない所存だ。
会場から出たならば、誰かと接触してイズモ・ダイスケからの密命を伝えると誤解されるからである。
故にナンブ・リュウゾウとも距離を取っていた。
今回の密謀は秘にして明かさず、誰にも気取られることなく、が方針なのだ。
一切合切の疑いを消し去らなければならない。
イズモ・ダイスケをチラリと見る。
その傍らに賢そうな若者が控えていた。
あれがイズモ・ダイスケの片腕か、とすぐに知れた。
イズモ・ダイスケが豪傑として振る舞えば振る舞うほど、苦労を背負わされるのだろうなと、心の中で手を合わせる。
そして司祭さまの様子はというと、先程まではまぶたが重たかったようであるが、今はシャッキリとしていた。
私は誰にも知られぬようにほくそ笑んだ。
酔いには波がある。
酔ってシャッキリとして、また酔うのだ。
その波を繰り返せば繰り返すほど、酒は深く染み込んでゆく。
前後不覚へと突き進んでゆくのだ。
おそらく司祭さまは、今宵したたかに酔い、そして潰れることだろう。
伏魔殿同然の権力の中枢、教会に在席して権謀術策に長けているはずであるのに、案外単純な罠にかかるものだ。
いや、それだけイズモやナンブといった異人種を「田舎のサル」程度にしか見ていないのかもしれない。
エテ公風情に何ができる。戦場で暴れるしか能の無い連中が、人間の知恵に勝てるなどと思うてか!
そのような驕りがあるのでは、と推察する。
逆に腕力乏しい私などは、純然たる暴力というモノには脅威を覚える。
もしも私が大軍を率いて、イズモやナンブを討伐する立場になったとしよう。
私は即座に辞表を提出する。
なにが恐ろしいかと言って、絶対に勝つことのできない戦場と知りながら、それでもダンビラかざして突っ込んでくる連中が恐ろしい。
死ぬと知りながら、負けると知りながら、それでも俺たちはお前の喉笛を食い千切ってやると、理不尽な突撃をかましてくる連中が大嫌いなのだ。
これはもう、理論理屈ではない。
集団でヒステリーを起こしているようなものだ。
こうなると言語は通じない。
言語が通じず理論理屈も通らない人種が、私としては大の苦手なのである。




