動きだすタヌキ
「上手くいきましたわね、ヤハラさま」
珍しくイズモ・キョウカが私をほめる。
しかし油断はならない、何故なら相手はタヌキだからだ。
ほめてほめて持ち上げておいて、落差ができてから叩き落とすという手がある。
現にイズモ・キョウカという娘、微笑んではいるが目は笑っていない。
「ところでヤハラさま? お手軽を理由にナンブ家で養鶏を始めるというのでしたら、他家でも追っかけで養鶏業を始めて、ナンブ家のブランド力が落ちるのでは?」
さすがイズモ・キョウカ、良い鶏を作って高く売るという我が目論見、しかと見抜いておるようだな。
「養鶏業は手始めにございます。各地で我も我もと養鶏業が盛んになれば、ナンブ家では養鶏の利益でもって、すでに養豚業を始めておりまする。もちろん肉牛の研究も。これまた旧ドルボンド、あるいは旧ゼブラの王室御用達からノウハウ、あるいは現物の番いを仕入れてくるのですが」
もちろんそうした畜産業は、そっくりそのままナンブ領地で根付くとは限らない。
根付いたところで、そのまま敗戦国=劣等民族の王室御用達肉というのでは商品の競争力も薄い。
やはり日々研究、そして研鑽。
より美味なる肉を育てなければいずれ転落の憂き目を見ることになる。
地力。
ナンブ・リュウゾウならばそのように言うだろう。
ナンブ領地の地力を上げるのだ。
それには生産業、それも学問で言うところの第一次産業が好ましい。
何故なら王侯貴族であろうと貧乏人であろうと、人はみな等しく食べるからだ。
食べていかなければならないからだ。
この運命から、人類は逃れることができない。
時の流れ、寿命、老いること、そして食べること。
この四箇条において、人をはみなすべからく平等なのだ。
そして人には欲がある。
同じ食べるならばより美味いもの。
そう願うのは仕方の無いことである。
そしてこれは、優位性にもなるかもしれない。
畜産業のノウハウを売るかわりに、有力な上位貴族たちを取り込んだり、太いパイプを持つこともできるかもしれない。
まして、楔として打ち込んでいる他領地派遣の剣士団。
今はまだ有象無象でしかない異国民たちとも繋がりが深くなるやもしれない。
鶏をそだてて大儲けを目論んでいたが、ナンブ・リュウゾウそのものが大きく育つのではないかと、つい夢を見てしまいそうになる。
私のようなソロバン屋は現実主義でなくてはならない。
夢を見るのは大将であるナンブ・リュウゾウで良いのだ。
そしてその夢を現実のものとするのが私、ヤハラである。
ということで現実作戦のひとつを実行に移す。
「キョウカさま、司祭さまはイズモにもう一泊されるので?」
「えぇ、皇国への馬車は明日の午前中ですから」
なにかを嗅ぎ取ったかのような目だ。
「何をなさいますの?」
と、今度はイタズラを思いついたかのような目に変わる。
「いえ、教皇さまがこちらに友好的というのは分かりましたが、どうにもマウントを取りたがっているように感じられますので、ひとつ……」
「醜聞をでっち上げて弱みを握りますのね?」
何故この女はこういうことには勘が働くのだろう?
もしかしておはようからおやすみまで、二十四時間他人を陥れることばかり考えているのではなかろうか?
それも息をするが如く、ナチュラルに。
「それでは妙案がございますわ。わたくしも一肌脱ぎましょう」
だから致命傷を与える企みを即座に思いつくのヤメれ。
その悪魔の微笑みもだ。
「司祭さまはイズモのお酒をお気に召してらっしゃるようで。ではヤハラさま、塩の効いた香の物と川魚をお出ししましょう」
つまり飲ませるというのだな?
前後不覚、ベロンベロンになるくらいに。
無色透明、イズモとナンブの酒は後から効いてくる。
漬物や肴に箸をつけている間はそう感じないのだが、いつの間にか全身がダルくなりまぶたが重くなってくる。
そうなれば手遅れ、すでに泥酔まで加速するしかない状態に陥っているのだ。
そして理性が喪失した状態で、さらに盃を重ねるという悪循環に突入するのである。
それが証拠にナンブ・リュウゾウは地酒に手をつけていない。
あくまで火酒か、麦酒で舌を湿らせる程度にしか飲んでいない。
ナンブ・リュウゾウが地酒に手を出すのは、自宅で人を側に置いていない、ナイトキャップ程度の嗜みなのである。
辺りを見回した。
背筋を伸ばして挨拶を交わしていたような、貴族の時間は過ぎ去っていた。
どいつもこいつも酔っ払い、肉にムシャぶりつき、顔を真っ赤にしてフラついている。
早くも酔態を披露している連中は、序盤から地酒に手を出していた奴らだ。
ナンブ兵たちは地酒には口をつけていない……こともない。
若年兵の中には、すでに腰を抜かしている者もいた。
それはある意味仕方の無いことであった。
彼らは徴募の兵、庶民でしかないのだから。
歌を歌う者、裸踊りをする者、宴もいよいよたけなわとなっていた。
そして司祭さまを観察すると、まぶたをすっかり重たくして、それでも盃を重ねていた。
イズモ・キョウカは私にだけそっと耳打ちする。
「リュウゾウさまには、わたくし明朝まで席を外すとお伝えくださいませ」
イズモ・キョウカは楚々として去っていった。
ただいま雑記帳に投稿するネタを繰ってます。少しの前更新量が少なくなるかもしれませんが悪しからず。




