鶏を求めてひと儲け
教会建立には資金が必要だ。
これにこれからまだ金は必要である。
というかソロバン屋の私の人生において、金の必要ない次期など存在しない。
陽気な酒席も夜更けにお開きとなり、宿の部屋でアヤコとともに床へつく。
「なにかお悩みですか、ヤハラさま?」
「そう見えるかね?」
「アヤコになんなりと御相談ください」
「新たな産業を興してみたい」
「お金がご入用なんですね?」
「あぁ、それも湯水のごとく湧いてでてくるような、地に足着いたしっかりとした金だ」
「鶏などいかがでしょう?」
「鶏? 鶏肉のことか?」
私の腕枕で、アヤコははいとうなずく。
「以前潜伏していましたロースト卿では地鶏が名物でして、濃厚な味わいと香り、風味がなんとも言えず。お恥ずかしながらお代わりを頼んだものです」
お恥ずかしい話だが、私の妻は飲食や性行為、享楽という系統に目が無い性質である。
よって妻が美味しかったという肉は、どのように美味しいか? という具体性に欠けるところがある。
わかりやすく言えば、何を食っても美味いサイコーしか言わないグルメリポーターなのだ。
とはいえ、鶏肉には興味が惹かれた。
鶏は畜産としては小型の生き物である。
そのせいか生命サイクルが短い。
これもわかりやすく言うならば、鶏餌を変えて飼育方法を工夫した結果が、牛や豚に比べてすぐに結果が出るのである。
失敗したところでやり直しまでの期間が短いので、工夫の数がこなしやすいのだ。
「してアヤコ、そのロースト地鶏とでも言うべき鶏肉。いかなる工夫が施されいるかは調べておるか?」
「はい、当時鶏屋の主人に訊いたところ、餌の工夫と適度な運動で飼育していると申しておりました」
「その工夫の内容、調べることはできるな?」
「もちろんですとも、ですがその前に……」
アヤコは唇を差し出してきた。
唇同士の触れ合いから、存分にアヤコを可愛がってやる。
そして翌朝の祝宴。
アーサー王子をはじめとして、ワイマール第三軍諸侯、さらにはセーラー国などの各国からも祝い客が訪れていた。
私はイズモ・ダイスケに祝辞を述べたナンブ・リュウゾウをともない、さまざまな人物に挨拶へおもむく。
来賓名簿を事前に拝見して、おのおの食いついて来そうな話題は事前に調べをつけてある。
当然のように会話は弾み、ときには産業に関する話も聴くことができた。
そして気がつくと、ナンブ・リュウゾウのそばにはいつの間にやら小狸イズモ・キョウカが立っている。
しかし今回のタヌキはとりたてて目立つこともなく、ナンブ・リュウゾウの婚約者であることを告げればあとは会話の流れにまかせていた。
まるで、相手に自由に喋らせているかのようにだ。
そして必要な情報だけを懐にしまい込み、こちらからは何も与えていないのに、何故か相手は満足げに去ってゆく。
こいつ……本物のタヌキだな……。
ナンブ領地やイズモ領地には古くから狐狸の類いが人を化かすという言い伝えがあるそうで。
はじめのうちはたかだか4本足の獣が人を化かすという話に違和感を覚えたものだが、イズモ・キョウカがたぬき商会なるものを立ち上げていることを聞き及んでからは、なるほどタヌキは人を化かすと私も思い始めていた。
そのイズモ・キョウカがおとなしくしていたというのに、ナンブ・リュウゾウの袖を引き「今度はあちらさまに御挨拶にうかがいましょうか?」などと言い出した。
その相手こそが正にロースト卿御子息、フロンタール・ローストさまであった。
「殿、あれこそが鶏王のロースト卿御子息です」
「ふむ、俺たちがめざす頂きか……」
「これは殿らしくもない。乗り越えるべき頂きにございます」
男子の意気を示すと、イズモ・キョウカはクスクスと笑う。
「失礼いたしましたわ、ヤハラさま。男の子というのは可愛らしいものと思いまして」
その言葉の意味は、挨拶のあとでうかがったロースト地鶏の秘密を聞いて知った。
「ナンブどの、まずは良いと言われる鶏を番で仕入れることですぞ」
ロースト家では十組の番から始めたそうである。
グリルド卿から譲り受けた、グリルド鶏を研究して現在のロースト地鶏というブランドになったそうだ。
つまりナンブ地鶏を成功させるためには、まずグリルド地鶏を仕入れてロースト地鶏の育成方法を参考に、劣化コピーを作るしかないのである。
「ヤハラどの、それでは他家を押し退ける鶏は育てられんぞ?」
「せいぜい地産地消がいいトコでしょうな」
落ち着いて答えたつもりだが、内心の焦りを気取られてはいないだろうか?
落ち着け落ち着け、まずロースト領ははるか彼方だ。
ならば顧客が被ることはなかろう。
だからこそロースト卿も地鶏の秘密を少しだけ教えてくれたのだ。
だがしかし、この状況いかにするべきか?
すると口惜しいことにナンブ・リュウゾウが突破口を開いてくれたではないか。
「ヤハラどの、ドルボンド王室やゼブラ王室では、いかなる鶏を食していたのだろうな?」
「それだぁっ!」
ドルボンドという国々は国家が消滅し文化が潰れたのだ。
ここから良い鶏とノウハウをいただくというのは悪い話ではない。
もちろんそれ相応の謝礼は支払うつもりだ。
他にも肉牛、養豚、生乳や乳製品製造などのノウハウが残っているかもしれない。
亡国の王室料理を蘇らせる、あるいは王室鶏を庶民の口にという名目で鶏を仕入れてくれば、旧ドルボンドの農民も鶏を譲ってくれるだろう。
一応アーサー王子にドルボンド地鶏の権利について確認しておく。
旧ドルボンド王の領地は王室が管理しているはずだ。
私がナンブ・リュウゾウとタヌキ一匹を連れてゆくと、アーサー王子は笑って向こうから話しかけてくれた。
「やあ、ヤハラくん。またなにか悪だくみかい?」
「誤解です、アーサー王子。いかに私がナンブ・リュウゾウを引き連れていようとも、毎回毎回悪だくみをしている訳ではありません」
「いやいやヤハラくん。今回は特に商いに手を染めた伯爵令嬢も御一緒のようだからね。油断をしていたら王室の金庫が空っぽになりそうだよ」
なるほど、伯爵令嬢イズモ・キョウカは王室とも取引があった。
金銭に疎そうなアーサー王子がこう言うのだ。
たぬき商会は大変にケッコーな商品を展示して、大変にヨロシイ商いをしているに違いない。
「御安心あれ、アーサー王子。今回のナンブ企画は旧ドルボンド王室に御用達の地鶏は無かったか?
あればそれをナンブ領地で復活させ、名物として売り出そうという企みです」
「それはいい! 確かに旧御料地は王室の支配にある。しかし父上も兄上も、地鶏の話はしていなかったな」
旧ドルボンドには剣士たちを送り込んでいる。
その門人の中に地鶏農家がいれば話は早いのだが。
早速忍びを使って現地に連絡を取らせる。
もちろん現地の剣士には軍資金としてたっぷりと金を握らせておく。
当然のことではあるが、地鶏育成の名手があれば即座にナンブ領地へと迎え入れる手筈もできていると含んでおいた。
これは何も旧ドルボンド国のみの話ではない。
現在セーラー国が統治している救国ゼブラ国へも忍びを使わせておいた。
果たして地鶏はあるものか?
あればお抱えの地鶏農家はあるものか?
いや、きっとある。
この時代、この世界だ。
王室というもののロイヤリティ、ブルジョアジーを甘くみてはいけない。
貴族の中には庭園の中に野生動物を囲い、狩り遊びに興じる連中もいるのだ。




