イズモ領地へ
にわかに湧いた王都のナンブ兵景気。
ホテルからあぶれた者、ホテルでは飲み食いの足りなかった者たちが街へ繰り出してどんちゃん騒ぎの延長戦である。
当然のようにナンブ・リュウゾウも出撃しようとする。
目的地は学園の寮である。
これからイズモ・キョウカを呼び出して一発キメようというのだ。
しかし私はそれを諌める。
「殿、すでに日は暮れております。キョウカさまもすでにご就寝。迷惑がかかりますぞ」
「ぬう、俺はこれが楽しみで警備の仕事に励んでいたのだが」
「そうおっしゃると思ってこのヤハラ、明日は馬車を用意いたしております」
「なんと、馬車とな!」
そう、挙式の済んだアンジェリカ姫とイズモ・ダイスケは明朝イズモ領へと出発する。
そこで第三軍総出の披露宴、さらなる大どんちゃん騒ぎへと突入するのだが、イズモ・ダイスケの妹であるイズモ・キョウカがこれに出席しないはずがない。
ということで、新婚の二人と来賓のアーサー王子はイズモ兵の護衛、妹であるイズモ・キョウカはナンブ兵の護衛で移動する手筈となっていた。
ナンブ・リュウゾウとイズモ・キョウカ。
若い二人を馬車に押し込んでイズモ領へと旅立つのだ。
「殿、そのときこそキョウカさまを幾度となく旅立たせる好機にございます」
「そうなるとキョウカどののためにも、今宵は入浴するのみとしておくか」
「全身くまなくピカピカに磨かれよ」
ナンブ・リュウゾウが去ったところで、親衛隊長シロガネ・カグヤを呼ぶ。
「殿はあのように申されておるが、カグヤ隊長。今宵多めに搾り取っておいてはいただけないでしょうか?」
「はて? いかがなされたかな軍師どの?」
「アヤコ情報なのですが、キョウカさまは月のものが始まってござる。明日朝、殿がキョウカさまに迫っても、いや、迫る気力さえ奪っておいていただきたい」
「キョウカさまの事情は、殿に説明させていただきますぞ」
「お願いいたします」
「しかし軍師どの、それでは殿がいささか不憫ではあるまいか? イズモさまを何度も昇天させようと、ずいぶん張り切っておれれるぞ?」
「カグヤ隊長、女御というのはキスひとつでも昇天できるものではありますまいか?」
「左様、確かに。特にイズモさまは殿にずいぶんと入れ込んでいる御様子ですし。となれば、イズモさまとて女学問は十分に心得あるはずなので、逆に殿の方が幾度となく天に召されるのでは?」
「それはそれで仲睦まじゅうてヨロシイ」
シロガネ・カグヤは苦笑した。
「殿も大変だ、このカグヤに搾り取られ、イズモさまに搾り取られるのだから」
「互いに平民の出でよかったですな」
「いえいえ、はばかりながら拙者も殿のお妾くらいは狙っておりますので、苦労は耐えませぬ」
「なんと、やはりカグヤ隊長にもそのような野心が!?」
「はい、その方が殿の身辺を警護しやすそうなので」
少しは人間味のあるところが見られるかと思いきや、やはりシロガネ・カグヤはシロガネ・カグヤであった。
「その下りに関してはなんとかイズモさまの御了承をいただきたいと考慮しているのだが……はて、軍師どの。 なにをそんなに肩を落とされておる?」
「いえ、カグヤ隊長。カグヤ隊長はいつまでもそのままのカグヤ隊長でいてください」
難しいことを言う御人だ、とシロガネ・カグヤは笑う。
「そういえばカグヤ隊長、クサナギ先生の御子息とお嬢さんには?」
「さきほど、クサナギ先生から御紹介いただいた」
「どう見ます?」
「親衛隊へとスカウトですかな? およしなさい」
「いえ、とくにそのような気は。単純に剣士シロガネ・カグヤから見た二人はいかがなものかと。何分私は剣術不得手なものですから」
しかし、スカウトはよしなさい、という言葉で半分は回答を得ているようなものだ。
「それならば……剣を執っている姿も見ずに評する愚をお許しくだされ。……まず御子息、これは剣で身を立てようとすれば死にまする」
いきなりとんでもない回答が来た。
「なにかこう、剣にすがるとでも言おうか、あるいは戦さっ気が強すぎるというか。剣術は斬るより外は無いということをまだよく理解しておらんようだ」
確かに、剣術の終着点は相手を斬る以外に無いだろう。
しかしそれではダメなのか?
「斬るのは自分ばかりではない。相手も自分を斬ろうとしているのだ。そのことをよくよく理解していなければ、まず死ぬしかなかろう。若い男子だ、戦さっ気があるのは仕方ないとはいえ、無茶も平気でしそうな気配がある」
「ではお嬢さん、ミユキさんの方は?」
「こちらは戦う人間ではない、伝える人間だ。技を正しく納め、次の世代に引き継ぐ人がだろう。ともすれば血塗られた南部無双流、次世代では戦さではなくほかのものを求める流派になるやもしれん。それが良いことなのか悪いことなのかは、軍師どのの方が判断しやすいだろうな」
そういうものなのだろうか? いや、剣術を生業としていないからこそ、そうした判定はしやすいのかもしれない。
「ミユキどのに関しては、生き延びてもらいたいというのが私の本音だ。血を吸ってきた剣術流派が、次世代その次の世代にどのように引き継がれてゆくのか、それを見守りたい気はする」
シロガネ・カグヤ。
後に齢一〇〇を越えても生き永らえ、剣聖と賞され生涯現役をまっとうすることを、この時点での私は知らない。
「いかがで御座ったろうか、軍師どの。人の評価など学の無い私がするのは、大変に面映いのだが」
「いえ、大変に参考になりました。ありがとうございます」
「では私も殿をその気にさせるため、湯浴みのひとつもしておこう」
そう言い残して、銀髪の剣士は酒席から消えた。
今夜はなかなかに収穫の多い夜と言える。
普段あまり言葉を交わさない相手にも、浮かれた雰囲気にまかせて話しかけられる。
とはいえ、さすがにアーサー王子やアンジェリカさまといった王族、あるいは王族の血を引く者に軽々しい口はきけない。
残念ではあるが、今夜はこれで潮のようだ。
私もアヤコと仲睦まじく眠るとするか。
「アヤコ、アヤコはおるか?」
「はい、これに」
相変わらず背後に姿を現す女だ。
しかしそれも徐々になれて来ている。
「私ももう寝るとする、ともにどうだ?」
「是非も無く。ゆぐに湯浴みを終えて床の支度をいたしますので、しばしお待ちを」
「うむ、あまり待たせるでないぞ」
部屋に据えられた湯船に湯を満たし、アヤコとパチャパチャ水遊び。
すっかりアルコールの抜けた身体で、さらなる子作り運動で汗を流したせいか、翌朝は気分爽快。
二日酔いの虚無感も頭の重さも無く、出発の準備に入ることができた。
ナンブ兵たちの大半は二日酔いに陥っていたが、それでも規律正しく隊列を作り、ナンブ・リュウゾウの号令一下整然と学園を目指した。
そのナンブ・リュウゾウだが、目の下に隈ができている。
逆に親衛隊長シロガネ・カグヤは肌の色つやよく、体調万全といった風だった。
ナンブ軍は全員徒歩だ。
その中に豪華な馬車が混ざっている。
イズモ・キョウカを迎え入れ、ナンブ・リュウゾウを押し込むためのいわばロマンスカーといったところか。
ということで、一団は学園を目指した。
誠の旗を掲げて行進するナンブ軍は、王都の民の注目を集める。
ある意味当然だ。
この結婚式期間中、ナンブ軍は王都の治安をこれでもかとばかり維持、改善したのである。
中には頭を下げて感謝の意を表す者までいた。
都大路をナンブ軍が征く。
青空の下の行進は、さぞ壮観であったことだろう。
学園前で軍は歩みを止め、待機する。
私とナンブ・リュウゾウの二人でイズモ・キョウカを出迎えるため校門をくぐった。
学生寮の前に、イズモ・キョウカはたたずんでいた。
大きな旅行鞄、一分の隙も無い制服姿。
そして焦げ茶色の友人フジヒラ・トヨムと理事長先生である鬼将軍が見送りであった。
「理事長先生、教え子をしばしお借りいたします」
「うむ、子作りはいましばらく控えなさい」
「あら、理事長先生。わたくしまだリュウゾウさまとは結婚しておりませんわ」
華やかに微笑むイズモ・キョウカだが、婚前交渉が済んでいることは私でさえ知っている。
それにいま現在、生理中だということも。
「では、キョウカどの」
「はい、リュウゾウさま♡」
ナンブ・リュウゾウはイズモ・キョウカの手をとって、馬車の中へエスコートした。
そのまま自分も乗車する。
「あ〜〜ダンナ、ありゃキョウカの奴。イッパツ仕込みキメるつもりだぞ?」
品の無いことをトヨムが言う。
「なに、それくらいのことでゴタゴタぬかすほど、この鬼将軍器は小さくないぞ、トヨム」
「アタイも誰かさんに、早く貰ってもらいたいのになぁ〜〜……」
「慌てることは無いさ、人の幸せなどというものは、今ここでなくてはならないものでも無い。楽しみに取っておけ」
「ブーブー!」
およそ理事長と学園生徒らしからぬ会話だが、ひとを愛するになにをためらうことのあろうや?
ましてこのフジヒラ・トヨム、ナンブ領地の出身である。
その挙式にはナンブ・リュウゾウが黙っておらぬだろうというくらい、私たちには縁のあるカップルなのだ。
「それでは理事長先生、トヨムさん。行って参りますわ」
イズモ・キョウカは馬車の窓から手を振った。
ナンブ・リュウゾウが車中の人となったので、ナンブ軍前進の号令はシロガネ・カグヤが下す。
さらば王都よ、また来るまでは。
王都を賑わせたナンブ軍は、こうしてイズモ領目指して出発したのだ。




