司祭さま
一行が郊外へ出ると、馬車の中からナンブ・リュウゾウのあえぎ声が聞こえてきた。
読者諸兄からすれば、一部の趣味人をのぞきまったく嬉しくない声なのだが、イズモ・キョウカが生理中なので仕方がない。
そのような期間でなければナンブ・リュウゾウ、全力をふるって彼女に満足してもらえるよう励みに励むのだろうが、イズモ・キョウカは衣服を脱ぐことさえためらわれるような期間なのである。
いやむしろ、そのような期間であるにも関わらずお相手をしてくれるというのは、まさに破格の待遇。
本来ならばイズモ・キョウカとて人間なのだ。
憂鬱な時期もあるであろう。
それを推してのサービスなのである。
ナンブ・リュウゾウとしては喜悦の声のひとつでも挙げてやらねば、イズモ・キョウカの女が廃るというものだ。
しかし、その声を聞いているとどうやらサービス精神とか少し大袈裟にといった類いの声ではない。
剣をとっては豪傑無双のナンブ・リュウゾウが、年下の小娘に本気で転がされているような様子であった。
私はアヤコを呼んだ。
「殿がここまでイイように弄ばれるとは、そのような術が存在するのかね?」
「ヤハラさま、閨の術は奥が深う御座います。というかそれは遠回しに、今夜試してくれという注文でしょうか?」
「いや、遠慮しておく。夫婦の仲とはいえ、いや、だからこそ男は女に弱みは見せたくないものなのだ」
「その点殿は弱み見せまくりですねぇ。存外心の広いお方です」
「関係があるのかね、心の広さが?」
「女は殿方に施していただくのが幸せとお思いでしょうが、施しを殿方に悦んでいただくのもまた嬉しいものなのです」
「確かに、私もアヤコに悦んでもらうとうれしい」
「だけではありません、殿方は責められて悦ぶ姿を女以上に恥ずかしいと思うでしょうが、その恥ずかしい姿を自分だけに見せてくれるのですから。これは女に対する信頼以外の何物でもありません」
「なるほどな、私もアヤコが乱れてくれれば乱れてくれるほど、そうしたものを感じてはいる」
しかし、ナンブ・リュウゾウの声が女の子のように乱れて、身も世もないほどにもだえているのは、趣味人ならぬ私としては眉をしかめるばかりであった。
「親衛隊士諸君は、閨においていま現在の術がすべてなどとは思わず、より研究研鑽吟味をすべきこと」
シロガネ・カグヤ隊長は、四角四面の大真面目な顔で訓示を垂れる。
そして親衛隊士もクソがつくほど真面目だ。
腕を組んでじっくりと考え込んでいる。
「俺ぁ女なんぞ、一押しニ押し三に押しくれぇにしか考えてなかったが、そうじゃねぇのかよ?」
「いや、俺っちも似たようなモンさ。責めて責めて責め抜いて! ってのが心情だったのによ」
「そんなことしても、女は嬉しくないですよ?」
アヤコがアドバイスを送る。
「とにかく女性は優しく大切に扱って、髪を撫でたり頬を撫でたり。それくらいのことでも嬉しいんですから」
女性というものは、股を開かせるよりも心を開かせよ。
これを言ったのはアヤコであったろうか。
とにかくそういった心遣いが必要なようである。
かく言う私などは親衛隊士諸兄のごとくタフでもなければ逞しくもない。
アヤコに対しては獣のような迫力で迫ることが出来ないでいる。
だから良いのですよ、ヤハラさまは。
そう言ってくれた言葉に偽りは無いようである。
では、ロリコン若大将のイズモ・ダイスケさまの様子はいかがなものであろう?
アヤコに探らせる。
女学問は十分であるはずのお姫さま、アンジェリカさまとどのように愛を紡ぎ合っているものやら?
アヤコはすぐに戻って来た。
「馬車の外から様子をうかがっただけですが、どうやらあの様子は、とても優しく宝物を扱うが如く接してらっしゃる御様子。ロリコンにはロリコンなりの作法というものがあるようです」
さすが義兄。
というか、ロリコンの作法など想像もしたくないのだが、閨の術に関してはイズモ・ダイスケに軍配を上げて良さそうだ。
「いえいえヤハラさま、殿の弄ばれっぷりもアヤコは一票投じます。これだけのやられっぷりは、女としては嬉しい限りですよ?」
男の立場としては御免被りたいところではあるが。
「ですがヤハラさま、閨の話よりも面白い話を仕入れて来たのですが」
「どのような話だ?」
「実はイズモ領での式典には、教皇さまが人を派遣されるそうです」
「王都の式には来なかったのにか?」
「なんでもアンジェリカさまは敬虔な信者だそうなのですが、王都に教皇さまの手の者を招けば政治利用されかねないとかなんとか」
他の王子たちが教皇と近い、とかいう話はついぞ聞いたことが無い。
というかあの連中が敬虔な信者であれば、先の大戦で外様あつかいはされなかっただろう。
そして教皇さまが人を遣わすからには、アンジェリカさまは個人的にかなりの献金をしているやも知れぬ。
もしそうなれば、イズモ・ダイスケの背後に教皇さまという巨大な後押しがつくということになる。
もちろん政教分離という建前はある。
教皇さまも表立ってイズモや第三軍、あるいはアーサー王子をおすことは無いだろう。
しかしイズモ・ダイスケの妻が敬虔な信者であるという事実は大変に聞こえがヨロシイ。
悪を討つ、天誅を下すといった図式が拵えやすいのだ。
「イズモの参謀格は誰であろう?」
アヤコに訊く。
「伯爵さまにはジイがついておりますが、ダイスケさまには若い軍師がつけられたようです」
爵位の移譲が近いのだろう。
割とにわかに湧いた話である。
豪放磊落なダイスケさまを思えば、軍師役はそれこそクソ真面目な人間と想像できる。
一度繋ぎをつけておきたいところだ。
それでしたらヤハラさま、とアヤコが言う。
「私たち忍びをお使いくださいませ。あちらの軍師さまも忍びをよく使う方ですから」
「むしろその方が面白いかもしれんな。面識の無い軍師同士が忍びを仲介にして策を練り合うというのも。してアヤコ、あちらは王室をどのように考えているだろうか?」
「ヤハラさまほどには危機感を持ってはいません。なにしろ昨日今日の軍師ですから」
「それにアーサー王子との顔繋ぎもまだだったな。……今夜は裸踊りだろうか……」
「殿方はあれひとつでたがいに胸襟を開けるのですから、楽なモノですよね……」
バカ騒ぎをすればするほど、その内容が仕様の無いものであればあるほど、男子の結束というものは固いものとなるのである。
正直に言えば私もあの裸踊りの夜から、血盟の同志というものになれtq気がするのだ。
王子も貴族も平民も無い。
それが天下国家を前にしてのことか、はたまたバカ騒ぎに起因するものか、ただそれだけの違いでしかない。
とにかく今夜はフィーバーナイトだ。
可能であれば教皇さまの手の者も、ともに飲んで歌って踊って騒いでしてもらいたい。
宗教とは何ぞや?
宗教とは商売である。
ならば太いタニマチ、後援者という者を獲得しなければならない。
そのためにはお硬い話ばかりではなく、裸踊りのひとつも披露してくれるのではないか?
そのような淡い期待が私にはあった。
そして馬車の中から「はにゅ〜〜ん♡」という叫びが轟き、野郎ボイスによるギシギシあんあんの案件は終わりを迎えた。
「ようやく御満足いただけたようですわね」
額に汗を浮べたイズモ・キョウカが、少しくたびれたように呟いた。
ほんのりと頬が紅潮しているのが印象的であった。
というかイズモ・キョウカよ、お前は相手を失神KOしないと満足と見なさないのか?
その在り方に疑問を感じたことは無いのか?
私ははなはだ疑問に感じるぞ。
KOに餓えているというのであれば、やはりこの娘もかなりナンブ・リュウゾウ寄りというか、おかしな人間と言うことができる。
常識人は私ひとりか……。
それとなく孤独を感じてしまいそうだ。
そのような感傷にふけっている暇もなく、 一行はイズモ領地へと到着する。
かなり参った様子ではあったが、ナンブ・リュウゾウはよろめくように馬車から降りてくる。
この地では俺よりもキョウカどのの方が主役だという。
その通り。
確かにイズモ・キョウカはこの領地のお嬢さまだ。
男子であり戦士でもあるナンブ・リュウゾウが地元のスターと一緒に馬車の中、という訳にはいかないだろう。
疲労の色が表情に濃く浮かんでいるが、それでも胸を張り顔を上げて歩いた。
地元イズモの民が沿道を埋め尽くしている。
オラが大将イズモ・ダイスケとアンジェリカさまの姿をひと目見よう、というものかと思ったが、それだけではないようだ。
娘たちは馬車の窓から手を振るイズモ・キョウカに頬をトロかせ、男どもは豪傑ナンブ・リュウゾウに熱い眼差しを注いでいた。
さすが猛将イズモの民。
武張った男、強い男というのは大好物のようである。
予想外なナンブ・リュウゾウ人気であった。
まして次期領主であるイズモ・ダイスケと、義兄弟の契りを交わしていると来た日には、侠客としての人気も加わっているではないか。
その筋のお兄ぃさんたちが、ナンブ・リュウゾウを眺めてウンウンとうなずいていたりした。
私たちナンブ軍は聖堂周辺の宿に入れられた。
イズモで用意してくれた宿で、宿泊費用はイズモの財布から出るらしい。
つまりナンブ・リュウゾウとイズモ・キョウカの結婚披露宴の折には、ナンブ家は同等の数のイズモ兵をもてなすために、財布の口を開けなければならない、ということだ。
私は早速ソロバンを弾き、手帳にその数字を記入した。
その数字というのは、なかなかに頭の痛い金額だったとだけ申し上げておこう。
そうなるとナンブ家は、なんとしてでも「キョウカちゃんフィーバー」を巻き起こし、少しでも経済を活性化させておかなければならないだろう。
さて、私たちの入場からほどなくして、教皇さまから派遣された司祭も到着したようだ。
イズモ・ダイスケとアンジェリカさまが挨拶に赴いたという情報が入る。
それを聞いたナンブ・リュウゾウは、「ヤハラどの、俺たちも御挨拶にうかがおうじゃないか」とイタズラ小僧のような顔で言い出した。
「おや殿、キョウカさまとの挙式に司祭さまをお呼びになるので?」
「そんな先のことではないさ、今夜ベロンベロンに酔わせる相手だ。ツラくらい拝んでおこうと思ってな」
あぁ、やっぱりヤルんだな?
ほのかに頭痛を感じてしまった。
そしていざ、司祭さまのお顔を拝見するとなんともこう満たされているというか、たっぷりと蓄えた白いヒゲに福々しいお顔立ち。
大柄な体格でなるほど、各地での迫害など物ともせずに布教活動をされていたのだろう、と納得してしまう身体つき。
宗教を商売などと断じてしまったが、同時にそれは迫害との戦いの歴史ともとれた。
単純に愛だの平和だのを説いても、荒んだ人心に染み渡るものではない。
そして布教の道中斃れるようなことがあってはならない。
正義を示したくば力を持て。
力を認められたくば正義を持つべし。
司祭の肉体は、雄弁にそのようなことを語っていた。
この司祭を酔っ払わせて、ともに裸踊りをしようというのである。
ナンブ・リュウゾウ、なかなかにチャレンジャーと言えた。
ファーストコンタクト、まず司祭さまはナンブ・リュウゾウを一瞥するなり、悪ガキと対する担任教諭のような顔をした。
しかしナンブ・リュウゾウも貴族の子。
きっちりと例を尽くして接する。
すると司祭さまは目を細めて温和な微笑みを浮かべた。
普段のナンブ・リュウゾウならば、「ウソくせぇ笑顔だぜ」などと唾棄するところだが、司祭さまの微笑みが本物と見たのか、そのような態度は見せない。
次回更新はお休みします。予定していたパートが実在出雲鏡花にダメ出しをいただきましたので書き直しです。17日の更新をお楽しみに。




