ヤハラの新技とヤハラの弱点
厳かな挙式が済んだら、今度は王室馬車に新婚の二人を乗せてパレードである。
事前に配置を変更して、私はこれに対処する。
学園教会内の兵をすべて移動させるのだ。
もちろん伝令には忍びたちを使う。
ナンブ兵たちはこれに応え、整然と移動を開始する。
パレードは王都主要道路を馬車で通過、イズモ平常が陣取る高給宿、つまりホテルに入りそこでアンジェリカ姫からお言葉を賜ることで一連の式典が終了となるのだ。
あとは飲めや歌えやの大宴会大フィーバー、大どんちゃん騒ぎである。
それまではナンブ兵たちの護衛であるので、平常はみな喉を鳴らして終了の時を待っていた。
警備兵の配置が完了するのと同時、教会から豪華な馬車が出発した。
馬車に先立ち露払いを行うのは、王都にもその名を知らしめた剣豪クサナギ先生。
馬車の後部に立ち賊を振り払う役割は、ナンブ・リュウゾウとシロガネ・カグヤという、見る者が見れば賊が可愛そうになるような面子である。
そこに銃を置いた親衛隊三〇名が、誠の旗と愛一文字の旗、さらにワイマール国旗を掲げて続いていた。
沿道の人垣に背を向けて、ナンブ兵たちが警備の任務に就いている。
本来ならば人垣に対するのが基本なのだが、王族に尻を向ける訳にもいかない。
そのかわりと言ってはなんだが、ズラリ並んだナンブ兵たちは馬車が近づくと一人一人抜刀。
剣を顔の前に立てる礼を行い、親衛隊が通過すると血振りと納刀させた。
次から次へと抜刀と敬礼がおこなわれ、次から次へと血振り納刀がおこなわれるさまは、中々に壮観で見応えある演出と言えた。
我ながらハナマルをつけてやりたくなってしまう。
そして沿道を警備していたナンブ兵たちも馬車が通過すればその配置が解かれるので、親衛隊に付き従って行進する。
ホテルに到着する頃には、馬車はちょっとした軍団を率いているかのようにも見えた。
どれだけこの婚姻が周囲から祝福されたものか。
それを訴えるには十分にしてありあまるほどの効果と言えよう。
イズモの若大将と、伯爵家跡取りの嫁に下った姫君を乗せた馬車をホテルに納めることで、私とナンブ兵たちの大仕事は終了する。
イズモ家の警備隊長に業務引き継ぎをホテルの中庭で果たして、私たちは肩の荷をおろした。
残り物ではあるが、酒と料理が中庭に運ばれてきた。
私の見るところでは、王都のものとイズモのものが折半である。
つまりアーサー王子とイズモ・ダイスケからの労いということだ。
「労いということは退くに退けんな、ヤハラどの!」
「恥ずかしながらこのヤハラも、護衛の任が解かれた途端ハラが鳴りました」
「よし! 者どもかかれーーっ! ホテルがごめんなさいと言うまで食って飲むのだーーっ!」
まさに酒池肉林、酒も食べ物もどっさりある。
そこへナンブ兵たちが雪崩をうって襲いかかったのだ。
たちまち狂乱の宴となる。
そこへ女たちも雪崩込んでくる。
王都の女のせいか、かなり身分と値段が高そうに見える。
しかしそんなことはお構いなし、のんで食って歌って騒いで踊って触ってこの世は天国。
先程まで王城の地を守っていた男どもとは思えないほど、乱れに乱れた。
ふと目をやると、クサナギ先生の傍らに幼い娘がいた。
お子さまですか? と訊きたくなる。
しかしクサナギ先生は私と目を合わせると、こっそり「俺の奥さんだよ」と教えてくれた。
確かに、以前クサナギ先生は既婚者だと聞いたことがある。
しかしそれが、見た目アヤコと同じくらいの女性とは。
クサナギ先生も隅に置けない男である。
そしてクサナギ先生の背後に立つ若武者が、「父さん……飲みすぎないように……」などとその身を案じている。
なかなかの美系だ。
しかし父さんと呼びかけたからには……。
「あぁ、俺の息子だよ」
やっぱり……。
もちろんそのことを咎める資格は、私には無い。
とはいえここまでそのプライベートがまったくの謎であったクサナギ先生だ。
その神秘のヴェールが剥がされたことにまず驚く。
「いや、俺だって人間さ。妻もあれば子もあるさ」
「かまいません、それよりクサナギ先生。息子さんがいらっしゃるということは、南部無双流の将来は安泰ということでしょうか?」
「それが我が愚息は本当のアンポンタンでな、これならまだリュウゾウの方がマシってくらいよ。とてもじゃねぇが、跡目は継がせられねぇな」
「では流派は断絶?」
「それが世の中良くしたもんでよ、娘の方が素直で覚えがいいんだ」
一本おさげにメガネをかけた、見るからに地味そうな娘が、私に頭を下げる。
ふむ、こう言ってはなんだが美童の息子に比べると華が足りない。
しかしそれ故に、土の匂いというか地に足着いたような雰囲気がある。
安定感とでも言おうか。
基本基礎を徹底的に練り上げて、それを誇らず苦ともせず。
ただ一途に技を練り上げるような、そんな愚直さを見てとった。
「ヤハラどのは知らんかったか?」
そういうのはナンブ・リュウゾウだ。
グラス片手、吐く息が酒臭い。
もう片方の手には骨付き肉を炙ったもの。
「初めてお目にかかります」
息子さんの方から切り出してきた。
うむ、まだ十七、八の若者だ。
先に頭を下げることを心得ている。
「どこに出しても恥ずかしくない息子さんですね」
「ちっちゃくまとまってるだけさ、面白くもなんともねぇ」
「しかしヤハラどのは気に入ったようだな」
「そう見えますか?」
そうか、そんな様子を見せたか……。
なるほどナンブ・リュウゾウ、よく私のことをみている。
ということは……。
酒の席だ。
私にも少しイタズラ心が芽生えた。
書類とにらめっこしとぃるような、特に予算が足りていないときのような雰囲気をかもし出す。
そう、ナンブ・リュウゾウが朝帰りをして、飲んだ食った買ったの領収書を私の机に置いたかのような、あのときの雰囲気を。
するとさきほどまで会話に参加していたナンブ・リュウゾウは口を閉ざし、スルスルとその場から去ってしまったではないか。
「なにをされたのですか、ヤハラさま?」
娘さんの方が訊いてきた。
どうやらこうした感覚的なものには、娘さんの方が敏感なようだ。
「ちとイタズラ心が湧きましてな。娘さん、お名前は?」
「ミユキと申します」
「ではミユキさん、ご足労ですが我が殿。ナンブ・リュウゾウに伝えてはいただけませぬか? これはヤハラの茶目っ気にござると」
はい、と言いながらもなにか腑に落ちないという顔で、ミユキさんはナンブ・リュウゾウのもとへ。
息子さんであるキョウヤくんなどは、よく分かっていない顔のままだ。
そしてナンブ・リュウゾウが笑顔で戻ってくる。
「ヤハラどのの茶目は俺の寿命を縮めると申しておろう。また説教かとおもって肝を冷やしたぞ」
「それは説教されるようなことばかりされる、殿が悪ぅございますな」
クサナギ家はこの反論で笑い出した。
ミユキさんなどは、私たちがこういう関係であるということを掴んだのか、納得いったという顔つきである。
そして私も、表情や仕草、雰囲気だけで相手を動かす術というのを考え始めていた。
そう、敵の陣形を見ただけで、敵の軍師が何を考え、どうしたいかが手に取るように理解できるように。
これをさらに磨けばどうなるか?
「リュウの字よ、気を付けろ。ヤハラくんがお前を懲らしめるための一手を考慮しているぞ?」
「それは困りましたな。俺も必死で逃げ道を探さなくては」
「そして見つけた逃げ道には、すでに罠が仕掛けてあるというのはどうだ? ヤハラくん」
まったくその通り。
さすが兵法家のクサナギ先生だ。
そのクサナギ先生は子供たちに向かって、「兵学というものはこのようにして学んでゆくものだ」とかなんとか、この若輩を持ち上げてくれる。
そうなると今一人、この術を試したい人間が私にはいた。
「アヤコはおるか?」
「は、これに」
背後から声がした。
普通このような場面では、主の前に姿を現すのが忍びなのであるが、どうもわたしの伴侶にはそのような常識が通じないようだ。
「いえ、ヤハラさまがなにか悪いことを考えておられるようなので」
「そのようなことは無いぞ?」
さすがマイ最愛。
よく観察している。
そしてアヤコにこの術が通じるかどうかというのは、この先私もやんごとなき事情により様々な女を抱かなくてはならないことがあるだろう。
そうした場合に浮気がばれないように、こうした術が通じるものかどうか。
「無理ですよ、ヤハラさま」
人の心を勝手に読んでるし。
「そもそも忍びたちの情報を集約してヤハラさまに伝えるのがアヤコの役割なのですから、ヤハラさまがほかの女にうつつを抜かしているときでも、鼻の下を六尺も伸ばしているときでも、私はすぐそばにいるんですから」
ふむ、それもそうか。
アヤコの目を盗んで一発ヨロシク! というのはほぼ不可能に近い。
そうなればやんごとなき事情があるときは、私の情事はすべてアヤコに見られていると覚悟しておいた方がよかろう。
「そうそう、観念してくださいヤハラさま。殿方にはやむを得ない事情というものもあるでしょうから仕方ありませんけど、アヤコのときよりも大きく硬くさせないでくださいね?」
「だからアヤコ、お前は私の心を読み過ぎだ」
「ヤハラさま、お返事は? はいかイエスかわかりましたで答えてください」
「参りました、このヤハラ、そう安々と小倅に気を付けの号令はかけません」
「さすがヤハラさま、御理解いただけてアヤコも幸いです」
軍師が忍びを妻に娶るのはさも当然と思われようが、娶れば最後、より襟元を正し清廉潔白に務めなければならない。
夢々浮気心などおこさぬよう。
「しかしアヤコ、私が殿に仕掛けたこの術、アヤコはどう見る?」
「はい、直接の交渉事、それもヤハラさまをよく知る者には大変に有効かと」
「では一見のも伸ばしてには通じぬか?」
「いえ、相手がヤハラさまと同じく軍師あるいは策略家ならば、十分に通じるかと。もっともその場合、相手も同じく仕掛けてくるでしょうけど」
「その場合、勝ちを逃さぬ心得は?」
「まずは相手の軍師がどのような者であるかという情報。そしてそれを手合わせ……つまり戦さの駆け引きから得ておくこと。そしてアヤコがヤハラさまを相手にするならば……」
「するならば?」
「みちのく屋の大将という鬼札を同席させます」
「イズモの若大将やウチの殿では無くか?」
「若すぎます。みちのく屋の鬼将軍閣下くらいでなければ、ヤハラさまを煙に巻くことはできません。なんでしたら、クサナギ先生もつけましょうか?」
「なるほど、どうにも理屈や損得勘定の通じない人種は、私としては御遠慮願いたいところだな」
「もしかするとヤハラさまは、軍師としては分かりやすい部類かもしれませんね」
「なればこそ、交渉事はスムーズにゆく」




