シロガネ・カグヤの青春
親衛隊入隊審査は、ナンブ・リュウゾウの屋敷の庭で行われた。
屋敷と言っても三男坊の住処だ。
あまり立派なものではない。
そして新設される親衛隊なので、いわゆる隊長とか先輩、上官という者がいない。
よって、ナンブ・リュウゾウが直々に相手をしてくれた。
審査員は彼の師匠である、クサナギ・シロウという男が務める。
木刀による寸止めの三本勝負だ。
始めの号令がかかると、ナンブ・リュウゾウは小兵ながらも凄まじい殺気を放ってきた。
しかし、若い。
天神一流の師匠の殺気には、まだ及ばぬ。
だがシロガネ・カグヤも負けじと殺気で押し返す。
するとナンブ・リュウゾウはさらに気迫を強めてきた。
面白い。
戦さが起こらぬ世の中になって久しいのに、これだけの闘志を見せる者がいるとは。
なんとしてもこの男に仕えたい。
そしてともに戦場を駆けてみたい。
押し込まれそうな殺気の中を、ジリッとだけ間を詰める。
ナンブ・リュウゾウも負けじと間を詰めてくる。
すごい。
常人ならば裸足で逃げ出すであろう自分の殺気の中を、己を鼓舞するかのように前へ出てくる。
男子の中にあっては、かなり小柄な部類の男が、いざ勝負とばかり挑んでくるのだ。
長身のシロガネ・カグヤとしては、その姿に感動すら覚える。
背が低い、身体が小さいなどという不利などなんのその。
気迫で世の中を押し込むんじゃい! とばかり前に出てくるのだ。
もしもシロガネ・カグヤが器用な人間ならば、このとき恋に落ちたことを自覚しただろう。
しかし現実には器用などとは縁遠く、ただひたすらに「この男に仕えたい」と念ずるだけであった。
そして一合も木刀を交えることなく、審査員のクサナギ・シロウは「止め」を命じた。
ともに入隊審査を受けている者たち、見学の者たちの間からどっとため息が漏れる。
クサナギ・シロウ審査員は、ナンブ・リュウゾウをさげる。
試合場に残されたシロガネ・カグヤを指す。
「受審者の中で、この娘と手合わせできる者はいるか?」
自分の腕を買ってくれているのだ、審査員は。
そう知れただけで、嬉しさを感じてしまう。
そして多数ある見学者、受審者の中から勇敢な者が立ち上がった。
皮膚の下で筋肉がパンパンに膨れ上がった、熊のような男である。
木刀を提げてカグヤの前に出た。
背丈はナンブ・リュウゾウはおろか、カグヤさえも凌いでいる。
熊のような男は気勢を発して木刀を構えた。
……悪くない気迫だ、しかしまだまだ。
師匠の殺気、ナンブ・リュウゾウの殺気を知ったあとでは、「なかなかやるな」程度にしか感じない。
カグヤは木刀を提げたまま、相手を見た。
……手の内が固いか?
そう見ただけで、相手はひと足退いた。
それでもカグヤにとって、男は一足一刀の間合いにある。
攻めに出てみようかと、肩の力をくつろげた。
そこに殺気が生じたか、相手は「参った!」と木刀を外してしまう。
「では次は拙者が!」
次の男も長身であったが、ソップ型である。
クサナギ審査員の号令も待たず、「いざ!」と木刀を上段に構えた。
火の位とされる大上段。
物打に気迫のこもった、良い構えである。
もちろん親衛隊応募者なので、実力者なのだろう。
しかし、技に走り過ぎているか……。
それが証拠に、火の位の上段からなかなか踏み込んで来ない。
戦気を練れば、良い剣士に育つだろう。
だがカグヤが中段に構えるだけで、この男も参ったを出した。
「ナンブさまでさえ、これほどの気迫は出さなかったぞ」
それが剣士シロガネ・カグヤの評価であった。
どれ、それでは俺がと三人目が出る。
この男は中肉中背、構えも中段に取りバランスが良い。
いかようにも働ける男だな。
カグヤの評価の通り、初めて切っ先を合わせることができた。
カグヤの切っ先は相手の正中線をとらえている。
相手はそれを奪い返そうとして仕掛けてくるが、カグヤの切っ先がブレることは無い。
いざ! と思ったとき、参ったが出る。
「シロガネ・カグヤと言ったな」
クサナギ・シロウから声がかかった。
「今の三人は、俺がこれはと思った三人だ。なかなかの腕前だな」
そう言って無造作に木刀を取った。
立ち上がるその姿が、そのまま「武」を体現している。
シロガネ・カグヤは言った。
「参りました」
「やっぱり分かっちゃうかな? 俺が強いってことが」
ヘラリと笑うが、木刀を離さない。
すぐにでも斬ることのできる姿勢だ。
冷や汗が背中を流れる。
「合格だ、シロガネ・カグヤ。帰って師匠に報告しな」
ありがとうございますと言って頭を下げたが、上には上がいることを思い知らされたようで、素直に喜べない。
指南所へ戻り、師匠に報告する。
師は黙って大小を与えてくれた。
初めて手にする真剣である。
長寸や重さ、拵にいたるまで、棚心に吸いつくようであった。
「せっかくここまで鍛えたのに、ナンブさまに持ってかれちまうのかよ……」
師の、初めて聞くボヤキである。
「しかしカグヤ、夢々慢心などせず稽古を怠るなよ」
「は、恐ろしい使い手もおりますので」
「なに? そんな奴がいたのか」
「審査員、クサナギ・シロウ先生です」
「クサナギ・シロウだと! アヤツめ、ナンブさまの元におったのか」
「御存知で?」
クサナギ・シロウ、南部無双流の免許皆伝。
腕に覚えある者たちが数々手合わせを乞うたそうなのだが、一度として遅れをとることがなかった使い手だそうだ。
「なるほど、あの男がナンブさまの三男坊を鍛えていたか。して、ナンブさまの腕前はどうじゃった?」
「小兵の戦士なれど、気迫にあふれ体格差などものともせず」
「勝敗はどうだった?」
「決着のつく前に止められました。しかし私は、あの若さまにぜひとも仕えたく思いました」
「そらお前、お前の負けだ。すっかり目を輝かせているじゃねぇか」
実にその通りだ。
のちに親衛隊長に任じられたときなど、不覚にも舞い上がる心地であったのだから。
そして勤務が始まりひと月ほど。
「カグヤ、済まぬが……頼めるか?」
「御意」
初めてナンブ・リュウゾウに求められた。
これは女性蔑視とか屈辱的要求というものではない。
戦士というものは主君にすべてを捧げるものと教えを受けている。
いわゆる衆道というものがそうなのだ。
それが単に男同士ではなく、男女であっただけの話である。
そしてカグヤは、その手ほどきも師から受けていた。
初めてではない。
しかし主君ナンブ・リュウゾウに求められたことは、誉れ以上の感情を抱く。
我が身を捧げるのみではない、心まで捧げた。
そして事後、気恥ずかしい思いはしたが、思い切って訊いてみる。
「殿、私のような大女でしたが、いかがでしたか?」
「シロガネ・カグヤ、天晴なり!」
そう言ってカグヤの銀色の髪を撫でてくれる。
「それにな、カグヤ。身長のことなんか気にするな。天下に比べりゃ人の背丈なんざ、小せえ小せえ」
成りは小さくとも天下を見ている。
自分が思う以上に、主君は大きな男であった。
そして改めて誓ったのだ。
この男のために……。




