天神一流内弟子 シロガネ・カグヤ
さあ、難しい話はここまでだと、ダイスケさまは仕切り直す。
とりあえずは美味い料理に極上の酒を楽しんでくれと、私たちナンブの者をもてなしてくれた。
しからば遠慮は失礼とばかり、ナンブ・リュウゾウが酒をあおる。
私もにくいにかぶりついた。
親衛隊諸兄も存分に飲み、食らい、歌って踊って時を過ごす。
そして街から女たちも雪崩込んできた。
急に宴の場が華やかに彩られる。
私はアヤコとともに、そっと場を離れた。
やはり世帯持ちとしては、他の女に目移りなどできぬ。
しかしナンブ・リュウゾウ、そしてイズモ・ダイスケはまだ独身である。
そして貴族の子でもある。
遊ぶのも仕事のうち、とばかり娘たちの手を引いた。
しかし油断はしていないようだ。
ナンブ・リュウゾウはシロガネ・カグヤの手を引き、イズモ・ダイスケも手の者を選んだようだ。
その絵面は、小柄なナンブ・リュウゾウに長身のシロガネ・カグヤ。
そして巨漢のイズモ・ダイスケに、小柄な娘という、なんともデコボコした取り合わせである。
そしてどちらの組み合わせも、美女と野獣。
美少女と野獣というものだから、貴族制度というものは恐ろしい。
というか、斬った張ったのこうした世界では、やはり男というものは強くなくてはならないものだ。
金や身分だけでなく、腕っぷしも男がモテる要素なのである。
というか、文明の灯火いまだ暗く、文化の花もまだ蕾という時代。
体力が基本、腕力が基礎というような荒っぽい世界なのだ。
まだ人は智を欲せず、学ぶということを貴しとしていない。
まだまだ世界も人間も、未発達の成長過程。
世が平らいでからでないと、智の貴きことを気づくことさえできないのだ。
もちろん私のような、頭でっかちではいけない。
いつ何時、野蛮の民が法も理りも蹴散らして、無法の行為に及んでくるやもしれぬ。
いつ、どこの世界でも武というものは必要なのだ。
なんだかんだと理屈はあるだろうが、一国とその民をの平和と独立を守るためには、野蛮な行為に対する武力というものは必要なのである。
国を、民を、いいように蹂躙されているその場で、愛や平和を説いたところで、誰も聞く耳は持たないのだ。
理りも法も正義も無い武力は必要ない。
しかし武力無き理りや奉仕や正義など、まったくの役立たずである。
「ヤハラさま? また難しいことを考えてらっしゃいますね」
ヤハラは私のファミリーネームだ。
それなのにアヤコは、私のことを相変わらずヤハラさまと呼ぶ。
自分もヤハラ・アヤコのくせに。
「すまんすまん、明日の世界とワイマール王国について考えておった」
「それで、結論はでましたか?」
「うむ、私はそなたを揉みたいという結論に至った」
「どうぞ存分に、アヤコを可愛がって下さいまし」
では、遠慮なく……モミリ……。
「相変わらず柔らかい、というか極上の手触りだ……」
「アヤコ自慢の逸品ですので」
「すごい、私はココをずっと揉んでいられるぞ……」
「お気に召していただいて、なにより……んっ!」
「すまん、痛かったか?」
「いえ、少しばかり……その……」
「良かったのか、初い奴め」
「ヤハラさまも揉むのがお好きですね、アヤコのほっぺたを」
そう、私が揉ませてもらっていたのは、アヤコの柔らかなほっぺたなのである。
なんとも絶妙な手触りなので、私を魅了して止まないのだ。
そして私がひたすらアヤコのほっぺたを揉んでいる間、すこしナンブ・リュウゾウとシロガネ・カグヤの二人を描写してみたい。
もちろんいつものように、私がさもさもその現場に居合わせているかのように語らせていただくが、実際にはその場には存在していないことをお断りさせていただく。
私はナンブ・リュウゾウのことをしばしば、「サル」呼ばわりしたりする。
では家臣であるシロガネ・カグヤに対し、サルのように振る舞うかといえば左に非ず。
同じ剣士としてか、大変な尊敬をもって接している。
それはむしろ伽を命じられているシロガネ・カグヤの方が、「殿、もっと乱暴に攻め立てていただいても、カグヤは受け止めますぞ」というくらいに丁寧なのだ。
「いやいやカグヤ、そなたのごとき忠臣に無体はできぬ。これは伽にかこつけて、そなたに礼をしているようなものだ。……それともカグヤは無体にされる方が好みか?」
「そのような女御、創作の世界にしかおりませぬ……」
「ではいましばらく、俺からの謝礼に付き合え」
そう言ってシロガネ・カグヤを優しく扱う。
ナンブ家で三男坊が学園から帰郷し、親衛隊を編成すると聞いたのは、もう何年も前のことだ。
女だてらに図体が大きく、そこいらの男子などよりもはるかに力も強かったシロガネ・カグヤは、幼い頃から剣術指南所に預けられていた。
そこで天神一流を学ぶのだが、幼子に対しても師匠は容赦が無かった。
生まれて初めて稽古場に入ったカグヤに対し、「隙だらけだ! 入ってくるところからやり直せ!」などと叱ってくる。
一見理不尽に思うかもしれないが、この一言でシロガネ・カグヤは「戦士は歩くにも注意が必要」ということを学んだ。
そして注意深く足を運んで、またダメ出しだ。
ダメ出しも三度になると、師は立ち上がって手本を見せてくれた。
真似をしているつもりで歩けば、またもダメ出し。
「俺はそんな歩き方はしとらんぞ?」
という言葉で、観察の重要性を学んだ。
とにかく歩くことでは、散々なくらいにダメを出される。
しかしそのことから、シロガネ・カグヤは「剣術は足にある!」と確信する。
歩き方でダメを出されなくなるまで、三年。
ホッとする間も無い。
次は稽古着の着装でダメを出される。
これはすぐにピンと来た。
稽古着は常に正しく、同じかたちで着装しなければならないのだ。
そうでなければ毎日毎日同じ動きをする型稽古で、同じ動きができなくなる。
しかし木刀を手にする段階で、また雷が落ちる。
「なんじゃその太刀の摂り方は! そんな手で人を斬れるか!」
「その握り方はクソ握りと呼ばれるものだ! カグヤ、お前クソを握るのか!」
この段階になれば、シロガネ・カグヤも理解する。
この師は、罵っているかのように見えて、実は私を育んでくださっていると。
その証拠に、師は散々罵った挙げ句人差し指と中指の二本だけ伸ばして差し出してきた。
「執ってみよ」という。
シロガネ・カグヤが執ると、首を捻って「違うなぁ……」という。
何度やっても師を納得させられない。
もちろん摂る度に、手の内に変化をつけている。
「こう執るのだ」
実演に至るのだが、その瞬間シロガネ・カグヤは見た。
師の手の平にあるタコの凄味を。
そしてそのタコは、手の内の重要な箇所を示しているのだ。
もちろん師匠のタコの位置を考慮して、その指を握る。
「違うなぁ……」
一朝一夕で手の内は成らず、ということだ。
しかし一瞬だけ、師の頰が緩むのをシロガネ・カグヤは見たのだ。
私の見立ては間違っていない!
そう確信したならば、あとは稽古だ。
内弟子の稽古は厳しい。
朝起きたなら玄関周りの掃除に稽古場の掃除。
箒を執るにも手の内を意識して、両足に鍛錬をさせながら。
雑巾を絞るにも手の内だ。
床板に雑巾をかけるにも足腰の鍛錬である。
それを済ませて、ようやく一人稽古。
師の手の内を真似て熱心に木刀を振る。
刻限に遅れぬよう、一汁一菜の飯の支度もしなければならない。
それができて、初めて師匠を起こしにゆくのだ。
しかし迂闊に寝所へ踏み込めば、どんなことをされるか分からない。
師は常に目を覚ましていて、シロガネ・カグヤが来るのを待ち構えているのだ。
しかしそこで剣術の一撃、柔の技を施されるのが、また稽古のうちである。
師匠は同じ手を二度は使わなかったのだ。
そして内弟子というのは、一般の稽古には参加できない。
ただ稽古場の隅に座り、師匠がつける稽古を拝見させていただく。
それしか許されないのである。
そして夕方の一般稽古が終わり稽古に雑巾をかけてから、シロガネ・カグヤの一人稽古が始まるのだ。
そんな思いをして齢十七。
ついにナンブの若さまが親衛隊を募集するという。
シロガネ・カグヤの拵えた夕食を口にしながら、ある夜唐突に師匠は言った。
「カグヤ、お前ヤルのかやらんのか!」
弟子の返事はひとつしかない。
「はい、やります!」
もちろん何をするのかわからない。
「よし、稽古をつけてやる。すぐに支度せい」
師匠は立ち上がった。
言われるままに、シロガネ・カグヤも稽古着に着替える。
稽古場にはロウソクが灯されていたが、それでも薄暗かったことを覚えている。
嗄れた声で、師匠は言う。
「初伝一本目、唐竹」
天神一流最初の技だ。
もちろんシロガネ・カグヤは見取り稽古で何度となく見ている。
その型を気迫十分にこなすと二本目が命じられた。
そうして師匠に稽古をつけてもらう。
が、師匠は唐突に言った。
「ここから先は免許技だ。ウチでは誰にも教えておらぬ。お前も知らぬ技ばかりだが、やってみよ」
免許技というのは、これまでの技を応用したものに過ぎない。
初伝から切紙、中伝目録、五月雨免許と進んでくるうちに、シロガネ・カグヤはそのように感じていた。
全部で六本の技。
これをシロガネ・カグヤは師匠の太刀をすべて眉毛に触れる程度で見切り、自らの太刀を師匠の脳天に降らせることができた。
もちろん寸止めである。
しかし斬るという気迫は十分に物打ちにのせている。
稽古が終わると師匠は上座に座り巻物を出してくれた。
天神一流免許皆伝の証である。
「ほれ、ナンブの若さまが親衛隊を募集しておろう。さっさと行きやがれ」
翌朝、シロガネ・カグヤは指南所を出た。
いざナンブ・リュウゾウ親衛隊へ。




