密談
ということで、まだ〇学生程度の姫君を嫁に貰うこととなったイズモ・ダイスケを訪ねる。
もちろんナンブ・リュウゾウ親衛隊三〇人とおなじみのクサナギ先生、そして私も同行する。
イズモの若大将ダイスケさまは、次期領主となるべく邸宅を建築中。
よって私たちはイズモ軍宿舎に招かれた。
他家の軍宿舎などは、おそらく初めて訪れるのではなかろうか?
鉄砲隊が儀仗隊として整列し、私たちを出迎えてくれる。
しかもさすがというべきイズモである。
合戦当時はナンブ家と同じ鉄砲隊三〇人だったはずなのに、現在は六〇人にもなっている。
ダイスケさま、ならびにお館様は、鉄砲の重要性を心得てござる。
もっとも、私たちナンブ家でも鉄砲隊は増強中であり、イズモには及ばぬとも四〇人は軽く超えている。
まずは時代の先取りということだ。
そして昼間でありながら、さっそく旅の汗を流させていただき、湯上がりにはキンと冷えた麦酒をごちそうになる。
みな喉を鳴らしてこれを飲み干し、いざ宴の始まりである。
ナンブ・リュウゾウは早速ダイスケさまに接触。
琥珀色の火酒を注がれるや電光石火で切り出した。
「義兄弟で酒を酌み交わすのは悪いことではないが、兄者。急にどうされたのだ?」
前技なし!
お前シロガネ・カグヤ隊長に相手してもらうときも、そんなんじゃないだろうな?
「うむ、どこから話せば良いかな……そう、俺とお前が最初に出会ったのは、マスター・キララの店だったな」
「そうそう、兄者は小柄で胸乳の薄い娘が好みなようで……」
人、それをロリコンという。
ちなみにイズモ・キョウカも豊満という言葉には縁遠いようなので、ナンブ・リュウゾウもそちらの世界の者なのか?
いや、シロガネ・カグヤ隊長はかなり豊満全開で発育しきっている。
ロリコンという夢追い人には仕分けされぬか。
などと考えていると、ロリコン若大将はグッと酒をあおった。
「あのとき俺はマスター・キララに愛を告白していたのだが、覚えているか?」
「そうだったな、兄者。いま考えれば、さすがに身分違いと俺は叱るだろうな」
「……リュウゾウ、嫁を娶るということは、もうひとつの恋を終わらせるということだ」
「つまり?」
「マスター・キララへの想いを断たねばならんということさ」
「それは辛いことだな、兄者」
本当にそう思っているのか、ナンブ・リュウゾウ?
お前に恋というものの何がわかってるんだ?
「しかし兄者、嫁に貰うというアンジェリカ姫。あちらはいかがなものなのだ?」
「それがお前ぇ、めんこいことめんこいこと! 大人ぶって金髪をみんな上げてな、オデコがめんこくてめんこくて!
でよ、クビも肩も触っただけで折れちまいそうなくれぇ細っこくてよ!」
「兄者、感極まって思わず、などということの無いようにな?」
「おう、そうじゃの。しかしあの桜貝のごとき耳などを思い出せば、それだけで俺はもう……ムフーッ」
「わかる、わかるぞ兄者! 俺もまたやはり……ムフーッ」
ナンブ・リュウゾウなどは想い人にして婚約者のイズモ・キョウカを思い出しているのだろう。
鼻の穴をおっ広げて熱い息をもらしている。
もちろんダイスケさまも鼻の穴をおっ広げているのだが、これが貴族の息子二人なのである。
しかも二人とも爵位が約束されていて、先の大戦においては救国の勇者とも言える働きをしているのだ。
いいのかよ、ワイマール王国……。
いや、割とダメだったよな、ワイマール王国。
上級貴族が腐れに腐っているので、維新を脳裏に浮かべる者が出ているくらいなのだ。
というか、ナンブ家がみちのく屋を通じて人数を抱え込もうとしているのは、やはりナンブ・リュウゾウ。
謀反の意思ありということだ。
いや、もしかするとアーサー王子を力尽くで玉座に座らせるのではなく、単に富国強兵を維持しているだけかもしれない。
その証拠に、ナンブ・リュウゾウの口から謀反の具体的な話は出ていないからだ。
まあ、確かにいま現在、謀反を起こそうにも人数がいない。
謀反を起こさなければならないほど、危急存亡という状況でもない。
ただ単純に、第一王子第二王子、それに上級貴族連中が揃いも揃ってアホなだけだ。
「そしてリュウゾウよ、俺はアンジェリカ姫との式を二度挙げようとおもっているのだ」
「兄者よ、そのココロは?」
「うむ、アンジェリカ姫がよく懐いているアーサー王子の住まう王都で一発。そして民への披露ということで、イズモ領でも一発」
「されば兄者、王都での式場警備は我らナンブが務めようか?」
「そうしてくれると助かるな」
「アーサーの奴は私兵をロクに抱えておらんだろう。さすれば我らしか警備の手は無いからな」
「しかし王都の式では花嫁の同級生も多数参加してもらうつもりだ。あまり物々しくならぬようにな」
ふむ、イズモの若大将も複数回挙式をするつもりか。
つまりアホは上級貴族のみならず、下級貴族にもいるということだ。
ただ、こちらのアホには愛嬌がある。
同級生や民に、少しでも喜んでもらいたい。楽しんでもらいたいという奉仕の精神がある。
というかイズモ・ダイスケ、ナンブ・リュウゾウの二人に共通するのは、民に対する奉仕の精神だ。
貴族が民を省みることなんてありゃしないよ! などと言うなかれ。
そのようなことを申す者は、実際に自分が貴族となった暁には絶対民を省みない政策を取るだろうからだ。
自分がそんな人間だから、他人もそうだろうと思う。
見識の狭い者というのは、そんなものである。
「しかし兄者、王都での挙式となれば、アーサーも出席するのか?」
「王都だし、懐いてくれている妹の挙式だ。確実に出席してくれるだろうな」
このとき私は、初めて口を挟んだ。
「殿、イタズラなど考えてはなりませぬぞ?」
「わかってらぁ、俺はヤハラどのほどウィットに富んだシャレを思いつく頭なんざ無ぇからよ」
「おや? 誓いのキスの直前に初等部の制服で乱入し、アンジェリカ姫をさらおうとしてイズモさまに討ち取られる、というイタズラはなさらないので?」
「ヤハラどの、それ警備隊にマジ討ち取られるぞ? そなたそこまで俺のことが嫌いか?」
「いやなに、そういった芝居を観たことがありましたので」
「ヤハラどののシャレは俺の命にかかわる」
「では白無垢を着てアンジェリカ姫に成りすまし、ダイスケさまの誓いの口づけを受けるというのは?」
「えらい筋肉質なアンジェリカ姫だな」
「リュウゾウ……実は俺、キスには自信があるんだぜ?」
「ヤハラどの、兄者を俺をトロかす気満々だぞ、どうしてくれる」
「殿は男色家にモテますからな」
まあ、冗談はそこまでにして。
「しかし殿、イズモさまの挙式の警備となれば、どこへ配置しましょう?」
「当然会場内が望ましいが、第一王子や第二王子も兵を出すだろうな、妹の結婚式なのだから」
「ロクな兵を寄越さない気がしますが……」
飲み食いする警備兵など当たり前、場合によっては女の子の尻を追いかけ回すような輩も混ざっているやも知れぬ。
それほどまでにワイマール王国王室というのは驕り高ぶっているだろう。
何しろ、繰り返しにはなるが旧ドルボンド国を平らげ、これを領地とした上でマイル王国を植民地としたのだ。
冬の間経済活動を怠っていたため財布が薄っぺらくなったところに、大戦の出費。
それが新規巻き返しとばかり回復の目処が立ったのだ。
今世の春を謳歌していても不思議はない。
そこへ降って湧いた末姫の婚姻。
特需景気まで見込んでいるかもしれない。
私はあえて断言してやろう。
王室はいま、たるみにたるみ切っている。
私の思いを察したかナンブ・リュウゾウ、不穏なことを口走る。
「しかし兄者、兄者の立場もガラリと変わるのだ。気をつけられよ」
「おう、お姫さまぁ娶るんじゃけの。腐れ王室に取り込まれんようにせんとな」
「アーサーのことも、頼む。一応あれも俺の友達じゃ」
「一国の王子さまつかまえてダチ呼ばわりすんのはお前くらいなモンだぞ」
「勇にナンブ、智にヤハラ、位にアーサー。やはり天下国家を眺めるには、位ある者は必要だ」
「のお、リュウゾウや。改めてお前の目標を聞きたいんだが、お前はどうしたい? どうありたいのだ?」
「民の安らげる国。貧乏にも飢えにも縁の無い国としたい。このワイマール王国を……。貴族がこのようなことを望むのは不敬かな?」
貴族たる者、イチに望むは王室の繁栄たるべし。
それを押しのけて民まずあらんとする姿勢は、王室を蔑ろにした不敬な発言である。
しかしイズモの若大将は懐が深い。
とんがり過ぎているナンブ・リュウゾウをも、その懐に仕舞い込んでくる。
「んなこたねぇよ、リュウゾウ。お前の望みに間違いは無い。むしろこのイズモ・ダイスケ、改めて目を開かされた思いだ」
どこまで本気で言ってるものやら、このデカブツは。
軍師の私ならばそう思うだろう。
しかし共に戦場を駆け回った頼もしい兄分。
ましてナンブ・リュウゾウは幾度となくこの大男と命のやりとりをしている。
さらには義兄弟の契りを交わしている。
これを信頼せずして、誰を信頼すべきか。
もしかすると今回の婚姻により、イズモの若大将はアーサー王子と肩を並べるほどに、高い視野を持つやもしれぬ。
「しかし兄者、王室から嫁をもらうとなれば、付き合いの相手もかなり変わるのではないか?」
「そこは憂鬱のタネだな。なにしろ阿呆二人を義兄とせねばならんのだ」
「アーサーが防波堤になってくれれば良いのだがな」
「そこまでの心配には及びますまい」
と、私からの進言。
「確かにダイスケさまは王室の方を嫁に迎えますが、ダイスケさまが王室に入る訳ではありません。面倒くさい会議などは王室とその側近だけで行いますでしょうから、デンと構えていてもよろしいかと。ただ……」
「ただ?」
「儲けている話はなさらぬよう、金の無心が一番うるさいでしょうから」
「それは言えるな」
とかく王族、あるいは高給貴族などというものは見栄っ張りが多い。
そのクセ金を生む手段を講じぬものだから始末に負えない。
そろばん屋からすれば、本当に消費しかしないロクデナシでしかない。




