ナンブ家、膨れる
イズモ・キョウカから色良い返事をもらったナンブ・リュウゾウ。
その旨を男爵さまに報告すると男爵さま自らが伯爵さまへと繋ぎをとってくださる。
そうなると私の仕事は学園へ婚姻の許可をとることだ。
許可といっても先に述べたとおり、家督の相続という事情があるのですんなりと通るはずである。
なにより学園の理事長はナンブ家御用達の商人、みちのく屋総裁鬼将軍だ。
通らないという道理はない。
そんな具合に話がトントン拍子にすすむのだから、ナンブ・リュウゾウは乗り気も乗り気。
ヤハラどの、教会の手配をいたせなどと、週末にでも挙式しそうな勢いだった。
しかしそこは男爵さまが諌める。
そりゃそうだ、貴族の結婚なのだ。
かなり盛大に執り行われるだろう。
それに式をどこで挙げるか?
これは大きな大問題である。
候補は三ケ所、ひとつは学園のある王都。
これは花嫁が学生であり、同級生に祝福されるのが良かろうという配慮。
もうひとつはイズモ領地。
花嫁は「貴族の娘」なのだ。
貴族が取り仕切らないでどうする。
そしていまひとつはナンブ領地。
花嫁を迎え入れる土地で祝ってやらずしていかにとやせん。
まあ、イズモ・キョウカが商人の娘とかいう庶民であるならば、学園で祝ってもらうのもよかろう。
しかし貴族の娘なのだ。
貴族の婚姻というものは大変に政治的意味合いを持っているので、子供の話はそっちのけ。
まずは候補から脱落する。
そして家柄、格式を重んずるならば、やはりイズモ領地が候補の筆頭に上がるだろう。
しかし、バカがバカなことを言い出した。
「ヤハラどの、候補が三ケ所あるならば、三回挙式すれば良い」
「リュウゾウ、お前ぇも知恵が回るようになったじゃねぇか」
男爵さままで乗り気である。
「そうなるとよ、リュウゾウ。前座、セミ、メインの順番になるぜ」
「そうなればオヤジどの、学園の教会で質素に、かつ厳かに式を挙げ、セミのナンブ領地ではどんちゃん騒ぎ。メインイベントは『なにもかもブッ飛ばせ!』をテーマに据えるべきでしょうな」
「心憎い演出と言えよう」
しまった、この家にはバカとロクでなしが共存しているんだった。
そんなときに現れるのがこの男である。
黒いマントを翻し、奴は高らかに笑った。
「ハーッハッハッハッ! 私の名は鬼将軍! 商い集団みちのく屋の総裁だーーっ!」
「おぉ、閣下。よくぞお越し下さった」
ナンブ・リュウゾウはまだ「貴族の子」という身分である。
よって目上の鬼将軍を閣下と持ち上げる。
「この私が現れたからには、もう大丈夫! 事態は混沌の度合を深め、波乱が波乱を呼ぶであろう!」
それのどこが大丈夫なんだ?
「で、ナンブの若君とイズモ学生の婚姻の話であったな?」
「いえ閣下、まだその文すら出しておりませんが」
「相わかった、みなまで言うなヤハラくん! なにしろアンジェリカ学生までイズモの若大将と学生結婚に及ぶのだ! 私としては可憐な乙女を二人も奪われるのだ!
これを口惜しいと思わぬかね、いや思え!」
こいつも人の話を聞かないオヤジだ。
「そういう閣下は嫁は貰わんのですか?」
ナンブ・リュウゾウが訊く。
「ふっ、なんと俗世にまみれた思考か……」
鬼将軍は片頰に虚無をたたえて笑った。
「痩せても枯れてもこの鬼将軍、蝶のように虎のごとく自由であるのだ!」
「キョウカどのが申しておったぞ? 閣下はキョウカどのの親友、フジヒラ・トヨムという褐色娘と恋仲だと」
なるほど、「アレ」が鬼将軍の好みなのか……。
……金持ちの考えはわからん。
しかし鬼将軍は余裕の笑みのままマントを翻す。
「君よ常に雄々しく生きよ! 我また獅子のごとく生きる者なり! さらばだ!」
結局フジヒラ・トヨムという娘との関係については、一言も無かった。
そしてナンブ・リュウゾウが核心を突く。
「結局何しに来たんだ、あのオッサン……」
「殿、ヤハラめに訊かんでください」
「おぉ! 忘れておった忘れておった!」
鬼将軍、ふたたび。
「旧ドルボンドやゼブラ国へ派遣する兵法家の見繕いを急いでもらいたい。いま現在、人数を抱え込んではいるが、やはり剣の腕前をつけたいのでな」
「おう、それじゃそれじゃ。大切な人材を遊ばせておく訳にはいかんからな」
と、ナンブ・リュウゾウは私を見る。
もちろん手筈は整えてあった。
「本日下知すれば、名うての剣客が明日にも揃いましょう。というか、ついこの間までともに戦場を駆け回っていた連中ですので」
それぞれの働きぶりは、各隊隊長から聞き及んでいる。
では早速手配してくれ、とナンブ・リュウゾウ。
私はすみやかに文をしたため、忍びに持たせた。
その数、まずは十名。
もちろん他にも候補はいる。
みな勇者である。
これらが門人を育て、ナンブあるいはみちのく屋の客分のような存在へと育ってゆけば、第三軍の勢力というものは格段に膨れ上がる。
各地をおさめる貴族たちからすれば、領地の民になにしてくれてんのよ? と言いたくなるだろうが、これは単なる就職活動である。
腕に覚えある者はみちのく屋へ。
そして給金をくれる鬼将軍の言う事をきくのは当然だし、虐げてくれる貴族になびこうとしないのはこれまた当然。
そしてみちのく屋の背後にあるナンブ家のために働くのも当然である。
要するに、民に対する姿勢の問題なのだ。
単純に搾取するだけなのか?
ともに領地を発展させるのか?
貴族とは何ぞや? という話なのである。
「では閣下、兵法指南役はいつ出発させますか?」
「世は平らいだのだ、早い方がよかろう。とはいえ支度も有ろうから、第一陣は七日後の出発としよう」
元々みちのく屋には百人からの手練がいて、それぞれがナンブなりイズモの剣術を使うのだ。
今でこそナンブ〜イズモ間の道路工事に復帰しているが、それ以外の人数というのもきっと使い手なはずである。
だからナンブ家というのは第三軍の中でも、一目二目を置かれる存在なのだ。
それが他の領地でも子分を増やすとなれば、どれだけの勢力となるものか。
さらには鉄砲隊の存在だ。
この活躍を上級貴族たちは知らない。
そしてその製造体制は、アーサー王子が一人で握っているのである。
聞けばマスター・キララを始めとする職人集団は、生産量こそ落としてはいるものの依然として受注が絶えず、下級貴族たちの需要にいまだ応えているという。
かく言うナンブ家もそのひとつだ。
上級貴族たちに気づかれぬうちに、どんどん戦力を増強してゆく必要がある。
ともすれば貴族という存在を危うくするのではないか? とも思うがしかし、長年に渡り染み込まされた身分制度というものは、簡単には払拭できないだろう。
体制の崩壊というには、教育という名の下準備がまだ足りていない。
ならば我々、ナンブとイズモが先んじて教育を施してやろうではないか。
兵法という学問を。
ナンブさまとイズモさまは偉いのだという教育を。
そして兵とはなんぞや?
戦う者とはいかにあるべきやを身につけて、堂々たる第三軍の兵へと育ってもらおう。
我らが敵は、案外というほどに近くにいるのだから。
そして私はナンブ・リュウゾウの軍師である。
軍師の華といえば少数を以て大軍を打ち破ると期待する御仁もいらっしゃろうが、そんな屁のような理想は捨てていただきたい。
兵は数、そして軍も数なのだ。
少数を以て大軍を打ち破るなどというのは、私からすれば「あの軍師、これっぽっちの兵しか集められねぇんでやんの」と嘲笑う対象でしかない。
そして百万の兵を百年養うはなんのためか!?
という難題も存在する。
答えは簡単だ。
危急存亡のこの日、この一日のためなのだ。
なぜこれが難題なのか?
金がかかるからだ。
故に私たちは平時において、大いに商いに励み、百万の兵を養い続けなければならないのだ。
優雅に貴族遊びに興じている暇は無い。
額に汗して働くのだ!
まっとうに働く者に文句をつけるような世の中であっては、断じてならぬ!
働く者をなんと心得るか! である。
正義というものはそのようなものではないかと私は思う。
ともあれ春だ。
農夫たちが一年を費やして大博打を打つ季節である。
戦さに出ていた働き手も帰って来て、農村も潤っていることであろう。
そして田に張った水がぬるみ、そろそろ田植えの時期かというときに、イズモ・ダイスケからナンブ・リュウゾウへ「一杯やらねぇか?」と誘いの文が届いた。
「どういった風の吹き回しでぇ?」
ナンブ・リュウゾウは文をこねくり回して私に訊いた。
「さて? マリッジブルーという奴でしょうかな?」
「なんだい、そりゃ?」
「結婚を機に生活が一変するのですから、憂鬱にとらわれるものらしいです」
まあ、ナンブ・リュウゾウには百回生まれ変わっても縁のないものだろう。
「へっ、イズモ・ダイスケにそんなヤワなとこがあるもんかい」
その意見には私も賛成だ。
「となると、どうしたことでしょうかな、殿?」
「うむ、シスコンの兄者のことだ。結婚を機にキョウカどのと縁遠くなることを嘆いておるのか」
「まさか嫁自慢ではありますまいな?」
「わからぬ、あの男は……」




