学生結婚
マイル王国滞在一ヶ月で、交代の人間……すなわち第一王子の腹心が着任した。
私たちはすみやかに業務の引き継ぎを終えて、本国ワイマール王国へ帰還する準備に入った。
すでにおなじみとなってはいるが、祝賀会も凱旋パレードも無い寂しい帰国である。
それでも将兵揃って、みな瞳を輝かせている。
こと、ナンブ・リュウゾウも久しぶりに婚約者であるイズモ・キョウカと一発できる……もとい、久しぶりで逢瀬を楽しめるということで表情が明るい。
「ヤハラどの、やはり生きて帰れるというのはイイものだな」
「自国への帰還に婚約者との再開という付加価値までついていれば、ひとしおでしょう」
そんな軽口が私から出るくらい、完勝であった。
なにしろキララ鉄砲隊で遠くから叩きに叩きまくったのだから、ワイマール第三軍の負傷者は皆無に等しく、戦死者など出なかったのだから。
ということで、ワイマール王国へ到着。
王城にて解散式が行われ、それぞれの領地へと戻ってゆく。
もちろんナンブ軍は、王都で一泊。
花の都でひと遊びである。
なにしろ大将ナンブ・リュウゾウが、仕込みをキメるからである。
そんな「あは〜ん♡」な夜を過ごして、翌日。
ナンブ・リュウゾウが不可解な面持ちで私に告げる。
「ヤハラどの、祝いの支度はできているかとキョウカどのに訊かれたぞ?」
「はて? 我らが勝利を祝うなど、キョウカさまが気にかけることではありますまいが……」
すると私の伴侶にして忍びのアヤコがニヤニヤとしていた。
「ヤハラさま、忍びたちにしらべさせても駄目ですよ? みんなイズモさまから口止めされてますから」
「ということは、忍びたちはみんな知っているのか?」
「はい、伯爵さまのちょっとしたいたずら心です」
ますますわからない。
しかしナンブの本邸に戻ると、男爵さまから開口一番。
サプライズを聞かされた。
「イズモの若大将が結婚するぞ!」
なぬっ!? あのシスコン番長、イズモ・ダイスケがかっ!?
ナンブ軍、耳にした者はすべて開いた口がふさがらなかった。
しかも御相手は幼い姫君、王室の者であるアンジェリカ姫だという。
私の知るところでは、まだ十を越えたか越えないかというお年のはずだ。
小柄で華奢で、ハニーブロンドをすべてアップにしたデコ娘。
たしかに愛くるしい娘であったが、その姫君があの巨漢と……壊れやしないか?
それが最初の感想だった。
「でよ、リュウゾウ。その婚姻をもって、イズモは若大将に爵位を譲るそうだ。お前ぇも早く一発キメて、俺に隠居させてくれや」
「オヤジどの、キョウカどのはまだ学生にござる」
「とかいって、ヤルこたヤッてんだろ? 娘ならぬ女の匂いがするぞ」
品が無いのは親譲りか。
爵位を背負っても男は男なのか。
「別にお前ぇよ、学生結婚でも構わねぇじゃねぇか。さっさとお前ぇのモンにしちまえよ」
「おぉ、オヤジどの。その手があったか!」
「ヤルもんだろ、俺もよ」
ということで諸般の手続きである。
まずはイズモ・キョウカさまに学生結婚の話をナンブ・リュウゾウの文により伝える。
色よい返事が来たならば、今度は伯爵さまへ御報告。
その間に学園理事長であるみちのく屋総裁鬼将軍に手続きを踏んでもらう、という流れになる。
学生結婚の理由を問われれば、それこそ爵位委譲のためである。
学園としては飲まなければならないだろう。
伯爵さま、男爵さまの隠居。
いよいよそういう時期になってきた。
時代は変わりつつあるのだ。
若い世代、若い時代。
やがて国王も退陣し、王子たちの間で継承権が争われるに違いない。
まあ、妥当なところでいけば、第一王子が玉座に座り第二王子、アーサー王子などは平民へと身を落とすことになろう。
だがしかし、新たな国王が生まれようとも時代の要請さえあれば、アーサー王子とて表舞台へと引きずり出される可能性はある。
新国王の失脚というやつだ。
あまりそのようなものを望むものではないが、失脚劇が無いとは言い切れない。
本来ならば私が謀略のひとつも用いてアーサー王子を玉座に座らせるべきなのであろうが、あの乙女のごとき面持ちに接すればその気も失せてしまう。
アーサー王子に謀略などは似合わない。
国民的英雄に、暗い話がつきまとってはならないのだ。
ナンブ・リュウゾウもまたしかり。
マイル王国の植民地化の際、わざわざのけ者にした通り、アーサー王子にも汚れた仕事はさせられない。
というか気配すら感じさせてはならないのだ。
まあ、まずは学生結婚の話である。
ナンブ・リュウゾウなどはすっかりその気で、鼻の下をベロリと伸ばしている。
私としても悪い話ではない。
あのタヌキが遠い王城の都にありながら、商会の拠点はナンブ領に移設し、その豊潤な利益から税を頂けるのだ。
ナンブ家もいっときは貧乏へとひた走っていたが、冬の商いで持ち直し、今またたぬき商会の移設をもって躍進しようとしている。
それと同時に見込まれるのが、お嫁さん景気である。
あちこちで関連商品が飛ぶように売れて、御祝儀なども飛び交うだろう。
縁起物というものに、ナンブ領の民は弱い。
財布の紐を緩めてくれること請け合いである。
この際だ、ナンブ家の旗印である誠一文字を入れた皿でも販売してみるか。
きっと儲かるに違いない。
そして数日後、色良い返事がイズモ・キョウカからもたらされた。
直接見せてもらうのは不敬なる故、ナンブ・リュウゾウに口頭で読み聞かされた。
なんとも甘ったるい文句で、飾られた文であった。
リュウゾウさまからの婚姻のお申し出、一日千秋の思いでお待ちしておりました。
キョウカに異論などございません。
どうぞリュウゾウさまのキョウカにしてくださいまし。
とかなんとか。
つまりナンブ・リュウゾウ、女の手管にコロッと騙されて御座るの巻である。
あのたぬきがどれだけ本気でナンブ・リュウゾウに寄り添ったものか、わかったところではない。
しかし奴は女を武器にして札束をちらつかせ、ワイマール最強と言っても過言ではない剣士ナンブ・リュウゾウを籠絡しようとしているのだ。
まったく、食えない女だ。
だがあのタヌキにも誤算はある。
ナンブ・リュウゾウという男。
ションベンくさいお姉ちゃんごときで御せる男ではないぞ、と。
憚りながらこの腹心ヤハラでさえ、あの男は制御し切れないのだから。
それを「ワタクシならば可能ですわ」とばかりしゃしゃり出て、己の至らなさを痛感するがいいわ!
だがしかし、「そのようなこと造作もありませんわ」などと流暢な手綱さばきを見せられたなら、私の立場が危ういことになる。
どうかイズモ・キョウカよ、その牙を剥かないでおくれ。
祈るや切実であった。




