決着
壁上からの射撃は鉄砲隊のみではない。
弓兵もいれば、まだ下へ降りていない投石も有効であった。
地上の白兵戦部隊に対して突撃、あるいは包囲できないでいたのだ。
鉄砲隊は敵の弓兵を打ち取る。
我らが弓兵は敵の白兵戦部隊に足止めを食わせる。
その隙にも教皇派歩兵部隊は次々と地上に降り立ち、その数を増やしていった。
中でもワイマール第三軍の歩兵部隊……つまり白兵戦部隊は、数がまとまると一斉に投石を開始。
敵の前線に少なからぬ損害を与えた。
その間にも弓兵たちが地上に降り立ち、前に出て敵の前線を後退させる。
敵の視点で見るならば、正しくジリ貧である。
起死回生の突撃を行うにも、教皇派の飛び道具があまりにも猛威を奮っていた。
そして先程の、突撃の失敗である。
そしてとうとう、残存部隊であったのだろう敵の弓兵が、全滅した。
地上の白兵戦部隊はここぞとばかり、城扉を降ろす。
教皇派とてすべてが城壁に上がっていた訳ではない。
城の外で待っていた戦力が、ドッと城内へ押し寄せる。
弓兵たちはこれを最後の一矢と放ち、弓を背負い剣を抜いた。
教皇派による全軍突撃である。
帝国軍も鞘を抜き放ちこれに応じるが、いかんせん腰が入っていない。
陣形はすぐに崩れて城内へと逃げ込んだ。
アーサー王子は馬上、ナンブ・リュウゾウを探している。
「王子、どうせウチの大将は最前線です!」
そう注進すると、バキ少年をともなって、アーサー王子は馬に鞭をくれた。
私も必死について行く。
「殿! 殿はいずこ!」
「ナンブはどこか! ナンブ・リュウゾウ!」
敵の槍襖と、我が軍の槍兵とが攻防を繰り返す最前線、そこにナンブ・リュウゾウはいた。
敵の槍が引く隙に乗じて突入し、斬っては戻ってくるという曲芸まがいの闘いを見せていた。
すぐそばではクサナギ先生。
こちらは正統派剣術とばかり、槍を巻いては弾き飛ばし、一人また一人と片付けている。
「おう、ナンブの! 近う!」
「おう、アーサー。大将首でも取りに行くのか!」
「うむ、ヤハラくんの読みでは敵将ことごとく、裏門から逃亡するようだ」
「親衛隊も呼ぼう、確実な手が欲しい」
シロガネ・カグヤたち鉄砲隊を呼びに行かせる。
アヤコにだ。
私たちは先に城の裏口に回った。
城の裏には馬屋があり、馬丁たちが馬の支度をいそいでいる。
ナンブ・リュウゾウ、クサナギ先生の二人で、馬丁たちをすべて斬った。
さらには馬を放し、敵将の足を奪う。
銃剣を構えた親衛隊が到着した。
そこへ最初の敵将が降りてくる。
フォクストロット国の王とその取り巻きだ。
シロガネ・カグヤと親衛隊が、有無を言わせず押し包んで斬り殺した。
続々と逃亡を図る敵将たちの中で、ひときわ目を引く甲冑の将軍があった。
「皇帝だな……」
もらすように、アーサー王子が言う。
「いかにも、朕は皇帝である。そなたは何者か」
「ワイマール王国第四王子、アーサー」
「第四王子ごときが朕に刃を向けるというのか? 不敬であるぞ!」
それが皇帝の最後の言葉となった。
手の早いシロガネ・カグヤが斬って捨てたのである。
生命を失った肉体が崩れ落ちる際、ナンブ・リュウゾウの白刃が光り首をとばした。
バキ少年がその首をひろい、王子に捧げる。
取り巻きや護衛の者はいきり立ったが、親衛隊にナンブの三剣士がいるのだ。
ものの数分ですべてが片付く。
そして雑兵たちが追われるようにして出てきたので、これも斬って捨てると見慣れた顔が現れた。
「おう、兄者」
「おう、リュウゾウのところに出たか。ってこたぁ大将首はみんな片付けたな?」
「悪いな、兄者。今回の手柄はぜんぶアーサーのものだ」
「ところでよ、裏門を第一王子たちが攻めてたようだが、どうなった?」
「さあな、まだこっちには来てないぞ」
アヤコが言うには、ワイマール一軍と二軍は手痛い反撃を食らっていたそうだ。
未確認ではあるが、王子たちの中に負傷者も出ているらしい。
「仕方ない、ちっとばっかし手伝ってやるか」
親衛隊をまとめる。
それに弓兵も集めた。
イズモとナンブの兵が集まる。
一軍二軍を手こずらせるだけの帝国軍の数には、おそらく及んでいないだろう。
だが、それで良い。
皇帝を名乗る男の御印、つまり首はいただいたのだ。
それを下から槍で突いて、イズモ・ダイスケが高々と掲げる。
ワイマール第三軍のうち、ナンブ軍とイズモ軍は粛々と行進した。
「下にーーっ、下にーーっ!」
声を挙げるのはナンブ・リュウゾウである。
「城門にて抵抗を続ける帝国軍兵士よ、槍を引け! 剣を納めよ!」
そして銅鑼を鳴らし、敵軍の注目を集める。
「その方らが神のごとく崇める皇帝陛下は、我ら教皇ワイマール第三軍、アーサー王子が討ち取ったり! 戦さは終いじゃ、槍を引け! 剣を納めよ!」
まだしばらくの間は表のワイマール愚策に抵抗していたようだが、やがてそれも静まり白旗が掲げられた。
「おさまったようだな、ヤハラどの」
「ですが殿、あちらの使者がまだ来ておりませぬ。門を開いてはなりませぬぞ」
そんなことをすれば、恥知らずのワイマール王子たちが、どっと城内に雪崩込み収集がつかなくなってしまう。
ともすれば、城内の教皇派兵士たちと宝の奪い合いという失態を演じるやも知れぬ。
まずは敵に停戦合意をさせて、それからしかるべき処置をして、その上でワイマール軍を受け入れなければならない。
所々の手続きを済ませて、それから城門を開いたときには、すでに手柄は尽きていた。
城内にあった文官たちもすべて捕らえられ、教皇派枢軸国が終戦の手続きに入っている最中であった。
帝国軍はどの国も王を失っている。
王のみではない。
その親族にいたるまで、私たち第三軍が討ち取ってしまった。
おかげで私たちワイマール第三軍は、「飢えたオオカミの群れ」などという優雅さとは縁遠い異名を与えられてしまった。
そして諸国連合からはワイマールの一軍二軍は、欲たかりの卑怯者というような烙印が押される。
これは今後の国家運営を行うに、はなはだ影を落としそうな評価であった。
さらに情報は駆け込んでくる。
ワイマール王国第三王子、戦死の悲報である。
裏門の帝国軍はワイマール軍の飛び道具が乏しいことを見抜き、城壁の植え付けるから「これでもか!」と矢を浴びせかけたらしい。
そのうちの一矢が、第三王子の胸を貫いたそうだ。
「こりゃぁ国葬もんかね、兄者?」
「おう、香典しこたまブン取られるから、覚悟しておけやリュウゾウ」
「だがよ、兄者。王子を守り切らんかった貴族どもにゃあお咎め無しなんだろ?」
「あぁ、連中は王室を支える大切なスタッフだからな。だが王室はそれでも香典ブン取っていくだろうけどな」
「どんだけ儲けるのよ、王室」
「まあ、第三軍の貴族連中は冬の間稼いでたんだ、なんとかなろうよ。問題は冬の間休んでた高級貴族よな」
「年貢を上げるんだろうな」
「それしか無かろうて」
「おう、アーサー」
ナンブ・リュウゾウは同級生感覚で大将のアーサー王子を呼ぶ。
「オイラたちナンブ家ってのぁな、王室のための貴族なんかじゃねぇんだ。俺たちを支える民のための貴族よ。民を忘れた王侯貴族、政事なんざ、いつまでも続くモンじゃねぇ。そのことは忘れてくれるなよ」
アーサー王子は、侠客まがいな脅しをかけるナンブ・リュウゾウに対しても、乙女のように微笑んだ。
「忘れようものなら、キミが乗り込んで来そうだね、ナンブ・リュウゾウ」
「お前ぇ俺がそんな無茶をすると思うてか?」
「するんだろ? するよね? しなきゃ大侠客ナンブ・リュウゾウの名が泣くよ?」
「ヤハラどの、貴君は王子にいらぬ知恵でも授けたか?」
「いや、なにも? ただ……」
「ただ?」
「アーサー王子の殿に対する評価というのは、今も昔も変わりないのでしょうな」
「ロクな評価じゃねぇな」
いいじゃねぇかよ、リュウの字と、イズモ大兄は笑う。
「俺なんざ伯爵の倅のくせに同学年の第三王子にひとっつもなびかなかったモンだから、評価もへったくれも無かったぞ」
「それでこそ兄者」
フム、とアーサー王子は納得顔。
「確かに兄上からイズモの名を聞いたことはなかったな。しかし、だからこそイズモは第三軍の要となれたのだ。亡き兄上とイズモ大兄には感謝しなければな」
「へへ、くすぐってぇな」
「くすぐったい真似はこれからも続くのだがな、イズモ大兄」
「そいつぁどういうこったい?」
「いや、まだ内緒だ」
なんでぇ、薄っ気味の悪いとイズモ・ダイスケは笑う。
「しかしよアーサー、王さまのいなくなった帝国派領地ってのは、これからどうなるんだ?」
ナンブ・リュウゾウが訊く。
確かに、これだけの民が国王も頂かず、これから先どのように生きてゆくのか?
未曾有、あるいは前代未聞の浪人が発生する事件といえば事件なのだ。
これにはさすがにアーサー王子も顔を曇らせた。
「ナンブの、気を悪くせず聞いてくれるか?
帝国派諸国はこれから先、すべて植民地となる。王を頂くことを許さず、政事を行うことを許さず。独立した国家としては認められぬ、奴隷の集団となるのだ」
「おいおい、悪いのは為政者であって、民じゃねーだろ! 大戦さの責任者はみんなあの世へ旅立っといて、生きてる民に負債を背負わせるってのかよ!」
「だから気を悪くせず聞いてくれと言った。仕方ないのだよ、ナンブ。為政者のことごとくを抹殺したのは、他ならぬ我々なのだ。政事を取り仕切る者無くして、民を路頭に迷わせることもできまい」
「だからってよ……」
ナンブ・リュウゾウはあくまで口を尖らせる。
「ではナンブの。彼らに力を与えて、再びこのような戦さを引き起こすのか?
それを防止するためにも、帝国派から力を奪わなければならないのだ。政事という名の牙を、抜いておかなければならないのだ」
「……………………」
「理解はできるが納得はしていないって顔だね」
王子の微笑みは慈愛に満ちた乙女のように穏やかだ。
「そのジレンマは為政者である余にぶつけるがいい。ほれ、余を打て。打ち据えて罵るがいい、それでナンブの気が済むのであればな。遠慮はいらんぞ?」
これを言ったのが屈強なイズモ・ダイスケであれば、ナンブ・リュウゾウ迷うことなく殴りかかったであろう。
しかし相手は華奢な上に可憐なアーサー王子である。
侠気あふれるナンブ・リュウゾウとしては、そのようなことできるはずも無い。
「アーサー、お前ぇウチのヤハラに似てきてないか?」
「余が所望する秀才に似たりとは、それはホメ過ぎだぞナンブの」
「性格がヒン曲がってきてるって言ってんだよ」
「余はそなたの如き腕力には恵まれておらぬ。しかしそのような者でも生きなければならないのだ。それは帝国派の民も同じこと。貧困に喘ぐこともあろう、辛いだけの人生となるやもしれぬ。それでもなお、命ある者は生きなければならないのだ。それは残された民がなんとかしなくてはならない」
「まあ、貴族さまなんてのも民から毟り取ってふんぞり返ってることにゃあ変わりないからな。いまさら綺麗事も言えねぇか……」
そこで腑に落とさなければならない。
貴族とはいえナンブ・リュウゾウも男である。
そして男はつらいものなのだ。
男には仁義というものがある。
だから「世の中というものはこういうものなのですよ」と言い聞かされたところで、はいそうですかとはならないのだ。
しかし今回はアーサー王子の言葉に分があった。
下手に情けをかけて敗軍に力を与え、このような戦さを繰り返すのか?
それこそナンブよ、汝の愛してやまない民を苦しめるばかりではないか。
しかし男というものは、論で屈しても魂は屈しないものだ。
だから私が追い打ちをかける。
「殿、此度の戦さで勝ちをおさめられたのは、ひとえにマスター・キララの奇跡の鉄砲あればこそ。しかし殿も御存知の通り、戦場に奇跡など二度は起こりませぬ。帝国派はこの奇跡の銃を体験してしまいましたからな」
「わかったよ、二人して俺一人を好き放題に叩きやがって。もう文句なんぞ言わねぇから安心しろってんだい」
ようやく猛獣は膝を屈したようである。
悪ガキのように、王子に対してあっかんべーをしてみせた。
「ワイマールの猛虎に理解してもらえて、余も嬉しく思う。礼を言うぞ、リュウゾウ」
このとき初めて、アーサー王子はそう呼んだ。
「礼なんざいらねぇよ、お互い裸踊りした仲だからな」
学園を卒業して幾星霜、同級生ふたりはようやく友達になれたようである。




