戦闘開始
住民避難は完了しているようで、街は閑散としていた。
私は馬上の人アーサー王子の傍らにあり、その向こうにはバキ少年が護衛についている。
そして私を守るように、アヤコが。
「ヤハラさま、あの白い家の手前から兵を入れた方がよろしいかと」
アヤコは通りの左側に建つ白い家を指差した。
そして右側の赤い屋根の家も。
私は手槍の兵をそれぞれ五人ずつ投入した。
路地裏はたちまち戦闘の騒ぎとなった。
伏兵たちからすれば、まさに青天の霹靂。
奇襲攻撃である。
ドタバタと慌てるような音と、断末魔が通りまで聞こえてくる。
その次の辻からも槍兵を入れた。
突き棒で押されたところてんのように、伏兵が通りに押し出されてくる。
その繰り返しであった。
「まるで大掃除だね」
アーサー王子も微笑んでいる。
アヤコが知らせてくれた伏兵があらかた片付くと、今度は足止めの兵が行く手を妨げてくれる。
これは鉄砲隊にまかせてまさに一掃した。
これでもう、城まで安全なはずだ。
「ヤハラさま、これで伏兵は全滅したようです。イズミさんが言ってますね」
「ほう、イズミもいるのか? どこかね?」
辺りを見回してみたが、それらしい陰は無い。
探しても無理ですよと、アヤコは笑う。
「一般人に見つかる忍びはいません」
「逆に言えば、目の前にいても忍びと思われぬ忍びもいる」
まあ、アヤコの大福顔を見て怪しむ人間がいたとしたら、そいつは社会生活が営めないくらいに人間不信に陥っている気の毒な者だろう。
アヤコの略図を元に軍を進めていたが、このままでは正門に着いてしまう。
ここは一番堅牢な場所であるので、攻め込むには旨味が無い。
かといって万の軍勢だ。
狭い路地裏を通って裏門に回り込む訳にもいかない。
「お悩みかな、軍師どの」
アーサー王子は気楽なものだ。
「はい、万の軍勢を裏門へ回す訳にもいかず。さりとて正面の守りは堅牢。どうしたものかと」
「それでは現物を確認してきた者の意見を参考にされてはいかがだろう?」
アヤコのことだ。
ドングリ眼の我が妻は、まぶたを一度パチクリ。
それから意見を述べた。
「彼我の飛び道具を比較すれば、カモが鈴なりでしかないかと。敵の飛び道具は弓矢か弓銃だけでしたから」
なるほど、それならば正面から当たるのも悪くはない。
問題はその後だ。
帝国軍はここで大半の兵を失うだろうが、総大将である皇帝陛下とやらは落ち延びるだろう。
それをいかにアーサー王子に討たせるか? である。
「ヤハラさま、裏門は一直線に隣国へと続いておりました。ここに兵を伏してはいかがでしょう?」
「城内では討てぬか?」
「イズモの若大将とリュウゾウさまが上手に仕上げれば、難なく討ち取れましょうが、それでも敵は必死です」
「馬で逃げるつもりだろうか? それとも兵士に紛れて逃げるだろうか?」
「そこまではなんとも。というか、なんでもかんでも結論と結果を決めつけすぎなのでは?」
「うむ、私の悪いクセだな」
そう言うと、アーサー王子は快活に笑った。
「弁の立つ軍師どのも、恋女房には叶わぬと見える。尻に敷かれぬようにな」
「いえいえ王子さま、ダーリンはこの場でこそ負けてくださいますが、夜ともなればこのアヤコめを成敗成敗また成敗と、大変な勇ましさですので」
「はは、コヤツめ」
そのように笑ってやったが、背中は冷や汗でびっしょりだった。
妻よ、お前は私の首が飛んでも良いのかと。
しかし王子はアヤコの冗談を気に入ってくれたようだった。
滑稽本でも読んだかのように腹を抱えて笑っている。
「よいよい、ヤハラくん。来年の今ごろは秀才の血を引いた者が生まれそうだな」
そう笑って、鞭を掲げた。
ワイマール第三軍、前進の号令である。
目指すは一路、フォクストロット城正門である。
そして一軍と二軍は、姑息にも裏手へ回ることを述べてきた。
本来ならば三軍とともに正面を受け持つべきなのだが、ゴリ押しで我を通したようである。
そしてこれまでの戦闘を見てきた諸国連合は、第三軍の強さを知っているので、裏門へ回る国はいなかった。
孤立、ワイマール一軍二軍。
私としては面白くて仕方がない。
が、しかし笑ってもいられない事態が私たちを待ち受けていた。
ついにフォクストロット城正門に到着である。
いわゆる洋風の城。
堀には水がたたえられ、城壁には銃眼が無数に穿たれている。
そして篝火の元には無数の弓兵が私たちを待ち受けている。
「勝てるかな、ヤハラくん?」
「なんのあれは烏合の衆! ワイマール第三軍で討ち取ってみせましょうぞ!」
鉄砲隊を配置する。
念のために弓兵の使う楯を持たせた。
立てかけて、身を隠すものだ。
鉄砲隊は座射の姿勢。
一番隊は城壁の上の弓兵を、二番隊三番隊は壁面に穿たれたボウガン専用の銃眼に狙いをつけさせた。
そして鉄砲隊を護衛するのは、やはり弓兵と白兵戦部隊。
弓兵たちは敵が城門を開き、突撃を仕掛けて来ようものなら目にもの見せてやるとばかり、門を睨みつけていた。
それは白兵戦部隊も同じ。
特にナンブ軍、イズモ軍の士気は高い。
「オラ! さっさと出て来んかい!」
「シゴぅしたるぞ、ワレェ!」
……もとい、ナンブ軍とイズモ軍のガラは悪い。
今にも食いつきそうな、野獣の眼差しで城門を睨みつけている。
そのような状況で、鉄砲隊の射撃は始まった。
白昼堂々、正面からの攻撃である。
ただし、こちらの鉄砲玉は敵に命中するが、敵の矢はこちらには届かない距離を保っている。
どういうことかと言えば、開幕早々一方的な展開になった、ということだ。
対ドルボンド戦では、夜陰に乗じて城壁を登り城を内部から破壊したものだが、今回はそうならない。
それをする必要が無いのだ。
矢を射んと姿を現した敵兵が、ことごとく。
バタバタと斃れたのだ。
斃れた分は補充の弓兵が足される。
矢筒に大量の矢を仕込んで、城壁の上や城内を駆けてくるのが見えた。
しかし兵をどれだけ補充しようとも、キララ式鉄砲隊のまえに虚しく命を散らすだけであった。
「おう、ヤハラどの」
ナンブ・リュウゾウだ。
「あんまりやり過ぎるなよ、一度手を抜いておけ」
「何故ですかな、殿?」
「裏門は欲ったかりの王子たちと貴族どもが攻めてんべや。裏門の敵をこっちに補充されたら、連中に手柄をさらわれるぞ」
「そうですな、弾も節約したいですし……鉄砲隊、撃ち方止めーーっ! 筒、冷ませ!」
これは鉄砲名人キララの助言である。
銃身が熱を帯びると陽炎が立ち、上手く狙うことが出来なくなるのだ。
それを用心しての小休止という建前である。
敵の弓兵はここぞとばかり矢を射てきた。
しかしまともに届きやしない。
鉄砲隊のかなり手前で虚しく土をえぐるだけであった。
あの矢を回収すれば、かなり経費が浮くだろう。
思わずソロバン屋らしい発想をしてしまう。
が、アーサー王子の手前、そんなマネはできない。
しかし王子を単なる同級生としか見ていないナンブ・リュウゾウは平気な顔で言う。
「なぁ、ヤハラどの。あの矢を回収すればナンブ家の財布が膨らみそうだな」
というか、私などよりももっともっと生々しい表現をしてくれる。
「ナンブの、そなたもソロバンを気にすることができるのか?」
アーサー王子も、ナンブ・リュウゾウには辛辣だ。
「あぁ、妻になってくれる娘がソロバンに長けているのでな。俺も付け焼き刃ながら気にはかけている」
妻になってくれる娘というのは、イズモ・キョウカだ。
いまだ学生の身分でありながら、商会を立ち上げ貴族相手の商売で切り盛りしている。
しかしアーサー王子が驚いたのは、ナンブ・リュウゾウがソロバンを気にしていることではなかった。
「なんとナンブの、そなたの元へ嫁に来てくれる娘がおったのか?」
「アーサー、お前ぇ大概に失礼な奴っちゃな」
「いや、済まぬ。ナンブ・リュウゾウといえば学生時分より武骨一辺倒。蝶よ花よの娘御を娶るなどという印象が無かったのでな」
まあ、その娘というのもひとかどならぬタヌキではあるのだが。




