ワイマール王国の大侠客
冬の間に、ワイマール王国を含んだ教皇派は協定を改めて結び、帝国派の蹂躙を防がんとしていた。
その際、忍びからの情報を私が分析して伯爵経由でアーサー王子に進言した会戦予想区域が正式に採用される。
スベツ川をはさんだ平原、そのまんまの名称スベツ平原である。
その平原での布陣、あるいはそこまでの経路をどのようにとるか? などの話し合いも行われ、戦争の準備は着々と進んでいった。
今生の別れとなるやも知れぬということで、ナンブ・リュウゾウをイズモ・キョウカに逢わせる。
その帰り道、ナンブ・リュウゾウは初めて告白してくれた。
「人間というものは、弱いものだな。ヤハラどの……」
「いかがなさいましたかな殿?」
「俺は帝国軍を駆逐するまで、キョウカどのを抱かぬと宣言していたのだが、禁を破ってしまったよ」
「……………………」
「いや、あれはキョウカどのが悪い」
「と申しますと?」
「キョウカどのの可憐さが、鬼神の決意を挫くのだ。キョウカどのの可憐なのが悪い」
「私は少しく安堵しました」
「何をだね?」
「大演習以降、殿の鍛え方があまりにも人間離れしておりましたので、ナンブ・リュウゾウよもや魔神の境地に到れるか? と肝を冷やしておりました」
「……………………」
「それがなんともはや、やはり人間で御座ったというのは安堵するばかりです」
「人間らしいスケベ心を吐露させてもらうなら、ヤハラどの」
「?」
「俺は泥水をすすってでも勝ちを得たくなったよ。帝国軍を壊滅させて勝利を得て、そしてもう一度キョウカどのを抱きたい。というかまだまだ可愛がり足りぬ。かの滑らかな肌触り、形良き胸乳、小桃のような尻を思い出すだけで、俺は……俺はもう!」
「とりあえず殿、戦さが済むまではカグヤ隊長にお相手いただいてくだされ。カグヤ隊長とて街を歩けば女御といえども振り返るような美形ゆえ」
「うむ、どうにも俺はスケベでいかん。カグヤとて妾に囲いたいくらいに力が有り余っている」
「なんの殿、嫁御を娶ってからが本番ですぞ。モノの本によれば男は妻を迎えてからは性欲が落ち着くと申しますから。まずはキョウカさまと御子をもうけてからに御座います」
「落ち着くのかね? 俺のスケベ心が」
「無理でしょ、どう考えても」
かつての同級生のように、気軽に答えてしまった。
いや、あの頃はナンブ・リュウゾウなどとは接点が無かった私だ。
むしろ今よりも気難しく受け答えしていただろう。
勇と智。
いわば水と油の二人だった。
しかもお互いに極端である。
それが何をどうしてか主従の関係を結び、現在に至っている。
この関係が成立するために、私たちは学園を卒業してから三年の月日を離れて過ごしていた。
私はナンブ・リュウゾウではなく、男爵さまに仕えていたのだ。
そして私は実直に勤務し、特に成長などは無かったはずである。
そうすると成長、あるいは変化があったのはナンブ・リュウゾウの方である。
私の主たるべく、日々を過ごしてきたのだろうか?
そんな妄想にふけってしまいそうになる。
とにかく野蛮なサルでしかなかった同級生は、いまや爵位を継いでも誰ひとり文句のつけようがない『大侠客』となった。
家臣という名の子分を引き連れて、堂々たるワイマールの侠客としてのし上がったのだ。
しかもこの男、身分が上位の伯爵令嬢の心まで奪っているのである。
イズモ・キョウカ自身が怪奇な人格であるので、一般的な見方はできないが、あの娘の生み出す『たぬきマネー』は魅力的だ。
軍事力有り、財力有り、はばかりながらこのヤハラという智力有りとなれば、もう無敵であろう。
誰一人として、ナンブ・リュウゾウを下に置く者はいない。
爵位の上位者がこのような成り上がり者を唾棄するに、「乱世だな」というテンプレートがある。
しかしこの男は時勢に乗ったというよりも、自ら風を起こし雲を呼び、天に昇る龍となったのだ。
我、今生に於いて何をかせん。
ボウフラのように生きるのではなく、常にそう考えながら生きているのだ。
一挙手一投足が成功へと考え抜かれた生き方なのだ。
だからこの男は昇る。
東側から昇る日輪のごとく、どこまでも昇ってゆくのだ。
生きることに餓えている。
良く生きることに餓えている。
それがナンブ・リュウゾウという生き方なのだろう。
私もまた、この主に恥ずかしくない生き方をしたいものである。




