修羅は修羅に人を育て、鬼は鬼に人を育てる
弓兵たちの稽古が波に乗ってきて、白兵屋の必要が無くなるころ、ようやく抜刀隊槍兵隊の独自の稽古が始まる。
といっても撃ち合い突き合いの稽古ではない。
まずは雪原をムッタムッタと走ることから始まる。
戦さは駆け足、まずは走ること。
そんな思想が垣間見える。
事実、いかなる陣形をとるにしても二本の足で移動なのだ。
そして敵陣に突撃するのもまったく同じ。
敵が攻めてくるならば動かなくとも良いと考えるのは間違いである。
戦さは勢いだ。
まして白兵戦ならば、なおさらのこと。
敵が勢いに乗って突撃してきたならば、コチラはさらなる勢いでもって弾き返してやらなければならない。
そうしなければ陣地を突破されてしまう。
陣地が突破されれば、大将……今回の場合アーサー王子の首が危うくなる。
そうなるとワイマール第三軍は王子を守りながら退却しなければならない。
敗北である。
つまり、いま現在訓練に励んでいる鉄砲隊、弓兵たちでさえ止められないような敵を止めるのが、白兵戦部隊の仕事なのだ。
気合が違う、根性が違う。
ウォーミングアップのようなこの駆け足の段階で、すでに嘔吐する者が出るほどの走りっぷりだ。
徹底的に走り込んで、肉体をイジメて精神力を培って、疲労困憊のところで二人一組。
相撲の稽古が始まる。
ナンブ・リュウゾウなどは三人一組、大柄な猛者を相手にがっぷり四つ。
しかもすぐそばではクサナギ先生が竹刀をひねくり回して、少しでも手を抜いた稽古をすればすぐにビッシビシと叩かれる。
総大将がそんな稽古をしているのだ、と一般兵たちも手が抜けない。
そうだ、自分たちは遊びに来たのではないのだ。
国を守る、平和を守る、自分たちの正義を守るためにここへ来たのだ。
しかも俺たちは一般の兵隊ではない。
各班、各小隊の隊長ではないか。
俺が死んだら隊が負ける。
隊が負けたら軍が負ける。
軍が負けたら国が滅ぶ。
駆け足で嘔吐していた者も恥を注ぐため、なおさらこの相撲の稽古では身を入れた。
寒中、雪の中というのに上半身裸になる者が出る。
するとみな、一斉に肌をさらして取っ組み合う。
すさまじい闘志である。
汗が湯気となり、雪原一杯に立ち上っていた。
足元不如意な雪の中では、立ち歩くことも不如意となりやすい。
そんな状況での取っ組み合いだ。
私からすれば無茶もいいトコである。
しかしこの手の人種というのは、『オイシイ足腰が出来るってモンよ』と喜ぶのだから、変態としか言いようがない。
その変態の代表格、ナンブ・リュウゾウに土がついた……ではなく雪がついた。
すでに全身滝のような汗。
ヒイヒイという呼吸はまさしく息も絶え絶えという様子。
しかしクサナギ先生の容赦ない竹刀と檄が飛ぶ!
「オラとっとと立ち上がれ! まだ稽古は序盤だぞ! 寝っ転がってて稽古になるか!」
そしてようやく立ち上がり、巨漢に向かって当たってゆけば、今度はケツに竹刀が飛ぶ。
「ンなヌルい当たりで国が守れるか! もっとキビシく当たれ! キビシく!」
ナンブ・リュウゾウの顔面を濡らしているのは、汗か? はたまた涙なのか?
男は泣いて強くなる、という。
打たれて大きくなる、という。
ナンブ・リュウゾウをワイマール王国でも指折りの剣士に押し上げたのは、稽古で流した汗と涙なのであろう。
本音を言うならば、ワイマールはこの師弟の稽古を初めて見た。
壮絶というならば壮絶。
修羅を生む稽古というならば修羅を生む稽古だ。
そして全員の身体から汗が出なくなった頃、ようやく相撲の稽古が終わる。
「総員帯刀! 稽古用の竹刀を持て!」
全員が全員ナンブ・イズモの剣士ではない。
しかし鬼稽古を仕切るクサナギ先生の意図は汲み取っている。
全員稽古用の得物を手にした。
「それぞれが流派も得物も勝手も違う! しかしそれぞれ工夫して、この稽古に務めよ!」
クサナギ先生は竹刀を立てた。
死にそうな顔色のナンブ・リュウゾウが天を裂くような気合とともに、右から左から竹刀を打ち込む。
息が続かない、しかし竹刀は止まらない。
息を吸い直して、まだ気合の声をかけ直す。
クサナギ先生は、「まだまだ! もっと気合を入れろ!」と容赦なく檄を飛ばす。
そしてようやく面の高さ、水平に竹刀を倒し、そこにナンブ・リュウゾウが極上の気勢とともに一撃。
これで終わりかと思いきや、クサナギ先生はまた竹刀を立てる。
荒稽古、さらに。
ナンブ・リュウゾウがまたもや打ち込みを再開した。
その時点で稽古の方針を察したのだろう。
さすが隊長格だ。
それぞれが工夫をして、「切り返し」のエキスを吸い取る稽古を独自に開始した。
強者、猛者を生み出すのは、才能や資質ではない。
資質というのであればナンブ・リュウゾウ小兵でしかない。
落第だ。
それを屈指の剣客に押し上げたのは、繰り返しになるが必死必殺の稽古でしかないのだ。
「この程度の稽古でくたばるなら、国など守れん! 今すぐ死んでしまえ!」
クサナギ先生の檄に、容赦の二文字はまったく無い。




