去りゆく冬休み
そしてそれ以降、イズモ・キョウカは商人としての顔は見せなくなった。
まるで「難しいお話はこれっきりですわ」とでも言わんばかりである。
そして年齢相応な娘として振る舞い、ときにナンブ・リュウゾウに腕をからめたり、茶色のトヨムとはしゃいだりして日々を過ごした。
そして夢のように平和な冬休みも終盤にさしかかり、イズモさまへとお返しすることになる。
というかイズモの若旦那、ダイスケさままで一緒になって遊び呆けていたのだから、伯爵さまもさぞや頭の痛かったことであろう。
「いやいやヤハラくん。頭が痛いのは俺の方さ、遊べるだけ遊びたくったんだから、当然家に帰れば仕事は山積み。それを思うだけで気が思いよ」
「兄者……俺もだよ……」
とは、イズモ・ダイスケ、ナンブ・リュウゾウの弁だが、二人とも心配はいらない。
私もまた同じ境遇なのだから。
もっとも私の場合は必要なだけの仕事を遊びの合間合間にこなしていたので、二人のような地獄へは落ちたりしないのだが。
とはいえ、今回の遊びは仕方のない部分はある。
ナンブ・リュウゾウとしてはイズモ・キョウカの心をつなぎとめておかなければならないのだし、ダイスケさまにとっても妹との今生の別れとなるやも知れぬ冬なのだかた。
雪が溶ければ戦さが始まる。
いや、すでに相当数の忍びたちが敵陣営に入っているのだから、すでに戦さは始まっているのだ。
日々届く報告の書簡には、帝国側各国が戦支度を始めている旨が記されていた。
私たちも早急にキララ式鉄砲隊を編成し、訓練に励まなければならない。
幸いにして、ナンブ・イズモの両家では鉄砲隊の編成が完了している。
あとは第三軍全体で足並みを揃えたいところだ。
大枚はたいて揃えた鉄砲隊だ。
その成果を十二分に、いや二十分に発揮してもらわなければならない。
伯爵さまのお屋敷から、王都へ向かう。
イズモ・キョウカと茶色のトヨムは馬車の中。
楽しかった思い出を語り合いながら揺られている。
と、茶色のトヨムが馬車から降りた。
「ナンブさま、キョウカが待ってるよ」
ナンブ・リュウゾウに、馬車に乗れと言う。
馬車の窓は分厚いカーテンで仕切られている。
そして動いている馬車にナンブ・リュウゾウが乗り込もうとしたとき、その背中にトヨムは「どうぞごゆっくり」と声をかけていた。
まあ、馬車の中のことだ。
何が起きているのかは、誰にもわからない。
例えばナンブ・リュウゾウが「戦さがおわるまでイズモ・キョウカは抱かない」という誓いを破ったとしても、そんなことは誰にもわからない。
だから秘事というのだ。
ただ私たち同行の者どもは、娘の悦ぶような声が漏れ聞こえてきても、知らぬ存ぜぬであればいい。
ただ困ったことに、トヨムだけは興味津々で馬車の中を覗きたそうにソワソワしていた。
「ならぬぞ」
「わかってるよ、キョウカから後で聞けばいいんだからさ」
「ちなみにトヨム、お前もキョウカどのと仲が良いのだったな?」
「あぁ、だから余計にキョウカの秘められた『弱いとこ』が無いか気になるのさ」
私はナンブ・リュウゾウとそういう仲ではないので、まったく気にならない。
茶色のトヨムは、早く夜にならないかな、と変な期待をしている。
そして辺りがにぎわってきた。
王都である。
除雪はほとんどされていない。
開いている店舗前だけが、かすかに雪はねされているだけだ。
にぎわいと言ってしまったが、生活必需品を買い求める者たちが出歩いているだけで、街そのものはナンブやイズモの方が活気づいている。
まさに冬ごもりの真っ最中であった。
こんなことで春の戦さに勝てるのだろうか?
私ならずとも不安を感じる光景である。
いや、だからこそ。
冬の間に力を蓄えた第三軍がすべてをかっさらうのだ。
なにもかも飲み込んでやる。
なにもかも喰らいつくしてやる。
そのために親衛隊たちは雪山に登り足腰を鍛え、イノシシやシカを撃つことで射撃能力を高めているのだ。
さらには里に戻っての銃剣稽古。
剣を相手に槍を相手に。
工夫を凝らし練磨を重ね、無敵ナンブ軍を名乗ろうとしている。
さてどのような目が出るものやら、期待するところ大である。




