風雲児
思いがけず仕事の話となったが、アヤコに「ヤハラさま」と袖を引かれて我に返る。
そうだ、ここは娘たちを楽しませる場であって、商談の場ではないのだ。
私としたことが、なんと無粋なことを。
「ですがトヨムさん、ナンブ領にたぬき商会の拠点が移ってきたら遊びにきてくださいましね?」
「そうだな、みちのく屋の拠点もナンブ領だし、ここって国の台所になるんじゃね?」
「万虎子羅を商うとなれば、その話も夢ではなくなるな。……となれば、閣下」
ナンブ・リュウゾウは鬼将軍を呼ぶ。
「商隊の護衛で人数が必要になりますな」
「ナンブさま、それには私、いささか心当たりがございますので。そうなると今度は、その人数をある程度囲っておくための居住スペースといいますか、宿舎のようなものが欲しいですな」
「鬼将軍閣下、それはイズモでも必要でしょうか?」
イズモ・キョウカがたずねる。
「はは、たぬき商会では我らに先んじて、すでにあちこちで宿舎を建築中でしょうに。我らはそれを真似ているだけのこと」
「ホホホ、お上手ですわね。わたくしどもは貴族相手の商いが主。護衛隊を囲うほど本格的な屯所はございませんわ」
なにかこう、力の湧いてくるような会話である。
金が、人が、戦力が、湧いて出てくる漲るような、そんな会話であった。
やはり商いというものはいい。
夢がある、夢が広がる。
現状を打破しようという気力が湧いてくる。
何をするにもナンブ・リュウゾウに相談すれば、「よっしゃーよっしゃー、まかせときんしゃい」と答えてくれるような、そんな英雄にまで押し上げてやりたい。
大物。
そんな言葉を奴の頭に冠させてやりたいというのが、漠然としてはいるが私の望みだ。
大物というのなら、イズモ・ダイスケの方が器がひと周りふた周り上だろう。
しかしビッグ・ボスと呼ばれる者たちには、小柄な者が実に多い。
ビッグ・ボスたちは気力に優れ胆力に優れ、断固とした鋼鉄の信念を持ち頭脳も明晰である。
そして私は割と下げてはいるが、ナンブ・リュウゾウ、馬鹿ではない。
発想が私の枠を越えているだけの話なのだ。
以前にも申し上げているが、ナンブやイズモの剣術は馬鹿にはできない。
読み解いて理解しなければ、型はただの踊りでしかなくなる。
それならば型などは必要なくなり、単純に竹刀で競い合う方が強い、ということになってしまう。
竹刀での打ち合いだけではどうにもできないもの、それを身に染み込ませるために型稽古があるのだ。
ナンブ・リュウゾウはそれを理解している。
だから商いの話となってもツボ所を心得ているというか、攻め所を誤らないのだ。
野蛮人の意外な知性と見えるだろうか?
私にはそれは「生き延びるための知恵」にしか見えない。
剣術の詰まるところは生存なのだから。
「で、ヤハラさま、それだけですかな?」
「はい?」
鬼将軍に訊かれて、声が裏返る。
「平時は護衛団、乱には兵士。みちのく屋従業員の郷士という身分が急増するのですぞ?」
言われてはたと思い出す。
そうだ、我々には鬼将軍の手の者、一〇〇名がいるのだ。
平時は労働者、乱には軍隊。
しかもそのレベルが非常に高い。
先の戦さでも、存分の働きをしてくれていた。
それがさらに増えるというのだ。
「殿、ほとんど一軍という規模の人数が集まりますぞ!」
「しかしなぁ、閣下。そんな人数どこから引っ張って来るんじゃい?」
ナンブ・リュウゾウの問いに、奴はニヤリと笑った。
そして私の手の平に、「D」と「Z」と書いた。
ドルボンドとゼブラだ。
そのことをまずナンブ・リュウゾウに伝える。
すると当然の質問が湧いた。
「ドルボンドはウチの上級貴族が、ゼブラはセーラー国が押さえておろう?」
「一戸につき、ひとりの徴兵が精々ですな。しかも敗戦国故に、賃金はスズメの涙程度。そこへゆくと我らみちのく屋は働いた分の賃金はキチンと支払う!
さらに言えば、上級貴族どもは働き盛りの次男を徴兵するだろうが、我々は三男四男に賃金を与えようというのだ!
それはかつての彼の国のみならず、ワイマール全土で募集をおこなう! 志ある者は身分の如何を問わぬ。ともに鍛えともに闘うのだ! 同志同胞として!」
「規模はどのくらいになりましょうか、閣下」
「ヤハラくん、千を欲するならば千を用意しよう! 万を欲するならば万を用立てる! あとは集いし人数をいかに鍛え上げるかだ!」
「ヤハラどの、これはボンヤリとなどしておれんぞ」
「そのようですな、殿。しかし年寄りの尻を叩いているつもりが、いつの間にか年長者に発破をかけられました」
「そうだな、では手始めにヤハラどの!」
「はい!」
「互いの想い人の機嫌をとるとするかい?」
なるほど、アヤコは大福のようなほっぺたをさらにふくらませている。
イズモ・キョウカは涼しい顔。
そして茶色のトヨムは、すでに鬼将軍の腕にからみついてデレデレとしていた。
これは贔屓の目で見させていただきたい。
やはりナンブ・リュウゾウ、雲を呼び風を起こす男である、と。




