歴史は夜作られる
そして夜。
邸宅の前ではまだ領民たちの宴が続き、イズモ・キョウカとナンブ・リュウゾウは時折『お色直し』としてさまざまな衣装に着換え、民の前に披露する役割を果たしていた。
その陰では男爵さま、イズモ・ダイスケ、そして私が静かに酒を飲み、秘かに語り合っている。
「で、イズモの。第三軍が神輿として担ぐアーサー王子。あれが玉座に座る確率はどれほどと見る?」
男爵さまが切り出した。
「……言い難いことですが、一割にも満たないでしょう」
「その割にゃ刺客放ってくる辺り、第一から第三王子まで、神経尖らせ過ぎじゃねぇか?」
「王室と言う奴はそういうものですから」
「だったらカウンターテロは失敗だったな。下手人とっ捕まえてロイヤル・スキャンダルをゲロさしちまえば、一気に他の王子たちを追い落とせたのによ」
「このヤハラの失策にございます。その点はキョウカさまからきっちりとヤキを頂きましたので」
「ほい、あのお嬢ちゃんがかい? こりゃ良い嫁が来そうだな」
酔いに任せたような、豪快な笑い声をあげる。
しかし急な真顔に戻り、男爵さまは続ける。
「しかしな、ヤハラ。それにイズモの倅もよく聞いておけ。俺たちぁ次の大戦さで隠居を考えてんだ。そろそろ露営もキツくなってきたんでな。……つまり王室もそろそろ退位や御即位だと始まる時期ってことよ。なにが起きても乗り遅れちゃいけねぇし、勇み足も禁物だぜ」
そんな、と本来ならば世辞のひとつも述べなければならない場面だ。
男爵さまはまだまだ御壮健でしょう、と。
しかし思い描いてきたのは、まさにこの瞬間なのだ。
三男坊で冷や飯食らいの野蛮人、ナンブ・リュウゾウを貴族の椅子に座らせる。
それが第一の目標だったのである。
それが目の前までようやく漕ぎつけたのだ。
世辞どころの話ではない。
「とはいえ男爵さま、俺はリュウゾウとは違い、まだ独身なのですが」
ということでイズモ・ダイスケ。
まだ爵位には早いと訴えた。
「その辺りぁよ、お前ぇさんの親父が世話してくれるぜ。飛びっきりな娘っ子をよ」
グビリとグラスのバーボンを煽って、男爵さまはニタニタと笑う。
「まあ極上の娘っ子を貰うんだ。春の大戦さでしっかりと稼がにゃならねぇぞ。リュウゾウのボンクラみてぇに、死ぬことなんて考えるようじゃいけねぇ。生還の邪魔する奴等なんざ、ことごとく斬り倒して帰ってくるつもりでなきゃダメだ!
あの屁っこき息子にも一発ヤキを入れとかんとな」
男爵さまと伯爵さまが何を企んでいるやら?
とにかく『歴史は夜作られる』という。
こうした酒の席での密談を指して言うのか?
はたまた閨で女が歴史を動かすことを言うのか?
そこまでは私もわからない。
窓の外で流れていた音楽が止んだ。
ドレス姿のイズモ・キョウカと茶色い同級生が邸内に駆け込んでくる。
その後から、それぞれのダンス・パートナーを務めていたナンブ・リュウゾウと鬼将軍も入ってくる。
「やあ、どうしたんだいスウィート・キョウカ?」
「いや、それがあんちゃんおっかしいのなんのってさ!」
茶色のトヨムが腹を抱えている。
「キョウカってば運動下手だろ? それがナンブさまにリードをまかせっきりにしてたら、ナンブさまもダンスは下手クソで下手クソで!
結局二人で抱き合ってじっと動かないでやんの!」
「それはそれはロマンチックなひとときでしたわ♪」
「ああ、それだけならな! でも音楽が終わってもずっと抱き合ってるのはやりすぎだぞ!」
「おかげで散々に冷やかされたぞ」
「あら、リュウゾウさまはおイヤでして?」
「いや、掛け替えの無いひとときにござった」
「ついこの前まで青っ鼻垂らしてやがったくせに、いつの間にか色気づきやがってよぉ」
男爵さまはふてくされたように酒をあおる。
「もう親父どのに代わって、戦さ働きもするくらいですからな」
「そろそろ俺も隠居かねぇ……」
「キョウカどのの卒業まで待ってくれ。きっちり婚姻を果たしてから家を継ぎたい」
ナンブ・リュウゾウはナンブ・リュウゾウで、家督相続については考えているようである。
「だがなリュウゾウ、俺ッチが隠居ってこた王室も玉座が代わるってことだぜ」
「変化の時だな。機に臨み変に応じなければならん。ヤハラどの、忍びの配置はどこに重きを置く?」
「やはり王室周辺かと」
「それでは下級貴族たちとの連携に手落ちが出ぬか?」
「まだまだ上級貴族の力も強く、王室も強大です。暴発するようなことはありませぬので、それより目先の春の戦さがさきかと」
「おう、上ばかりみていると足元に隙ができてしまうな」
「お気を付けを、殿」
この辺りの会話、あまりイズモ・キョウカには聞かれたくはないのだが……。
一応鬼将軍の贔屓であるトヨムと会話しているので大丈夫とは思うのだが……。




