イズモ・キョウカでも苦難に遭う
立食形式の食事はイズモと同じ。
しかしナンブ家ではそれを屋外で、領民たちとともに行っている。
それだけナンブ家、男爵さまという方が民衆から近い場所にいるということだ。
しかし、決して馴れ合いではない。
貴族は貴族の威厳と品格を保ち、民は畏敬の念をもってこれに接する。
ただ、ここの貴族は民衆と食を酒を共にすることを厭わないだけなのだ。
誰だってイモを食う。
酒を飲んだら酔っ払う。
剣で斬られりゃ血も流す。
別に貴族だからって、神の子なんかじゃねぇんだ。
男爵さまが自ら語っておられるかのようだ。
というか、貴族は民によって支えられている。
民を大切にせぬ領地は衰退する。
という思想が、ナンブやイズモの根底にあるのだろう。
だから王室や上級貴族を支える下級貴族を蔑ろにした、対ドルボンド戦の態度に、余計腹が立つのであろう。
まあ、下級貴族の扱いというのは、ああいうものだと割り切ってしまえばそれでお終いなのだが、あれだけの合戦を繰り返し、あれだけの大勝をおさめておきながら『褒美なし』というのはいただけない。
せめて腹の足しにもならない『感状』のひとつでもくださって、「これしか出せねぇけど我慢しろや」としてくれる程度に、なにかあっても良かったものを。
戦利品に目がくらんだ王室は、そんなことも忘れて欲たかりな真似をしてしまった。
落とさずとも良い火種を、ポトリと落としてしまったのだ。
愚かなり、ワイマール国王。
暗愚なり、上級貴族。
とはいうものの、男爵家跡取りの側仕えにすぎぬ私の身分では、何をどうともできないのだが。
ナンブ・リュウゾウを昇り龍と例えたこともあったが、冷や飯食らいが男爵さまとなるだけで十分とするべきなのか?
いやいや、まだ春の合戦が控えている。
ナンブとイズモが率いる第三軍で大戦果を挙げて、ワイマールにこの男あり! というところを見せつけてやらねばならない。
ナンブ・リュウゾウ、たかだか男爵家跡取りで終わってもらっては困るのだ。
「キョウカ! お兄ちゃんは! お兄ちゃんは寂しいぞ! お前がお嫁さんに行ってしまったら、俺は……俺はもうっ!」
「うっとうしいですわよ、お兄さま! イズモ流ムエタイ術、ヒジ! ヒジ!」
イズモ・キョウカに抱きついて離れようとしない、酔っ払いのイズモ・ダイスケに、妹は容赦の無いヒジを打ち込む。
しかし体格差ととびきりの不死身のおかげで、巨漢はまったく動じない。
「いい加減お兄さまも妹離れして、お嫁さんをもらいなさいな! ヒザ! ヒザ!」
「あ! キョウカのピンチだ! よし待ってろキョウカ、アタイがいま助けてやるぞ!」
茶色のトヨムも巨体の背中にとりつくが、まるで効果が無い。
むしろズルズル引きずられるような、滑稽な姿である。
そしてイズモ・ダイスケは、ゲンナリとして弱り始めたイズモ・キョウカにほほずり攻撃。
「兄者、ずるいぞ! 反対側のほっぺたは俺がもらうからな!」
ということでナンブ・リュウゾウも参戦。
イズモ・キョウカを筋肉でサンドイッチにして、左右から頬ずり責めである。
群衆からは「いいぞ、もっとやれ!」の声がかかるが、イズモ・キョウカは完全にグロッキーだ。
「リュ……リュウゾウさま……覚えてらっしゃいまし……今宵の閨で哭かせて差し上げますわよ……」
強がりにも力が無い。
イズモ・キョウカは打たれすぎた拳闘士のようにフラフラであった。
「あぁ、マイ・スウィート・エンジェルキョウカ……お兄ちゃんがこんなに愛しているというのに、君は今夜この男のモノになるというのかい?」
「それは違うぞ、兄者」
もう一人の酔っ払いがイズモ・ダイスケに反論する。
「俺はまだキョウカどのを抱きはしない。まだ戦さは終わっていないのだ。次の大戦さで、俺は命を落とすかもしれん。それだというのに己の欲望だけで、無責任にキョウカどのを抱くことなどできん!
……すまんな、キョウカどの。男の我が儘を許してくれ」
「それはわたくしの操を大切に思ってくださっている、という解釈でよろしいですの?」
「うむ、痩せても枯れてもナンブ・リュウゾウ男にござる。惚れた女の行く末に幸いを置いてゆかずしてどうするか」
「偉い!」
短く一言、イズモ・ダイスケは評した。
「戦場に立つ者はそうでなくてはならない! 国元に憂いを残し生きんとする者は死に死なんとする者は生く! 死中に活こそが戦士の極意ぞ!」
そのような覚悟がオラが大将にはある。
民衆は沸いた。
恐ろしいくらいに瞳をキラキラと輝かせ、「ならば俺が大将の楯となる! 大将を生きて還して、嫁御と添い遂げさせてやる!」と申し出んほどに盛り上がっていた。
男子の胸裡、男子こそが知る。
私からすれば、狂気と呼びたくなるほどにナンブ領民は沸き立っていた。
これはナンブ・リュウゾウが呼んだ狂気か?
はたまたイズモ・ダイスケが巻き起こした狂気か?
いずれにせよ、この狂気はただでは済まないだろう。
なにかが起こりそうな気がする。
何かを起こせそうな気がする。
革命の野火は地方からあがる。
そんな諺がワイマールにはある。
それ故に頂点に立つ者は四方八方に目を配り気を配れという諺だ。
それが知識としてではなく実感として体験している。
机に齧りついているような我が身としては、貴重な体験と言えた。




