イズモ・キョウカ、ナンブ領に降り立つ!
さて、ナンブ領へ向かう馬車の旅。
もう雪の季節だというのに、街道はほとんど雪が無い。
「なんでだろうな、キョウカ?」
「お手紙によると、イズモをはじめとする第三軍の子爵男爵領地では街道の雪かきに精を出しているそうですわ」
そんな会話が漏れ聞こえてくる。
「おかげで物流の滞ることがなく、三軍各領地では冬場だというのに商いが盛んらしいですわ」
「すっげぇなぁー! 冬なのに食べるものに困らないのか!」
「それだけではありませんわ。薪や炭、石炭などの燃料が取り引きされますので、産業などの生産も眠りにつくことがありませんの」
「冬っていうとアタイ冬眠か狩りの季節くらいにしか考えてなかったけど、仕事があるっていいもんだな!」
「トヨムさんは働き者ですものね♪」
そうだ、この時代、この世界では冬場は誰もが街から出ず、商いなども滞り国全体が冬眠状態だったのだ。
それが除雪、道が開けているというだけで領地は活性化し、懐が潤うのである。
ナンブもイズモも、各子爵男爵家もそうである。
下級貴族たちの領地は、冬でも眠ることなく活きているのだ。
それすなわち、一年で半分しか働けない者たちの収入が倍増する、ということである。
それぞれの領地では、領主さまバンザイと両手を挙げて貴族を持ち上げていることだろう。
そして除雪という仕事である。
この人手に給金を与えているのは、他ならぬ領主、すなわち貴族なのだ。
自らの財布から賃金を与え、それが経済の活性化につながっている。
そりゃあもう、貴族さまさまである。
喜ばしいかな、ワイマール下級貴族。
万々歳である、第三軍。
そして馬車は峠道も難なく越えて、いよいよナンブ領である。
領地の入り口には『ようこそキョウカさま!』と書かれた横断幕。
そして沿道には領民たちが並び、イズモ・ナンブ両家の小旗を振って、オラが大将の嫁となる娘を歓迎していた。
イズモ・キョウカは馬車の窓を開けて、微笑みながら小さく手を振ってそれに応えている。
そしてナンブ家本邸の前では、すでにお祭り騒ぎであった。
インチキ鉄砲を担いだ儀仗隊が並んで、祝いの祝砲を鳴らしている。
銅鑼が鳴らされる。
大人数で操る金色の龍が舞う。
屋台が立ち並び炙られた肉の香りが立ち込めている。
すると茶色の同級生トヨムが、なにを見つけたか馬車から飛び出した。
「兄ちゃん!」
「おかえり、トヨム!」
茶色のトヨムを抱きとめたのは、我らが褐色ポニテ少年、ライゾウであった。
なるほど、ライゾウ少年が娘顔の少年というならば、トヨムは少年顔の娘と言える。
というかこの二人、双子ではないかというくらいにソックリだ。
今の今までそのことに気づかなかった自分が恥ずかしい。
ひしと抱き合う兄妹。
しかも見分けがつかないくらいにそっくり。
というか、あの娘の血族が我が領地にもう一人いるという事実に、私はゲンナリしていた。
なにしろナンブ・リュウゾウに「婚約者の娘に抱かれろ」とかヌカす娘だ。
あのイズモ・キョウカの親友であり同性の恋人なのだ。
私のゲンナリ加減が、読者諸兄にも伝わるはずである。
素っ頓狂や奇天烈を二人も抱え込む身になって欲しい。
頭がクラクラきてもおかしくないはずだ。
「おお、帰ってきたかトヨム!」
そしてさらに素っ頓狂が。
「理事長先生!」
そう、学園の理事長にしてみちのく屋総裁、鬼将軍ミズキ・タカシである。
茶色のトヨムはこちらにも抱きついた。
そして「ダンナ! ダンナ!」と自分の匂いを刷り込むように顔をグリグリと押しつけている。
なるほど、この娘に奇っ怪さを感じていた理由はここにあったのかと納得した。
この茶色のトヨムは、限りなく動物的なのだ。
理論理屈が通じないのかもしれない。
だから私は苦手なのだ。
そして停止した馬車から、この冬の主役が降り立つ。
婚約者ナンブ・リュウゾウに手をひかれて、学生服にコートを羽織り革長靴の伯爵令嬢イズモ・キョウカが馬車から降りてきた。
少し薄い髪色だが、毛先が自然なウェーブに波打ち、こぼれそうなほどパッチリとした瞳はまつ毛も長く、雪のように白い肌と紅をひかぬ桃色の薄い唇。
田舎者の集団であるナンブ領民たちは、「ホゥ……」とため息をつくしかなかった。
そしてその美貌にヒソヒソと言葉を交わす。
「まるでお人形さんみてぇダベ」
「オラ、あったにメンコイ娘っ子見るの初めてだじゃ」
「本当にあったらメンコイ娘っ子が、ナンブの若様ンとこさ嫁に来るンだか?」
「つか、オラたちの大将、どー見ても見劣りするっぺよ」
「あったにメンコイ娘、どーやって口説いたんだか?」
「きっといきり立ったハトさモノ言わせて、手込めさしたんだべ?」
「酷い大将だの、ナンブの若様はよ」
実際にはこれほど訛ってはいないのだが、雰囲気を伝えるためにこうしてみた。
そしてイズモ・キョウカの美貌が褒められれば褒められるほど、なぜか我らが主の下部が値下がりしてゆく。
まあ、見てくれだけならばサルのような容貌なのだ。
仕方のないことではある。
その評判の下落を抑えるためか、イズモ・キョウカが口を開いた。
「ナンブ領のみなさま、初めまして。わたくしリュウゾウさまと婚約の契りを交わしていただきました、イズモ伯爵が娘、キョウカと申します。この度はみなさまわたくしなどのため、熱い歓迎をいただき心から感謝申し上げます。そしてリュウゾウさまと婚姻を果たした暁には、みなさまのためリュウゾウさまのため粉骨砕身の努力を惜しみませんので、なにとぞリュウゾウさまをお引き立ていただきますよう、お願い申し上げます」
およそ貴族の娘とは思えない挨拶であった。
まして伯爵家から男爵家に嫁いでくるのだ。
人を人とも思わぬ発言でもあるかと思いきや、ことさらナンブ・リュウゾウを立てまくっているのだ。
女が男を立てる。
それはこの時代この世界、ナンブ・イズモでは当たり前のことなのだが、なにしろ伯爵家の娘なのだ。
それが下男に等しい男爵家倅を立てている。
当然のようにその場に集っていた領民たちからは、万雷の拍手が沸き起こった。
口笛までならされ、「ヨッ! お熱いねぇキョウカさま!」などと冷やかしの声まで起きる。
まあ、婚約期間というもっとも幸せな時期にいる二人に対する、正しい声かけと言えるのだろうが。
「よし! それでは今年の新作バーボンを開けるぞ!」
みちのく屋総裁、鬼将軍が堰を切る。
若い二人に木槌を持たせ、酒樽を目の前に運んだ。
ナンブ・リュウゾウとイズモ・キョウカは、ひとつの木槌を二人で手にして、酒樽を割った。
芳醇な香りが漂う。
酒好きどもはすでにのどを鳴らしていた。
雪玉を作ってグラスに落とし、柄杓で汲まれたバーボンを受ける。
あまり衛生的ではないかもしれないが、この程度で腹を壊すような奴はナンブ領民にはいない。
琥珀色の液体が冷やされている部分と暖かな部分とで滞留している一番旨い状態のときに、領民たちはグラスに口をつけていた。
誰もが笑顔である。
私もまた、主から酒を注いでもらった。
今年のバーボンは良い出来だ。
高値がつくことを期待して、濃厚な味わいを楽しんだ。




