槍と拳の戦い
リリィがウィルと交替した丁度その頃、フィンは漸く意識を取り戻した。
(……うわ、頭はガンガンするし、身体はひどく重い……)
目覚めはすこぶる不良だった。とにかく起き上がろうと踏ん張った両腕は上体を支えきれず、フィンはその場へべちゃっと突っ伏してしまった。
ふと硬いものが激しくぶつかりあう音に気付き、フィンはそちらへ目を向けた。それはケインが男と戦っている音だった。いや、戦っているというよりも、男の攻撃をケインが槍でいなしているようにフィンには見えた。彼らがなぜ戦っているのかはわからなかったが、フィンは自分とアンネが襲撃を受けたことを思い出した。
『そういえば、アンネは……!?』
周囲をきょろきょろ見回し、フィンは自分の足元で倒れているアンネを発見した。フィンは殴られた痛みに軋む身体を這いずらせてアンネの元へ向かった。
アンネはまだ気を失っていた。念のためアンネの口元へ耳を近づけ呼吸を確認した。大丈夫のようだ。
(とにかく安全な所へ……!)
自分の身体をどうにか起こし、次にアンネを抱きあげた。その時だった。
フィンの中であるはずのない既視感が生まれた。
(俺は前にも、この状況に遭遇したことがある……?)
フィンは懸命に思い出そうとした。失った記憶の重要な手掛かりがそこにあるように思えた。
(思い出せ……! 俺は、誰を助けようとした……!?)
――次の瞬間。
フィンは光の中にいた。
あまりの眩しさに目を細めていると。
目の前が突然真っ赤に染まった。
一瞬何が起きたかわからなかった。だが顔に絡みつく生ぬるい心地に、フィンはそれが返り血であると認識した。
(アンネ!?)
自分の膝元のアンネに目を移す。しかし膝元にいたのはアンネではなかった。
フリルのドレスを着た幼い少女が、目を閉じ横たわっていた。少女のドレスは真っ赤だった。なぜかフィンは、そのドレスが本来は空色であったことを知っていた。
――――――っっっ!!!
突然腹の底から沸き起こった激しい嗚咽に、フィンはそれ以上思考を継続することができなくなった。そして再びフィンは気絶した。
意識が途絶する寸前、フィンの視界に映る風景はもとの中庭へと戻った。
*
開甲拳突き、横蹴り、貫手突き、振り打ち、後ろ回し蹴り、外手刀打ち……
防御に徹するケインは、ユーリが次々繰り出す攻撃を槍できっちり捌いていた。ついさっき鳩尾に強烈なボディーブローを受けた人間とは思えない動きだった。
ケインとの真っ向勝負はユーリにとって本来得意とするものではなかった。ユーリの好む戦闘は超近接型であり、槍を得意とする騎士との正面からの戦闘自体、無理があった。本来であれば森に逃げ込み槍の動きを封じる必要があっただろう。しかしケインの目的が現地での防衛である以上、それは実行が難しい策だった。
(ちぇっ、めんどくさい)
リリィへの執着でヒートアップしていたユーリの頭はすっかり冷えていた。このまま持久戦を続けるのは得策ではなかった。
「……わかったよ降参だ」
ユーリは両手を上げた。その眼光には禍々しい気配をたたえていた。
「降参って……そういってお前、練習試合のときはいつも、相手に不意打ち食らわせてたよな」
ケインはユーリを油断なく睨みつけながら槍を構えていた。つい先ほど、リリィに一杯食わされたばかりなのだ。ユーリにまで虚をつかれるなんてたまったものじゃなかった。
「本当に降参だって。ほら」
ユーリはナックルを外しケインの足元へ放った。
「もう、あの子供に喧嘩ふっかけないからさ」
その言葉を聞いて漸くケインは構えを解いた。
「じゃ、早速本業に戻ろうぜ。学者と裏切り者を、国へ連れていこう」
両手をあげたまま愛想笑いするユーリに、ケインはため息をついた。
「ったく、誰のせいでこんなことしてたと思ってるんだ……。それにしても、二人も連行するのは想定外だった。どうしたものかな……」
ケインが槍を担ぎ、後方のフィンとアンネを振り返って歩きかけたその瞬間。
ユーリは上着のポケットに右手を忍ばせながらケインに走り寄った。ポケットからきらりと光るものが掴み出され。
ケインへ近づきながらそれが振り下ろされる――
「っっ危ないっ!!」
――どんっ!
その声と何かがぶつかる鈍い音に、ケインはユーリを振り返った。
/
ケインしか見ていなかったユーリは、真横からの強い体当たりをまともに食らっていた。
「っぐぅっ……‼︎」
受け身をとれず地面へと叩きつけられたユーリの手から、折り畳み式のナイフが飛び落ち繁みへと消えて行った。
/
「なっ……‼︎」
振り返ったケインは状況が飲み込めずにいた。ユーリを吹っ飛ばしたのはリリィ――正確には交替した後のウィル――だった。