逆恨みの一撃
ケインはウィル――ケインの認識上ではリリィなのだが――の行動の意味を理解できなかった。だが少なくともこちらへ敵対の意志ありだとみなし、即座に槍を構え叫んだ。
『話を聞いてなかったのか!? 俺達が争う理由はもうな……』
『ナイフ』
ウィルの言葉が一瞬にしてケインの思考を遮った。
『ナイフ⁉︎』
『ナイフで刺そうとしてた、彼奴。だから突き飛ばした』
最低限の言葉でウィルは意図を伝えた。
『そ、そうなのか!?』
ケインはこちらを睨みつけるユーリへと目をやった。仲間にいう台詞ではないが、ユーリは背後からナイフで刺すくらいのことは平気でやりかねないとケインは認識していた。よってこの時のウィルの発言はケインにとって疑う必要のない内容だった。ケインは心底呆れていた。
(此奴、ほんとに見境ないヤツ……。これは俺じゃなくてももて余す……)
一方のユーリはというと、ウィルに対して完全にブチ切れていた。
『お前ぇぇ……俺の邪魔ばかりしやがって……』
『おいユーリ! さっき自分で言ったばかりだろ? この子へ乱暴するなっ!』
ケインの制止にも一向に耳を貸さず、
『っるせぇ! ボケカスッ! 潰すっ! 絶っっっっ対泣かす!』
眼を血走らせたユーリの拳がウィルへ一直線に迫った。ケインがウィルを庇おうと動いたが間に合わず。
スピード、パワー、ついでにブチ切れ具合も最高潮のユーリの拳を、ウィルは両手を重ね真正面から受けた。
ズバァァァン!!!!!!
荒々しく、激しく、強いインパクトを全身が巡った。蹴り飛ばされた左脇腹と壁に強打した背骨が悲鳴を上げるように軋み、激痛に全身の汗が噴き出した。しかし、体幹部および大腿部を中心とした全身の筋肉にありったけの力を籠め、ウィルは何とか踏みとどまった。
(ったくよぉ、お前の恨む相手はリリィだろうがっ!! 俺はウィルだっつぅの!)
……と内心毒ついてはみたが、結局リリィとウィルは(外見上)同一人物である以上、この理不尽をウィルには責められなかった。
ウィルは受け止めたユーリの拳を両手で強く握ると、一瞬沈み込んだように全身をユーリの拳ごと低くさせ、同時に左足を鞭のようにしならせ後ろへ引いた。そして。
「逆恨みだ馬っっっっっっ鹿野郎ぅぅぅぅぅぅ!!!」
(ケインにもユーリにもわからない言語での)叫び声をあげ、脇腹の痛むのも構わずウィルはユーリの右腕目掛けて目一杯の左膝蹴りを見舞った。
――ぶぅぅぅん!!
ユーリはウィルの叫びに混じって聞こえた右下からの風切り音で瞬時にウィルの意図を察知した。
(右腕の死角から蹴り込む気か!)
ユーリは右腕を強引に跳ね上げた。体勢が崩れたウィルの蹴り上げは失速した。すかさずユーリは開いた左掌を右腕の下へ滑り込ませた。
――パシィィン!
力を殺がれたウィルの蹴りは乾いた音をたててユーリの掌へ収まった。悔しそうに睨みつけるウィルを嘲笑うようにユーリは一瞥し。
――膝を砕いてやるっ!
跳ね上げた右腕の肘を、左手に収まったウィルの左膝目掛けて振り下ろした。
――ガツッ!
鈍い音が響いた。
しかしそれは、ウィルの膝が砕ける音ではなかった。
ウィルの膝のわずか5㎝上で、ユーリの肘は止まっていた。ユーリの肘を止めたのはケインの槍の柄だった。ケインは片手だけで握った槍の柄でユーリの肘を受け止めていた。
(さっきまでは攻撃を全て捌いていた。でも今回は、十分捌ける攻撃だったにも関わらずもろに槍で受け止めた……?)
ウィルの感じた微かな違和感をよそに、ケインは槍を器用に回しユーリの肘を跳ね上げた。ユーリはバランスを崩しながらも何とか後ろへととひのいた。
『……何度も言わせるな』
その声がケインの口から発せられたものだと認識するのに、ウィルは勿論、ユーリさえ時間を要した。
『お前も知ってるだろうがな……俺には嫌いなものがいくつかある』
俯き気味に槍先をゆっくり地面に突き刺しながら、イライラした口調でケインは続けた。
『一つ目は酒癖の悪い奴、二つ目は暴力馬鹿。三つ目は卑怯者。四つ目は話をまったく聞かない奴』
槍のめり込む深さはだんだん増しているようだった。もはや別人ともいえるケインの豹変振りにウィルは度肝を抜かれていた。フィンの国の騎士は、みんなブチ切れると性格が変わるのだろうか。フィンだけは絶対怒らせてはなるまいと、ウィルはひそかに誓った。
『そして今、五つ目ができたよ』
俯いた顔からぎろりと目を上げ、ケインはユーリを睨み付けた。
『……笑いながら子供をいたぶる、お前の顔だ』
活火山の噴火を思わせる凄まじい激昂を両眼に湛え、ケインはユーリを睨みつけていた。
『おめでとう、お前が賭けポーカーでよく使う役、ロイヤルストレートフラッシュだ。今日はイカサマ無しで揃えたな』
タフが取り柄の生真面目バカから、こんな激しく強い怒りが生じると誰が予想出来ただろう。
『……お前は、俺が粛清してやる』
ケインの槍の柄を握る手がいっそう強くなった。




