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ペクトラ  作者: KEN
ユリシーズ・バックス 〜変局〜
39/131

迫る限界、そして

※適宜改稿します

 リリィの頬を掠めた一撃はユーリを勢いづかせた。


「おいおい、余裕こいて避けてたら、綺麗な顔がミンチになるぜ?」


 リリィは次々繰り出される拳を何とか捌き、ユーリの右腕を牽制しつつ下顎への右掌底打ちを試みた。が、それより前に膝蹴りがリリィの脇腹をえぐった。防御の体勢もとれないまま、リリィは車に跳ね飛ばされた鳩のように無様に吹き飛び、壁へ背中を強かぶつけた。


「っっ‼︎」


「拳だけと思ってたのか? 甘すぎるよ、お前」


 蹴り上げた右膝を戻し、人を小馬鹿にした笑みを浮かべてユーリは拳のナックルを軽く舐めた。


 脇腹の激痛にむせこみながらも窓枠を握って立ち上がり、リリィは全身状態を確認した。


〈左肋骨は何本かイったわね……。あとは全身打撲と頬の切創くらいか。まだ、まだやれる……!〉


 リリィは構え直すとユーリへ突進しようとした。

 と、次の瞬間。

 激しい眩暈に襲われ、リリィの身体はぐらついた。両膝の力が抜け、その場にへたり込んだ。

 リリィの異変に気付いたユーリは、ここぞとばかりにリリィへ殴りかかった。その拳は一片の躊躇もなく射程圏内のリリィへ突き出された。


――避けられない!


 リリィは思わず目を瞑った。


――が。

 拳は届かなかった。


「何ぼうっとしてる!!」


 聞き覚えのある怒号にリリィは目を見開いた。そこには槍の柄でユーリの拳を押さえつけているケインがいた。


「……なぜ助けるの。敵のくせに」


 リリィは呆気にとられ呟いた。


「お前、邪魔したら潰すって言っただろが!」


 ユーリの怒号を無視し、押えていた拳を槍で無理やり弾き返すと、ケインは背中越しにリリィへ答えた。


「言ったろう? 俺は、こういう(闇雲に暴力振るう)輩を粛清するのも仕事だって。それより……」


 ユーリを睨みつけながらリリィへ語りかけるケインの額には、脂汗が浮かんでいた。さっきの鳩尾へのダメージがまだ残っているに違いなかった。


「多少卑怯さは否めないが、お前の戦いはこんなもんじゃないだろ?」


 ケインの言葉にリリィは苦笑いした。さっきまで自分を拘束していた敵を庇うばかりか、叱咤しようとは……このケインという男、余程の馬鹿に違いない。


「っ野郎……無視とはいい度胸してやがるなあっ!」


 ユーリは頭に血を上らせ、今度はケインに襲い掛かった。その拳を槍でぎりぎり捌きながら、ケインは言葉を続けた。


「さっきも、だるそうに、突っ伏してたよな。どっか具合悪いのか?」


 このケインという男、馬鹿の割には観察眼は人並みにあるようだ。悔しいが、限界であると認めざるを得なかった。


(文句ないよな。交替だ)


 タイミングよく聞こえてきたウィルの声に、リリィは渋々頷いた。


〈……わかった。でも……交替がばれそうなことは極力控えて。言葉は特に〉

(問題ない。トキリア語を使わなけりゃ、男言葉とはばれないだろ)


 あっけらかんと答えるウィルにリリィは眉を顰めた。


〈突然言語が変わったら怪しいわよ、全く……〉


 だがこの切迫した状況で、場違いに明朗なウィルの態度はリリィの緊張を解した。リリィは意を決し窓を振り返り交替した。


「……よおし! まだ動けるっ!」


 窓に映る自分の姿を確認するとウィルは右手で拳を作り、胸の前で左手掌に軽くあてた。


〈……悪いわね〉


 いつになくしおらしいリリィの声に、ウィルは窓の姿を見ながら呆れ顔で返した。


『一体どれだけのつきあいだと思ってんのさ?』

〈どれだけなの?〉


 身体の具合を確かめようとあちこち動かしていたところへリリィは思わぬ追及をした。

その質問はつまり、「ウィルはどれだけ永い付き合いだと認識しているんだ?」という意味だった。予想していなかった言葉に驚き、ウィルは思わず左脇腹へ力を入れてしまった。


『……っつー!!』


 突然の痛覚刺激に顔を歪めながらも、ウィルは真面目に答えようと思案した。ケインに話していた時のリリィの言葉が浮かんだ。


(忘れられた者の辛さを知らない、か)


「……えーとだなあ……」


 脇腹をさすりながら窓の姿を見つめ。


「俺が生を受けた時から、だな。……俺は嘘つけないよ」


 申し訳なさそうにウィルは答えた。


〈……及第点〉


 リリィの声が頭の中で響いた。少なくとも、ご機嫌を損ねてはいないようだった。あるいはその元気もなかったのかもしれないが。


〈まあいいわ……じゃ……少し休む……〉

「……ああ、しっかり休んでくれ」


 ウィルは窓を背にし、戦う二人へ向き直った。

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