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ペクトラ  作者: KEN
ケイン・エルメス 〜邂逅〜
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裏切り者

(ウィルの奴ぅー! なんで助けてくれないのよぅ……)


 正座の所為でアンネの膝下はすっかり痺れてしまっていた。初対面の男性に頭上から延々と説教され続け、アンネは半べそ顔でウィル達の潜んでいる壁を睨みつけた。


   *


「あれ、助けた方がいいんじゃ……」


 ウィルの後ろから覗き込んでいたフィンは心配したが、ウィルは大した問題でもないと言いたげに手を振ると壁を背に胡座座りになった。


『あー、しばらく放っといていいよ。たまには社会的常識を学ぶ場が必要だから、あいつ』


 ウィルは心底楽しそうににやりとした。


   *


『……と、わかりました? もうこんな事、しないでくださいね?』


 一通り説教してすっきりしたのか、ケインの顔はゲリラ豪雨の直後のように晴れやかになった。


『乗りかかった船です、貴方にご同行いただく前にここら一帯の地雷を撤去しましょう。どうせ麓の村で……』


 仲間が酔いつぶれているだろうから、と言いかけたケインは咄嗟に口をつぐんだ。


『麓?』


  訝しげなアンネにケインは慌てて『なんでもないです!』と言うが早いか、地雷を次々と掘り返し始めたのだった。


   *


〈ウィル、ちょっと聞いて〉


 突然リリィの声が頭の中に響き、ウィルは狼狽した。他人が側にいる時にリリィが声をかけてくる事など滅多になかった。相手がフィンだったからなのかもしれないが、それ以上に大事な事情があるようにウィルには思えた。


『悪いフィン、二人を見ててくれ!』

『ああ、分かった』


 フィンはウィルと場所を入れ替わりアンネ達の見張りについた。それを確かめるとウィルはその場にしゃがみ込み、眼を閉じ耳を塞いだ。緊急会話時は外界の刺激を極力遮断しないと十分集中できないからだった。


(……で、何だって?)

〈思いついた。打開策〉


 リリィの声はいつになく固かった。


(本当か?)

〈フィン次第。あいつがヘタレでなければ、うまくいく〉

(……囮に使うんだな?)


 ウィルは閉眼したまま眉をひそめた。その時のリリィの思考はウィルでも理解出来ない複雑な言語が混線していた。しかし、それがケインをやり過ごし逃亡する方法を幾つも模索した結果、フィンを利用しようという結論に至ったという過程である事位はウィルにも把握できた。誰かを犠牲にする手段なんか取りたくはなかった。


〈フィンと直接話をさせて。時間がない〉


 リリィの声は切羽詰まっていた。リリィは軽々に人を切り捨てる性格ではないとウィルは思っていたが、追いつめられた現状で何を言い出すか予想はつかなかった。


(……何考えてるか知らないが、ひどいことをしたら『出禁』だからな)


 釘を刺し軽くため息をつくとウィルは立ち上がった。そして窓ガラスで自分の瞳を見つめた。


『どうしたんだ?』


  ウィルの立ち上がった気配に気付き、フィンは見張りの視線を外さず尋ねた。


『……少しだけ話を聞いて』


 明らかにウィルと違う語調にフィンは思わず振り返っていた。


『私はリリィ、時間がないから詳細は後で話す』


 ウィルが突然リリィと名乗った事にフィンは面食らった。外観はさっきまでのウィルと同じだったが、その目は深い海の底のように暗く無表情だった。これがウィルのもう一つの人格、エクストラなのか。フィンは目を瞬かせた。


『フィンに聞くわ。彼奴の攻撃を避け続けることはできる?』


 リリィは地雷を掘り返している槍男を指差した。


『……わからないが、アンネを助けるのに必要なのか?』


 リリィは強く頷いた。


「三人とも彼奴から逃げるために必要」


 フィンは彼の槍さばきを横目に少しばかり考えこんだ。彼が優れた腕前である事は素人目にも明らかだった。


『……ずっとは無理だ。せいぜい15分といったところか』

『足りない』


 リリィはぐいっと身を乗り出した。


『私に三十分頂戴』


 フィンの間近まで顔が迫り、フィンはのけぞりそうになった。ウィルはなまじ整った顔立ちであるため、少女のような語り方で接近されると少しだけドキッとしてしまった。誤解なきよう言っておくが、このピンチな状況下で、フィンは決してやましい事なんか考えてはいなかった。


 リリィの瞳の奥底には強い力が宿っていた。何が何でも三十分稼いだらきっと此奴は何とかしてくれる――根拠のない確信をフィンは感じ取った。


『……何とかするよ』

『ありがとう』


 溜め息混じりの返答にリリィは軽く頷いた。リリィの暗い瞳に光が宿ったようにフィンには見えた。


『じゃあ……頑張って』


 そう言いながらリリィは左腕を突き出し、フィンを思い切り突き飛ばした。そしてその反動で自らは森へと飛び込んでいった。あまりに急に強く押されたことで、フィンはあっけなく隠れていた壁から転がり出てしまった。フィンは二度ほど転がると後頭部を木に強かぶつけた。 呻き声と鈍い音が響き、アンネとケインは同時にフィンの出てきた方向を振り返った。


(ちょっと! 何勝手に出てきてるのよ!? フィンが見つかったら面倒なのよ!)


 顔面蒼白で口をパクつかせているアンネを横目にフィンは苦笑いするしかなかった。後頭部をさすりながら立ち上がり、フィンはケインに向き直った。


――すると。

 ケインも顔面蒼白になっていた。体をわなわなと震わせ彼は言った。


『何で、何でお前が、ここに……?』

(……此奴、俺のことを知っている……?)


 フィンが男に尋ねようとした瞬間、男は怒気と憎悪を含んだ声で叫んだ。


『なぜ俺たちを裏切った!? フィニス・リーカァァァァァ‼︎』

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