5
「何故、お前がそこにいるッ!? 書状には留置所の場所を書いた筈だッ!!」
我に返った騎士団長のミハエルがシルヴァを指差しながら大きく口を開き絶叫した。
そんな彼の震える指先と見開かれた目をシルヴァは噛み付かんばかりに一睨みし、怒気の孕んだ声を吐き出す。
「あ? んなモン、クレアンヌが此処にいるからに決まってんだろ。んで、お前は誰だ? その口振りからして今回の首謀者か?」
突き刺さるような鋭い視線に怯んだミハエルは頬を強張らせるも、負けじと喚き返そうとしたのだが、轟音を聞き付けた近衛兵の衣擦れ音や足音によって遮られてしまう。
「チッ……ちんたらしてる内に羽虫が集ってきやがったか」
侵入者を囲むように集まってくる近衛兵を視界に入れたシルヴァは舌打ちすると、手の内で大剣の柄を転がし思考を巡らす。
一番シンプルなのは、力業での強行突破。わざわざ近衛兵と戦闘する理由も無く、第一シルヴァの目的はクレアンヌの奪還である。
彼の性格からして、手っ取り早い方が好ましかったし、何よりも最愛のクレアンヌを逸早く救出してあげたかった。
だが、問題がある。シルヴァは自身の得物を一瞥し、そして周りを見やった。
謁見の間には彼の大剣を振り回しても充分な広さが存在する。が、一旦通路に出てしまうと、戦闘は難しいだろう。
城内部は王族が住んでいる事もあってか広い造りとなっているのだが、シルヴァの体躯と彼が所持している大剣がスケール外過ぎた。
無理やり通路を通ろうものなら、破壊しなければならなくなる。
他人の事はあまり気にしない性質のシルヴァではあるが、今は城内にクレアンヌがいるのだ。
下手に手を出して城を崩壊させて彼女を巻き込んだら、後悔してもしきれないであろう。
だったら、どうするのか。次善の策としてシルヴァが見出したのは――人質であった。狙いは勿論、ここにいる中で一番偉い人物。
「ちっとばかし、協力して貰うぜッ?」
硬質の床を踏み抜き、爆発的な速度で以てアーノルドの元へと向かうシルヴァだが。
「然うは問屋が卸さないけど、ね」
突如アーノルドの傍から発せられた鈴を転がすような声に、シルヴァは慌てた様子で元の場所まで後退した。
「気配を断ってやがったかッ、スピカ51世ッ!」
「56世です、よ。久しぶりですねシルヴァさ、ん」
やや舌足らずな声の主がすっと玉座の隣に姿を現す。その人物は見た目こそ珍しい桃色の頭髪をショートカットにしている以外はどこにでもいるような妙齢の女性だ。
一見、場違い感が否めないのだが、彼女の放つ雰囲気を直接肌で感じ取れば、その意見はガラリと一変することだろう。
それを言葉に例えるならば、抜き身の刃。近付く事さえ躊躇われ、尻込み、たじろぐ。
彼女の強さを少しでも把握出来、命を投げ捨てぬ愚か者で無いなら、彼女と対峙するだけで涙を流し、恐怖で膝が震え、『命だけは』と希う。
だがシルヴァは思わぬ所で、これまた絶妙なタイミングでの彼女と再会に、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。
そこに恐怖の色は全く存在してはいなかった。
「随分とまぁ立派な所で働いてるなァ、オイ。豪勢な暮らしに気合が入るんかもしれねぇが、もうちっと手を抜いて怠けても良いと思うぜ?」
「ちゃんと仕事を果たさない、と。追い出されちゃうん、で。相変わらずシルヴァさん、は。お強そうです、ね。
私と子作りしてくれません、か?」
「ハッ、公然の面前でこっ恥ずかしい事を言いやがるな、お前等一族は。俺は前からクレアンヌ一筋だから無理っつってんだろ」
猛禽類を彷彿とさせる深いブラウンの双眸と、全てを見透かすような桃色の瞳が交差し、2人が軽口を叩き合う中で近衛兵の口から安堵の息が漏れた。
というのも、シルヴァの人間離れした体格と彼が持つ巨大な獲物を一目し、腰が引けそうになっていたからである。
「どうやら助けられた、ようであるな。感謝する。……スピカ殿は彼と顔見知りの様子だが、彼に手を引かせるよう説得出来ぬか?」
「……難しいです、ね。鎮圧するにしても同じ、く」
傍目から見るとシルヴァは冷静を保っているようにシルヴァの事を知らぬアーノルド達の目には映るだろう。
少なくとも、敵意を持っている相手とまともに会話が可能である程度には。
だが、スピカはシルヴァが表面上には出さないが、これ以上無いというぐらいに激怒していると見抜いていた。
確かに、今のシルヴァには言葉が通じるだろう。が、通じるとしても、シルヴァがアーノルド達の要求を呑む事は決してあり得ない。
ただシルヴァの頭の中にあるのは、城に囚われたクレアンヌを取り戻す事だけ。
穏便に双方が納得出来るよう後日に話し合いを、と投げかけても彼は応じはしない。
端から存在していなかった信頼が今回の一件で地に落ちた為に、アーノルド達の言動を信用出来なくなっているのだ。
言葉での説得が無理となれば、後は実力行使となるのだが……此方も難しいとスピカは考えていた。
そもそも彼女とシルヴァの実力はほぼ互角。シルヴァが歳老いた分、彼女の方が優位かもしれない。が、それは常識の範疇ならば、の話だ。
純粋な身体能力の場合、スピカはシルヴァに一歩劣っている。その差を彼女達一族が長年積み重ねてきた技術で埋めているだけなのだ。
更にスピカには『アーノルドの身を守らなければならない』という足枷がある。
ただシルヴァとの戦闘だけに集中する訳にはいかず、彼の攻撃の余波が何処に飛んでいくかまで考慮しなければならない。
また、シルヴァは頭に血が上っていても尚、動きが単調になる事も無いのだ。力が入り過ぎて大振りにもならない。
寧ろ、怒れば怒る程に強くなる。とことん戦の神に愛されているのだろう。
アーノルドとスピカが囁くように言葉を交わす中、シルヴァはスピカから視線を外す事無く、大っぴらにクレヴへと話しかける。
「ちと予想外の相手が現れたせいで一点突破するのも難しくなっちまったな。群がってきた雑魚共の相手を頼めるか、クレヴ?」
「雑魚って……ちょ、俺が言った訳じゃないから! 無理無理無理無理無理ィィィィ!!」
顔色が青く染まったクレヴが悲痛な叫びを上げるが、彼の元へと武器を構えて向かってくる近衛兵の足は止まらない。
『雑魚』発言が彼らのプライドを刺激し、敵愾心を高められ、戦いの火蓋が切られた。
彼らの狙いは勿論、クレヴ。脇目も振らずに彼へと攻撃を仕掛けたのは、シルヴァに比べて弱そうに見えたからである。
明らかに強者の雰囲気を纏うシルヴァへ手を出す事を恐れたというのもあった。
「最近俺とやった組み手を思い出しゃ、そんな奴ら屁でもねぇから」
「もう挑発すんのは止めろよ父さんッ!? 実際に戦うの俺なんだからッッ!」
泣き言を喚きつつも先陣を切った近衛兵3人を迎え撃つクレヴ。背負っていた盾を素早く引っ掴むとそれを正面に構えた。
「なっ!?」
3人の内の1人が驚愕の声を上げる。何せ、3人分の力をまともに受け止めたというのに、力負けせず拮抗していたからだ。
「ッらァ」
そこから更にクレヴは一歩前に出ると、3人の体勢を崩しにかかる。大柄でも無い少年が3人相手に押し勝った。
クレヴの背後から迫っていた近衛兵がその事実に狼狽するが、クレヴは気にした様子も無く身体を反転させると中途半端に突き出されていた槍を盾で弾く。
一時は近衛兵達に動揺が走ったものの、彼らの手は止まらない。多対一という状況を利用し、クレヴを囲んで一斉に武器を振るう。
「こんな所で死ねるかよッ!!」
だが、クレヴはそれを全て凌いだ。
振り下ろされた剣を盾で受け流し、突き出された槍は身を捩って躱し、戦棍の握られた手を蹴り飛ばし、攻撃を逸らした。
巨大な盾を片手で持っているにも拘わらず、前傾姿勢で俊敏且つ細やかに僅かな空間を動き回り、避け続ける。
まともな攻撃が当たらない。彼らに苛立ちが募るが、それはクレヴも同様だった。
何せ、防御や回避はシルヴァによる一方的な特訓で相当鍛えられているが、攻撃に関しては全くさせて貰っていなかったからである。
自主練習として取り入れてはいるが、その際に相手がいない。どのタイミングで仕掛けていいか分からないのだ。
無理に仕掛ければ、隙が生まれる。そこを突かれれば、一気に形勢が傾いてしまう。
「(けど、この状況は慣れてる……というか、慣れなかったらもう死んでた)」
クレヴは小さく素早く溜息を吐き出すと、心の中で謝罪を繰り返し、
「今回も、頼んだッ!」
瞬時に右手へ光を灯し、召喚魔法を発動させた。
「あれは、何なんだ……?」
アーノルドは睨み合いを続けるスピカとシルヴァから、集団に囲まれた少年に視線を移し、己の目を疑った。
高速で動き回る、謎の緑の物体。それが少年のハンドサインに従って低空を飛び交い、死角であろう近衛兵の足元を崩していく。
その速度は離れた場所で全体を眺めているアーノルドでも目で追う事も難しく、途中で見失ってしまう事が多くあった。
「(実に不可解な動き、だ)」
いくら速いといっても、足元にいた緑の物体がいきなり近衛兵の頭上に降りかかるのは、アーノルドには理解し難かった。
それはまさに瞬間移動でもしているかのような――
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないッ!!」
呪詛のように唱え続ける少年の声に、アーノルドは沈みかけた思考の海から戻ってくる。
自らの命がそんなに大事ならば此処に侵入しなければ良いのに、と思ったところで、アーノルドは思わず頭に手をやりそうになった。
シルヴァとその少年が乗り込んできた理由を作り上げたのは、ミハエルだ。だが、ミハエルは決して悪意で以てシルヴァの妻を攫った訳では無い。
責任を問われるとすれば、一番上に立つアーノルド。彼はそう考え、心の中で頭を抱えた。
ミハエルは焦り過ぎたのだ。それを理解していれば、目の前で無益な争いが起こる事も無かった。
――積極的にミハエルと接触を図るべきだったか。
アーノルドは悔やむも、もう遅い。仮にそうしていたとしても、ミハエルは止まってくれただろうか。
「操緑の獣戦士……」
気持ちが沈んでいたところ、アーノルドは唐突にふと思い出した。報告にあった事と現在アーノルドが目にしている緑の物体の様子が一致している。
だが、それを操っているであろう少年はとても獣人には見えない。
「いい加減、しつけぇなッ!」
少年の蹴りが近衛兵の腹に入り、金属が凹む低い音が鳴る。そして、その一瞬後――近衛兵の足が地面から離れ、十数メートル先まで飛ばされた。
筋力だけ見れば獣人に匹敵するかもしれない、とアーノルドはそう判断した後、シルヴァの方を一瞥する。
確か少年の方が、シルヴァの事を『父さん』と呼んでいるのを思い出したのだ。初めは体格からして全く似ていないので、養子か何かとアーノルドは考えていたのだが。
近衛兵に引けを取らない強さと不可思議な魔法を見た事で、彼の見解はガラリと変わった。
そこで息子がこれだけの強さならば、シルヴァはどれほど凄いのか、アーノルドは気になったのである。
「ぐえっ……」
ちょうどアーノルドが視線をやったタイミングで、シルヴァの背後から不意打ちを狙っていた近衛兵が倒れた姿が目に入った。
シルヴァが振り向く素振りは確認出来ていない。一体どうやったのか、アーノルドには見当もつかない。
が、それも視線をシルヴァの方へと戻したところで、すぐに判明した。
「チッ、ウザッてぇ。つーか、俺が背後にいた雑魚を対処してる間に狙うとか卑怯だと思うぜ?」
「そうでもしなきゃ勝てないん、で」
彼らは一歩も動いていない。が、互いに攻撃を仕掛けていたのだ。アーノルドの目では捉える事は出来ていないが、耳では確かに聞き取っていた。
シルヴァが持つ大剣に何かがぶつかる音が。何が起こっているのかアーノルドには分からなかったが、それでも何かが行われている事だけは理解出来た。
「やれば出来るもんなんだな……二度とやりたく無いけど」
大きな鈍い音が響いた後、安堵の溜息が漏れた。どうやら少年が近衛兵の頭に盾を振り下ろした音らしい。
盾を手放し膝を笑わせる少年の姿に、アーノルドは集まってきた近衛兵を彼が全て床に沈めた事に驚愕し、その力に恐怖した。
近衛兵を打倒する程の実力を持ち合わせているというのに、今更大勢に襲いかかられた恐怖に震えるアンバランスさ。
とてもシルヴァとは似ても似つかない。
「げっ、奴らが来やがったか」
シルヴァが露骨に顔を顰めたのとは反対に、アーノルドは強張った頬を緩める。ようやく宮廷魔導師が駆けつけて来たからだ。
「スピカの相手に加えて魔法の対処はキツ過ぎだな…………クレヴッ!!!」
「んだよ、何とか倒せたと思ったら新手? ここは一時撤退しない?」
「アレの出番だッッ!!」
涙目でシルヴァを睨んでいた少年――クレヴだったが、シルヴァの一言に眉を顰めた。
「え、本当にやるの? 何の為に?」
何やら企んでいる親子に宮廷魔導師達の顔が警戒の色が浮かぶ。迂闊に魔法を唱えない方がいいか、と相談する声が小さく飛び交う。
「んな事、気にする暇があるなら、さっさとやれッ!!!」
シルヴァがこの部屋全体に響き渡る声で叫ぶと、渋々といった感じでクレヴが不思議なポージングを取る。
そうしたことで周りの視線がクレヴに集中したところで。
「秘技・顔面フラァァッシュッッ!!」
破れかぶれにクレヴが叫んだ瞬間――彼の顔面が眩く光り輝いた。
「「「…………」」」
何が起こるのか、と身構えていた宮廷魔導師達、そしてスピカまでもが目を大きく見開き、茫然自失としていた。
何故、クレヴの顔が光るのか。どうして、このタイミングで顔を光らせたのか。彼らには全く以て理解出来なかった。
――しかし、それこそシルヴァの狙いであったのだ。
あの現象がどうして起こるのか、など今は理解する必要は無い。危害が無ければ無視すれば良いだけの話だ。
目の前の些細な疑問を放棄し、冷静に優先すべき事を判断すれば良い。
だが、そう簡単に割り切れるものでも無く、人間は突然の事に頭が白くなり、考えれば考える程、空回りする。
「上出来だ、クレヴッ!!!」
全員が硬直する中、唯一こうなる事を知っていたシルヴァが動きを見せる。一瞬の隙を突き、スピカに接近すると一文字に切り払った。
流血が見られない事から、無意識の内に既の所でスピカは防御が間に合ったのだろう。
シルヴァはスピカの行方を目で追わず、アーノルドの襟元を引っ掴み、己の肩の高さまで持ち上げる。
「こっから先は勝手に動くんじゃねぇぜ? もし動いたら国王の命はねぇ――って言わなくとも分かるよな?」
そして凶悪な笑みで周りにいる人間、特に宮廷魔導師達を脅すように言い放つ。
喉を絞められ苦悶するアーノルドの姿を目視した彼らはシルヴァに向けようとした掌を下げ、悔しげにシルヴァを睨み付けた。
「下衆め……!!」
戦いが始まってから震える事しか出来ていなかった宰相の言葉は彼ら全員の心を代弁していた。また、シルヴァ側に立つであろうクレヴも例外では無かった。
「やりやがったよ……」
こうなる事は心のどこかで予想出来ていたのか、額に手を当て項垂れるクレヴ。
分かっているならば止めれば良いものを、と彼自身も思っていたが、シルヴァという男が彼如きで制止する事は敵わないと理解していた。
何せ、今回はシルヴァが己の命よりも大事に思っている女性なのだから。
「国王を解放して欲しくば、さっさとクレアンヌを返せッ! 早急に! 今すぐ!」
ギリギリとアーノルドの喉元が締め付けられていくにつれて、宮廷魔導師達の動揺が激しいものへとなっていく。
今すぐにでもアーノルドを解放せねば、という使命感や焦燥感に駆られるものの、国のトップがたった一人の侵入者に屈したとなれば面子が立たなくなってしまう。
そんな板挟み状態を打開しようと、今まで黙視していた一人の男が虚勢を張ってシルヴァに向けて叫んだ。
「おい、こっちにはお前の女がいるんだぞ? 速やかに国王様を解放しろ!」
「あ?」
狂気の光を宿したシルヴァの眼光に、ミハエルの虚勢が一瞬にして崩れる。カチカチと歯と歯がぶつかり合う音が響き、腰を抜かしたミハエルの股辺りに染みが生まれた。
「き、貴様は何をしているのか分かっているのか? 前代未聞の国家転覆罪なのだぞ?」
「罪がどうした? 俺の愛する妻を助けようとしたのが法に触れる、だァ? ふざけんじゃねぇッッ!!!! んな法なんざ、この国ごと滅ぼしてやろうか? あァ?」
宰相の物言いに、シルヴァは箍が外れたように吠える。
クレアンヌが捕まったと聞いた時には既に堪忍袋の緒がブチ切れていたが、彼女にこれ以上危害が加わる事をミハエルが発言したせいでシルヴァの怒りが心の許容量を軽く超えたのだ。
激しい破壊衝動に駆られているのにも拘わらず、手当たり次第に破壊活動を始めないのは、ひとえにクレアンヌの存在が城内部にいるからだろう。
一触即発の空気の中、襟元が千切れたおかげでアーノルドが解放されたのだが、誰も愉悦に浸る事は出来なかった。
多くの息を呑む音が、アーノルドの咳き込む音に掻き消される。
「あのー、ちょっといいですかね?」
そんな空気の中で恐る恐るとしながらクレヴが割り込む。自信無さ気に手を掲げ、再びクレヴの元へ注目が集まっていく。
その視線の中には、生意気な人物と見るようなものは無かった。寧ろ、この状況を打開してくれるのでは、という期待の色が見られた。
シルヴァは煩わしさを前面に表したが、それでも一応は息子だからか耳を傾ける事にしたらしい。
特に口を挟む事無く、じっとクレヴを見つめていた。
「この状況は双方あまりよろしく無い、ですよね? しかしながら、落とし所を完全に見失ってしまった。違いますか?」
「お、落とし所? 其方が勝手に乗り込んで来たのでは無いか。責は其方があるに決まっておろう。大人しく投降して――」
シルヴァの唸り声に、怯えた宰相は途中で口を噤んだ。
「……とまぁ、勝手に色々暴れておいてなんですが、不条理な案だと父さんが暴発するんで止めて下さい。
後、俺も怒ってない訳じゃないんで、そこんところは理解して頂けるとありがたいのですが」
あくまでゆっくりと穏やかな口調であったが、言葉の端々に僅かな怒気が含まれていた。宰相は頬を引き攣らせながらも、頷く事で了承の意を示した。
「……此方の要求は母さん――其方に捕まっているクレアンヌの解放。これは絶対条件なんで、必ず呑んで頂きます。
とはいえ、無条件でそれを認めて貰えるとは思っていません。城も壊してしまいましたし、国王様に色々と無礼な事をしましたし」
一息入れた後、『ですが』と付け加え、クレヴが話を続ける。
「父さんを拘束するのも止めて頂きたい。母さんと離れ離れにすると発狂する恐れがありますので。後、下手な拘束具では意味を為しませんしね。
牢屋なんかにぶち込んでも、素手で壁を破壊する事が可能な男ですから、脱走する恐れもありますし。
また死刑なんかを告げたら、多くの人が道連れになる可能性があるのでご注意を」
「……それで、其方の提案はどういったものなのだ?」
息が整ったアーノルドが落下の際に痛めた腰を擦りながら、クレヴに問いかける。その問いかけにクレヴは一度咳払いすると、ゆっくりと口を動かした。
「取り合えず、色々損害を出した分はお金で解決しません? って事です」
やや得意気にクレヴが喋り終えると、沈黙がその場を支配した。クレヴは周りの反応を窺ったところで、予想外の反応だったのだろう。
首を忙しなく左右に動かしながら、彼は取り乱した。
「……え、何この空気? 何だその白い目は! 俺は知ってんだぞ、大抵の事はお金で解決出来るって!」
「……庶民に支払える額など高が知れる。この壁の修繕費を出せるかも怪しいのだが?」
呆れ果てた表情を浮かべた宰相の顔を一瞥した後、クレヴは懐から金貨の詰まった袋を取り出す。
「それがあるんですよ、纏まった金が。金貨がざっと40枚ちょい、40万E程が手元にあります。
まぁ、家に帰ればまだまだ沢山ありますけどね」
「そんな話、信じられる訳が……!」
クレヴは後頭部を掻き乱した後、アーノルドの方へと袋を放る。
「……ご確認を。少なくとも40万Eの方は信じて頂けるかと」
その言葉にアーノルドは袋の紐を緩め、中に入った金貨を数えていく。確かに、アーノルドの目で40以上の金貨が確認出来た後、再び紐を締めてクレヴへと投げ返した。
「正直、これで『駄目』って言われると打つ手が無いのですが……。後は他に考えが無ければ、暴力がものを言う世界に突入する羽目になりますが、宜しいですか?」
やれる事はやった、と達成感に浸る事も無く、遠い目をしたクレヴ。投げやり感満載の彼を目にし、アーノルドは髭を蓄えた顎に手をやった。
そして、何かに納得したように一つ頷くと、アーノルドは立ち上がる。その際にシルヴァに向けて『逃げる意思は無い』と目で伝えて、クレヴに視線を戻した。
「その案、私は呑もうと思う」
アーノルドがそう口にした事で緊張の糸が途切れたのか、周りにいた者達から小さな声が漏れ出し、静寂だった場がざわつき始める。
「ただ金銭面に関しては信用出来ぬところがある。よって、硬貨で支払って貰う代わりに労働という形で、というのは如何であろうか?」
「一応、伺っておきたいのですが、それは誰が行うのでしょうか?」
「シルヴァ殿に頼みたいのだが」
クレヴに返答し、アーノルドはシルヴァの顔を窺う。眉間の皺は全く取れておらず、怒りが薄らいでいるようには見えない。
が、彼の得物は肩の上に乗せられ、クレヴが提案する前よりも敵意が無いようにアーノルドはそう感じ取っていた。
「……期間が長過ぎたり、不当なものじゃなけりゃ、やっても良いぜ」
シルヴァの口から抑揚の無い低い声が発せられたが、それが了承の意である事を理解したところでアーノルドは安堵の息を吐いた。
「それから、万が一シルヴァ殿が破る事があるやもしれぬ。そこで保険――担保のようなものが欲しいのだ」
「担保と言っても、此方には馬鹿みたいに大きな剣と盾くらいしかありませんが? ……まさか、また人質を?」
クレヴの鋭い眼差しを受けるが、アーノルドは破顔してみせる。
「人質とは人聞きの悪い……とはいえ、実際それをしてしまった者もおるからな。彼に代わって謝罪しよう。
そして、まぁ貴殿の言う通り、私の言う担保は人で無ければならんのだ。それというのもシルヴァ殿があまりに物欲が無さ過ぎるせいなのだがな」
「だからといって、母さんをこのままにしておくと父さんが暴れる事になりますが……?」
「そこで私は担保の役目を貴殿に果たして貰いたいのだ」
「うぇ……?」
アーノルドの言葉にクレヴは不可解さを露わにした。まさかここで指名されると思っていなかったからである。
「奥方程にはシルヴァ殿が怒り狂わない、かといって息子故に見捨てられる程の薄い関係では無い。
それに、貴殿はなかなか物分かりも良いのだから、その役目にピッタリだと思わんか?」
「……仰る事は理解出来るんですが、そういう事はもうちょっとオブラートに包まないんですかね?」
「シルヴァ殿も貴殿も腹芸は好まぬであろう? それに命のやり取りまでさせられたのでな、気を遣うなど馬鹿らしいであろう?」
何とも胆力溢れる発言に、クレヴは苦笑いを浮かべてシルヴァの方を見やった。
「……正直、今すぐにでもクレアンヌと顔を合わせてぇが……クレヴ、お前の好きにすりゃあ良い。断るんなら、また暴れりゃいいだけの話だ。
幸い、まだクレアンヌの気配はあるみてぇだし、移動もしてねぇようだしな。嫌な役目を押し付けて悪ぃな」
「それはいつもの事だから。気にしてるならもっと早く直してくれって」
軽口を叩くと、クレヴは再びアーノルドへと顔を向ける。
「それで担保になる場合、待遇とはどうなんでしょう?」
「少なくとも普段の貴殿の暮らしよりも豊かな生活は約束しよう」
それから暫く間を置いてから、クレヴは無益な争いを再開させないようアーノルドと口約束を結んだ。
顔面フラッシュのイメージとしてはドラ○ンボールの太陽○ですかね。




