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【クレヴ】
『運命は変えられる』なんて言葉があるが、あれは嘘っぱちだと俺は思う。何故なら、俺の自由はいつもすぐさま奪われていくのだから。
今回は自分から選んだ事かもしれないが、そもそも派手に壁を吹き飛ばし、国王を人質に取るような真似をする父が悪いのだ。
もっと穏便に事を進めていれば罪に問われる事も無く、何時の間にか人が一人消える怪現象が起きた、で済んだかもしれないのに。
まぁ、その際に母が消えた原因として真っ先に疑われるやもしれないが、知らぬ存ぜぬで通してしまえば良い。
証拠が無ければ、いくら国王でも罰する事は難しいしな。疑わしきは罰せよ、とはいかないだろう。
第一、何の罪も無い母を攫った事が露見すれば一発でアウトだ。民衆の信用が下がるだろうし、揉み消すにしても限界がある。
噂が立てば御の字、余程の事が無ければ逃げ切れた筈だったというのに、あの父は思いっきり国に喧嘩売るような真似しやがってからに。
逃げ切ってしまえば、後は暗殺者を送り込まれようとも父や姉の異常な気配察知能力があるから殺される心配は無い。
多分、普通に返り討ちコースだろう。特に母を狙った奴とか、ミンチにされるやもしれん。
……と、色々と都合の良い妄想を繰り広げているが、これはもうあり得ない未来なのだ。考えたところで意味が無い。
大の字になってもまだまだ余裕が有り余る広さがある柔らかなベッドから身体を起こす。
「んんー」
手を上にやって軽く伸びをしつつも、未だ見慣れない部屋をゆっくり眺める。ベッドにクローゼット、執務机に本棚など程度しか無い殺風景な空間。
あまり使われていないのか生活臭が全くしないし、どこか物悲しく思える。といっても、居心地が悪いとかそういう訳では無いけれど。
淡いベージュの色合いをした壁は目に優しく、入念に高い頻度で掃除されているからか凄く清潔である。
これで客人って立場なら、緊張するかもしれないが手放しで喜べるのだが。
生憎、今の俺が置かれている状況は軟禁というヤツである。死に物狂いで近衛兵を倒した結果が、これだ。
母と立場が入れ替わっただけで、何かを得た訳では無い。まぁ、特にペナルティを科せられてもいないが。
強いて言うなら、父が今回の件で出した被害分をタダ働きする程度。豚箱にぶち込まれ、犯罪者のレッテルを貼り付ける事にはならなかったから良かった方なのだろう。
が、どうしても『もっと良い選択を取れたのではないか』と考えてしまう。
「失礼します。お食事のほうをお持ちしました」
ノック音で我に返ると、何時の間にか結構な時間が経っていたらしい。どうぞ、とドアの方に声をかけ、入室を促す。
入ってきたのは使用人、下女というヤツか。
清楚なエプロンドレスに身を包み、その佇まいは普段から主人を立てたり、支えたりするからか、どことなく控え目といった感じがする。
俺と歳が近いであろう彼女を何となしに見つめていると、彼女は短く悲鳴を上げ、怯えた顔をしながら後ずさった。
まぁ、この反応は仕方ないと言えよう。王城に乗り込んで近衛兵を叩きのめした賊の一人だからな。
傍目から見れば、命知らずで凶悪な犯罪者というレッテルを貼り付けたくもなる。だが、俺には言い訳が無い訳ではない。
待てと言っているのに問答無用で先に襲いかかってきたのは近衛兵の方だし、最初から捕縛する気がゼロで俺を殺す勢いで迫ってきたのだから。
命を取らなかっただけでも、ありがたいと思って欲しい。
「そう不躾に女性をじろじろと見るものでは無い。よさんか」
おどおどとサービスワゴンから料理が盛り付けられた食器を手に取り準備を進める彼女の傍に、いつの間にか全身鎧の兵の姿があった。
彼は彼女の護衛なのだろう。にしても、彼は室内だというのに随分と重装備である。既に鞘から剣を抜き、いつでも俺に攻撃出来るようにしていて、実に物騒だ。
そして、何よりも彼の視線が大変不服である。あれは――父に向けるようなものだ。
気丈に振る舞っているように見えて、瞳は恐怖の色に染まっている。目線を彼にやると、ビクリと肩を震わせ、そのままじっと見つめていると顔を逸らしてしまう。
また低い声で命令を下せば、一も二もなく相手は頷く。ある意味、一種の洗脳行為であろう。
……それを無意識で行っている父と同類だと、心底思われたく無い。
「そうやってずっと警戒しているの、疲れません?」
「ふんっ、あの盾が無ければ貴様なんぞ……!」
駄目だ、これは人の話を聞かないタイプだ。しかも勝手に恐慌状態に陥っていやがるからか、余計に耳を傾けやしない。
人にじっと見られながら食事するだけでも不快なのに、過剰に怯えられても此方は困るだけなのだが。
彼女が準備を終えたところで俺は椅子に腰を下ろすと、早速食事に手を付けていく。用事が済めば、彼らは退出せざるを得まい。
手早く前菜を腹に収めると、金属製のスプーンを手に取り、音を立てぬようにスープの中へ突入させた。
「暇……」
食事を終え、ようやっと邪魔者を追い出せたのは良いものの、やることが無くて退屈凌ぎに本棚にあった書物に手を出したのだが……書いてある文章が凄ぇ硬い上に難しかったので、すぐさま元の場所に戻しておいた。
こういうところで、つくづく自分の頭の悪さに嫌気が差してくる。
まぁ、大衆向けでは無い難しい書物というのは大体予備知識が要求されるもので、気軽に読める物では無く、俺が特別教養が足りていない訳じゃないが。
……一応、身体に拘束具は一切無く、身の自由は与えられてはいるものの、城内を出歩く真似はしなかった。
部屋の外に出れば必ずウザったい監視が付くし、下手に調度品など触れて『お前が触れたせいで価値を落ちた』等の難癖を付けられる可能性もある。
それに、暇潰しに城内なんぞ徘徊すれば、部屋を訪れた人がしていたあの目に多く晒される羽目になってしまう。
俺はあの視線が好きじゃない。俺の存在が人の心を遠ざけるものだと自覚させられるようで、嫌だった。
ベッドの上で惰眠を貪るのもいい加減疲れてきたので、軽くストレッチでもする事にした。
身体が硬いと怪我をしやすいので、日頃から柔軟体操をするのは結構重要な事である。
しかしながら、毎日しっかりやってはいるが、姉のように関節が無いみたいなレベルまで行く気がしない。
……柔軟と全く関係無い事だが、寝てる状態って休んでいる筈なのに、何故過剰に睡眠を取り過ぎると逆に疲れるのだろうか?
「コンコンー」
……今聞こえてきたのは、ドアをノックする音では無く、少女の肉声である。しかもドア越しなのだが、どこかで聞いた事のある声だ。
「コンコンー」
「留守ですよー」
繰り返される声に思わず返事をしてしまう。
本気で居留守をしたいところだったが、今から隠れるとなると時間が足りないし、何より物音を立ててドアの向こう側にいる相手に、俺の存在が知られてしまうだろうし。
「るーるるるー」
「狐だけに『コンコン』ってか」
脱力系の声にまたもや反応してしまうが、出迎える気は一切ありはしない。生憎、俺はノリだけで生きている人間では無いのだ。
「お届け物ですよー?」
「届いてませんよー、俺への配慮とか」
手法を変えてきやがったか。だがしかし、ドアノブを回転させる事は決してしない。
確かに先程までは退屈で仕方なかったが、だからといって迎え入れる訳がなかった。まだ顔を合わせていないというのに、この面倒くささである。
暇を潰す為に面倒を背負い込むのは、何か違うと思う。従って、俺は全力で抵抗する。
「お前は包囲されているー。大人しくこの扉を開放しろー」
素直に開けないからか、どうやら声の主は脅しをかけにきたらしい。確かに部屋の外やら窓の下には見張りらしき兵がいる。
脱出経路は大体塞がれると言ってもいい。だが、だからどうしたというのか。逃げる気は現在のところ皆無である。
「さもなくばー」
「結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚――」
間延びした声質から一転して、ドアの向こう側から聞こえてくる無機質な呪詛。まさに言葉の暴力、圧迫感が凄まじい。
咄嗟に耳の穴を人差し指で塞ぐも、全く意味を為さない。音としては防げても、奴の重圧からは逃れる事が出来なかった。
これを止める手立ては、扉の先にいる者の要求を呑まねばならない。これ以上の苦痛には耐えかねて、ドアノブを捻り、厄介な訪問者達を招き入れる。
「ご機嫌麗しゅうー、お義兄ちゃんー」
「あぁ、どうも。お出口はあちらだ」
「それはご丁寧にどうもー。それじゃーゆっくりさせて貰うねー」
退出を勧める俺の掌を無視して、勝手にベッドへと腰かける胸無しの少女。
身体のラインがくっきりと出る煌びやかな薄紫のドレスを着ている事もあってか、余計に彼女の発育の悪さを見せつけているようであった。
澄んだ青い髪を三つ編みのハーフアップにし、同色の瞳を楽しげに細くする彼女の名はリュドミラ・ハーディア。
家名を見れば分かるが、彼女は王族である。
普通であれば彼女に対して乱暴な言葉遣いをすれば無礼に値するどころか、不敬罪でとっ捕まる可能性が高いのだが、彼女本人に改まった言葉遣いをしなくても良いと許されている為、タメ口で話す事にしているのだ。
といっても、人前でそんな口は叩けないけれど。
「何であんな命知らずな事をしたんですかーッッ!!」
そして、入ってきて早々に俺の胸倉を掴んでくる女性はというと、例の呪詛をぶつぶつ唱え続けていた人――もとい独り身アンデッドである。
俺よりも色素の薄い茶髪のショートカットに、あの憎き鎧女の顔と瓜二つの彼女はニーナ・リーベック。鎧女の姉というだけあって、強烈な個性の持ち主だ。
「そのせいでリュドミラ様との結婚が、望みが薄くなったんですよ!? 一体、どう責任を取ってくれるんですか!!?
私を嫁に貰ってくれるんですか!? お金はあるから式を開いてくれるんですか!? それとも強引に駆け落ちでもする御積もりなんですか!??」
長い間、あまりに男運が無さ過ぎて未だ恋人を作れず、『女ならば結婚せねばならない』という義務感が彼女の中に渦巻いているのか、男女関係に係わる事を目にすると暴走気味になるようで。
何故か知り合って日も浅い俺に、顔を見ただけで結婚願望を託そうとしてくるのだ。正直、どうしてこうなってしまったのか未だに理解出来ていない。
「ええい、落ち着けッ! 冷静になるんだ。俺に取り憑いたところで問題が解決しないだろうが!!」
「イヤァァァァッッ!! まだ結ばれてもいませんのに、離れるなんてイヤなんですッ!!」
ぐわんぐわんと頭を揺さぶられつつも、何とか彼女の手を放そうとするも存外に力が強く、なかなか外れない。
流石は王族の護衛を任されるだけあって、力が強いのだろう。が、精鋭であろう近衛兵よりも強い、というのは色々間違っている気がしてならない。
やはり、鎧女の一族には何か特別な血でも流れているのだろうか。
「結婚離婚ってー、『コンコン』ネタはもう遅いってばー」
「遅くないです! まだ婚期は逃してませんから!!」
リュドミラが余計な口を挟んだせいで、更に彼女の揺さぶりに強さが増してしまう。もはや首だけで無く、上半身全体を揺すられているみたいだった。
三半規管がヤバい……喉の奥から胃液がこみ上げてきやがったし、視界も上手く定まらない。
「いいいい一旦、ししし深呼吸をしろっててててぇぇぇ」
「ひっひっふー」
ようやく不死者の手が止まったが、結構長い間、首を絞められていたせいか息苦しさがなかなか取れない。
荒く呼吸を繰り返し、ある程度息が整い正常な思考能力が戻ってきたところで改めて思う。奴の結婚願望強過ぎだろ、と。
結婚後の予習だけは済ませてやがる。
「んで、リュド様達は一体何しに来たんだよ?」
「いやーお義兄ちゃんが私の家に来るなんて滅多に無いからねー。こうして可愛い義妹が仕事の合間を縫って顔を合わせに来たんだよー?
これからは一つ屋根の下、一緒だねー」
露骨にあざとい笑みを浮かべるリュドミラに、無言のまま真顔で見つめ返してやる。お前んち、屋根とかそういうレベルじゃねぇよ。
「そんなに見つめられると照れちゃうー」
「そんな照り焼きになるような熱っぽい視線ではありませんよ、リュドミラ様。まったく、リュドミラ様の相手をするのは苦労させられますね、お互いに」
「そういうのってー普通は本人の前で言わなく無いー?」
頬の色に全く変化の無いリュドミラがわざとらしくモジモジとするのを見て、独り身アンデッドが呆れ顔で深い溜息を吐いた。
……俺としては、2人とも面倒さ具合ではどっこいどっこい――大差が無いように思える。しかも独り身の彼女は急に豹変するから、凄く怖い。
お化けとして、俺を驚かせるのが義務になっているのだろうか。
「つーか本当に何をしに来たんだ? このままグダグダやってても無駄に時間を消費するだけだと思うぞ?
だから、こんな所で時間を割いてないで生産性のある有意義な事をしたらどうだ?」
「え、子作りとかー?」「まさか子作りですか!?」
…………もう何も言えねぇ。何だ、長い間リュドミラと共にいたせいか、独り身の彼女は汚染でもされたというのか。
それとも結婚への焦りで脳まで腐らせてしまったのか。どちらにせよ、普通じゃない。あ、だからリュドミラの話に付き合ってやれるのかもしれない。
「もう帰れよぉ、時間泥棒ッ!」
「盗んだのはお義兄ちゃんの は・あ・と だよー♪」
そう言い切った後、流石にその台詞は恥ずかしかったのか、照れるリュドミラ。照れるくらいなら、言わなきゃ良いのに。
そして、その言葉をどう対処して良いのか、俺が一番困るんだぞ。
それからリュドミラ達のくだらない話を聞き流していると、いつの間にか日が傾き、空の色が明るい橙色へと移り変わっていた。
仕事の合間にやってきたとリュドミラは言ってたが、あれは嘘だったのだと遅ればせながらに気付く。
途中で抜け出してきたのなら、こんなに長時間俺に与えられた部屋で留まる事は出来まい。すぐ帰ると思っていたから予想外であった。
まぁ、一番予想外であった事は部屋の前で俺が逃げ出さないように配置された兵が、リュドミラを門前払いしなかった事である。
普通なら国家転覆罪が適用されるであろう俺と面談させるとか、正気の沙汰ではあるまい。権力でゴリ押しされたとしても職務を全うしろよ、顔も知らぬ兵め。
「……寒くなってきたなぁ」
日が落ちてきているせいで気温が下がったせいか、それとも先程まで他に人がいたおかげで部屋の温度が上がっていたからなのか。
普通に生きていれば一生着る事は無かったであろう仕立ての良い背広を羽織ると、そっと窓の傍へと近付いた。
整然と建ち並ぶ街の景観に軽い感動を覚えながら、ふと思う。あぁ、時間を無駄に使っている気がするな、と。
初めは広いと感じていた部屋も、この空間しか自由を与えられていないと考えると閉塞感が忽ち襲ってきた。
何も無い。俺を刺激するものが何も無い。今は物珍しい調度品も、見慣れてしまえばただの置物に過ぎなくなるだろう。
こんな生活が、いつまで続くのだろうか。人と接する以外、感情が希薄になっていくのだろうか。
……一日目で何を大げさな事を考えているんだか。何も悪い事だけじゃないだろうに。
苦笑いをし、気分を入れ替えようともう一度窓の奥に広がる景色に目をやったところで、身体が硬直してしまう。
「随分とまぁ豪勢な所に住むようになったんだね、クレヴ」
というのも久しく見る事が無かった人物と窓越しに目が合ってしまったからである。
宙に浮かび、亜麻色の髪を靡かせ、いつも人を虚仮にするような笑みをする彼女。
「……どうしてこんな所にいるんだよ? ――リアナ」
「それはこっちの台詞だと思うんだけどね」
その声はとても遮蔽物を通したものとは思えないクリアさで、俺の背後から聞こえてきた。
目を離したつもりは無かった。が、リアナの姿が一瞬にして消え、気が付けば部屋に侵入されていたらしい。
「……壁とか壊して無いよな?」
「君には壁が壊れているように見えるのかい?」
困惑気味に振り返り、リアナを半眼で睨む。身内でカウントするなら2度目の破壊である。被害を増やせば、父への負担も比例してしまう。
といっても父が使い潰される図なんて想像出来ないし、それに関しては心配していないが俺の滞在期間が延びるのだけは嫌だった。
「不可解、では無いだろう? 君はよく使っている魔法と類似しているのだからさ」
「って事はまさか……お前さんは召喚魔法を使ったのか! だが、アスタールにいた時、召喚魔法を使えるだなんて言ってたっけか?」
「いや、言って無かったよ。実際、その時はまだ『この魔法』を使えなかったしね」
リアナは我が物顔でベッドに腰掛けると、すらりと長い脚を見せつけるようにして組んだ。
「『使えなかった』? じゃあ適正が無い筈のお前さんが一体どうやって……?」
「適正が無い、とまでは言ってないさ。ただその時点では『使えなかった』だけ。つまりは人間が用いる手段が私に合って無かった、ってだけの話だよ」
人間の手段――つまりは詠唱魔法という事か。確かにあの時、リアナは会話をしていた為に口を使っていた。
物理的に詠唱は不可能、と言っても良い。が、リアナは魔法を実行した。
まさか俺と同様にあの魔法陣を利用したとでもいうのだろうか。だが、仮にそうだとしても疑問は残る。
『詠唱無し』という疑問点は解消出来ても、『自らを召喚させた』など出来るものなのか。
また召喚魔法を使用した場合、召喚されるのは契約魔法で『定められた対象』だけ。リーシャの話によれば、衣服までは召喚出来ない筈である。
が、リアナはしっかり服ごと移動していた。一体、どういうことなのか。
「まさか既存の知識で先程の魔法を考えているのかい? 『召喚魔法』を参考にさせて貰ったが、『これ』は別の魔法だ。
名前を付けるなら、『空間転移魔法』といったところかな」
「空間転移、ねぇ。にしても随分とまぁ便利そうな改良を加えたもんだな。一応、召喚魔法とどういった違いがあるのか聞いてもいいか?」
怪訝さ全開で問いかけると、リアナは少し間を置いてから口を開く。
「君の驚いた顔も見れたし気分が良いから教えてあげるよ。まず召喚魔法と空間転移魔法では『定めて』いるものが違う。
召喚魔法の場合、魔力が通じた生物、主にモンスターに限定される。それで空間転移魔法の場合はというと、文字通り自分の魔力が含まれた空間を『定めて』いる。
2つの魔法の共通点としては、自分の魔力が関わっている事、だろう」
「召喚魔法の場合――というか契約魔法だと身体の内側に。空間転移魔法の場合は外側から魔力を使って空間転移させてる、って事か」
それでリアナは衣服ごと転移する事に成功している、という訳なのだろう。
「それじゃあ俺もコツが分かれば、その空間転移魔法が使えるって事なのか!」
リアナがいきなり現れたせいで生まれた不快さは消え、ふつふつと心の奥底で好奇心が湧き上がってくる。
感情が高揚し、先程までの陰鬱とした気分が払拭された気がしたのだが。
「いや、それは無理だと思う」
奴の一言によって、その期待は盛大に裏切られた。せっかく召喚魔法の幅が広がると思われたというのに。
「空間転移する際には結構魔力が必要になるし、魔力が空気中に霧散しないように『圧縮』も併用しなけえればならないしね」
「『圧縮』?」
「おや、知らなかったのかい? 私の有する魔法に『圧縮』があると。確かソムディアでルシルと戦闘した際に使って見せたんだけどね」
少しばかり昔の事を思い返してみても、そんな記憶は無かったように思える。
あるとしたら、リキッドスライムとの出会いとか、リーシャがリアナの信者第一号になったりとか、後は…………闇に葬り去りたい出来事であるリアナとキスした事、ぐらいだろう。
彼女も当時の記憶を辿ったからか、若干顔が赤く染まって見える。厄介な記憶を掘り返させやがって。
だが、自爆したという事は故意に『あの事』を思い出させようとした訳では無さそうだった。
「と、とにかく『圧縮』が使えなきゃ空間転移は不可能って話さ。潔く諦めるんだね」
「……何でそんな希望を見せつけやがったんだ。そんなに悄然とした俺が見たかった訳?」
「まぁそれもあるんだけどね」
些か涙目になった俺をリアナがケラケラと笑い飛ばすと、
「暇してるならさ、ちょっと魔王が住んでる所まで来てみない?」
物凄い軽い調子で、存在が曖昧であった魔王の住処へとご招待を受けた。そういえば、リアナは自称ではあるものの、魔王の側近。
俺が人間とはいえ、明確に敵対関係を持っている訳では無い。むしろ、勝手に家へ侵入され、いつの間にか息子の俺よりも母の好感度が高いくらいには、友好的である。
魔王など、滅多にお目にかかれないであろう。凄くレアだ。誰も見た事が無い魔王とご対面出来るチャンスが降って湧いてきたのである。
行かねばもう二度とそんな機会は巡ってこないであろう。明らかな損失だ。
――ここまで考えれば、答えなど決まっている。
「絶対に嫌だ」
いくら珍しくとも、怖いのは絶対に無理。俺はスリルを楽しめない人間だからな!




