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【クレヴ】
「何だこれは……」
手元にあった紙束を手放し、それをガタガタと震動が伝わってくる床に散漫させる。
するとリュドミラが青いツインテールを波打たせながら俊敏な動きでそれを回収すると、俺に向かって不機嫌そうに唇を尖らせた。
「お義兄ちゃん、いきなり何すんのさー。アタシのものを散らしたいお年頃なのー?」
「何するんだ、とは此方の台詞だ。何つーもの書いてやがんだ、リュド様よぉ」
先程まで目を通していた紙束には、リュドミラが仕事の合間にせっせこ書いていたとされる一つの物語が記されている。
で、その肝心の内容はというと――サラマンダー襲来の件を元にした物だというのだ。
しかも、その物語に出てくる登場人物も俺達を勝手にモデルにしているのである。
主人公が王女セシリア、その付き人で護衛でもあるミラカ、セシリアの妹のミリュドラ、そして紅の騎士クレヴィス。
……名前が雑過ぎ。俺達の事を知っているであろう人達には普通にバレるだろう。
「おい、こんな素晴らしい物にケチをつけるとは、貴様の感性はどうかしているのではありませんか?」
フン、と鼻で笑いながら、鎧女は肩に届かない長さの茶髪を揺らす。
俺がリュドミラに対して不届きな態度を取っても、頭に血が上らなくなったのを見るに、今回の休暇で少しはストレスを発散出来たのかもしれない。
といっても、途中から俺のせいで仕事が舞い込んできたのだが。まぁ、それは断らなかったシリアが悪い。
「私も別に悪くないと思う。それに、その原書は例の事情を何も知らない人達に分かりやすく、納得してもらう為にあるんじゃないの?」
表情筋をピクリとも動かさず、俺の腕に抱きついてくる見目麗しい姉。仲良し姉弟という域を超えるパーソナルスペースの近さである。
5メートル超の大剣を軽々と扱い、『衝撃』で巨大モンスターであるサラマンダーを吹っ飛ばせる膂力があるくせに、身体は筋肉でゴツゴツしていないとか。
腕も俺より細く、どこからそんな力が湧いてくるのか、全く理解出来ない。
おかげで姉の腕を引き剥がす事も出来ないし、恥ずかしいったらありゃしない。
周りにいる彼女達は見慣れた光景になってはきているだろうが、俺は未だにこの柔らかな感触に慣れそうに無かった。
せいぜい表面上に出さないので手一杯である。
それに、理性も結構危ないところまで削られてきているし。これで微笑みでもされたら、外見が無駄に美し過ぎるせいで直視出来ないかもしれない。
「……まぁ、サラマンダーと会話して和解、だなんて誰も信じられないだろうからな。真実を伏せて尤もらしい話をでっち上げるのは良いとしてだな。
何だ、この内容は? 完全に恋愛物じゃねぇか!」
サラマンダーの襲来をどうやって撃退したのか、民衆に知らせるのはそれ一つだけで良いというのに、何故だか俺達のモデルにしたキャラクター達の事まで描写されているのである。
しかも、サラマンダーの撃退がメインでは無く、恋愛中心に展開されているし。
「それはねー、劇の台本としても使えるようにだよー」
まさかのカミングアウトに絶句してしまう。世間に公開するのに、娯楽なんかと絡めた方が普及し易いだろうし、記憶に残る。
だが、大衆向けに発表するなんて、赤面物であろう。
こういう事って私的なものや無駄を省き、事務的な結果だけを書けば良いのに。
「劇の台本、ねぇ。その中身が突っ込みどころ満載なんだが……」
この話を要約すると、主人公セシリアの恋模様を描いたものだ。そのお相手は、セシリアがお忍びの旅行に出会うこととなる、赤い全身鎧を纏ったクレヴィスなのだが……。
「何でクレヴィスが性別不詳なんだよ? 普通に男で良いだろうが」
「は? クレヴィスは美少女一択でしょう?」
台本の製作者のリュドミラに問い質したのだが、何故か鎧女が反応してくる。この人、どこまで俺を女にしたいんだよ。
「といった感じでー、多くのニーズを集めるならー性別を明かさない方が良いと思ってねー」
ハッキリとさせない方がロマンなり何なり、あるのだろうか。でも、鎧の中身は『見た目が美丈夫』だと決定しているのが解せない。
まぁ、劇とかで発表するなら、面の見栄えが良い方が集客出来るのだが。何でもかんでも美化させりゃ良いってモンじゃないと思う。
大体、恋愛物って美形同士が結ばれるパターンが多過ぎる。
主人公の容姿が普通という場合もあるが『主人公』という立場だという補正があるからか、没個性的だというのに存在感が凄まじい。
周りに埋もれる程度の容姿なのに、中心人物に一発で発見されるのだ。それって良く考えると非常におかしい。
眉唾物の惚れ薬を事前に仕込んでるレベルであろう。
……話を戻そう。恋愛物の登場人物は、やはり美形揃いである事が多い。読者の事を考えれば、至極当然である。
大抵の人間が美形との恋愛を望むのだから。だが、それは本当に恋愛物として正しい姿なのだろうか?
それでは顔に惹かれて、恋をするようなものではないか。
その人の言動や性格に惚れるというパターンもあるが、それでもやっぱり顔が伴わないと恋愛に発展しない事だってあるではないか。
顔など、人を構成する一部分でしかないというのに。
『顔で判断しない』と声高々に言う者でも、容姿が一定ライン以下であると恋愛対象に見れないであろう。
今回の場合で言うと、クレヴィスがヘルムを取り去った際に、その御尊顔が醜かったら――大半の人間は幻滅する。
顔が見えない事により、勝手に自分の中で都合の良いイメージを膨らませる筈なのだ。
美形の人間など、ほんの一握りしか存在しないというのに、可能性で言えば低い方だというのに、期待してしまう。
そう考えると、人間の恋の基準には間違いなく『顔』という要素が大事になってくるのだが、恋愛物では挙って『顔』の要素を除きたがるのだ。
誰々の行動が格好良いから、とか。誰々の心が大変綺麗だから、とか。そんなモン、後から付随してくるだけである。
顔が良くないと、恋は始まらない。現実の恋愛なんて大体がお互いに妥協し合って、なあなあで好き合っているだけであろう。
本当に素晴らしい恋愛物を書きたいのなら、容姿の醜い者同士が妥協せず、内面のみに惹かれあっていった物であるべきだ。
……まぁ、そんな物を書いたとしても、需要が無いだろうけど。
「……んじゃ、次。このクレヴィスの父、シヴァルがクレヴィスを敵の攻撃から庇って死ぬシーンなんだが、何でシヴァルはクレヴィスが自分の子だって分かるんだ?
シヴァルの前でヘルムを脱いだ姿は一度も見せてないんだぞ?」
クレヴィスは物語の主要人物にありがちなパターンである、幼い頃に親と離れ離れになる、という過去を持っている。
父であるシヴァルが出稼ぎに行っている間に、病弱の母と暮らすクレヴィスはある日、誘拐されて遠い街に売り飛ばされそうになったところに。
そこで都合良く騎士を引退した年老いた男が登場し、クレヴィスを救出。帰る場所が分からないクレヴィスは助けてくれた老人に世話になるのだ。
そして、老人が死没した後、老人が若い頃に身につけていた全身鎧を着て、世直しの旅に出ることとなる。
それから、ザビウスで下衆な男達に絡まれるセシリアを助け、出会いを果たした後。彼らはひょんなことにモンスターの大群がザビウスに襲来するのを知るのだ。
正義感の強いセシリアは義勇兵に紛れて戦うことを選び、そんな彼女の行動に心打たれたクレヴィスは共に参加することになる。
そして、モンスターとの戦闘が始まり、モンスターの圧倒的な数の差に押されるかと思われたのだが、ザビウス防衛で集まった彼らの優位で進んでいく。
それというのも、彼らの中に圧倒的な力を持つ者達がいたからだ。
特に、魔法学校でも上位10名に入るであろう実力者のミリュドラに、剣の一振りで数体のモンスターを屠る一騎当千のヴァシルの存在が大きかったであろう。
だが、そんな優位な状況は新たに現れた巨大なモンスターにひっくり返されてしまう事となる。
そのモンスターは地面を揺るがし、彼らの足を不能にさせ行動を制限するだけで無く、その際に発生させた衝撃で多くの死人を生み出していった。
そんな攻撃の余波を受けそうになったセシリアを庇い、足を負傷してしまったクレヴィスはモンスターにとって絶好の的になってしまう。
絶体絶命のピンチ。モンスターからの猛威が振るわれる、その瞬間――ヴァシルがクレヴィスの前に立ち、クレヴィスの代わりにその攻撃をまともに受けてしまうのだ。
ヴァシルが地に伏した一瞬後、多大な犠牲を払ったものの、ついにミリュドラが強大な詠唱魔法を発動させ、モンスターを打ち倒す事となるのだが。
致命傷を負ったヴァシルの命はもう助からない。それを察したヴァシルはクレヴィスに向けて、『最期に親らしい事が出来て良かった』と呟くのだ。
「しかし、クリュテ殿はクレヴの正体を見破ってみせたのだから、同様にシルヴァさんも同じ事が出来るんじゃないのか?」
現在、問題とされる内容が書かれた写本を握りしめ、若干頬が赤く染まったシリアが俺の問いに対して正面から返してくる。
遠くからの気配を察知可能な父だから、全身鎧を着ていても普通に俺を認識しそうだ。
でも、ここで描写されるヴァシルってそこまで人間離れしてないんだよな。身長も180前後で体格は細身なのに、膂力は大男に勝るという設定。
だが『衝撃』も放てないし、勘が鋭いと言っても所詮野生動物レベル。実際の父ならば、モンスターからの攻撃を食らったとしても軽く『痛ぇ』で済ませるだろう。
つーか、俺を抱えた状態でも余裕でそれを躱せるに違いない。鼻の穴に指を突っ込みながら、鼻歌混じりで。
いや、雑に扱う感じで俺を遠くに投げ飛ばすのが、一番可能性が高いか。
「うん、ごめん。良く考えたら、ありえなくは無かった。でもさ、俺達をモデルにした割に色々と違うところが多くないか?
父さんとか見た目も性格も全然別人だし。渋めで紳士的とか見当違いだろ。実際は野性味たっぷりで大雑把の能天気野郎だぞ?」
「おい、実の父親とはいえ、そんなに悪く言うな。シルヴァさんは欠点を有り余る程、良いところが沢山あるんだからな」
少々興奮したのか、手から写本を取り落としながら、シリアは軽く眉根を寄せて俺を睨む。が、全然迫力を感じられない。多分、本気で怒っている訳では無いのだろう。
本当、父なんかに惚れるとは彼女も物好きである。蓼食う虫も好き好き、ということなのか。
「あー、済まん。自分の父親に向けての惚気は聞きたくない。勘弁して下さい」
頭を下げると、ちょうどシリアが落とした写本が目に入る。結構読み込んでいるからか、その写本に開き癖が付いていた。
開かれていたページは、さっき話題に上げていたヴァシルとの死別シーンのようである。写本には、他のページの端に折り目がつけられているのも見えた。
不思議な事に、その折り目は後半の方にもあるようで……ヴァシルの出番は中盤で終わりな筈なのだが?
「つーかさ、シリア様は勝手に自分をモデルにした登場人物が恋愛を繰り広げてて、何か思うところとか無いのか?」
「……んと、別に無いぞ?」
露骨に視線を逸らされるが、作った張本人に直接言う程の不満は無いという訳なのか。
フィクションはフィクションだと割り切っているのかもしれない。幸せな頭をしていると思っていたが、案外俺よりも大人な部分もあるのだろう。
「そうか。んでも、まだまだ言いたい事は残ってる。次はリュド様をモデルにした奴が登場する度に不自然な程、『巨乳』という描写があるんだが……」
「そういう事はおっぱいの内に収めておいてよー」
「リュド様の理屈だと、俺には『おっぱい』が無い事になるんだが?」
筋肉は『おっぱい』に含まれないそうだ。非常にどうでもいい。
「んで一番不可解なのは、何で姉さんをモデルにした奴がクレヴィスの婚約者なんだよ?」
ヴァシルを失った悲しみをセシリアの支えにより、乗り越える事が出来たクレヴィスだったが、彼らの元に更なる災厄が訪れる。
本来ならばメインになる筈だった、サラマンダーの襲来だ。流石にサラマンダーを討伐するなど、不可能。
だが、セシリアは決して諦めずサラマンダーに立ち向かう事を決断する。
無謀と言えるその決断だったがミリュドラ、ミラカ、クレヴィスは、そんなセシリアの決意に心を打たれ、協力を申し出た。
そして、その4人は命を懸けた作戦に打って出て、奇跡的にサラマンダーを撃退することに成功。
その後主人公のセシリアとクレヴィスが結ばれる、となれば例の『竜殺しの勇者』の物語と同じハッピーエンドになるのだが。
リュドミラの性格の悪さがここで遺憾なく発揮されたのか、平和が訪れた街に『紅の鎧を着た男』の噂を聞きつけ、クレヴィスの婚約者が現れるのである。
その女性はクレヴィスの育ての親である老人の友人の孫で、セシリアの容貌にも見劣りしない美しい女性だった。
元々、クレヴィスとは身分違いで結ばれぬ身であったセシリアだが、心に宿った恋慕の情は決して消える事は無く、寧ろ日が経つにつれて、どんどん膨れ上がっていた。
しかし、婚約者の存在が現れた事で、セシリアは泣く泣くクレヴィスの元を離れる、という結末を迎えるのである。
長々と物語を追ってきたが、ここで俺が言いたい事は一つ。
「そういえば、もう私もクーちゃんも結婚出来る歳だっけ?」
姉を刺激するような物を書かないでくれ、という事である。
「到着しましたよ」
御者台にいるユンジュの声が聞こえてくる。どうやらくだらない話をしている間にルイゼンハルトへ着いてしまったらしい。
「本来なら、俺か鎧女の仕事だったのに押し付けたみたいで悪いな」
「いえ、そんな事は。逆に『勇者』様達の馬車を任されるのは名誉な事ですから。それに今更言われても遅いですよ。
後、私もちょうど里帰りしようと考えていたので、寧ろ乗せていただいた事を感謝したいですよ」
「『勇者』様は、止めてもらいたいんだがな……」
馬車から降りてユンジュに向かって頭を下げるが、彼は気にしていないと言わんばかりに朗らかに微笑んだ。
それはもう可憐な乙女を彷彿とさせるものであった。一応、彼は男の筈なのに。
まぁ、その女顔のお蔭でシリア達と同行することが許されたのだが。彼女達に混ざっても違和感無いんだもんな、この人。
流れで後一歩手前までだが、一緒に風呂へ突入しそうだったし。
「……ここでお別れ、か」
ポツリと顔を伏せながらシリアが呟く。哀愁漂う彼女の姿は、どことなく親の出張を見送る子供に似ている気がした。
和気藹々とした小旅行が終わった後の、ほんの小さな物悲しさが伝わってくる。
「貴方の姿を見られなくなるのは残念ですね。……貴様とは永遠にサヨナラで構いませんけど」
鎧女の姉を見る瞳は若干涙ぐんでいたのに、それが俺に向けられた途端に親の仇を睨み付けるようなものへと変わる。
見事なまでの変わり身に、呆れを通り越して尊敬しちゃいそうだ。俺としては、永遠にお別れしたいという訳では無いんだけどな。
せいぜい、二度と顔を拝みたくたい程度である。
「それじゃ行こっか、お義兄ちゃんー」
そして、リュドミラは2人と違って何故か馬車から降りようとせずに、そのまま馬車に居座っていた。
今すぐにでも放り投げたいところではあるのだが……それと同じくらい馬車の中で残っていて貰いたいとも思ってしまう。
理由は勿論、彼女達がいなくなれば、後は俺と姉だけ。ストッパーの役割を持った者がいなくなり、姉の餌食になるのも時間の問題となってしまう。
……よし、決めた。
「行ってらっしゃい、姉さん、リュド様――ッ!」
俺も見送る立場になるとしよう。ただし、見送るのは一瞬。脱兎の如く人が群がる場所へと駆け出した。
流石の姉も人混みの中では満足に動けまい。無理に動けば突風に吹かれた塵のように人が吹っ飛ぶ。
懸念材料として、鋭過ぎる気配察知があるが、いざという時は自殺ギリギリ手前の状態になれば良い。
生気を失えば失う程、気配は薄くなる。自身の身体を死にかけにまで持っていくのは凄く嫌だが、緊急事態だ。
姉から逃れる為には、それくらいしないと――
「どこ行くの、クーちゃん?」
しかし、俺が厩舎の入口に辿り着く前に、姉に先回りされていた。不意を突いた、筈である。
俺の身体能力だって、獣人達と一緒に奴隷生活していたからか、結構上昇している。だが、姉はそれを軽く上回っていた。
サラマンダーを吹っ飛ばせる力を持っているんだ。それくらい分かっては、いた。だが、この結果はあまりに無情ではないか。
リュドミラは鎧女に、俺は姉に取り押さえられ、連行される羽目になった。
ルイゼンハルトを出発して5日。不眠不休で姉と格闘し続け、ようやくサラナ村に戻ってきた。
帰路の途中、何度純潔を失いかけたか。姉が眠っている隙を突いて、自分の馬車を捨てて逃げ出したのだが、翌日馬ごと馬車を持ち上げて姉が追いかけて来た事もあったっけ。
もはや、姉からは逃れられない運命にあるのか、と思い知らされた瞬間である。
「懐かしい……」
姉の言っている事が理解出来ない。
確かに、俺達は故郷であるサラナ村に帰ってきた。が、この村は目を離している隙にどんどん様変わりしていくのである。
姉が旅立った数年前とは、まるで違う。リアナがゴーレムを使って暴れまわったせいで、どこに誰が住んでいるのかも未だに把握出来てないし。
また、俺のいない間に知らない建造物が建っているのが見える。陸地なのに帆船を作ってるみたいだ。
「にしても、村の人の姿が見えないな。また例の『かくれんぼ』でもしてるのか?」
「んーと、村の中には誰もいない。人の気配は私達の家の方に集まってるみたい」
俺達の家は村の外れにあるのだが……何かあったのだろうか? 特に村から火の手が上がった、などの危険な事が起きた様子は見られない。
父が帰ってきたから、歓迎会とかか? でも、結構父が帰ってきてから随分と時間が経っている筈だ。
首を傾げながら、馬を家の方へと走らせると……だんだん人の声が聞こえてくる。
それは決して苦しげとか、マイナスイメージのものでは無い。時々、拍手の音がすることから、多分何かを祝っているのだろう。
「……何これ」
そして、目指していた目的地に到着した時、俺は思わずそんな事を口にしていた。
この騒ぎはいつものような危険なものでも、どう楽しめばいいのか理解不能な事でも無かった。
だからこそ、俺は驚きを隠せない。まさか――家の隣にある教会モドキで結婚式が行われていたなんて思いもしなかったから。
「おう、帰って来てたのかクレヴ。それにクリュテも……大きくなったなァ」
突然の事で呆けていると、俺達の目の前に人並み外れた察知能力を持っている父が風のように現れた。
一応、イベントの空気に合わせているからか、父にしては珍しいジャケット姿である。
が、そのジャケットの下は何も着ておらず、気持ち悪い程に引き締められた筋肉が見えていた。
「ただいま、お父さん。会ってないうちに、随分太ったね」
「ちょいと仕事で身体動かしててな。余計に筋肉がついちまったせいで、つい先日に家の床が抜けちまってな。
お蔭で床張り替えるついでに家を建て替える羽目になったぜッ!」
積もる話もあるのだろう、とは思ったものの、この理解出来ない状況を放置出来るような性分では無い。申し訳ない気持ちを抑え込みつつ、父に目の前の光景の事を尋ねる。
「――あぁ、これか? 見ての通り結婚式だぜ?」
「誰と誰の?」
「それはな、実際に見た方が早ぇだろ。さっさと馬車を置いてきて、近くまで見に行こうぜ? あっちにクレアンヌを置いてきたままだからよォ」
そう言って父は姉同様に馬ごと馬車を家の方まで運んでいった。
いくら家が近いからとはいえ、その作業を僅か十数秒で完了させ、何事も無かったかのように俺の前に戻って来た。
ウズウズとした様子で俺達を急かす父に、思わず苦笑いしてしまう。どんだけ、母の事が好きなんだろうか。
多分、こういうところが姉にもバッチリと遺伝しているのだ。相手が弟の俺というのが、不可解な点ではあるけれど。
普通は、姉弟相手に劣情を抱く事は無い筈である。昔からそうだったが、やっぱり姉はどこか壊れているのかもしれない。
「ようやくダイアナさんも結婚する日が来るたぁなぁ……」
「そうねぇ。相手がなかなか見つからなくて苦労してたから、本当に良かったわぁ」
「おめでとう! お幸せに!」
教会モドキからまっすぐ敷かれたヴァージンロードを挟むようにして群がる村の人の祝声やら何やらが飛び交うのを耳にしながら、俺達は人混みをかき分けていく。
そして、赤い絨毯の上を歩く主役達の姿を見て、思わず絶句してしまう。
一人は、主に母が病気で床に臥せる間にお世話になった人物である。名前はダイアナ、というらしい。それは今さっき聞いて知った。
身体は女性ならば誰もが羨む黄金比で、一種の芸術作品だと言っても過言では無いスタイルを持っているのだが。
顔はそれを全部台無しにする程の、凡そ人とは思えないぶっ壊れっぷり。村の子供達内では、一目見ただけで呪われるという噂が立つぐらいである。
そんな彼女の異名は『神の失敗作』。逸話としては、ルイゼンハルトの大通りを歩くだけで、辺りにいる人間全てを気絶させた、というのが有名だ。
あまりに壊滅的な顔面を持って生まれてしまったせいで、結婚どころか男女交際する事が不可能だと思われていた彼女が、見事人生の墓場入りに成功するとは、驚きを禁じ得ない。
やはり、その相手が気になって視線を隣に移したところで、更なる衝撃が俺を襲う事となる。
「アイザックゥゥゥゥ――ッ!?」
思わず奇声を上げてしまうのも、無理は無いだろう。何故なら、アイザックはレイオッド先生によって改造された元人間なのだから。
相対した際に、奴の顔からは全く知性を感じられず、『あ゛あ゛あ゛』と理解不能な鳴き声を繰り返すだけで会話能力もゼロ。
とてもじゃないが普通の人間だとは受け入れられない。ましてや、人生のパートナーとしては選ぶ事は決して無いだろう。
だが、そんなあり得ない2人が結ばれた。ある意味、俺達は奇跡の瞬間を見届けているのかもしれない。
純白のウェディングドレスに身を包んだダイアナは形容し難い表情を振り撒きながら、幸せそうに腕を振り、余った腕の方をアイザックの腕に絡めて。
アイザックはそんな彼女に引っ張られる形でヴァージンロードを進んでいく。
「なぁ、父さん。2人の馴れ初めを聞いてもいい?」
目を離していた間に、父の姿は無かった。多分、母の元へ馳せ参じたのだろう。その代わりに父のいた場所にシスター服一式を着たリーシャが答えてくれる。
「お帰りなさい、御使い様。近所に住む方から聞いた話ですと、確かダイアナさんが一目見た時からアイザックの事を運命の相手って感じていたらしいですよ?
それからダイアナさんから懸命にアプローチして、押しに押した結果、結婚に至ったんですって。愛の力を感じますよね」
……俺はその答えを聞いた時、何故だか『神の失敗作』さんが有無も言わせず、強引に事を運んだとしか思えなかった。
相手が何も言えないのを良い事に、結婚を推し進めたのだ、きっと。
「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫ですよ、御使い様? アイザックさんもあんな姿ですけど、両性具持ちという事で、新しい命を育む分には問題無いそうです。
あぁ、そうそう。聞いてください、御使い様! 実は今日、私が誓いの言葉をやらせて貰ったんですよ?――」
見当外れな事をほざく父の言葉を聞き流していると、悲しい気持ちでも無いというのに目から涙が零れてきた。
結婚式とか姉を刺激するような事をしやがって、という不満も消え去り、何とも言い難い感情の渦が俺の内をごちゃ混ぜにしていく。
所詮、俺の不幸など、ちゃっちい事なんだと思い知らされた一日だった。
次回は久々にバトルです。といっても、ちょこっとですが。




