15
予定通りにいきませんでした。……本当に申し訳ありません。
いつもの如く、エピローグみたいな余談です。
【クレヴ】
サラマンダーが去ってから数日が過ぎた。街の様子はすっかり元通り、とは少し言い難いかもしれない。
とはいえ、街に活気が無いとか、そういったネガティブな雰囲気は皆無で寧ろ、うるさいぐらいだった。
街への損害などは無く、死者もいない。怪我人は避難の際に起きた混乱で軽傷を負った者が十数名のみ。
多くの者が、サラマンダー襲来の件など、上層部に吹き込まれた法螺話だと疑ったのだが。
遠目ではあるものの、実際にサラマンダーの姿を見た兵士や騎士が民衆に向けて、その話をした途端に評価が一転。
たちまち、この街に起きた奇跡に歓喜した。そして、その奇跡を起こした立役者として――何故か俺と姉が祭り上げられた。
サラマンダーを退けた功績の大部分は姉のお蔭ではあるが、シリア達もザビウスを守るために色々と貢献したはずなのだけれども。
紅の全身鎧に絶世の美女と、ヴィジュアル的に目立つから、という訳なのか、いつの間にか彼らの噂では俺達姉弟の手柄になっていた。
姉なんてポッと出だというのに。目立った活躍は無いが、兵士や騎士だって頑張っていたのだ。
手柄を独り占めしたみたいで申し訳無く思い、街の人達を集めて釈明しようとしたのだが、聞く耳を持ってくれなくて。
散々持ち上げられるものだから、恥ずかしくて堪らない。
まぁ、そのおかげで鎧女の悔しげな顔を見れたのは、ちょっと嬉しかったけど。
そしてそれから、傍迷惑な名誉を与えられたせいで、借りていた宿に大勢の人が押しかけてきて。現在は、関係者以外立ち入りが禁じられている二の塔に住まいを移す羽目になってしまった。
外に出て数分経てば、いつの間にか大人数に囲まれて、騒がれて。人が道いっぱいに集まるため、渋滞が発生。
そのせいで外も碌に歩けない状態になり、しかも交通の邪魔となるため、俺と姉の外出が暫くの間は控える事となったのである。
俺の場合は鎧を脱げば済む話なのだが、姉がついて来ようとするせいで俺まで外出不可になったし。姉がやけに抱きつきたがるから、そうすると視線が集中するのだ。
おかげで、『紅の騎士』と『謎の美女』は恋人同士なんじゃないか、なんていう噂が流れてしまったし。
余計に正体をバラす訳には、いかなくなってしまったのである。
「クーちゃん、お客さん」
朝食を取った後、与えられた部屋に戻った瞬間、待ち伏せしていた姉が抱きついて来たので、それを剥がすのに格闘すること数時間が経過していた。
小休止を取るため、ソファの背凭れに体重を預けたところで姉から声をかけられる。その数秒後、ノックが鳴らされ、鎧女が入室してきた。
「その場所、代わってくれませんか?」
鎧女の提案に頷きたいところではあるが、これは俺の意思でどうこう出来るような問題では無い。
「無理」
鎧女の方を一瞥もくれず、俺の服を脱がそうとする姉。『やだ』ではなく『無理』と言うあたり、酷い依存度である。
長話をしに来た訳では無いからか、鎧女は向かいにあるソファに座ろうとしないので、彼女に合わせて仕方なく立ち上がる。
「……時間が出来ましたので、話をしに来たのですが――」
姉の返答にショックを受けつつも、鎧女が話を続ける。どうやら、俺達に確認を取りに来たらしい。
「――つまり、街の人達には真相は伏せて、取りあえずサラマンダーを退けた事実だけ公表する、と」
「えぇ、流石にサラマンダーと会話したと言っても信憑性が薄いですからね。なので、貴方達にも黙っておいて欲しいのですが」
姉のいる手前、俺を『貴様』と呼べなくなった鎧女の言いたいことは分かった。まぁ、別に頼まれなくとも、言いふらすような真似はしたくは無い。
「後、私達がいない間にあった話を、シリア様に黙っていてくれませんか?」
付け足された頼みも、了承しておいた。悪人とはいえ、人が死んだ話などをしたら、シリアが悲しむと思ったのだろう。
ルーベンを殺すしか、サラマンダーの怒りを鎮める方法が無かったのだから、仕方ないのだが。
あのシリアがそれで大人しく納得するか分からんしな。黙っておいた方が良いだろう。
「失礼するぞ」
会話が途切れたタイミングで、青いポニーテールを揺らしながら新しい入室者がやって来た。
「入ってきて早々で悪いが、早速本題に入らせてもらうぞ。クレヴ、頼み事って一体何なんだ?」
気丈に振る舞っているようだが、顔からは疲れが見てとれる。責任を取る、なんていう言葉を発したせいで、サラマンダーの件の後始末をやらされているのだろう。
「シリア様に頼み事? 何て恐れ多いことを……!」
「いいんだ。クレヴとそのお姉さんには多大な恩があるんだ。頼み事の1つや2つくらい、聞いてあげてもいいじゃないか」
睨み付けてくるカミラを手で制して、シリアは俺に話を促してくる。まぁ、少々苦笑い気味なのは、隣にべったりと姉がひっついているせいだろう。
「あぁ、ちょっと確認したいことがあってな。もしかしたら、シリア様がいると助かるかもしれないからさ」
「確認? 今回の件について纏めた書類があるが、それを持ってくれば良いのか?」
「いや、ちょっと遠出を、な」
確かめたい事……それはルーベンが言っていた真偽について、である。確認する方法は直接出向くしか無いだろう。
まぁ、話を聞きに行くだけなら1人でもいいのだが、他にやっておきたい事があるのだ。そのためには、ちょいと権力が必要になってくるのである。
ルーベンに関する箇所を省いて鎧女と同じ説明をシリアにして、了承を得られてから1時間。
サラマンダーが帰っていったとされる山の向こうにある、デボニッグに向かう準備を整え、ザビウスから10キロ程、離れた場所にやってきていた。
「ここまで来れば大丈夫だろう」
ザビウスのある方向を見つめていたシリアが御者台にいるカミラへ声をかける。
「本当に、大丈夫ですか?」
馬車を停止させると、カミラがシリアに向かって心配そうな声音を出すが、シリアは軽く笑って頷きを返す。
「何、この2人が付いているんだ。何も心配はいらないぞ」
2人、というのは俺と姉のことだろう。過剰戦力気味の姉は良いとして、俺は頼りにならないと思うのだが。
自分で言うのも何だが、俺はそんなに強くない。思い返してみると、結構負けてることが多いしな。
最近だと、ほぼスライムに頼りっぱなしだし、1人で戦って勝ったことは無いんじゃないだろうか。
本当、良く死なないで生きていられるな、俺って。
「しかし、リュドを連れて来なくて良かったのか? しかも、リュドに何も教えないで。後で知ったら拗ねると思うぞ?」
「別に遊びに行く訳じゃないからな? それにリュド様はまだ体調が万全じゃないんだろう?」
『エクスプロージョン』を放ってから気絶したリュドミラの意識が回復したのは、昨日のこと。それまで彼女は眠りっ放しだったのである。
相当無理をしたようで、未だに疲労が残っているらしく立つだけでもやっとで、充分に歩くことが出来ないみたいだった。
そんな彼女がたった一日で完全回復するとは思えない。不満を買おうとも、彼女は大人しくしていた方が良いに決まっている。
「それじゃ、呼ぶね」
弟渇望症の姉が一旦俺から離れると、口笛を吹く。高い音が数秒響いた後、上空からワイバーンの姿が現れた。
ここからの移動手段は馬車ではなく、ワイバーンに乗っていくことになったのだ。
勿論、俺は反対したのだが、山越えが楽だし馬車より断然速いという姉の意見と、ワイバーンに興味が湧いたシリアに押されてしまって。
それでわざわざ馬車を用いて、人目のつかない場所までやって来た、という訳である。
「姉さん、鞍とか無いの?」
「しっかり掴まれば良いだけ。必要無い。さっ、お姉ちゃんの腰にしっかり掴まって」
姉は軽やかに跳躍し、ワイバーンの背に跨ると、俺を手招きしてくる。楽しげな仕草ではあるが、表情には至って変化は見られない。シュールな光景である。
「何なら掴みやすいおっぱいでも良いよ?」
「腰で勘弁してください」
姉の後を追い、そして前方にある腰を抱くようにして、しっかりと掴む。落ちたら死ぬので、恥ずかしがっている余裕は無い。
変態を喜ばせる結果になろうとも、今は命の方が大事だ。
「それじゃあ、失礼するぞ……」
そして俺の後ろから緊張した様子のシリアが、そっと俺の腰に手を回してくる。そのため、彼女は俺と密着する体勢となるのだが……あの豊満な胸の感触は無い。
というのも、今の俺の格好は例の全身鎧だし、シリアも一応軽装ではあるが、鎧を身に纏っているからだ。
デボニッグに行って、現地の住人と戦闘にならないとも限らない。
まぁ、俺の場合はザビウスから離れるまで、外出の際はこの鎧を必ず着けて行くと決めているだけなんだが。
「御気を付けて」
鎧女は馬の面倒を見るため、ここで見送りだ。血涙を流さんばかりの勢いで俺を睨んでくるが、これは不可抗力である。
落ちたら、死ぬ。
他意は無い。
「しゅっぱーつ」
緊張で身体がガタガタ震える俺とは真逆である、姉の緩い声でワイバーンは浮上した。
「何か、ぞろぞろ集まって来たね」
尋常じゃないスピードで身体を撫でる風を体感すること数十分。ようやく目的地であろうデボニッグの上空にやって来ていた。
姉の声が気になって、恐る恐るそっと下を窺ってみると、確かに人らしき影がワイバーンが着陸しようとしている地点に集まってきているようである。
他国故に、俺達の国とは違った街並みとかだろうか、と思っていたが、案外俺達と同じ文化構想をしているらしい。
まぁザビウス程、立派な代物では無いが、少なくとも田舎の方よりかは、ちゃんとした建物が建っているみたいだ。
山に近いからであろうか、煙突から煙が立ち上る建物が多いようで、ここいらでは鍛冶が主に行われているのだろう。
好奇心が恐怖に負けて、視線を姉の背中へと戻すと、ワイバーンが徐々に高度を落としていく。
そして地上に降り立つ頃には、門のある正面付近に武装した集団が俺達を待ち構えていた。
「な、何者だ? まさか巨大な砦からやって来たのか?」
此方から、どう声をかけようかと迷っていたところで、あちらから接触を図ってくれた。
少々訛った声の主は、他の者より装飾が派手な男。体格がガッシリしており、手足が妙に長く見える。
多分、手足が長く発達する人種とかなのだろう。顔はそこまで相違点は無かったものの、他の者も総じて手足が長くに見えた。
「そうだ。が、別に争いに来た訳じゃない。どうか武器を納めてくれないだろうか?」
いきなりの御出迎えにシリアが少し動揺していたので、俺がその男に言葉を返した。シリアに来てくれ、と頼んだのは俺だ。
会話の主導は俺がやるべきだろう。
……ん? 今、彼が目を丸めていたような気が。
「武器を納める前に、そちらの目的を問いたい」
警戒心バリバリの様子で、彼がそんなことを聞いてくる。訪問する前に何か前もって連絡しておけば良かったのだろうか。
でも、そんなことをしたところで、碌に聞いちゃくれまい。
「少し、其方さんに聞きたいことがあってな。此方に物騒な物を送り付けようとした事に心当たりがあるか?」
俺の近くには、姉とワイバーンがいる。
最悪、戦闘になったとしても、姉があちらに向けて『衝撃』を放って、あちらの腰が引けている間に逃げるくらいは出来るだろう。
「何のことだ……?」
彼は怪訝そうに眉根を寄せる。嘘を吐いているかどうか、まだ判別がつかない。
「なぁ。お前さんはこの街の代表者か何かなのか?」
「あぁ、そうだ」
彼が頷いた後、俺は周りの反応を確認してみる。
武装した者達は此方を警戒し、その街に住んでいる者達は此方に怯えているか、興味を持っているみたいだった。
表情に変化は見られない。どうやら、彼は本当のことを言っているようである。
……今頃になって気が付いた事だが、ここに住む人達は肌の色が良くないみたいだ。
大人、子供例外は無く、体格がガッシリとした武装集団にも頬が痩せこけている人もいるし、彼らは食べるのに困っているのだろうか。
「もう一度聞く。俺達の街を滅ぼそうとした奴がここにいるのか?」
「知らん」
彼の態度が変わらないのを見てか、シリアが俺の腕を引っ張ってくる。どうやら、もうこの問答を止めさせたいようだ。
だが、俺は目だけで彼女に謝ると、再び強気の仮面を作る。
「何の事だか知らねぇが、オレ達の事を疑ってやがんのかッ?! オレ達は、誇り高きデボニッグの戦士だッ! 戦士長が嘘吐く訳ねぇだろッ!!」
再度、口を開こうとしたところで、武装集団の中にいる10代半ばくらいの少年に遮られる。その顔からは怒りが全面的に出され、彼が直情的な性格をしていることが手に取るように分かった。
ここまで分かりやすいのは、逆にいないのでは無いだろうか。
「疑いたくは無いんだけどな。どうしても確かめないといけない事だから。本当に知らないんだな、戦士長?」
「知らないと言っている!」
此方への敵愾心が高まっているようだが、気にしない。気を強く持て。決して挫けるな。
「本当に何も? じゃあ、赤いモンスターを見ていないのか?」
「そんなもの、知らん」
知らないの一点張りか。だが、これは失言だ。
「いい加減にしろォッ!」
堪えられなくなった少年が憤慨し、俺に掴みかかろうとするも、周りに止められる。
怒れば相手の思う壺だ、という声が聞こえてくるが、別にそんな意図は無かったのだが。
「知らないはずが無いと思うんだが? だって大型のモンスターがぞろぞろと移動したんだからよ」
サラマンダーぐらいの大きさのものが動けば、震動なり音なり感じ取れるだろう。
「揚げ足を取るんじゃない!」
「馬鹿の一つ覚えみたいに『知らない』としか答えてくれないからな。そんなに言われたくなきゃ、そちらさんも、もうちっと詳しく言ってくれよ。
お前さん達がやってないと俺に納得させるような根拠とか、さ」
知らない、って一言だけで済まそうとするのが気に食わない。
まぁ、いきなり現れて、良く正体も分からない真っ赤な鎧を着た男に何か問われても、戸惑うだけでまともに頭が回らないかもしれないが。
「知らんものは知らん。山の主に襲われたのは、お前達の自業自得なのでは無いのか? オレ達を疑う前にまずは自らを見つめ直したらどうだ?」
「散々見つめ直したさ。何度も何度も自分が正しい事をしているか、今でさえ疑っている。だが、どうしても確かめないと気が済まないんだよ」
彼の言う山の主というのは、多分サラマンダーの事だろうか。
「……一応、此方にも落ち度があった。だが、最後の最後にちょいと運搬役の奴から面白い遺言を聞いてな。
わざわざ此処まで来る必要が出来たんだよ。贈り物の主を探しに、な」
「知らん! 贈り主も、卵のことも! その遺言が虚言という可能性もあるだろう?」
どこか焦ったように早口で言葉を吐き出す彼。
――粘った甲斐があった。
「虚言だと思ってもいたんだけどな。お前さんの言葉で――そうじゃないって分かっちまった。どうやらお前さんは嘘を吐き慣れてないみたいだな」
全部杞憂であれば、どれだけ良かったことか。俺が深読みしているだけで、彼らから恨みを買われる程度なら、どれほど良かったか。
「何故そんな事が言い切れる?」
「俺は、大型のモンスターとしか言ってないのに、お前さんは『山の主』だと断定した。……といっても、此処は山の近くだしな。
見張りなんかやってる誰かが確認していても、おかしくは無い。が、何でお前さんが『卵』の事を知っている? 俺は『贈り物』としか言ってないぞ」
自分の失言に気がついたのか、戦士長と呼ばれた男が膝を折り曲げ、顔を伏せる。
「仕方、無かったんだ! オレ達には、こうする他に方法が……」
「何故こんな事を?」
そんな彼の様子をシリアが悲しげな瞳で見つめながら問うも、彼は黙ったまま流す涙で地面を濡らしていく。
彼の近くいる者達も戸惑うばかりで、彼の他に事情を知る者はいないのだろう。
多分だが、彼は言い訳したく無かったのかもしれない。たとえ言い訳で無くとも、この状況では、もう言い訳にしかならない。
そんな事を考えた――ぐらいしか、俺の頭では想像つかなかった。
「まぁ、パッと思い付くのは食うのに困ったから、ってところだろうな」
だから、俺が適当に答えておくとする。
「父さんから聞いた話なんだが、このデボニッグの人達は前からザビウスに向かう馬車を襲ってたらしい。
どうして襲うんだろうって考えてたんだけど、この人達を見て分かった。この人達は食べ物を求めていたんだって
此処を上空から見て、作物があまり育ってないのも見てとれたしな」
「つまり、ザビウスにサラマンダーを襲わせた理由は……」
「大方、サラマンダーがザビウスを荒らした後に、食料を調達しようとしたんじゃないか?」
シリアの言葉を引き継いで、そう答える。
……それにしても、彼の考えた計画があまりに杜撰だと感じる。まぁ、考えたのが彼1人というのであれば、一応納得は出来よう。
彼の見た目からして、脳まで筋肉っぽいし。
「計画を練った奴が判明したところで、お前さんにもう1つ聞きたい事がある。サラマンダー――お前さん達が言うところの『山の主』の卵を盗んだ奴は誰だ?」
「……オレだ。全部、オレがやった事だ」
顔を上げず、戦士長がポツポツと言葉を漏らした。
「そうか。だったら、お前は今から山の主のところに行って、卵を盗んだ事を告白してこい。そこで、山の主から断罪してもらえ。
あんな姿でも、一応言葉が通じるから――」
唐突に、俺の声が――彼らの訛った叫びによって遮られた。
「ふざけるなッ!」
「それでは、戦士長に死ねと言っているのと同義ではないかッ!」
「戦士長は私達の命を救うために仕方無くやった事なのに! 無情な人殺しめッ!」
俺を責める言葉と、戦士長を庇う言葉が次々に飛んでくる。
……うるさい。騒がしい。耳障りだ。
「……クレヴ。此方に被害は無かったのだから、無罪放免にしてやればいいじゃないか。あの者も皆に慕われているし、そうしなければならない事情があったんだろう?
もしあの者が死ねば、暴動が起こるかもしれないぞ?」
シリアが俺の肩を掴んで、そう言ってくるが、素直に従う事は出来なかった。
我慢の限界だ。抑え込んでいた鬱憤が増大し、一気に理性を呑み込んでいく。その衝動に衝き動かされるように、己の口から言葉が飛び出した。
「ふざけてんのは、お前達だろうがッ!! こちとらお前達の戦士長のせいで死ぬかもしれなかったんだッ!!
今回は運良く姉さんが近くを通り過ぎたから、誰も死ななかったけど、もし姉さんがいなかったらどうなっていた事かッ!!」
「でも、誰も死んでねぇんだろ? だったらそんなに怒る必要ねぇだろ?」
例の少年が馬鹿な事を言いやがった。こいつは、こいつ等は事実から目を逸らそうとしているのか。自分の都合の悪いところは目を瞑ろうとしているのか。
それとも、事実を目の当たりにしても、まだ気が付かないのか。あの戦士長という男が、どれだけの事をしたか、ということを。
「『死んで無いなら良い』? 良い訳ねぇだろうがッ!! お前達の戦士長はな、俺達を殺そうとしたんだぞッ!!
腹を膨らます為、死なない為とはいえ、俺達に殺意を向けたんだッ!!
ここでもし許したとして、戦士長が飢餓したお前達の為にまた俺達を殺そうと考えたら、どうするッ!? 図々しくもう一度許せ、とでも言うつもりかッ!!」
「そんな事はしないッ!!」
感情の思うまま怒鳴りつけるものの、少年は此方に向けて威勢良く言葉を返してくる。
まだ、分からないのか。
「じゃあ仮にお前を殺そうとして、運良くお前は死ななかった。それでお前は俺を許せるのか?
次も俺がお前を殺そうしないか、不安に思うんじゃないのか? 俺を殺しはしないが、何か罰を与えなくちゃ気が済まないんじゃないのか?」
「それは……。だ、だったら、戦士長を殺すような真似をしなくても良いじゃねぇかよッ!!」
一瞬、少年は怯むがまだ勢いは衰えない。再び俺に向かって吠えてくる。どうしても、俺が言っている事を許せないみたいだ。
「許せないだろう? 自分の大切な人間が死ぬって事はッ!! それを戦士長はお前達を生かす為に、俺達の住む街の人間全員にやったんだよッ!!」
それでようやく少年は黙るが、まだ納得のいかない表情をしていた。
まだ、気が付かないのか。
「いいか、良く聞け。お前達の戦士長がやった事を今から説明してやるよ。例えばそうだな、ここに住む人の中で一番の美人は誰だ?」
いきなりこんな話をされて、戸惑っているのだろう。数十秒後になって、彼らはようやく俺の言った事を理解したみたいだった。
「何故、そんな事を聞く?」
「何もするつもりは無い。いいから、答えろ」
俺へ質問してきた奴に向けて、有無も言わせないように睨み付ける。
「……私です」
このままだと埒が明かないと考えたのか、彼らの前に一人の女性が出で来る。強気そうな瞳が特徴的で、ぱっと見でも美人だと分かる容姿をしていた。
その女性の後ろから、遅れて現れる弱気そうな男性は彼女の夫だろうか。そうだとしたら、アンバランスな夫婦と言えよう。
「んじゃ、話を進める。例えば、俺が前に出てきた女性に一目惚れしたとしよう。それで、彼女を手に入れようと思うが、そうなると夫の存在が邪魔になってくる。
どうするか。一番手っ取り早いのは夫を殺す事だ。しかし、夫を殺すだけでは、まだ不安要素が残る。
ならば、どうするか。ここにいる男を全員殺すのが、確実な方法だ。だが、俺が直接殺すとなると難しい。
それならば、孤独の身である子供を使おう。ここに住む男性が両親を殺したと子供に吹き込んで、毒殺させる。
親がいない事に同情させ、家に入れたら料理の中に毒を入れる。飲み物でも良い。何でもいいから殺させる。
――と、これと同じ事を戦士長がやったという訳だ。この例え話との違いは大義名分の有無だけ。これで、分かったか?」
彼らからの返答は、無い。皆、黙ったままだった。幾つか、おぞましい物を見るような目を此方に向けてくるが、気にしない。
これで、理解したはずだ。戦士長がどれだけの事をしたか、ということを。
……鬱憤を発散するように叫んで、頭に上っていた血が下がったのか、少し心が静まったみたいだった。
煽られただけで、すぐにカッとなるとは。あまり喜ばしく無いけれど、これで良い。人形みたいな『大人』になんて、なりたくないしな。
一旦、深呼吸でもして、冷静になろう。
「直接的にならまだしも、間接的だから尚更悪い。それにな、俺の隣にいるシリア様なんかは、何もせずに逃げても、誰かに責められる立場じゃなかった。
それなのに、わざわざ自分から指揮を執って街を救おうとしたんだよ。誰かにやらせりゃいいのに、自らの命を懸けて『山の主』の注意を引こうとしたしな。
……戦士長に大義名分があろうとも、そんなシリア様の命懸けの覚悟を無駄にするのは許せない。シリア様に同行したリュド様も、ついでに鎧女も同様にな」
「クレヴ……」
小さい声で呼ばれた気がしたので、シリアの方に顔を向けて見ると。彼女は照れた様子で、じっと俺の事を見つめていた。
が、俺と目が合った瞬間、すぐに顔を逸らしてしまう。……もしかして、勢いに任せて恥ずかしい事を言ってしまったのだろうか。
「私は?」
「あー、はいはい。感謝してます」
今まで雰囲気を読んで黙ってくれた姉を適当にいなして、彼らがいる方へと視線を戻した。
「……オレが、山の主の許に出向いて、処罰して貰えばいいんだな?」
「あぁ」
彼は立ち上がると、此方に申し訳無さそうな顔を向けてくる。涙は打ち止めになったみたいだ。
謝罪するにも涙が止むのも、遅過ぎる。
「実行したのは、オレだけだ。だから他の者に罪は無い」
「分かってる。処罰して貰うのは、お前さんだけだよ」
彼が俺達に殺意を向けたからといって、彼ら全員までもが俺達を殺そうとした訳では無い。
今回は此方に正当性があったとはいえ、此方が必ずしも常に正しいとは言えない筈だ。
シリア様のように善良な人間がいれば、道楽商人のルーベンみたいな私利私欲で動く人間もいる。
戦士長がザビウスにいる人間に殺意を向けたとしても、彼のいる国の人々が全てそう思っている訳ではないだろう。
「さてと。暗い話はこの辺にして、次の話に移ろうか」
「まだあるのか?」
隣でそう聞いてくるシリアもそうだが、目の前にいる彼らまで驚いた顔で此方を見てくる。俺としては、これからが本題のつもりでいたのだが。
「ザビウスとここで取引しないか?」
「……具体的な内容は?」
突然のことで理解出来ていなかったのか、数秒の時間を要して戦士長からの返事が来る。彼は処罰されると決まった身なのだが、代表者の代理や後続いないのだろうか。
まぁ、気にしていても仕方が無いようだし、話を進めることにする。
「んーと、此方側から人材の派遣や武器を要求する代わりに、此方で流通している硬貨や食料を其方側に支払う、みたいな?」
「人材の派遣? どういった人材が必要なんだ」
「つい最近、少々事情があって欠員が出てしまい、此方の戦力がガクンと落ちてしまってな。その補填がしたいんだよ。
兵士をしていた父から聞いた話じゃ、お前さん達は結構強いんだろう?」
父から兵士の仕事を押し付けられてしまったものの、俺は正直、戦力として役に立てない。
何も出来ないのだから、無責任に仕事を放棄して家に帰っても良いのだが、それだと兵士達があまりに可哀想である。
父の抜けた穴は実に大きい。その穴をどうにか埋められないか、と考えた結果、彼らを勧誘するという手段に至ったという訳だ。
まぁ、人が増えたり、他国の人間だったりで、お給金などの問題が揉めそうであるが、そこは騎士や領主などのお偉いさんに何とか上手くやって貰うことを祈っておく。
「お前達より強いのは、我が国に古くから伝わる武技のお蔭かもしれんな」
それを聞いて、彼らの武技について興味が湧いたのだが、本題から逸れてしまう為、聞くのは我慢することにする。
「武器の方も、此方よりも良質だからな。兵士や騎士がいるザビウスなら、需要があると思ってな」
村にいる名剣コレクターには、髪の件でそこそこお世話になっているからか、剣に関してはそこそこ目利きだという自負がある。
武装集団全体に行き渡っているので、価格もそれほど高い訳では無さそうだし、此処では鍛冶が盛んに行われている為、此方が知らない技術なんかも使われているかもしれない。
「まぁ、これに限らず、互いに望むものを取引すりゃいいんじゃねぇの、って話だ。お前さん達の意見を聞かせてくれ」
「そうしたいのは山々だが、そんな事が本当に出来るのか?」
彼からの疑問の声に笑顔で返すと、視線をシリアの方へ移す。
「済まないな、シリア様。絵に描いた餅で終わらないようにする為、協力してくれないか?」
彼女の権力がどれほどのものか詳しくは知らないが、お偉いさんに進言する程度なら可能であろう。
正式な取り決めの際には、色々と面倒な条件などが突き付けられるだろうが、幾つかメリットを提示して頷かせれば良い。
まぁ、とんとん拍子に決まるとは思えないが、それでもシリアなら。
「まさか、この事だけの為に自分を此処へ連れて来たのか?」
苦笑いをしてはいるが、了承してくれる。シリアは俺よりも遥かに優しいのだから。
「俺を介して伝えるよりも直接見聞きした方が分かりやすいだろう?」
父から頼まれた仕事から尤もらしい理由を付けて逃れる為だ。いくらでも図々しく頼んでやる。どうやらシリアには借りがあるようだしな。
「という訳で、お前さん達の街にある物で売りになりそうなのをシリア様に紹介してくれないか?」
「クレヴ! それよりも、この人達に食べ物を支給するのが先だ。戻ってカミラに調達して貰おう」
シリアがワイバーンの近くに駆け寄るものの、ワイバーンは微動だにしない。どうやら姉の指示は絶対のようである。『待て』の指示を出されてから、一歩も動いていないしな。
余程姉の存在が恐ろしいのだろう。
「ああ見えてシリア様は俺達の国を治める一族なんだ。だから、任せておけば何とかなるだろう。まぁ少なくとも、今日くらいはまともな食事にありつけると思うぞ」
シリアの慌てた様子を見て、何か思うところがあったのか。とうとう彼まで笑い始める。
「そうか。無理やり奪うのでは無く、肩肘を張らずに助けを乞えば良かったのか」
知らない人間を信じるのは、難しい事だ。信じられない人間を頼る事もまた難しい。
助けを乞うたとしても、それを見捨てる人間なんざ、ざらにいる。誰かに頼らずにやっていかねばならない事も多い。
それがどれだけ大変なのか、人に頼ってばかりの俺には到底分からないだろう。
「代表役をしていたくせに、頭が固いんだな。お前さん達の国柄ってヤツなのか? 『戦士の誇り』じゃ腹は膨れないぞ」
「そうかもしれん」
彼との会話を切り上げ、姉と共に俺もサラマンダーの方へと向かう。あぁ、これで最低でもワイバーンに2回乗らなきゃならないのか。
……空にいる間は目を瞑っていることにしようっと。
それから数日が過ぎて。
シリアの一所懸命な姿に心を揺り動かされたのか、それとも食べ物の効果で気を許したのか。いつの間にか、俺達に対する警戒心が無くなっていた。
寧ろシリアには友愛を感じる人達が出てくる始末で、全く現金な奴らである。『戦士の誇り』なんて、そもそも存在していないんじゃないだろうか。
「本当に良いのか?」
「お前さん以外にまとめ役がいないんだろう? だから話が纏まるまで、猶予をやるよ。が、許す訳じゃないから、お前さんが罪人だって事は忘れるなよ?」
戦士長の処遇については先延ばしになった。彼を死なせるような事があれば、此方への信頼が落ち、暴動が起こる可能性があったし。
それに、彼の国の頭脳を担当している賢人に、俺達との取引について相談出来る立場であるのも彼以外の他にいなかったのも理由の一つである。
「なぁ、紅の戦士よ。お前は何故街に入ろうとしないんだ? もうお前を恨んでいる仲間はいない、とは言い切れないが、それでも追い出すような真似はしない筈だ」
「追い出されなくとも、嫌な顔はするだろうよ。歓迎されてないと分かってて、足を踏み入れるような事はしたく無いんだよ」
別に彼らと仲良くする気なんて、さらさら無いしな。父が抜けた穴を埋められれば、それで充分に満足なのである。
「クーちゃんは、優しいね」
そんな私利私欲な事しか考えていないというのに、ずっと傍にいる姉がヘルム越しに俺の頭を撫でてくる。
仲の良い姉弟というレベルを通り越す、この距離感のせいで、この街にも俺達姉弟が恋人同士である、という噂がまた流れてしまっていた。
最早、否定する気力も湧かない。圧倒的な数の前では俺1人の抵抗など、無意味に終わる。
やはり、数は力なのだと、再び思い知らされた。
「視察終わったぞー」
日が傾く前にシリアとリュドミラ、そして鎧女が帰ってきた。今日で視察が終わりだと、シリアから聞いている。
ザビウスに帰った後は、すぐにデボニッグとの国交について会議が数日に亘って開かれる為、彼女達の休暇は完全に潰えたと言っても良い。
俺の休日を潰した罰が下ったのだろう。
「……これで俺のやる事はもう無いかな」
やれるだけの事はやった。後は偉い人に任せるだけなのだが、不安や後悔は残るばかりである。
彼らとの交易する際、山を越えずとも彼らの街へ行くことが出来る抜け道をを大きく拓く事となったのだが。
その抜け道を此方に教えたせいで、此方に攻め込まれると考えなかったのだろうか。
山があったからこそ、此方はデボニッグに手を出せなかった。それが無くなれば、戦争が起こらないとは限らない。
今の戦力で言えば、デボニッグの方が上かもしれないが、デボニッグ側から取り入れた武器でその差が埋まるかもしれないし。
正面から挑むのが駄目ならば、食料などの流通を一方的に停止するような搦め手を使い、相手が弱ったところを叩けば良い。
また、此方がその戦争に魔導師を大量投入すれば、勝負にならないかもしれないのだ。
国同士で対等な関係を築くよりも、支配した方がより甘い汁を吸う事が出来る。そんな胸糞悪い事を考える人間も上層部の中にはいる筈だ。
でも、それでも。俺はそう考えない人間が多いと信じたい。
自国の事しか考えられない人間が一定数いるならば、他国の事も考えられる人間もまた一定数いるだろう。
出来れば、ずっと平和でありますように。
馬車に乗り込みながら、俺は無責任にそう願った。
*読み飛ばし推奨
こういうのは活動報告に書けや、と言われそうですが、ここまで通してやってきたので、スタンスを曲げず、後書きにグダグタと書いていきます。
途中で、騎士の人数などのザビウスの戦力が書かれていますが、あの時点まではサラマンダーと戦う予定でした。
それでザビウスが阿鼻叫喚の図にする筈だったのですが、『フルデヒルド』みたいに多くの人数を動かすのも、つまらないなと思い、急遽変更しました。
後、物語的にもサラマンダーを倒した方がしっかりと最後を〆られるし、爽快感もあると思うのですが、芯がブレブレな主人公なので、こんな感じの結末になりました。
賛否両論あるかもしれませんが、まぁこんな作品に感想をくれる人は少ないので気にせずにいきます。
最後に……次の章では、ちゃんとスライム出します。




