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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
ザビウス
88/136

14

【クレヴ】

 人間に限らず共通語(コモン)を喋るヤツがいることは奴隷になった際、獣人との遭遇で知っていたのだが。

 まさかサラマンダーまでもが、とは思いもしなかった。


「「喋った……」」


 初めてのことに言葉の発したタイミングが重なるシリアと鎧女。(せわ)しく視線を彷徨わせているあたり、彼女達はこの事態をまだ呑み込めていないらしい。

 つーか、この状況で驚かない方がおかしいのだ。いくら感情が顔に出にくい姉とはいえ、声の一つも上げないとは……。

 サラマンダーが喋る事を知っていた、もしくはそれに準ずる出来事に遭遇でもしていたのだろう。全く、数奇な人生を歩んでいるよな、あの姉は。


「持ってても困るだけだしな! 卵はちゃんと返す!」


 しかしまぁ、サラマンダー相手に言葉が通じるとは、幸運なのかもしれない。これで上手くすれば争わなくとも済むし、心臓に悪い追いかけっこもしなくていいのだ。

 

「人の子よ、卵を返す気があったと言うが、それならば何故(なにゆえ)我から逃げておったのだ?」


 俺の言葉に対して、サラマンダーが訝しげにそう聞いてくる。奴の立場からすれば、当然の疑問かもしれない。


「それはな! まずお前さんに言葉が通じると思ってなかったからな! 卵を返そうにも、お前さんの怒りに触れちまってるから、大人しく受け取ってくれるとは思えないだろう?」


「そして、其方(そち)等の"巣"を我に破壊されとう無いので、卵を持ち出して我の気を引いたという訳か」


 巣、というのはザビウスのことだろう。というか、このサラマンダーの言動、分かってて聞いてきやがったな……!

 言語を解するのもそうだが、そこそこの知能があるらしい。サラマンダーの表情なんて良く分からないが、きっと今、底意地の悪い笑みをしていただろう。


「だが、我に襲われると理解していながら、何故(なにゆえ)卵を奪った?」


「俺が奪った訳じゃないんだけどな! だから想像で物を言わせて貰うが、お前さんの卵は貴重だから欲に目が(くら)んで手を出した、とかだと思うぞ!」


 サラマンダーから放たれるプレッシャーに負けずに、気合いでそう言い返す。まぁ、奪った張本人は負け惜しみに『ザビウスを滅ぼす』みたいな事を言っていたが、本気では無いだろう。

 ザビウスが崩壊して、あの商人紛いの男にメリットがあるとは思えないし。


「欲で自らの身を滅ぼす選択を取るとは愚かな」


 サラマンダーが呆れたように言い放つが、返す言葉が無い。


「しかし、其方(そち)の言葉は(まこと)なのか?」


「俺が、嘘を言っているとでも?」


「人は平気で嘘を吐く生き物。この場を逃れる為に出任せを口にしている可能性もあろう?」


 何故、サラマンダーがそんなことを知っているのか、詳しく問い詰めたいところではあるが、そんな雰囲気では無さそうだ。

 まさか、俺の前にもサラマンダーに話しかけた奇妙奇天烈な人物がいたとでもいうのか。


「そう言われてもな……それが嘘じゃないと証明出来る物が此方(こちら)には無いんだよ! 仮にあったとしても、そっちが疑ってたら際限が無いって!」


「ならば如何(いか)にする、人の子よ?」


 問われても困るだけなのだが。この場に張本人を連れて来たところで、『無理矢理言わせているんじゃないか』と疑われたら無駄に終わるし。

 賢くない俺では、どうやら双方が納得いく方向に話を持っていくことは難しいようである。

 知恵を借りようにも、周りにいるのは変態の姉、頭がお花畑の王族、そして色々と危険な思考を持つ鎧女だ。

 皆、頭まで筋肉が付いていそうだし、役に立ちそうに無いだろう。まぁ個人的なことだが、俺を狂人を見るような目で見てくる鎧女の手は絶対に借りたくない。

 不安要素はあるものの、頭脳面では唯一頼りになりそうなリュドミラは気絶して、意識が回復するまで時間がかかるだろうし。


 後は、サラマンダーが納得するところまで、此方(こちら)が妥協するしか思い付かない。

 ……でも、妥協って何を妥協すればいいのだろう。貨幣や貴金属を欲しがるとは思えないし、魅力的な異性を宛てがうなど到底不可能。

 とすれば、食料なんかが妥当だろうか。だが、サラマンダーが何を好むのか分からない。


「クーちゃん」


 どうすればいいのか考えていると、(かたわ)らにいる姉から声をかけられる。

 大剣の形をしたモンスターだと推定される物を構えている様子といい、どうやら姉はもう交渉決裂だと暗に(ほの)めかしているようだった。

 やっぱり、戦うしか無いのだろうか。


「仕方ない、か。姉さん、悪いけどサラマンダーの相手をよろしく。追い払ってくれるのがベストだけど……」


「サラマンダーの方も卵の事があるから。多分、そう簡単には諦めない」


 サラマンダーから視線を逸らさない姉からの返答。そんなことは承知している。


「手加減が難しそうなら、本気でやってもいいから」


 下手に加減などして、姉がやられてしまえば全てが終わり。いくらモンスターを死なせたく無いとはいえ、姉がやられてしまえば元も子も無い。

 それに、度し難い変態でも大事な家族だ。死んで欲しい訳では無いからな。


「俺も出来る範囲で頑張るから。……まぁ、御偉いさんの2人をブレスから守るくらいしか出来ないけど」


 腕に抱えていた卵を地面に下ろし、構えを取る。そして短く息を吐き身体の中にある流れを速く、強くしていく。その流れを掌に向かわせ、そこで留める。

 力の奔流を完全に掌握出来ず、掌から光の粒子が漏れ出す。

 魔導を用いた受け流し――略して『魔導流し』の準備は整った。ぶっつけ本番で上手くいったのだから、失敗することもあるまい。

 心構えも出来たし、何より姉がいることで心に余裕がある。

 とはいえ、先程は張り切り過ぎたために透過魔力を過剰なまでに放出してしまった。ブレスの規模、そして持続時間によるが、後何回魔導流しが出来るか。

 まぁ、姉がいれば俺の役目なんて、あんまり回ってこないだろうけど。


「クーちゃん、私は?」


「姉さんは守る必要ないだろう? 尋常じゃないぐらい姉さんは強いんだからよ」


 姉を守る自分の姿とか、想像もつかない。姉から(・・)大事な貞操を守る姿なら容易だけど。

 つーか、サラマンダーのブレスよりも姉の変態行為を防ぐ方が難しいとか、世の中狂っているとしか思えない。


「……サラマンダーのブレスをどうにか出来る時点で、クレヴも尋常じゃないけどな」


 シリアが苦笑を漏らしながら、ゆっくりと立ち上がる。彼女の顔色からは恐怖を感じられない。

 その態度を見るに、どうやら彼女もサラマンダーに立ち向かうつもりらしい。

 そんなシリアの腹を括る様子を感じ取った鎧女は、というとシリアの前へと進み、右腕を上げて彼女の進路を遮った。


「シリア様を守る役目は私のものですよ。生意気な」


 何か出来るという訳でも無いというのに、逃げようとしない彼女達。別に彼女達はこの場に留まる理由なんて皆無だ。

 ……死にたがり共め。倒れたリュドミラを地面に放置とか、色々おかしいだろう。馬車に乗せて一緒に逃げろよ。

 俺なんて、逃げられるのなら、今すぐにでもサラマンダーから背を向けて逃げ出したいっていうのに。

 この場を離れると、姉まで一緒について来るからな。姉が守りたいと思っているのは、俺だけだから。

 俺達みたいにザビウスを守ろうという気持ちは、これっぽっちも存在しない。価値観が、全然違うのである。

 大事な者以外が傷付く分には、構わない。どうでもいい、と思える人物なのだ、あの姉は。

 昔、実際本人の口からマジな声調(トーン)で聞いたから、間違いないだろう。


「こんな所で死んでも知らんからな」


「貴様より先に死ぬつもりはありませんので」


 鎧女がいつものように俺の言葉を鼻で笑い飛ばす。こんな時だっていうのに、大した余裕があるもんだ。


「俺も死ぬつもりはねぇよ。リュド様から一方的な約束されちまったからな……!」


 約束、というよりも、お願いに近いかもしれないけど。まぁ何にせよ、その約束があろうが無かろうが死ぬつもりなんて一切ありはしない。

 絶対に生き延びてやる。力いっぱい生きて、生きて、生きて。沢山の後悔を積み重ねて、それを悔いながら寿命を全うしてやるんだ。


「――その意気や良し!」


 自身に向けて鼓舞していた最中に、耳をつんざくようなサラマンダーの声が響き渡る。

 まさかの言葉に、だらしなく口を開いたまま返答出来ずにいたが、サラマンダーは気にした様子も無く話を続ける。


其方(そち)の言葉、信じてみる事にしよう」


「……え?」


 いきなり何を言い出すんだ、このサラマンダーは。散々、人を疑っておいて、まさかの掌返しである。

 

「えー……」


「何だ? 不服か?」


 俺の言葉はサラマンダーの聴覚の役割を持つ感覚器官に届く程、大きなものでは無かったというのに、器用なことに此方(こちら)の機微を察したらしい。


「不服じゃないけど! 何だよ、その心変わりの早さは!」


「我に果敢にも挑もうとしたのだ。そんな其方(そち)等の行動に敬意を表してだな――」


 サラマンダーの声に震えが生じていた。


「本音は?」


「我の身体を浮き上がらせた者と戦うのは、ちと骨が折れると思うてな――」


 また、サラマンダーの声に震えが存在していた。


「本音は?」


「その者に敵わんやも知れぬからだ」


 サラマンダーが俺達から目を逸らした。……本音っぽい様子。

 何だ、この人間臭さは。人とは似ても似つかない姿をしているはずなのに。


「どいつもこいつも一体何なんだよ、もう!」


 A級のモンスターが襲来という事でザビウスに激震が走り、街にいる者達がてんてこ舞いになって。

 父のせいではあるが、人の上に立って慣れない事をさせられ、更には命の危険に晒されたと思ったら、この拍子抜けっ振り。

 緊張の糸が完全に断ち切れた。


「初めてA級のモンスターと遭遇するってなってさ、滅茶苦茶怯えたのにさ、何でそのサラマンダーが姉さんに怯えてんだよ!

 ワイバーンもワイバーンで姉さんの拳一つで従うとか、一体何なんだよ! A級にまともな奴はいないのかよ!」


「A級? サラマンダー?」


 サラマンダーが困惑したような声を出す。人間が勝手に『サラマンダー』の名を付け、A級だと分類したから分からなくとも仕方ないだろう。

 が、そんなんで湧き上がる衝動が収まるはずも無い。


此方(こちら)で勝手に決めた事だよ! んでもな、決意したところでその発言はねぇよ! 力ずくで卵を取り戻そうとしたくせに! お前さんは親なんだから、もっと頑張れよ!」


「……何を言っているんだ、クレヴ? サラマンダーとは戦いたく無かったんじゃないのか?」


 目を見開いたシリアが俺の言動を疑うかのようにそう聞いてくる。


「戦いたくねぇよ? でもこの状況は怒りたくなるだろうが!」


「だとしても、サラマンダーに怒りをぶつけるのは、頭がおかしくありませんか?」


 呆れた顔をして俺に視線を向けてくる鎧女。そのブラウンの瞳には憐れみの感情が含まれているように見える。


「おかしいとしたら、この世界の方だから! 自分の姉がA級のモンスターに匹敵、もしくはそれ以上にヤバいとか、おかしいだろうが!」


「そんなに褒められると照れる」


 表情筋が全く動いていないというのに、頬のあたりが少し赤くなる、姉の顔。

 ……もう怒る事にも疲れた。疲労困憊レベルまでの心労をきたしたのは、久しぶりかもしれない。

 思い返せば、父と姉がいない生活はそこまでストレスが溜まらなかったっけ。ルシルの口撃なんざ、まだまだ軽い事を何で忘れていたのだろう。

 騒がしい家族がいなくて少し寂しいなんて思うこともあったが、無くして初めて気付く大切な時間。

 

「もういいよ! 卵返せば全部解決するんだろ!」


 投げやりに言い放ち、卵をサラマンダーの下へと運ぶ。もはや、奴への警戒心は無い。もし攻撃されたなら、卵を盾にすれば良いのだから。

 また、ブレスを吐こうものなら、奴の目玉に全力で卵をぶつけてやる。


「待てぃ。其方等と戦わぬ、とは口にしたものの、我が子を奪われた恨みは消えてはおらぬぞ」


 サラマンダーに近付くだけでも、奴の身体から放たれる熱やら奴の声量やらで大変だというのに、まだ注文があるとは。


「じゃあ奪った張本人をここに連れて来ればいいんだな? それが終われば、とっとと山へ帰ってくれるんだな?」


 再三確認を取ると、唖然とした声をしたサラマンダーから了承を得られた。


「サラマンダーから了解を得たことだし、早速皆には動いてもらうからな!

 シリア様と鎧――カミラさんは馬車でリュド様を安全な場所まで届けた後、避難した人達にもう戻って来ても良いと勧告してくれ」


「何故、貴様が指示を出すのですか? ここはシリア様が指揮を執るべきです」


「サラマンダーを退けた手柄やら名誉やらはお前さん達にくれてやるから! それでザビウスの女の子でもナンパすれば良いだろう?

 何でもいいから、早くしてくれって!」


 俺を睨み付けていた鎧女の表情が一転し、むっと結んでいた口が緩む。


「わ、分かった。それ以外に何かする事はあるのか?」


「特に思い付かないな。そっちで何かする事があるんなら、勝手に進めておいてくれ。上の仕事なんざ分からないしな。

 俺は例の商人をここまで連れてくる役目を受け持つからさ」

 

 俺の勢いに押されたシリアから了解の返事を貰えた事もあってか、鎧女はすぐさま馬車に繋がれていた馬達の興奮を鎮め、御者台に乗り込んだ。

 そしてシリアが荷台に乗り込んだのを確認すると、鎧女は手綱を振るって馬達を走らせた。


「クーちゃん、私は?」


「姉さんはそこでサラマンダーと一緒にいてくれれば良い。万が一サラマンダーが勝手に動いたり、暴れたりしないように見張っててくれりゃ問題ないから」


 それだけ言って、俺は投げ捨てられた真紅のヘルムを拾ってそれを被ると、ザビウスに向けて走り出す。

 全身鎧のせいで少し走りにくいが、気にすること無く、全力で整備されていない荒野を駆け抜けた。







 人気が少ないザビウスへ辿り着いた時には、兵士や騎士の姿は見られなかった。

 どうやら俺達がサラマンダーと会話している間に、この街から避難していたようである。

 四の郭、三の郭を駆け抜けて、二の郭にある留置所へと向かう。そして、管理室にあった鍵を拝借して例の商人がいる取調室のドアを開け放った。


「うおっ!? 何だ、いきなり!?」


 驚いた様子の道楽商人――ルーベンに構うこと無く、彼の枷を乱暴に取り外す。鍵穴に突っ込み、それから回す手間すら鬱陶しく思えた。


「ははん、さては今頃になって、ようやく私の恐ろしさに気がついたのか。だが、もう遅い! 何故なら、私をこんな汚い場所に収容するような許されざる行為を働いたのだから!」


 彼は口元に笑みを浮かべるが、少し苦痛に感じたのか眉を寄せる。笑うって、顔の筋肉を結構使うし、意外と疲れることだったりするのだ。

 何時間か前に、彼は壊れたように笑い続けていたから、すぐに笑みが崩れるのも仕方がないことかもしれない。

 ……精神が崩壊した割に、回復が早い気がする。やはり、あれは壊れた振りをしていただけなのだろうか。

 

「お前、一体何をっ!?」


 気分を良くしていたルーベンだったが、自身の身体を見つめると目を大きく見開いた。

 彼が何かほざいているようだけど、気にせず彼の身体に鎖を巻いていく作業を続ける。


「よっと」


 そして彼が満足に動けない事を確認した後、肩に彼を(かつ)いて元来(もとき)た道を引き返した。







「おっ、戻って来おったか」


 ……何気ない台詞ではあるが、こうしてサラマンダーに帰りを出迎えられるという珍しい経験をしたのは人類初なのでは無かろうか。


「なっ、サラマンダー!? べふぅっ……!」


 横幅のある道楽商人のルーベンを地面へと落とす。走っている間、持ちにくいったらありゃしなかった。

 それに、舌を噛むんじゃないかってくらい、ぎゃあぎゃあと喚き続けるし、そのせいで俺の苛立ちはピークに近付いていたのだ。

 そもそも彼は犯罪者である。丁重に扱う理由など、無い。


「お望みのもの、持って来たぞ!」


「何だ、一体何の話だ!? 何故、サラマンダーと話が通じる!?」


 さっさとサラマンダーにルーベンを引き渡したいところであったが、よっぽど舌が回るのか、彼の疑問が次々に口から発射される。

 俺の声までかき消されそうな程、大きな声量に思わず眉を(ひそ)めた。

 腹でも蹴って黙らせるかと思ったが、何の説明もせずに、この場に連れて来たのは俺である。一応、教えておいてやるとするか。


「ちょいと事情があって、サラマンダーと取引することになったんだよ。まぁ、取引っていう程、上等なものでは無いけどな。

 後、奴が何故言葉を喋れるのかは、省く。お前は信じそうにない話だろうし」


「モンスターと、取引だぁ? 正気なのか?」


 ルーベンは片眉をつり上げ、そう聞いてくる。


「あぁ、正気も正気。内容は、お前をサラマンダーに引き渡す。後は煮るなり焼くなり好きにしてくれ、ってヤツだ」


「何、勝手な――」


「お前だって、勝手なことしてんだろ? サラマンダーの卵、なんていう面倒事を引き起こしそうなものをザビウスに持ってきやがって」


 思わぬ返しだったのか、絶句する彼。だが、すぐに我を取り戻すと、だらしなく目元を垂れさせた。


「冗談にしては実に面白くない。さぁ、こんなことは止めて、(すみ)やかに私を解放するんだ」


「しねぇよ」


 彼の提案をあっさりと、そしてばっさりと断る。わざわざ、ここまで運んで来たというのに、どうして彼を逃がすような真似をしなければならないのか。

 

「今、解放するなら、いくらでも金をやる。な、どうだ?」


 縋るような口調で、彼の口から出てくる、どこまでもテンプレチックな言葉。だが、実際効果はあるのだろう。

 金は人を変える、悪魔みたいなものだ。

 金があれば、人は人を殺す事があるし、人の命だって買える事だってある。万能に等しいかもしれない。

 だが、金自体に価値がある訳では無いのだ。特に、人間相手以外なら、余計にそうだろう。

 そもそも彼は交渉相手を間違えている。命乞いをするなら、サラマンダーの方にするべきだ。


「何故モンスター風情と取引する!? いや、何故出来るんだ? モンスターは人を見境なく襲うはずだろう?」


 全身を震わせて、彼は叫ぶ。自分の常識が通じない事に、焦りを覚えているのだろう。目の前の光景が、信じられないのだ。


「そうか! そのサラマンダーを従えているのだな? だから大人しくしている。そうだろう?」


「そんな訳が無かろう」

 

 サラマンダーの言葉が耳に入っていないのか、彼は熱に冒されたかのように口を動かし続ける。


「サラマンダーを従わせる事が出来るということは、だ。お前達ならサラマンダーを殺す事も可能なのだろう?

 だったら、何故殺さない? モンスターなど害悪。滅ぶべき存在だ!」


 どこまでも、盲信的。人間至上主義の弊害、と言っても良い。

 人間がこの世界の頂点に立っていると思い込み。それ以外の生物を愚かな存在だと見下して。その人間の中でも偉ければ、何をしても許されると勘違いする。

 

「――仮にそうだとしても、お前は未遂ではあるけど立派な大量虐殺犯だ。故意にやったことだと、お前自身が供述しているしな。

 妥当なところで死罪、良くても終身刑は免れないだろうな」


 ルーベンの傍から、ゆっくりと離れていく。それと同時に、近付いてくる轟音。


「ただ、ここでは人が裁くんじゃなく、サラマンダーが裁きを下すんだけどな」


 徐々に距離を詰めてくるサラマンダーの姿を見て、彼の顔が絶望に染まる。


「お、横暴だ! 不当だ! モンスター如きが私を裁くだと? ふざけるのも大概にしろっ!!」


「ふざけてなんかねぇよ。だって、サラマンダーは自分の子供を(さら)われたんだぞ? その攫った犯人を殺したくて仕方がないって思っても、おかしくは無いだろ」


「人間とモンスターを一緒にするな! ……ヒッ」


 ジリジリと肌を焦がす熱を感じ取ったからだろうか。強気な態度から一転して、ルーベンが喉を締め付けられたかのような音を発する。

 

「やめろッ! 近付くなッ! ……わ、私は卵を盗んではいないんだ」


「……何?」


 直接的な死が近付いたせいで、強気な態度が完全に崩れたルーベンから言い訳がましい台詞が飛び出してくる。

 咄嗟の嘘、にしては雑過ぎる。何故、唐突にそんなことを言ったのだろうか。言うタイミングなら、取調室で聞き出す際に言えば良いものを。

 俺達に喋っても、信じて貰えないと思ったからか? 確かに、仮にそう喋ったとしても、証言では無く戯言だと決めつけ、聞き流していたかもしれない。


「それは、本当のことなのか?」


「あぁ、私はただ運んだだけなんだッ! 山の向こうにあるデボニッグの国の奴らに頼まれただけなんだッ!」


 涙と鼻水と汗でぐちょぐちょになった顔をしながら、ルーベンが叫ぶ。

 この状況では、責任転嫁しているようにしか思えないのだが――何故だか嘘だと思えなかった。

 根拠、と言い切れる程のものでは無いが、ルーベンが卵を盗んだのでは無いんじゃないか、と考えられることはある。

 それは、彼の護衛を担っていた同行者の格好と、彼が乗っていた馬車だ。

 

 サラマンダーの卵は火属性のモンスターのものだからか、人が直接触れないぐらいの熱を発していた。

 そして、その近くにいるだけでも、その熱にやられてしまう。これは、馬車へと一緒に乗り込んでいたリュドミラが暑さにバテていたので、良く覚えている。

 では、果たしてそんな卵を"普通の装備"で馬車へと運び込むことが出来るのだろうか。

 俺が勝手にルーベンの馬車を覗き込んだ時、卵には特殊な布で包んであった。それを使えば、確かに運ぶことは可能だろう。

 だったら、卵を包む前はどうやって卵に触れていたのだろうか? 包むためには、卵の傍に近寄らなければならないし、遠くから投げて被せたとしても下の部分までは包めない。

 そう考えると、彼の護衛達には卵を馬車の中へと入れるのは不可能なはずだ。

 ……まぁ、熱耐性のある装備を付けた者を別に用意する、という手も無くは無いけれど。

 

 そしてルーベンの馬車。あれは山道を通った割に綺麗過ぎる。たとえ、良く手入れをしていたとしても、だ。

 まぁ、それも別の馬車を用意して乗り換えるなりすれば綺麗なのも別におかしくないのだけど。

 サラマンダーの卵をわざわざ高い場所に運び込む手間をかける人間だ。考えられなくは無い。


「――仮にそうであろうと我から我が子を遠ざけた。同罪と見做す」


 だが、ルーベンの台詞が真実かどうか確かめる事は不可能になった。彼の口からは苦痛に悶える悲鳴しか出なくなったからである。

 そして、それを黙らせるかのように、サラマンダーの顎が動いた。牙が剥き出しになり、長い舌が彼へと伸びる。


――容赦無く、食われた。


 サラマンダーは巻いた鎖ごと噛み砕き、ルーベンを飲み込んだ。呆気ない最期。元凶が、死んだ。

 終わりだ。だというのに、何故こんなにも解放感が感じられないのか。


「う゛ぉぇぇぇ……」


 喉からこみ上げてくる吐き気に逆らうこと無く、思いっきり嘔吐した。


――人を殺した。直接的にじゃないけど、俺が殺したんだ。サラマンダーがルーベンを殺すと分かっていて、ここまで運んできたのである。

 そんなこと、理解していたはずなのに。自身でそれを促したくせに。目の前の事実を受け入れたく無い。


「大丈夫?」


 背中をさすってくれる姉に感謝の言葉を投げかけてあげたかったが、吐き気はまだ収まらない。

 気持ち悪い。口の中に残る感触よりもずっと、遥かに。

 胸の内につっかえている罪悪感が。頭の片隅に残る、『彼を殺す以外に方法が無かったのか』という微かな迷いが。

 ぐるぐると俺の中をかき乱す。


「つい先程までは怒りに支配されておったというのに、今は腹も心も満たされぬ。残るのは虚しさだけよ」


 サラマンダーは自身の尻尾で卵を器用に巻き付けると、その言葉を残して去っていった。


更新が大幅に遅れて申し訳ありません。

一応、明日も更新……の予定。

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