13
【クレヴ】
空から人が降ってきたと思ったら、その人がサラマンダーを空に打ち上げた。
……あまりの急展開に、頭が追いつかない。
こうもあっさりとサラマンダーを倒されると、なんだかここまで頑張ってきた人達に無駄骨を折らせた気分になってしまう。
サラマンダーの巨体が落ちてきた際に、起こった震動や騒音が馬を驚かせたのか、猛スピードで稼働していた馬車が急停止する。
「一体、何があったのですか――――ッ!?」
手綱を手放し、此方に駆け寄って来るカミラ、もとい鎧女。おそらく今の光景を見て、驚きのあまり目と口を大きく開けていることだろう。
今まで追われていたサラマンダーが仰向けになって倒れているのだから。これが一旦、空に浮いてから落ちてきた結果だとは、想像もつくまい。
ましてや、それが人の手――しかも父みたいな体格で無い者がやったということも。
「これは一体どういうことですっ!?」
鎧女が俺の肩を強く揺らしてくるが、そんなもんこっちが聞きたい。俺だって、目を疑いたくなる光景を見せられたのだ。
聞くなら、やった本人に聞いてもらいたい。
このまま鎧女の満足がいくまで身体がシェイクされる運命に思われたが、途中でシリアとリュドミラの存在を思い出し、慌てて鎧女は彼女達の元に安否確認に行く。
サラマンダーが浮いてから彼女達の方を窺ってはいないが、多分怪我はしていないだろう。
したとしても、せいぜいサラマンダーが落ちてきた際に起きた震動で舌を噛んだくらいだと思う。
「貴方は一体、何者なんですか」
俺は彼女達の心配よりも、悠然と歩いて近付いてくる人物の方が気になっていた。
サラマンダーを倒してくれたからといって、俺達の味方だとは限らない。俺の経験論として、人並み外れた人間は普通の人間と違って、どこかズレていることが多いのだ。
目障りだからサラマンダー共々消し飛ばす、なんてことも、ありえなくは無いだろう。あのレイオッド先生だって、人をモンスター以下だと思っていたし。
「…………」
そのサラマンダーを吹っ飛ばした人物との距離が縮まったおかげか、その人物の姿がよりはっきりとしてくる。
一言で、その人物を表すというのであれば、傾国の美女と言うべきだろうか。俺の貧弱な語彙能力では、とてもじゃないが彼女の容姿を十全に表現することは出来そうに無い。
女性にしては長身、というか俺よりも高い背丈。多分、180センチはありそうではあるが、その身体は細身。
外套を着ていて、彼女の全身が良く分からないが、歩く度に見えるスラッと伸びた足から、そう想像出来る。
長身だからなのか余計に小さく見える顔には、大変整った目鼻立ち。無表情なのも相俟ってか、精巧に作られた人形のようである。
「貴方には何か目的でも、あるんですか?」
彼女から返答が返ってこない。此方の言葉に耳を貸すつもりは無いのだろうか。
思わず身構えるが、自身よりも大きな大剣を軽々と扱える膂力に、得体の知れない『衝撃』に酷似した技。
とてもじゃないが、俺にどうにか出来る相手ではない。言葉が通じないとなれば、後はどうすることも出来まい。
彼女の強さはサラマンダーより確実に上。抵抗したところで、はっきり言って無駄。一瞬で命を刈り取られることだろう。
「何で、そんなに他人行儀なの?」
そう思っていたところに、ワンテンポ遅れて彼女から言葉が返ってきた。俺の質問に対して疑問を覚えたようだったが、そんな言動に反して彼女の顔に変化は見られない。
……俺には全く見覚えが無いのだが、本当に彼女は知り合いなのだろうか。
いや、ちょっと待てよ。今の俺はフルフェイスのヘルムを被っているのだ。事情を知らない彼女に、その中身が誰なのか、判別つくはずが無いだろう。
声で判断したにしても、くぐもったもので正確に把握出来るものか。そうか、彼女は俺を知り合いだと勘違いしているんだ。
それで、わざわざ助けてくれたのだろう。これで少なくとも、彼女が此方を敵対視していないことが判明した。
「久々に会ったから緊張してるの?」
彼女は俺との距離を更に詰めながら、楽しげにそう言った。が、やはりその顔には口以外に眉根一つすら動きを見せない。
明らかに不自然。だが、どうにもあの人物だったらと考えると、しっくりきてしまう。そんなこと、あるはずが無いっていうのに。
顔が、全然違う。あの人物と共通点があるとすれば、髪と瞳の色。俺と同色のものである。
「ただいま、クーちゃん」
だが、そんな疑念はこの彼女の言葉、そして行動によって、全て吹き飛ばされた。
至近距離まで彼女に接近され、たじろぐ俺に気にした様子を見せず、彼女はそっと真紅のヘルムを外して。
そのヘルムを投げ捨てた次の瞬間、彼女の両手が俺の頬に添えられ――唇を重ねられた。
いきなりの事に唖然としている間に、彼女は積極的に俺の唇を貪っていく。
柔らかな感触を押しつけてくる彼女の口から漏れ出した唾液が、俺の口の周りをベトベト汚す。
「――ッ! いきなり何を!?」
口内に舌を入れられる寸前に、彼女の肩を強く押し、何とか逃れることに成功する。あまりに突然で荒いもんだから、少し酸欠になってしまった。
「何って、ただいまのチューだけど?」
自分が取った行動に全く疑問を持っていない彼女が、小首を傾げてサラッとそんなことを口にした。
「そういうのは恋人か夫婦関係にある人物にするものだよ――姉さん」
間違いない。出会って早々、俺に向かってキスするような奇行に走る人間は、俺の姉であるクリュテ以外にいないだろう。
そう考えれば、『衝撃』でサラマンダーを吹っ飛ばしたのも頷ける。まぁ、数年顔を合わせていない内に姉が成長したとはいえ、昔の面影が全く残ってないけど。
顔もそうだが、腰のところまで伸ばした髪だって、今みたいにサラサラと風に靡くことなんて無く、俺と同じようにゴワゴワとしていたはずだ。
「家族にもするって、お父さんも言ってたよ?」
「するにしても歳ってものを考えろって。いくら姉さんとはいえ、嫁入り前の娘さんがすることじゃないんだよ」
「他所は他所、ウチはウチ」
出た、都合が悪くなると飛び出してくる母親の常套句。この言葉で何人の子供が理不尽に打ち拉がれ、泣かされてきたことか。
主に他の家庭との経済格差を子供に実感させるために使われる言葉だが、決して姉の我儘を押し通すためには使われないはずだ。
「そんなこと言って、昔は父さんからのキスを嫌がってたくせに!」
「……私の唇はクーちゃん専用だもん」
見苦しい言い訳を呟きながら、拗ねる姉。容姿端麗となったためか、少しだけ罪悪感に近い感情を抱きそうになるが、油断してはならない。
あれは甘酸っぱい味がするはずのファーストキスどころか、色々と大事なものを奪われた気がする、キス地獄の悪夢の翌日のことであった。
姉に対してより一層の苦手意識を持った俺に、流石の姉も反省したのか、
『口以外ならチューしてもいい?』
と聞いてきたのである。
まぁそれなら、とその時の俺は妥協してしまった。せいぜい頬か額にキスされる程度だろう、と考えていたからだ。
その考えは、実に甘かった。姉は、俺の頭では到底予測のつかない行動を取る人間だと、あの時はまだ理解出来ていなかったのである。
で、認めた結果どうなったか。動けないように縛り付けの状態され、全身を舐め回された。
とてもじゃないが、まだ歳が10もいっていない子供が移すような行動ではない。常軌を逸した変態である。
あの時、もし母が姉の行動に気が付かなければ――きっと大事な下腹部の純潔が奪われていたことだろう。
「なぁ、姉さん。全身鎧を着てるのに、何で俺だって分かったんだ?」
「普通に気配で分からないの?」
……父といい、姉といい、どうしてそんなに人間離れしているんだろう。
一応、俺でも殺気くらいなら察知出来るけど、気配だけで人を識別するなんて出来るものなのか。
「で、姉さんは何で空から降ってきたん?」
「それこそ、こっちが聞きたいよ。何でサラナ村から離れてザビウスにいるの?」
これ以上キスのことを考えていると、またトラウマが掘り返されるのは嫌なので、強引に話題転換したのだが、姉が質問に答えず、逆に聞き返してくる。
まぁ、俺としては滅多な事が無い限り、サラナ村から離れるつもりは無かったのだけど。姉もそんな俺の事を理解しているからか、気になったのだろう。
「んーと、母さんが病気になったから、その病気を遅延させるための薬を買うべく、父さんがザビウスまで出稼ぎに行ってたんだよ。
で、その母さんの病気が治ったのを、父さんへ伝えに俺がわざわざザビウスに出向いたわけ。んで、その後ゴタゴタに巻き込まれて現在に至る、と。
こっちが話したんだから、姉さんも話してくれるよな?」
「私? 私はサラナ村に帰る途中に、クーちゃんがピンチだったから空から降りて来て助けただけだよ?」
「え……姉さんって、空飛べたの?」
空中浮遊は流石の父さんでも不可能な所業である。驚きのあまり、開いた口が塞がらない俺に、姉が表情は変えずに笑い声を上げる。
「人には羽が無いんだから、空を飛べる訳が無いよ。ちょっと拳で従えたワイバーンの背中に乗って、運んで貰ってただけ」
ワイバーン。
ドラゴンの亜種とも呼ばれるモンスターで、あまり書物には詳しく記されていなかったが、危険度は確かドラゴンと同じA級だったはずだ。
それを拳で従えるとは……末恐ろしい姉である。
まぁ、普通ならそれが法螺話だと考えた方が現実的ではあるが、姉はあまり嘘を吐く方では無い。
見栄を張ることもあったにはあったが、それは大体自分のことでは無く、傍迷惑にも俺のことに対してだけだ。
「ワイバーンって結構速いんだよ? ドラゴンより小柄でブレスも吐けないけど、空の上だったらドラゴンよりも速いし。ちょっと乗ってみる?」
姉が口に手をやって口笛を鳴らすと、遥か高い上空で旋回していたワイバーンらしきモンスターが急降下してくる。
見上げていたのは、凡そ数秒。気が付いた時には、もう地上付近で大きな翼を動かし、落下した勢いを力業で緩め、ホバリングしていた。
そのせいで、空気中に砂埃が撒き散らされたものの、それも着陸したワイバーンが翼で暴風を生み出し、吹き飛ばされていった。
姉の合図によって、下へと降りてきたワイバーンの体表は赤茶色の鱗に覆われており、ところどころにある傷が幾度も歴戦を潜り抜けてきたように思わせる。
ドラゴンより小柄とはいえ、俺くらいなら軽く丸呑み出来そうな程大きな口には鋭い牙が生え揃え。
がっしりとした2本の足から伸びる灰白色の爪に、尻尾の先端にある三叉の棘、そしてワイバーン自身を包み込める程に大きな翼。
……これだけ格好良いフォルムをしているのに、どうして姉の足として使われているのか。リアナのパシリ同様に、残念な運命を辿っているモンスターであった。
「いや、遠慮しとく」
まさかの登場に驚いてしまい、言うのが少し遅かったかもしれない。でも、ちゃんと断れたから良しとしよう。
……少しだけ乗ってみたい願望はあったけれど、ワイバーンの背には鞍が無いようだし、上空で振り落とされでもしたら普通に死ぬ。
鱗とか、絶対滑りやすいだろう。どんな神経しているんだ、あの姉は……。
「残念」
姉はそれだけ言うと、ワイバーンの翼に軽く触れる。すると、ワイバーンは姉から逃げるようにして、再び空へと舞い戻っていく。
よっぽど姉の存在が怖いらしい。指示にすぐ従うあたり、ワイバーンって結構賢いようだった。
「クレヴ……その人は一体、何者なんだ?」
苦笑いをしながら空を見上げていると、背後からシリアの声が聞こえてくる。ようやく目の前で起きた事態を呑み込めたみたいだが、彼女の目はまだ見開いたままだった。
まぁ、流石にリュドミラの上からは鎧女の手を借りて退いていたけど。
「何者って、クーちゃんのお姉ちゃんだけど」
俺が答える前に、姉がそんなことを言い出した。それだと、シリアが聞きたいことに答えられていないと思うのだが。
「そっちこそ、誰? ……クーちゃん。お姉ちゃんは浮気にも寛容だよ?」
「二重の意味で違ぇよッ!!!!」
父といい、姉といい、どうしてシリアと俺がそういう関係だと思うのだろうか。というか、姉の言っていることを瞬時に理解出来てしまう事が何よりも悔しい。
浮気どころか、誰とも付き合ってすらいないっていうのに。
「あの青い髪の人は王女様だから! 住む世界が違う人だから!」
「でも、クーちゃんと同じ馬車に乗ってなかった?」
「それは父さんが仕事を放り出した責任が降りかかって来てな……。一緒に仕事しなくちゃならなくなったんだよ」
初めは父に母の病気が完治したことを手紙で伝えようとしていたはずだったのに。
ルイゼンハルトで普通の人であるなら、なかなか御目にかかれない王族姉妹と遭遇して、休暇に付き合わされて。
彼女達をザビウスにいる父に押しつけようとしたら、逆に父の仕事を押しつけられるとか。
……どうして、こうなった。
「それにしても……貴様と麗しき姉君は似てませんね。やはり貴様は出涸らしですか?」
鎧女は姉のことを舐め回すかのように凝視しながら、そう呟いた。この人、姉が敵で無いと分かってから露骨に変態な行動を取り始めたな。
「クーちゃんは出涸らしなんかじゃない。最高の弟だよ」
ムキになって言い返す姉だが、やはり顔には表れない。表情筋が死滅しているのか、眉根すら動きを見せなかった。
「どこが最高なのか、弟の俺には理解出来ないけど。にしても、いくら数年間会ってなかったとはいえ、姉さんの顔、変わり過ぎじゃないか?
成長って言葉だけじゃ説明がつかないと思うんだが」
「あぁ、それは美の泉に浸かったから」
「美の泉ぃ?」
何と胡散臭そうな名前だ。もしくは、そんなに美しい泉だとでもいうのか。
「うん。その泉近辺に住む女性は皆美人さんばかりでね。泉の水を浴びれば人だろうが物だろうが美しくなるって聞いたから、私もやってみたらこうなったの」
眉唾物の話だが、実際に姉の容姿が変わっているから本当の話なのだろう。
「でね、一番驚いたのは汚い字でとても読めそうになかった書物がその泉のお蔭で読めるようになったんだよ」
「そんなに凄い泉があるなら、取り合いとかにならないのか?」
人や物、そして文字までもが美化されるという泉。ただの石ころでも、その泉に放り込めば宝石にでもなるんじゃないだろうか。
金以外にも利用価値はあるだろうし、普通であれば独占したくなるはずだ。その泉のことを秘匿し、知る者達だけで甘い汁を吸い続ける。
こんな泉があると知れれば、美しい物全般の希少性が無くなるしな。
……もしかして、泉の水を浴びた者は心まで綺麗になるとか? そうしたら、独占欲も抱かなくなって争いが起こらなくても、おかしくは無い。
そもそも余所者の姉に泉の存在を教えている時点で、そこまで秘匿しようと思っていないのが分かるし。
でもなぁ、もし性格が綺麗になったのなら、弟の俺に発情しないはずなんだけど。
「泉の近くに住んでる妖精はあんまり欲が無いし、秘境だから外からやって来る人も滅多にいないって聞いたから大丈夫じゃない?」
「妖精? 秘境?」
まぁ、トンデモな泉だから、そういう場所にあってもおかしくはない。だが何故姉がそんな所に行っていたのだろうか。
そこに行きたくとも、普通は辿り着かないであろう場所だと思うのだが。……迷子にでもなったのかな。
「お母さんやクーちゃんのお土産に、その水を持って帰ろうとしたんだけどね。泉から離れると効果を失うんだって。
あの時、クーちゃんも一緒だったら、クーちゃんが美少女になってたのに」
姉の残念そうな声で出した発言に、俺は己の耳を疑った。
「美少女……? 美少年、じゃなくて?」
「うん」
あっさりと頷く姉を見て、思わず鳥肌が立った。もし泉の効果が薄れなかったら、俺はこの場で女にされていたのだ。
男を女に変える力があるとは、とんだ呪いの泉である。
「チッ」
姉の言葉に鎧女が舌打ちをした。あの態度を見るに、俺が美少女になったら絶対捕食対象内に入っていたことだろう。
もはや顔が綺麗な女であれば、見境無しなのか。もうヤダ、この女。
「……もうシルヴァさんの娘だから、で納得すればいいのかな?」
半ば姉のことを理解するのを諦めたらしいシリアが溜息を吐く。
人は良く分からないものを怖がる。だから、自分の知っているものとの共通点を探し、カテゴライズしようとするのだ。
一般的には、社会的なステータスが主に使われるだろうか。兵士だったり、何かの教師だったり、どこかの店員だったり、犯罪者もしくは不審者だったり。
例えば、力ある者に『英雄』という称号が与えられたとしたら、その人を見る目は尊敬だったり、憧れだったり、あるいは嫉妬なんかもあるかもしれないが、とにかく大多数の人間が良い印象を抱くだろう。
では逆に、『虐殺者』というレッテルが貼られたとすれば、評価は一変する。大体が悪感情を持ち、その人を忌避するはずだ。
俺だって姉の正体が割れるまで、敵か味方か考えていたしな。分からない、というまま放置したくなかったのだ。
つまり、どういう訳か俺達人間は色んなものに名前を付けるのが好きらしい。
姉の場合だと、旅人になるのだろうが、それでシリアが納得出来たかどうか。サラマンダーを吹っ飛ばす、あの強さは一体何なのか、とか気になっていたに違いない。
まぁ要するに、姉の口から『自分が納得出来る根拠』が出てくることを望んだのだろう。
「……そろそろ、起きちゃうか」
姉の声の声調が一段落ちる。姉の視線を追ってみれば、倒れていたサラマンダーが起き上がる姿が見えた。
「斬ったんじゃなかったんですか?」
鎧女がサラマンダーを睨み付けながら、不思議そうに眉を寄せる。
瞳に宿っていた恐怖は消えているところを見るに、姉のことを頼りにしているらしい。
まぁ、まともにやり合えるのは姉しかいないしな。
「斬らずに吹っ飛ばしただけだから。殺さない方がいいんだよね、クーちゃん?」
問いかけてくる姉に苦笑いしながら頷きを返す。一応、我が姉だけあって俺の考えはお見通しらしい。
鎧女が怪訝そうな目を向けてくるが仕方ないことだ。モンスターといえど、あんまり殺しはして欲しくない。
「クーちゃん達は後ろに下がっていて。『召喚、イグニード』」
姉の手に現れる片刃の黒い大剣。剣の姿をしたモンスターなんて、見たことも聞いたことも無い。姉は何度俺を驚かせば気が済むのだろう。
普通の剣では父と同様に、姉の力だと振っただけで壊れてしまうことは分かっていた。
だから、あの剣が普通のものでは無いとは予想出来ていたが、まさか生きた剣だったとは。
「召喚魔法……!?」
姉が魔法を使ったところを見て、鎧女が驚愕する。隷属魔法のこともあってか、召喚魔導師ってだけで忌避される傾向にあるから、この反応は仕方ないと言えるけど。
まぁ、今は緊急事態ということもあってか、姉を咎めるような事を口にはしないようだった。
そうこうしている内に、完全に立ち上がったサラマンダーだったが、此方に突っ込んで来る様子は見られない。
どうやら姉の存在を警戒して、無暗に動こうとしないようだ。
「姉さん、そのままサラマンダーと睨み合いしててくれない?」
「クーちゃん? 何する気?」
姉の質問には答えず、サラマンダーを刺激しないように、ゆっくりと卵が乗っている馬車へと移動する。
とにかく何とかしてサラマンダーに卵を返そう、と思ったのだ。
そもそもサラマンダーがザビウスに向かってやって来た原因は、この卵が無くなったせいである。
だから、この卵がサラマンダーの元に戻れば、ある程度サラマンダーの怒りも鎮まるはずだ。
駄目だったとしても、此方には姉がいる。後は力業で山に帰ってもらえば、万事解決だろう。
「よっと……」
腰を落とし、卵を持ち上げる。すると、サラマンダーの前足が少し動いた気がした。
卵を返そうだなんて、浅はかな考えだっただろうか。下手すると、俺だけでなくシリア達にまで危険が及ぶかもしれない。
だが、サラマンダーは別に悪いことをした訳では無いのだ。自分から人間に危害を加えようとした訳でも無い。
それに卵を取り戻すという、大義名分がある。人間と同じ立場に立てば、明らかに悪いのは此方側だ。
「この卵をお前さんに返すだけだ!」
だからだろうか。サラマンダーに向かって、こんな台詞を叫んでしまったのは。
言葉なんて理解出来るはずも無いのに、無駄なことをしているんだろう。小さい子供が犬猫に話しかけるのと同じではないか。
赤っ恥である。こんな事態で無ければ、あの鎧女に鼻で笑われていたに違いない。
「――それは真か?」
最初は、何かの騒音かと思った。サラマンダーが咆哮した割には、やけに口が動いているな、とも。
だが、一旦冷静になって、今一度さっきの音を思い返してみると――サラマンダーが共通語を喋っているではないか。
……もう驚きっ放しで、いい加減頭が疲れてきた。




