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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
ザビウス
84/136

10

遅れてすいません。

思っていた以上に書くのが手間取りました……。

【シリア】

「さて、私がザビウス防衛の指揮を執ることとなったわけだが――」


「はぁ!? 防衛ですとなっ!?」


 肩の力を抜いた騎士の彼らにとって、シリアの発言は寝耳に水であった。

 彼女がまさか、サラマンダーなどと戦っても無駄だと分からない愚か者ではない、と考えていた彼らの当てが完全に外れたのである。


「……俺は、防衛には反対だ」


 驚愕のあまり、彼らが開いた口が塞がらないところで、今までずっと黙り込んでいた真紅の(かぶと)の中から声が発せられる。


「……何故だ?」


 今の発言が気に障ったシリアが、その感情を(あら)わにする。

 先程の彼らの態度で苛立っていた事に加え、クレヴの今の姿で弱気な発言が気に食わなかったのだろう。

 決して諦めない『竜殺しの勇者』の理想像を自然と重ね、失望してしまったのだ。


「何でって、サラマンダー相手に防衛なんて出来ると思ってんのか?」


「お、おい! 殿下に向かって何という言い草であるか! 無礼であるぞ!」


 我に返った騎士の1人が喚く。が、クレヴは彼の呼びかけに取り合わない。

 自らの立場を省みず、あくまで強気な態度を崩さずにいた。

 確実にプレッシャーになるであろうスケイルメイルを無理矢理着せられ、尚且つ普通に生きていれば決して関わることの無い会議に参加させられているのだ。

 彼の正体は、その鎧によって隠せているのもあって、自暴自棄にもなっているのだろう。

 

「出来る、出来ないの問題じゃないだろう? 騎士には民を守る義務があるんだぞ?」


「それで犬死にしたら意味無いだろうが」


 感情を剥き出しにするシリアへ、冷静に言葉を返すクレヴ。

 その様子を(うかが)う騎士達は、『竜殺しの勇者』の格好をした男の、とても丁寧とは言えぬ言葉遣いが(とが)められていないことに気付くと、口を(つぐ)んだ。

 男の言っている事は、彼らも大いに同意する内容であったからである。


「では、クレ――いや『勇者』殿は、サラマンダーが怖いからと、ザビウスの街を見捨てろとでも?」


「『勇者』、じゃないんだが……。まぁ命あっての物種とも言うしな。逃げた方がいいに決まってんだろう」


 皮肉げにクレヴのことを『勇者』と呼ぶシリアに、彼は少々困惑した声を漏らした。

 高まるプレッシャーと、(おおやけ)の場なので前に出ることは無いが、殺さんばかりの勢いで睨み付けてくるカミラの双眸(そうぼう)に、彼の胃腸が痛み出す。


「では『勇者』殿はこの街の者に、長年かけて築き上げてきたザビウスを捨てて逃げ出せ、というのか?」


「……あぁ」


「ふざけるなっ! 『勇者』殿は住む所を失った難民達の(つら)さが考えられないのか?

 生活の基盤を失うだけではなく、思い出の詰まった大切な故郷を壊された喪失感が……!」


 シリアはかつて話に聞いていたことを脳裏に浮かべながら、この場にいる者達に訴えかけるように叫ぶ。

 人は全てを知ることは出来ない。自身の両の眼で見たこと、両の耳で聞いたことしか、認識することが出来ない。

 彼女の立場上、人伝(ひとづて)でなければ知ることも叶わず、義勇心の強い彼女は歯痒(はがゆ)い思いをしてきた。

 彼女の周りが平和だとしても、彼女の見えない所では悲劇が起こっているのだと。


 所詮は他人事だと、見て見ぬ振りをしたくはなかった。自分に損害が無ければ、気にしないなどと考えられなかった。

 しかし、その時の彼女には、どうすることも出来なかった。

 事がもう起きた後、というのもあるが、何より彼女には力が、なかったからである。


 だが、幸か不幸か、現在の彼女には起こり得るであろう脅威に抗う力があった。

 それがたとえ、蛮勇で無謀だとしても。

 彼女に街を見捨てるような真似は、絶対に出来ない。したくはなかったのだ。


 そんな気概に満ちた眼で、彼女は紅の(かぶと)を見透かすように、視線をクレヴへやった。







【クレヴ】

 傍迷惑な正義感。シリアの振る舞いを纏めるとすれば、その一言に尽きる。

 確かに彼女の発言は素晴らしい。が、それはどだい不可能な理想に過ぎない。


「じゃあ、一つ問いたい。仮にザビウスを防衛するとして、シリア様は何か具体的な案が有るのか?」


「それは……」


 激情が表面化した顔から一転して、深い湖を彷彿とさせる青い瞳が揺れる。

 感情に振り回されているシリアに、そんな案があるとは思えない。

 というか、あの戦力でサラマンダーを打倒出来る策が思い付く方がおかしいのだ。

 どうやら彼女の期待に応えるような参謀も、ここにはいないようだしな。

 偉そうな態度が顔から(にじ)み出ている騎士達は、俺が発言してからすっかり黙ってしまい、カミラもカミラでシリアを言葉で擁護することは出来ないようである。

 正直、2人だけだと気まずいので、もっと積極的に発言して欲しいのだが……。


「そもそも、シリア様はサラマンダーがどんなモンスターなのか、知ってるのか?」


「それは――」


「しっかりと、戦う相手のことを把握もしているのか? まさか『多少知っている程度』で戦いを挑もうとしているわけじゃないよな?」

 

 俺が一息にそう(まく)し立てると、シリアは強張った肩を下ろし、俺から目を逸らした。

 彼女は腹芸が出来るような人間ではないのだろう。

 俺でさえ、彼女がサラマンダーについて、あまり知らないということが手に取るように分かる。


「戦う相手のことも知らずに挑むなんて、無謀にも程があるだろうが」


「では、『勇者』殿は知っているとでも?」


「知ってるからこそ、逃げた方がいいって言ってんだよ」


 あっさりと返されるとは思っていなかったのだろう。シリアが大きく目を見開き、俺を見つめてくる。

 その視線は、どうやら俺に説明を要求しているようでもあった。

 面倒だが、仕方あるまい。無視したところで、逃げ場など無さそうだしな。


「まずは、サラマンダーが火属性だってことは知っているよな? で、火属性のモンスターってのは、自身の身体から熱を発している傾向にあるってことは、知ってるか?」


「確かに、そうだな」


「モンスターの強さが上がっていくごとに、その熱もまた上昇するんだよ。サラマンダークラスになると、その熱も相当なものになるだろう。

 だから、奴に近付けやしない。鎧なんて着込んでたら確実に蒸し焼きだろうな。となると、サラマンダー相手に近接戦闘は不可能に近いって訳だ」


 仮に接近が可能だとしても、相手は城壁の高さと同じ。人間とは比べ物にならないほど、巨大だ。

 サラマンダーからすれば、通常サイズの剣など細い針に等しい。

 重量だってあの体格からして相当あるだろうし、近付いたところで軽く吹っ飛ばされるのがオチである。

 現在、俺が身につけているこのスケイルメイルは、レプリカではあるものの、ある程度までの熱耐性があると聞かされたが、果たしてどこまで耐えられるのやら。

 というか、俺が参戦したところで、何も出来ないだろうし。サラマンダーの突進など、受け流せるなんて到底無理である。

 頼りのスライムも、サラマンダーの熱には耐えられない。だから、相手を窒息させるといった、相手を無力化させる手段も使えないだろう。

 

「また遠距離から攻撃するにしても、サラマンダーに有効な水系統の魔法があるけど、その使える魔導師は少ない。

 他の兵器で攻撃したとしても、果たしてサラマンダーに通用するかどうか」


 勝算など無い戦いだ。嫌でも何でも、逃げることを選ぶしかない。


「しかし……!」


 子供のように喚くシリア。見苦しいように彼女を見る騎士達。


 感情をそのまま撒き散らすのは、子供なのか。感情を抑え込めば大人なのか。

 だが、感情が表に現れないと、人形のようだと気持ち悪いと思われる。

 何が、大人なのだろう。大人になる条件は何なのだろう。

 歳を取り、身体が成熟し、老いが来れば大人なのか。

 父なんて歳は取ってはいるが、中身は子供である。


 分からない。そんな訳も分からない大人になりたくなかった。


「それにサラマンダーにはブレスがある。奴の巨体から考えると、その規模は尋常じゃないはずだ」


 だが、俺は今、どんな顔をしているのだろうか。

 それすら、分からなかった。とにかく、何もかもが嫌になっていた。


「勝算が無いのなら、逃げるしか無いだろう?」


「しかし……もしザビウスから逃げ出したとして、サラマンダーが止まらなかったら、一体どうするんだっ!」


 シリアが感情に従うまま、言葉を吐き出し続ける。


「どこまでも、逃げる気なのか? では逃げる場所が無くなったら、一体どうするんだ?」


「それは詭弁だろうが。そんなことを言ったところで、シリア様に選べる選択肢は他にないと思うんだがな」


 取りあえず、シリア様が何と言おうとも、戦闘は回避すべきである。

 こんな格好をさせられているのだ。戦うことが決まれば、まず間違いなく、俺も参加させられるに違いない。

 冗談じゃない。


「シリア様の我儘(わがまま)に、戦えない街の人達を巻き込むつもりか?」


「――失礼、発言をよろしいでしょうか、シリア様?」


 シリアを追い込むような口調で発言する俺を遮って、今まで黙っていたカミラが口を開く。

 力無く頷きを返すシリアを見て、了承を得たカミラが続ける。


「防衛にせよ、何にせよ。街の住民の避難が必要なのは確かかもしれません」







 あれから、シリアが決断することが出来ず、会議は一時中断されることとなった。

 集められた騎士達はといえば、指揮権を彼女に移譲すると、後は突然の体調不良を理由に、代官へ仕事を任せる等の発言をした後、どこかへ消えてしまう始末。

 多分、さっさとザビウスから逃げ出すための準備を始めたのだろうか。

 俺の勝手な推測だが、彼らの地位はきっとお飾りであったのだ。自分の地位に対して保守的に立ち回るだけで、意見など全く出してくれなかったし。

 彼らの方が軍事などについての知識が多いのだから、こういう時にこそ、その頭脳を発揮して欲しかったのだが。

 下手にシリアの前で発言したのを恐れたのだろう。

 まぁ、仮にシリアがいなくとも、彼らの雰囲気からして、満場一致でザビウスから逃げ出していたと思うが。


 シリアからの話によれば、フルデヒルドとの戦争によって優秀な人物を引き抜かれたらしいし、その人達はまだ戻って来てはいないのだろう。

 1人くらいは残しておいて欲しかったものだ。まぁ、愚痴を言ったところで状況は好転しない。


「おい、貴様……」


 父の代役ということで一の塔にある一室を与えられ、そこで待機していたところにカミラがノックも無しに侵入してくる。


「一応、ドアにノックくらいしてくれないか?」


「貴様に入室の許可を確認する必要など無いでしょう?」


 最早、俺の前では怒り顔がデフォルトのカミラ。何が彼女をそんなに怒らせるのか。

 俺が何か悪い事をしたっていうのか。ここまでくると、生理的に受け付けないレベルなのだろうか。


「そんなことより……リュドミラ様をどこにやったのですか? 返答によってはミンチにしますよ?」


 相も変わらず過激な言葉に思わず肩を(すく)める。

 

「何で俺に聞くんだよ?」


「あの会議のために仕方なくリュドミラ様を近くの部屋に預けていたんですけどね。

 全身赤で目立つ男とリュドミラ様が接触した、という目撃情報があったのですが……家族に何か遺言でもありますか?」


「ちょっ、待て。言うから、話すからさ!」


 やはり知らぬ存ぜぬで誤魔化すには、無理があったか。

 鎧女に説明すると面倒だから黙っていたのだが、気付いてしまったのなら仕方がない。


「初めはリュド様にここから逃げるように言っておいたんだよ。だがな――」


 『巻ける尻尾が無いから無理ー』

 そうリュドミラは言って、暗にお姉ちゃんを置いて行くことは出来ない、と断られてしまったのだ。

 シリアがザビウスを防衛すると言い出すのを先読みしていたのだろう。


「リュド様って結構頑固なもんで、なかなか首を縦に振ってくれなくてさ。で、説得を諦めて代わりに頼み事をしたんだよ」


「頼み事?」


 鎧女の眉がピクリと反応を見せる。

 まぁ、そこから頼み事に繋がるとは思いもしなかったのだろう。


「リュド様はゴーレムを操縦出来るっていうから――」


「貴ッ様ァッ!」


 激昂した鎧女が鞘から白刃を抜き取り、その切っ先を俺の首先に当てる。


「では何か? あろうことかリュドミラ様を顎で使い、危険が迫るザビウスの外に放り出したとでも言うのですか?!」


 ここまで俺の言葉を悪く取れるとは、彼女の偏見振りには凄まじいものがある。

 だから鎧女に言いたくなかったのだ。


何処(どこ)ぞの建物にいるよりかは、あの中は安全だろうが」


「そういう問題では無いと貴様には理解出来ないのですか?」


 先程よりかは、幾分か落ち着いた声。が、鎧女の殺気は静かに、そして更に強まっているように思える。


「分かってるよ、そんなことは。でもな、そっちも分かってないんだよ、リュド様のことをな」


「何ですって?」


 鎧女の怒りの色が濃くなるが、気にしない。


「確かにリュド様は独特の雰囲気を持ってはいるが、頭は悪くない。

 今起きている状況も理解出来るし、自分が大人しくしている方がいいってことも分かっているはずだ。

 でもな、リュド様は籠の中の鳥ではいられない我儘(わがまま)王女なんだよ」


 シリアの妹だけあって、自分だけが何もしていない状況に苦痛を覚えるのだ。

 だから俺は手持ち無沙汰なリュドミラに役目を与えたのである。


「…………」


 鎧女は悔しいそうにしながらも、何も言い返してこなかった。

 鎧女は口では色々言うものの、何だかんだいって王女姉妹の意志を尊重する。


「リュド様には、ゴーレムで穴を掘ってもらっている。別に危険なことはやらせてないから」


「穴? ……まさかその穴にサラマンダーを落とそうと?」


「そのまさか、だ」


 といっても、今からではあまり大きな穴を掘ることは出来ないだろう。

 深さも考慮するとなると、サラマンダーを全身丸ごと落とすのは難しい。なので、奴の足が入る程度の大きさのものを、いくつか用意するように、とリュドミラには伝えている。


「貴様はあんな事を言っておいて、シリア様と同じく、あのサラマンダーを倒そうとでもいうのですか?」


「それこそ、まさかだ。少しは撤退までの時間稼ぎになればいいなぁ、程度のことだって」


「そんなことでリュドミラ様を動かしたんですか……」


 険しい表情をしていた鎧の顔が緩み、呆れた表情へと変化する。

 剣を収めたところを見るに、どうやら御咎めは無しで済むようだ。一安心である。

 いくら鎧を()けているとはいえ、鎧女ならば鎧ごと俺の首を切り落としそうだしな。

 

「で、ここに来たのはリュド様の件だけで?」


「いえ、まだもう一つ。シリア様が表で避難の指示をしようとしている間に……貴様は裏で兵士を動かして、一体何を企んでいるんですか?

 人手が余っているというなら、此方(こちら)に回しなさい」


「あの人達にはやらせようにも、そういった仕事は出来ないと思うぞ? なかなか大雑把な人が多そうだし。

 後、企みって言う程のものなんて、やってないって。さっきも言った通り、皆が撤退しやすくなる工夫程度のことを手伝ってもらってるだけだからな」


「詳しく教えなさい――」


 真顔で鎧女が詰め寄った、その時。扉から力強いノック音が聞こえてくる。

 そして俺への返答を待たずに、片手にいくつかの書物を抱えた髭面(ひげづら)の兵士が部屋へと入ってきた。


「息子さんや、御望みの書物を持ってきましたぜ――おぉっと、お取り込み中だったか?」


「斬りますよ?」


 音を立てずに俺から距離を取ると、鎧女が兵士に向けて鋭い眼光を送る。

 それを受けた兵士は――何故か嬉しそうな表情をしていた。……彼には、被虐趣味があるのだろう。

 鎧女に睨まれて喜びを感じるとは、俺には到底理解出来そうにない。


「冗談ですよ、冗談。息子さん、これで良かったんだよな?」


 カミラの視線を彼は豪快に笑い飛ばすと、腕に抱えていた書物を俺へと放ってきた。

 受け取った表紙には、火属性のモンスターに関することが書かれたものだと読み取れる。 


「あぁ、大丈夫。ありがとう、っと手が空いたなら悪いけど、他のところに回ってくれませんか?」


「言われなくともそうするぜ。シルヴァさんには世話になってんだ。それに、敵さんに何もせず、ただ逃げ出すのも性に合わないしな」


 その兵士は乱暴に扉を閉めると、足音を鳴らしながら駆け出していった。


「それは?」


「モンスターについて書かれた資料みたいなもんだよ。これでちょいと火属性のモンスターが嫌う物の傾向とか調べようと思ってな」


 色でも匂いでも、嫌いな物があれば近付いて来ないかな、といったささやかな願望である。

 仮にそれが見つかったとしても、それを遠くにいるサラマンダーにも効果的な量を用意するとなれば、現実的な話では無いかもしれないけど。

 

「先程は聞きそびれましたが、貴様が指示した内容は他に何があるんです?」


「別に大したことじゃないんだけどな。後は、リュド様がやってる穴掘りの手伝いとか、一応撤退用に人数分の馬車を確保とか、ザビウス近隣に住む村の人に知らせに行かせるとか、こういう時に大体出没する火事場泥棒的な悪事を働く奴の捕縛とか――」


「こんな時に何をやらせているんですか……」


 呆れたように、鎧女が溜息を吐いた。

 確かに私情が混ざっていなくは無いが、俺にとっては重要なことなのである。


「……まぁ、貴様なりに街を守ろうとしているのは分かりました」


 そう呟いた鎧女の視線は、いつもの暴力的なものではなく、少しだけ――ほんの少しだけ優しげに見えた。

 が、それは錯覚だったかのように、すぐさま鋭い眼へ変わると、キビキビとした動きで部屋を退出していった。 







 避難が開始されてから、数時間。

 ついにサラマンダーがザビウスに進路を向けた、との情報が入ってきた。

 こうなると避難が間に合うかどうか怪しいところで、時間との勝負になってくるだろう。

 あんな会議で無駄な時間を浪費したことが悔やまれるが、後悔先に立たずだ。

 気持ちだけが焦るばかりで、俺なんかに何か出来ることなんて無い。避難誘導など経験が無いので、シリアの所へ行っても役に立つどころか、邪魔になるだけだ。

 

 結局、調べてはみたものの、有益な情報は見つからなかったし。

 そもそも、何でサラマンダーが急に暴れだした、ってことも分からず(じま)いであった。

 もういい加減、ここからさっさと離れた方がいいかもしれない。潮時というヤツだ。

 尽力してくれた兵士達には、何だか悪い気分である。

 伝令役を買って出てくれた兵士に伝えようか、と思った時に。


「入っても宜しいですか?」


 軽いノックが聞こえてきた後、どうぞと声をかけて迎え入れてみれば、伝令役の一人である兵士が入ってきた。

 例の身体の線が細く、女よりも女らしい顔をした人である。

 この人は見た目通り、他の毛むくじゃらな男達とは違って、物腰が柔らかいようだ。


「ちょうど良かった。こっちから呼びに行こうかと思ってたんだけど――」


「すみません、我々ではどうしようもない状況になってしまったので、来ていただけませんか?」


 彼はかなり焦っているからなのか、此方(こちら)の声が聞こえていないようであった。

 突然のことで呆けてしまい、なかなか動かない俺の手を取って、彼は早歩きで部屋を出る。

 彼の手は小さくて柔らかく、とてもじゃないが男の手とは思えない――と、危ない危ない。何かに目覚めるところであった。

 首を軽く振り、雑念を吹き飛ばすのに少しの時間を要してから、ようやく正気を取り戻す。


「ちょっと待ってくれ。そういうのって、俺なんかが行っても何も出来ないんじゃないのか?」


「しかし、王女様とその護衛の方にお願いなど、我々の立場では出来ませんから」


 この忙しい非常事態に対処している中で、舞い込んできたトラブル。

 彼の口振りからすると、くだらない事では無さそうである。こんな時に面倒事なんて、勘弁して欲しいのだが。

 

 刻一刻と迫ってくるタイムリミットを頭の片隅に置きながら、俺は彼に連れられていった。



次辺りで準備フェイズが終わると思います。


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