9
【クレヴ】
朝日が昇ると共に、俺の意識が自然と覚醒していく。牧場生活で早起き、騎士見習いで早起き、奴隷生活で早起きと、習慣になってしまったらしい。
まだ寝不足気味に感じるのだが、目が覚めてしまった。
昨日、眠気に負けて床に雑魚寝をしていたせいか、身体が痛く感じる。
勝手に拝借していた毛布を、寒さの誘惑に負けること無く取っ払い、ストレッチで徐々に身体を解すと、ようやくその痛みが和らいでいった。
昨晩、酒を結構飲んだみたいだが、二日酔いによる頭痛は無い。
……だが、嫌な記憶はしっかりと残っているみたいであった。
全く、誰だよ。酒を飲めば嫌なことを全部忘れられる、だなんて言った奴は。
「これはまた酷い有様だな」
上に腕を伸ばしながら塔を出てみれば、倒れている人、人、人。皆、むさ苦しいおじさんというのが余計にその光景を悪くしているだろう。
昨日の明かりだけでは、暗くて良く見えなかったのだが、倒れている兵士だけでなく、宴会の名残も酷い散らかり様であった。
食べかけの食事は木箱から落ちた上に、兵士の下敷きにされているし。酸っぱい臭いを漂わせているというのに、未だに嘔吐物すら片付けられていない。
これ掃除する奴は大変な思いをするんだろうな。
俺は兵士を踏まないようにしつつ、比較的に綺麗な木箱を片付けると、後は適当に倉庫らしき部屋から毛布を持っていき、兵士達の上にかけてやる。
地面に落ちていた食事の残りや、嘔吐物の近くにいた兵士にもかけたことで、いくつか毛布が汚れてしまったものもあるが、まぁそれは仕方無い。
「さてと。宿に帰って温泉でも入ろうかな。…………ん?」
最低限の後片付けはやったので、倒れた彼らに背中を向けたところで――空から誰かが降りて来る。
振り向いてみれば、魔導師にしてはここの兵士に負けて劣らない肉体を持った男であった。
「俺がいない間に宴会なんてあったのかよ、ずりぃな畜生。……って、そんなこと言ってる場合じゃねぇッ!! おい、とっとと起きろよ、お前らッ!! 緊急事態だッ!!」
言葉遣いも兵士寄りだし、きっと普通の魔導師みたいに魔法を使えない兵士を馬鹿にするようなタイプではないだろう。
やけに焦った声を発しているので、本当に何か急いで対処しなければならない事態があるらしい。御苦労なことだ。
「こんな時だってのに、シルヴァさんはいねぇし。どうすりゃいいんだよ……」
全然起きる気配の無い兵士達を前に、意気消沈する彼。何か父が必要になるってことは……大方荒事だろう。
…………そういや、俺って父に後を任されたんだっけか。
彼に話しかけるの嫌だなぁ。こんな危ない仕事なんて、関わりたくない。
よし、このまま知らない振りをして、仕事を放棄してしまえ。
いくら息子とはいえ、俺には責任なんて無いはずだ。悪いのは、先に放り出した父の方である。
仮に仕事を投げ出したとしても、俺は悪くない。
最悪、酒を飲んだことで全部忘れてしまったことにすればいいのだ。
「あれ? もしかしてシルヴァさんの息子さん?」
背後から、かけられる声。何故、俺が静かに立ち去ろうとしていたのに、彼は気付いたのだろうか。
俺はその声を聞き流すと、無視してそのまま歩き出す。
「ちょっ、待ってくれ。本当にヤバいンスよ! 息子さんだけでも話を聞いてくたさい!」
「俺も風呂入りたくてヤバいんだよ。酒臭いし。それにこっちには、何故か王女様の付き添いしなきゃならないんだぞ? その期限も分からずにな!」
『ヤバい』って言葉は万能の呪文である。ニュアンスだけでその意志を伝えられるのだ。
だが便利さ故に、使い過ぎると語彙力が減り、頭が悪く見えるデメリットも存在する諸刃の剣でもある。
「王女様と一緒とか、息子さんマジ凄ぇっ! って驚いてる場合じゃなくて、マジでヤバいンスよ!」
たまに『ヤバい』だけで会話している連中がいるが、呆れを通り越して寧ろ尊敬を覚えることがある。
もはや空気を読むレベルではなく、以心伝心だ。
……生憎、俺にはまだ『ヤバい』の呪文を使うには早過ぎたようである。
分かるのは、程度が甚だしい、というくらいで相手が伝えたい内容がさっぱりだった。
「俺はシルヴァさんに頼まれて、例のモンスターが大量に襲撃してきた件について原因を調査してたンスけど」
いつの間にか、歳下にぞんざいで敬語モドキの言葉遣いをしていた魔導師。
未だに切羽詰まった顔をしているということは、本当に何か大変なことがあったらしい。
「それで?」
頼んでもいないのに、勝手に話し始めた魔導師。まぁ、意地でも無視してやっても良いのだが、何か可哀想に思えたので、つい話を促していた。
「どうやら山の方で――サラマンダーが暴れ回ってるンスよッ!!!」
「マジで?」
我知らず飛び出てくる都会の言語。
『サラマンダー』と言えば、書物に書かれた物語に出てきたせいで一躍有名となった『ドラゴン』ほどメジャーではないとはいえ、なかなかに名前を知られたモンスターである。
というのも、そのドラゴンと姿が似ていると言われているからだ。
サラマンダーには翼が生えておらず飛行能力が無いものの――ドラゴンと同じA級に指定されているという話である。
何気なく聞いていたが、本当に緊急事態ではないか……!
「それは直接確認した訳じゃないんだよな?」
「えぇ、でも俺が見たあの炎の規模は、間違いなくサラマンダークラスッス」
その光景を思い出したのか、魔導師の顔が若干青く染まる。
「まだ山の方で暴れ回っているだけなんだよな?」
「俺が調査した時には、ッスけど」
ということは、だ。寒い時期で、モンスターが活動的でないというのに、此方へ大量のモンスターが来たのは、人間を襲うためでは無く、サラマンダーから逃げてきたということか。
ようやく合点がいったが、次第に焦りの感情が強くなっていく。
此方に大量のモンスターが逃げてきたということは、だ。
サラマンダーまでもが此方に来る可能性もあるではないか。
……いや、落ち着け。まだそうだと決まった訳では無い。
暴れているサラマンダーの目的が不明瞭だし、此方に来ない可能性だってあるはずだ。
しかし、そうやって楽観視している訳にもいくまい。だが、だからと言って俺に何が出来るというのか。
こんな肝心な時にあの父がいないし。父ならばサラマンダーに対抗出来るかもしれないというのに。
……ちょっと待てよ。確か昨日、父はモンスターの大移動を気配で察知していたはずだ。
ならば、サラマンダーの動向を把握していてもおかしくないと思うのだが……。
――父め、母に早く逢いたいがために焦っていやがったな。
気が散ると気配察知も万全には出来ないのだろう。心ここにあらずだと五感だって鈍ることだし。
それとも……まさかサラマンダーの襲来を予期して1人で逃げ出した、なんて事は無いか。
仲間や息子を見捨てるような裏切り行為は嫌いだったはず。……まぁ母の命令ならば、畜生にも成り下がるけど。
「やっぱり塔の方で寝泊まりしてたんだな、クレヴ」
パニック状態に陥っていた中、凛々しい声が俺を呼ぶ。
他の事なんかに気を取られている余裕など無いというのに、すぅっと頭に入ってくる感覚。
小娘と言えど、彼女は王族。遺憾なくそのカリスマ性が発揮されたのか、彼女の通った声は嫌でも耳に入ってきてしまう。
「ん? 何をそんなに慌てているんだ?」
俺にはどうする事も出来ないけれど。彼女達には力が、権力がある。
このまま俺が一人で悩んでいても、事態は何も好転しやしない。数は力だ。
誰かに頼るのも悪い事ではないはずである。それに、俺はただの村人なのだ。
俺なんかに、このような緊急事態を何とかする術がある方がおかしい。そうに決まっている。
よし、他力本願でいこう。
「実は――」
【シリア】
クレヴから聞かされた話をシリアはすぐに飲み下すことは出来なかった。
休暇中で気が緩んでいた彼女には、何の心構えもしていなかったので、当然といえよう。
が、その沈黙は長くは続かない。我を取り戻すと、彼女はすぐさま側にいるカミラへと指示を出す。
「悪いがカミラ、すぐにザビウスの騎士達の幹部に召集するよう伝えてくれないか? 嫌なら私が動くが……」
「シリア様が彼らに直接出向く訳には参りません。が、しかし私は護衛の身。
使者……もとい小間使いなら、ちょうど良い男が此処にいるではありませんか」
カミラは彼女の腕に装着されたガントレットの擦れた音を鳴らしながら、その指先をクレヴへと向ける。
が、その提案にシリアは首を横に振った。その動きに伴って、後ろに束ねられた青のポニーテールが小さく揺れる。
「いくらシルヴァさんの息子とはいえ、クレヴが使者の場合だと門前払いされる可能性がある。
今すぐに私が書状を書いたとしても贋物だと疑われるだろうしな。
だから頼まれてくれないか、カミラ。代わりの護衛ならクレヴが務めるよう頼むから、安心してくれ」
「(え、俺の意思は……?)」
間の抜けた顔でシリアを見るクレヴだが、彼女は彼を見向きもしなかった。
彼女の中では、もはやそれは決定事項なのだ。たとえ誰が何と言おうとも、それが揺らぐことは無い。
「逆に心配になるのですが……こう問答していても時間がもったいないですね。
すぐに戻ってきますのでシリア様、あの男が何か不始末な事をしましたら、殺す勢いで鈍器を奴の頭に……!」
カミラはその言葉を残して、物凄い勢いで駆け出していく。
その姿を見送った後、シリアは寝癖がついたままだが、あまり普段と変わって見えないクレヴに顔を向ける。
「さて、と。此方も準備しなければならないな、クレヴ!」
「え、何の……?」
青の瞳に気合いが籠ったシリアに対して、クレヴは一仕事終えた顔から一転して、戸惑いを見せる。
「何のって、相手はそこそこの地位にあるからな。クレヴにとっては面倒かもしれないが、此方も服装を整えばな」
「え……!? 俺も参加しなきゃなんないのか?」
「シルヴァさんの代理なんだろう?」
シリアはそう平然と言ってのけた後、目を見開き、そしてすぐさま落ち込んだ様子を見せるクレヴに、首を傾げる。
「(おかしなことを言ったつもりは無いのだがな……)」
そして、その会話を聞いていた魔導師の男がふと何か悪巧みをするような笑みを浮かべる。
「そういえば……こういう時にピッタリな物があるンスけど」
「なぁ、嫌な予感がするんだが……」
眉根を寄せるクレヴを無視して、ニヤけた顔をした魔導師はシリアに向かって小声で呟く。
「――ってのが塔の中に保管されてるンスけど、良くないッスか?」
「おぉっ!! そんな物があるなんて!! 誰かが着ているところを一度見てみたかったんだよなぁ」
二人の視線がクレヴに集まり、彼はそんな二人に対して苦笑いを返す。
――あぁ今回も嫌な予感が当たりそうだ、という言葉と。抵抗は許されないんだろうな、という言葉を喉の奥に押し込んで。
それから1時間が過ぎ、幹部の騎士達は二の塔の会議室に集められることとなった。
通常、事が起こる前に騎士団全体を動かすためには、幹部達を交えた会議で承認が必要となるからである。
多くの人を動かすとなれば、何かと金がかかるのだ。それと私物化を防ぐためというのもある。
だからこそ無闇に動かすことは出来ない。
「(こういう時には、余計な手間だと感じてしまうがな)」
悩ましげに溜息を落とすシリア。鎧姿であるにもかかわらす、その姿はどこか深窓の令嬢を思わせる。
とはいえ、彼女の本当の性質は全くの逆と言えるのだが。
彼女のすぐ後ろに控えるカミラも、そして集まった彼らもそんな彼女に惹き付けられていた。
「あ、あの我々を呼び出す程の用件とは一体何なのですかな?」
我に返った1人の騎士がシリアにそう問いかける。
使者として訪れたカミラには、至急集まるよう言われただけで、肝心の内容を彼らは聞かされていなかったのだ。
「ん? あぁ、まだ伝えてなかったな。だが、少し待ってくれないか? 後1人、この会議に来るはずなのだが……」
シリアの言葉に彼らは不思議そうに目を見張る。呼ばれた者が全員集まっていると思ったからだ。
「遅れて申し訳ありません。少し手間取ってしまいまして……」
彼らの疑問に答えるように会議室へと現れる人影。
その姿は一見すると線の細い女性。しかし、見事なまでの女顔なだけで、その人物はれっきとした男である。
兵士の中で唯一事務仕事が出来る者であり、他の者に押し付けられ、尚且つ『この子は俺達が守らねば』という兵士達の謎の結託により、兵士なのに殆ど戦闘に参加出来ていない珍しい男だ。
そんな彼を見て、騎士の彼らは失笑してしまう。あまりに場違いだと思ったからだ。
だが、彼の後ろに続く人物が目に映ったところで、唐突にその笑みが固まる。
――真紅の全身鎧。
それを見れば、誰しも頭に思い浮かぶものがある。
『竜殺しの勇者』の物語だ。
かつてルイゼンハルトに突如一匹のドラゴンが現れ、暴挙の限りを尽くそうとした。
あまりの強大さに、誰もが膝に地をつけ涙する中、立ち上がる若者がいた。
その者は剣一つでドラゴンに挑み、全てを飲み込むようなブレスを斬り伏せ、どんな魔法でも傷付けることが適わなかった鱗を切り裂いた。
彼の雄姿は周りに勇気を与え、次第に彼と共に立ち向かう者が増えていく。彼の付けた傷を広げることは出来たからだ。
が、相手は爪を振るうだけで、いくつもの命を奪える。
ドラゴンが動く度に消えていく命。だが、彼は死んでいく者達に涙を流すも、決して諦めず戦い続け――そしてついにドラゴンを打倒した。
それを聞きつけた王は彼に対して、名誉ある地位と多くの報酬を与えることとなったのだが、彼はそれを断った。
多大な犠牲を出した事と、彼1人でそれを貰い受けるには身に余る、と申したのだ。
そんな彼が最終的に受け取ったのは、彼の身体のサイズに合わせて作られた全身鎧。
そう、討伐した真紅の色をしたドラゴンの皮や鱗などで出来たスケイルメイルである。
それから彼は『勇者』の称号を与えられ、当時傾国の美女だと謳われた姫君に求婚され、ついには王にもなった、という物語だ。
この物語は実話を元にしたものらしく、実際にドラゴンの素材で作られた鎧が城に飾られている。
しかし時が経ち、もう鎧の機能を果たすことの出来ぬものと、なり果てているが。
「これは……!」
海を連想させるようなブルーの瞳を輝かせるシリアの目の前には、赤の光沢を失ってはいない鎧が今、人が身に纏った姿で歩いているのだ。
ここにいる誰もが、驚かないはずが無い。
勿論、その鎧はドラゴンのものが使われていないレプリカではあるが、再現度は極めて高い。
まるで古ぼけた本物が本来の姿を取り戻したかのように。
「こっ、ここは仮装パーティーではないのですがな」
驚愕した騎士がようやく声を出すことが出来たのは、そんな皮肉げな台詞であった。
それに便乗して近くにいた騎士達も似たり寄ったりの言葉を重ねるも、真紅の鎧からは何も返事は返ってこない。
ただ静かに椅子へ腰を下ろし、くぐもった声で一言。
「……遅れて来て何だが、さっさと会議を始めるとありがたい」
プライドの高い彼らにとって、それは頭に血が上る発言であった。
そして、あの真紅の鎧を身に付けているのが何よりも羨ましいのである。
騎士を目指す者であるなら、誰もが憧れる『勇者』の鎧。
それが誰とも知らぬ馬の骨に着られているのだ。彼らの機嫌が悪くなるのは、当然の事だろう。
が、騎士達は反論することが出来なかった。
「さて揃ったことだし、会議を始めようか」
シリアがそう口にした事により、私語を慎むようになったためである。
「まず始めに貴殿達を緊急召集した理由から説明をするとしよう」
「では、説明はシリア様から引き継いで私がさせて貰いましょう――」
カミラの説明が進むごとに、彼らの顔が次第に青褪めていく。事の大きさを十二分に理解したからだ。
モンスターの危険度にはS~Dまで割り振られてはいるが、位が一つ違うだけでも、恐ろしいぐらいにモンスターの強さというものが変わってくる。
D級、そしてC級の一部であれば個人でも対応が出来るかもしれないが、それよりも上――つまりはB級以上であると複数で挑んだとしても敵わない。
A級に指定されているものなど、もはや国家レベルとさえ言われているのだ。S級となれば……人の手には負えない禁忌とされているのだが。
とにかくA級のサラマンダーだと推定される敵に対して、ザビウスが有する戦力はというと。
・派遣された騎士団団員、約4000名。ただし、その内、前のルイゼンハルトで起きたフルデヒルドと召喚魔導師の反乱により、戦死者で減った人員の補充で800名が徴集。
・塔に配備された兵士、約2000名。ただし、その内、里帰りした人数1400名を含む。
・魔導師100名。ただし、騎士団団員と同じ理由で、ルイゼンハルトに90名が徴集。
と、たとえ人員がフルで使えたとしても話にならない戦力なのである。特に魔導師が少ない点が彼らにとって痛いところであろう。
「――何か意見のある方はいらっしゃいませんか?」
勝てない。
カミラから話を聞かされた後、二の塔に集められた騎士達の共通認識はその一言に尽きた。
戦う選択肢など頭から疾うに消え、如何にしてザビウスから逃げるか。そんな思考が彼らの頭を支配する。
「ふむ、そうですな……。まずは何にせよ、指揮を執る総監督者を決めないといけませんな」
だが、上に立つ彼らには責任があり、そう易々と職務を放り出して逃げ出せる立場ではない。
「では、この中で一番経歴の長いアニール殿など、如何でしょう?」
「私にそんな大役など、とんでもない! 歳で頭が固くなった私よりも、まだまだ現役で活躍しているダンギッシュ殿の方が宜しいかと」
「いやいや、ここは一つ、あの暴動を少ない犠牲で治めたヴェンコススキー殿の手腕に任せるのが一番でしょうな!」
なので、一番初めに彼らが行ったのは、醜い責任の押し付け合いであった。
脂ぎった顔に偽物の笑顔を貼り付け、微塵も心に思っていない称賛を交え、激しく動く舌がお互い唾を飛ばし合う。
着地点の見つからない、討論に至らない戯言の応酬。非生産的で、ただただ無駄な時間を浪費をしていく。
そんな彼らの姿にカミラが青筋を立て、怒鳴りつけたい衝動に駆られたところで。
「――貴殿らは、一体何を話している?」
今まで黙り込んでいたシリアが、静かに彼らの会話に切り込む。
「先程から聞いていれば、総指揮の擦り付け合いばかりしていて……貴殿らは一体何処を見ているというんだ?」
彼女はゆっくりと席を立ち、そう問いかける。
強い意思が込められた青の瞳で彼らを見渡し、そして言葉を続ける。
「どうにも私には、貴殿らが自分達に課された責任にしか、目がいっていないように思えるのだがな――そんなことしている場合ではないだろうがッ!!」
そして彼女は先程の静かな様子と打って変わって、感情のままに声を荒げた。
「何のために貴殿らは上の立場に立っていると思っている? 上に立てば必然的に下が見渡せるからだろうッ!! それが出来る立場にいるというのに、何故率先としてしないんだッ!!」
シリアの声に威圧され、黙り込む彼らを前にして、彼女は己の掌をテーブルに強く叩き付ける。
「貴殿らは一体何処を見ている? 責任か? 責任がそんなに大事なら逃げるのではなく、守って見せたらどうなんだッ!!
今、見るべきは己自身ではないだろう? 迫り来るであろう脅威のはずだろう?
私は貴殿らにあのような会話をさせるために召集したのでは無いんだぞ――ッ!!」
シリアは最後に彼らを睨み付け、そう言い放った。
彼女が発言している間、彼らは一言も反論することはしなかった。だが、彼女の言葉が彼らの心を揺れ動かすことも、無かった。
――何も分かっておらぬ小娘がぎゃあぎゃあと煩く喚いた、ただそれだけ。
彼らにとっては、耳障りで煩わしい事、この上ない。自身の立場が彼女よりも低くなければ、鼻で笑っているところであった。
中には、逆に彼女を威圧して強気な顔から怯えた顔に一転させたい、なんていう下種な妄想を抱く者もいただろう。
それくらい、彼女の言っていることが阿呆らしかったのである。
責任など守って、一体何になるというのか。むしろ、邪魔としか彼らには思えない。
正義感など、一体何の得になるというのか。そんなもの、金にすら成らない。
馬鹿正直に生きたところで、損をするばかり。どんなに汚かろうが、狡賢く生きた方が良いに決まっている。
「そこまで仰るのであれば、殿下に全ての指揮を執って戴くのはどうでしょう?」
「なっ……!?」
彼らの一人がそう提案したことで、カミラは絶句してしまう。
彼らに比べて全くの素人と言ってもいいシリアに、全てを丸投げしたのだ。その発言は不敬罪に値すると言ってもいいだろう。
瞬間的にカミラの怒りの沸点に達し、力任せに剣の柄を握り締めるも、
「いいだろう。不肖ながら貴殿らに代わって私がその役を務めよう」
彼女の主が力強く頷いたのを見て、その激情を何とか抑える。
そのシリアの返答に、彼らは少しだけ意外そうな表情を見せた後、満面の笑みで拍手を送った。――馬鹿な女が厄介なものを引き受けてくれた、と内心でほくそ笑んで。
これで、彼らの憂慮は大体が無くなったと言ってもいい。
後は事が始まる前に、体調不良など適当な理由を見繕って、代官に仕事を押し付ければいいのだから。
命の危険が迫っているのだ。重い責務など、まっぴら御免。
さっさとその場から逃げ出したい、と思うのは、どんな人間であれ当然のことであろう。
彼らは大きく一息つくと、身体全身の緊張を解き、椅子の背もたれに体重を預ける。
もはや彼らに話すことなど、有りはしない。適当に、シリアの言葉に相槌を打てば良いだけだ。




