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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
ザビウス
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8

【クレヴ】

「「うわー」」


 バリケードの陰に隠れながら、父によってバッサバッサと倒されていくモンスターを眺めていると、ついそんな言葉が漏れてしまう。

 同じタイミングで被せてきたのはリュドミラだ。彼女も俺と同じような感想を抱いたらしい。


 ……とにかくヤバいのだ。言葉に出来ない色々な感情が混ざりあって、何とも上手く言えやしない。

 自身より大きな武器を振り回し、一騎当千する父。どっちがモンスターなのか、疑いたくなるレベルである。

 少なくとも、同じ人間だとは思えない。


「うわーっ!」


 発した音は同じでも、俺達とは違うニュアンス。これは、頬を赤くして軽く興奮したシリアのものである。

 何故、あの人外に憧れを抱くのか精神構造が理解出来ない人で、流石はリュドミラの姉というべきか。

 まぁ、素直な反応を見せる姉に対して、妹の方はどこか腹に一物ありそうな雰囲気があるのだけど。

 そのせいで、最近リュドミラのふざけっ振りが実は何か狙いのある演技なんじゃないか、と疑っているところでもある。

 仮に狙いがあったとしても、到底俺には理解出来ないものだろうけど。


「化け物だと聞いていましたが、これほどとは……。本当に貴様はアレの息子なんですか?」


 鎧女も鎧女で、何やら複雑そうな感情が顔に現れているようであった。

 まぁ、シリアからの好意を受けている嫉妬や、人外めいた強さへの困惑などが入り混じっているのだろう。


「俺も、実はどこかで拾われた子なんじゃないかって思ってるよ。昔からずっと」


「いや、クレヴはきっと実子だと思うぞ。どことなく雰囲気は似ているしな」


 だが、シリアはそうは思っていないらしい。

 まぁ、不本意ながら会った時から俺と父が似ているとか言ってたし、彼女には何か独自の判断材料があるのだろう。

 ただ、退屈そうな表情で鈍器を振り回しながら言うのは、やめてもらいたい。

 確かに、権力のゴリ押しで何とか戦場に参加する許可を貰えてしまったシリアは、当然モンスターとの戦闘を期待していたのだろう。

 が、彼女は正妻の娘ではないとはいえ、王族である。危険を晒すことは出来ない。

 で、妥協案としてバリケードの最終ラインに参戦することになったのだ。

 まぁ鎧女はそれでも反対していたのだが、結局、涙目での『お願い攻撃』には敵わなかったようで、今こうして戦場の端っこにいるのだが。

 ここの兵士達は優秀らしく、襲来するモンスターの数は多いというのに、現在俺達のいるところまで討ち漏らしは無かったりする。

 それで、シリアは不満げな顔をしている、というわけだ。

 

「でもー、顔とか体格は似てないじゃんー? 蝶が芋虫産むレベルだよ、それー。完全変態だよー」


「ということは……今のクレヴは(さなぎ)の前段階で、いずれはシルヴァさんみたいな体格になるってことなのかっ!」


 何故か期待に目を輝かせるシリアが、此方(こちら)を見てくる。

 え、もしかして俺の成長期ってまだあるのか? もはや成長じゃなく、進化ってレベルだと思うのだが……いや、無いに決まっている。無いはずだ、きっと。

 ……あったら、凄く困る。成長痛とか尋常じゃなさそうだし。


「虫ケラ同然の貴様が、あそこまで化けるとは思えませんけどね」


 鎧女の言っていることは正論なのだが、見下した視線をしてくるのは、何かムカつく。

 お前なんて、完全な変態のくせに。


「それにしても、あの男にはペース配分というものがないんですか?」


 鎧女は面白いように数が減っていくモンスターの群れを見て、そう呟く。

 確かに父はペース配分など考えない男ではあるが――父の本気はあんなものではない。

 といっても、俺は父の本気を見たことはないのだが、母(いわ)く『あの人が本気を出すと、一撃で山一つを跡形も無く消し飛ばせる』らしい。

 で、スタミナの方もタフという言葉では片付けられない程、半端じゃないのだ。

 母を前にしての興奮状態で陥る過呼吸でしか、息切れなんて見たことないし。

 

 それと一応周りに気を使っているのか、俺の目で捉えられる速度で動いてもいる。

 あまりに速いと、昼間みたいに父が動いただけで周りにある物が衝撃で吹っ飛ばされるしな。

 戦闘中にモンスターが上から降ってきたり、横合いから吹っ飛んできようものなら、味方の兵士からすれば、たまったものではないだろう。

 

「あんなものじゃ、父さんはバテたりしないんで……」


「あんなもの、ですか……。本当にあの男、人間なんですか?

 もしくは考えたく無いのですが、あの方と同じく『英雄の系譜』の可能性があるとでも?」


 かつて人の身では達成出来ないことを成し遂げた者達がいた。

 そんな彼らを『英雄』と呼び称え今も物語として語り継がれ、また中には嘘みたいな伝説が残っていたりする。

 『英雄制度』ってものが存在するが、あれは名ばかりの英雄を生み出しているだけに過ぎない。知名度があるだけのハリボテと言ってもいいだろう。

 真に『英雄』と呼ばれる人は何かしらドラマ性を持っているものなのだ。

 誰もが絶望する危機的状況に陥る中で、運命に導かれるように訪れる唯一の希望。それが『英雄』なのだと。


 まぁ、俺がそう勝手で気持ち悪い英雄像を思い描いているだけなのだが……。

 とにかく俺基準だと、父がいくら強くとも『英雄』などではない。運命、なんていう浪漫溢れるワードにふさわしくない、泥臭い野蛮人である。


 それと、鎧女は『英雄の系譜』とか言っていたが、過去に名を馳せた『英雄』の血筋は現在だと結構不明なものが多かったりする。

 波乱万丈の人生を送ってきたからであろう、彼らの逸話を残して行方知れずになったりもするのだ。

 それで、偉業を達成する力を持っている可能性がある『英雄』の子孫に目を付けないわけが無く、お偉いさん方は血眼になって探しているんだとか。

 

 といっても、『英雄』の子供が『英雄』であるとは限らない、と俺は思っている。

 現に、人外にカテゴライズされそうな父の血を引く俺は、人間の枠内にちゃんと収まっているし。


「あの方って?」


「あぁ、それはだなクレヴ。父上の護衛にスピカという人がいてな」


「スピ、カ……?」


 開いた口が、塞がらない。聞き間違いや勘違いでなければ、あの呪われし一族の名前と同じ……っ!


「その顔は何か知っているようですね――私ですらその姿を拝んだ事が無いというのにっ!」


「ちょっと待てって! 確かにスピカって名前を聞いた事はあるけどよ。俺が知っている人とは別人って可能性もあるじゃねぇか!」


 歯噛みし、剣の柄を握る鎧女を慌てて止めにかかる。


「そう、ですね。貴様如きが知っているはずも無いですしね」


「いや、クレヴはシルヴァさんの息子だからな。何か知っていても、おかしくは無いはずだ、うん!」


 せっかく鎧女が落ち着いたと思っていたら、シリアが鎮火したところに油を注いでくる。

 余計なことを……!


「何の根拠も無いっていうのに適当な事を言わんでくれよ。父さんが、お偉いさんの護衛と人脈なんて築けるはずが無いって」


「でもー、強者は惹かれあう運命にあるのはセオリーだよねー」


「リュド様よぉ、んなもん物語の中だけ…………とも言い切れないのが悔しい」


 実際、父の異常なまでの気配察知、なんて代物があるのだから。

 化け物クラスの戦闘狂(バトルマニア)がそれを使っていたならば、ありえなくは無い。


「で、クレヴの知っているスピカという人は、どんな人なんだ?」


「何故気にする? 別にスピカって人の親族が同郷なだけでさ、普通の人だよ、うん」


「あんな驚いた顔して、普通な訳が無いだろう……?」


 やはり、誤魔化せなかったか。というか、あの方とやらの説明をシリアがしていたというのに。

 どうして俺が説明する立場に変わっているのだろう?


「……俺としては先に其方(そちら)の話を聞きたいんだが? 俺の方は特に面白い話じゃないし」


「あれだけクレヴが驚いたから、気になるんだ!」


 ムキになって(わめ)くようにして言うシリア。

 外面は凛とした格好良さと歳相応の可愛らしさが、実にマッチした人物であるのだが、そのメッキが剥がれると良くもまぁ、ここまで子供っぽくなるものだ。

 いつもより距離が近いからか、そのギャップが更に映えてしまったのか、思わず立ちくらみに近い感覚を覚える。

 遠く傍目で眺めている分では、微笑ましい程度にしか感じていなかったが、まさかこれほどとは……。


「分かったよ……話せばいいんだろ、話せば」


 諦めたように溜息を吐き出すと、シリアが破顔一笑して、ようやく俺から距離を取ってくれる。

 が、しかし何か期待した目で見てくるのは、いただけない。

 というか、それに便乗してリュドミラまで彼女の隣に並んで、同じような眼をしてくるとは……まぁ、妹の方はわざとなんだろうけど。

 

「さっさと話しなさい、愚図」


 鎧女は特に期待していないようで、俺に視線を遣らずに周囲へと注意を向けていた。


「……俺の知っているスピカって人――もとい一族は呪われし一族なんだ」


「呪われた?」


 若干、シリアの食い付きが良くて、少し困る。

 姉の方は『呪い』という言葉に顔をしかめるのだが、妹の方は何故だかワクワクした表情を見せる。


「あぁ。彼女達の一族はな、何故だか知らないけど昔から女性しか産まれなくてな」


「呪いって、その程度なのー?」


 期待外れだったのか、頬を膨らませるリュドミラ。

 だが、そんな彼女の様子に気にも留めず、話を続ける。


「で、その一族は女性だというのに、どいつもこいつも自分の身体を鍛えることしか頭になくてな。食事、風呂、睡眠以外は全部修行に充ててるくらいでさ」


「皆が、そうだったのか? 今までずっと?」


「例外は無かったそうだ。それで、可能な限り修行だけをしたい彼女達は初めのうちは俗世に邪魔されない秘境とかで修行していたんだけど……」


 そこで俺は一旦、話を区切る。身内の恥を話しているので、結構堪える部分があるのだ。

 このまま口を閉じていたいのだが、彼女達がそれを許してくれるはずもない。

 せめて微妙な表情をしている顔を伏せてから、口を動かす。


「ある時、俺の村の人がその秘境に訪れてスピカ一族に出会って、そのまま連れて帰って来たらしくてな。

 ――それから、スピカ一族は他人様の家に寄生する方法を覚えてしまったんだとか」


 サラナ村には、はっちゃけた性質を持ってはいるものの、過度なくらい善良な人が多いので。

 働かなくとも文句一つ言わず、旅人には食べ物をくれるし、泊る場所だって与えてくれる。

 まぁ、歓迎の仕方がちょっと変であったり、ハタ迷惑だったりするので、大抵の余所者は泊ったりすることは無いのだが。

 そういうことを気にしないスピカ一族の人間は、これ幸いと人の家の中で修行を開始。

 秘境だと自分で食料を調達しなければならない手間が無くなり喜んだスピカ一族は。


「――で、今でも図々しく俺の村に住みついてるんだよ、働きもしないでな。まぁ、修行のスペースが無くなるとか言って、数年前に追い出された人がいるけどな」


 多分、寄生の味をしめた連中の血を受け継いでいることだし、その人も何処(どこ)かで寄生しているだろう。


「それだけ修行をしているとなると、その強さも相当なものなのか?」


「あんだけ修行している割に、実戦を好まないらしいけど――村の人曰く、対人なら父さんよりも強いんだって……全くもって信じられないけど」


 代々受け継がれてきた彼女達の技は、代を重ねるごとにその精練さを増していき、更には他の武術からも技を取り込み、成長していくんだとか。

 ちなみに、父が現在乱発している『衝撃』も、彼女達は習得しているらしい、というのだから恐ろしい連中である。


「つまりー、一言で纏めるとー?」


「最強の引きこもり一族、ってとこかな……」


 修行以外の事には一切興味を示さないとか、完全に呪われているとしか思えない――と、村の連中ですら感じているのだから、相当なものだろう。

 しかも、それでいて一族の連中は非常に能力が高いのだ。

 修行の片手間で言葉や文字など知識を吸収し、一度覚えたものは忘れない記憶力に、教えたことも大抵のことは出来てしまう器用さ。

 はっきり言って、凄くもったいない。


「シルヴァさんといい、クレヴの住んでる村は凄いんだな!」


「いや、一部の人を除けば普通の人と何ら変わり無いって」


 但し、強さに限るけど。趣味に走ると、あの村人達の拘りは常人のを軽く超えてしまうからな。

 中には、過去に雨乞いの舞を極め、自然の法則を曲げてまでも雨を降らした人がいるってぐらいだ。


「そういえばお義兄ちゃんさー、『スピカ一族』って言ってたけどー。その人達は家名を与えられた貴族なのー?

 それとも勝手に名乗ってる頭の痛い人達ー?」


「名前を考えるのが面倒らしくて『スピカ〜世』とかいった感じで、名前も受け継いでいくんだと。

 だから『スピカ一族』って村の人達はそう呼んでたな」


 伝統とかそういった立派な理由が無い辺りが、彼女達の残念さを感じさせる。


「おい」


 何やら神妙な顔付きで、鎧女が声をかけてくる。


「まさか、その追い出された人の名前が『スピカ56世』なんて言わないでしょうね?」


「うぇ?」


 思わず、変な声が出てしまう。

 鎧女がその名前を口にしたということは、だ。つまり、俺の知る『スピカ』と彼女達の知る『スピカ』が、同一人物ってことか?


「そのお方とやらの髪の色は、世にも珍しい桃色だとか?」


「そうですね……」


 互いの間に微妙な空気が流れていく。もはや、俺には苦笑いすることしか出来ない。

 国の中心に寄生するとか、予想の斜め上を行き過ぎた。


「……高貴なお方故に姿を現さなかったのではなく、ただの引きこもりだなんて」


 鎧女の幻想が崩れ落ちている間に、父の方で何か動きがあったらしい。

 雄叫びに似た歓声があちこちで上がる。


 どうやら残っていた2体のうち、B級の方が倒れたらしい。


「うっ……」


 急に発作のようにして起こる身体の震え。この感覚して、トラウマによるものだろう。


――痺れによって動かない両腕。それなのに容赦なく迫る剛腕。

 そう、確か『腕が使えない時の対処法』を父から強引に教わっていた時のものだ。

 対処法を教えるからと言って、一時的ではあるが本当に使い物にならなくする徹底振り。

 足で攻撃を受け流す、なんて曲芸に近いことまでやったっけか。

 辛かったなぁ……。


「おーい、クレヴ、カミラ! もう戦闘は終わったから引き上げるそうだ。遠い目をしてないで、私達も戻るぞ、ほら!」







 放心状態から回復すると、寒い外にいるというのに、何やら兵士達の間で明るい雰囲気が漂っていた。

 で、何もしていなかったというのに、俺達もそれに混ざって参加しているようである。

 まだ彼らの顔が赤くなっていないことや、テーブル代わりの大きな木箱の上に置かれた料理に手をつけていないことから、これから宴が始まるようだった。


「――ここで今回の功労者であるシルヴァさんから一言!」


 一の塔前に急遽作られたらしい台座に父が上がると、兵士達から拍手や口笛が送られる。


「今日も無事難局を乗り越えたことと、王女様一行、そして息子の訪問を祝って乾杯――といきたいとこなんだが」


 父がそこで間を開けると、兵士達も酒の注がれた容器を打ち付け合うのを止める。


「俺は今日をもって、ここの兵士を辞めさせてもらうぜ! 後のことはクレヴに任せてあっから。よろしく頼んだ!」


「ちょっ、えぇー……?」


 俺含め、ここにいる殆どの人達が目を丸くしている間に、父は壇上を降りると、そのまま駆け出した。


「待ってろクレアンヌ! 今戻るからなァァァ――ッッ!」


 最愛の妻の名を叫びつつ、去っていく父の背中に呆然とする中。


「あンの、糞親父がァッ!」


 俺一人、溢れんばかりの怒りによっていち早く回復すると、我知らず叫んでいた。

 『後は任せた』って、まさか昼間のあの台詞は、このことまで含まれているなんて普通は思い至れるはずがない。


「はぁ……」


 が、しかしすぐに怒りは冷めていく。あの父のことだ、馬車を使わずそのまま走ってサラナ村に帰るのだろう。

 今から走っても追い付けないし、それよりも父に王族の彼女達を押し付けられなかったことが、心を重くする。

 しかも、逆に仕事を押し付けられたし。あの父親に、である。

 短く、儚い自由だった……。


「…………い」


「どうしたクレヴ?」


「酒持って来いッ! こうなったら樽ごと飲んでやる!」


 ヤケだ。嫌なことなんて酒を飲めば全部忘れられる、と聞いたことがある。

 あぁ、もう辛いこと全部忘れる気で飲んでやる!







 この国では15歳から飲酒が認められてはいるものの、『身体に悪いものだから』と決めつけて、村の祝い以外では飲んだことが無かった。

 それに飲んだとしても、少量。喉が焼かれるような感覚が、どうも苦手だったのであまり飲めなかったのだが。

 男だらけで、酒はアルコール濃度が高く、大味な物ばかり用意されていると思っていたが、舌触りや喉越しの良いものも取り揃えてあったようで。

 流石に樽ごとは無理であったものの、瓶に入っている程度なら軽く飲み干すことが出来ている。

 サラナ村にいる人達は祭り好きで殆どの人が酒豪であるからか、俺もそこそこ酒には強いらしく、顔が火照ってきたのは瓶を7本ほど開けたところであった。

 最初は寒空の下で宴会なんぞ、馬鹿げていると思っていたが、酒が入り身体が熱くなれば、その温度も心地良く感じる。


「そろそろ私達は帰るが、クレヴはどうする?」


「あぁ、まだここで飲んでるから先に帰っててくれて構わんぞ」


 隣で食事をしていたシリアが席を立つ。

 すると周りにいた兵士達が残念そうな声を上げるものの、鎧女のひと睨みですぐさま黙る。

 その鎧女の背中には眠気眼(ねむけまなこ)のリュドミラが背負われていた。確かに遅い時間ではあるのだが、昼間あれだけ寝ておいて良く眠れるものだ。

 

「それじゃ、お休み。あんまり飲み過ぎるんじゃないぞ?」


 そう忠告されるのを聞き流し、軽く手を振ってシリア達を見送る。

 彼女達は酒に手を出していなかったので、足取りはしっかりしたものだ。俺は結構飲んでしまったが、一人で歩いて帰れるだろうか?

 まぁ、いざとなったら一の塔の中で寝泊まりさせてもらうとしよう。


「流石はシルヴァさんの息子、結構やるねぇ!」


 鎧女がいなくなったことで、俺の傍に赤い顔をした数人の兵士が取り囲む。

 どの人も結構歳を食っているようで、父と同じくらいの年代だろうか。


「えぇと、今回は全然役立たず――というか何もやってないですけど?」


「いいや、その話じゃなくてよォ。あの王女様と()い仲しているじゃないかってことだ」


 その兵士の言葉に口に含んでいた酒を勢い良く噴き出してしまう。


「父さんにも言われましたけど、恋仲とかそんなんじゃないんですって。あちらさんは父さんに興味があるようで、俺なんかそのオマケ程度にしか見られてませんよ」


「そうかぁ? あの王女様に酌をさせるたぁ、俺にゃあ大層なことだと思うがなぁ」


 腕に大きな傷がある彼の漏らした感想に、立派な髭をこさえた兵士が続ける。


「しかも王女様の顔を見るに、嬉しそうにしてたしよぉ。この色男ッ!」


「酒に酔ってて、ちゃんとシリア様の顔が見えてました? あれは父にやるはずだったのを、仕方なく俺で済ませてただけですって。

 ある種の代償行為ってヤツですよ。息子だからどうか知らないですけど、あの人は何故だか俺と父さんとを重ねて見てるところがありまして……」


「するとなんだ、カミさんどころか子供がいるってぇのに、王女様はシルヴァさんに惚の字ってことかい?」


 若干、脳天の髪が薄くなっている兵士が、顎に手を当てる。


「正直、趣味悪いですよね」


「そうかぁ? まぁ、済まんな息子さん。意中の女が自分の親父に惚れてるたぁ、辛いよなぁ。でもよぉ……あっちのキツい美人さんはどうなんよ?」


 ケタケタと笑い、鋭い犬歯が目立つ兵士がそう言った途端に、周りの空気が少し上昇する。


「いやぁ、あれはいい女だったなぁ。息子さんのこと結構睨みつけてたみてぇだが、王女様に酌された時に、息子さんのこと殴ってたじゃねぇか。

 あれ、きっと照れ隠しだろ? 可愛い部分もあるじゃねぇか」


 勝手なことを言うスキンヘッドの兵士に、俺は顔をしかめる。

 酷い勘違いをしてやがる。あの鎧女が、俺なんかに好意を寄せているはずがないっていうのに。

 あれはシリアに酌されたことの嫉妬と、無礼に対する怒りで殴っただけである。

 特に外傷には残らなかったが、実はまだ痛みが続いているし。

 純粋に腕力で殴って、この痛さだ。もし座った体勢でなければ、首があらぬ方向に曲がっていたかもしれない。


「そうそう、まぁ俺は後数年してからの方がより美人になると思うがなぁ。全く羨ましいぜ、息子さん!」


 慣れ慣れしく俺の肩を叩いてくる、眉毛の薄い兵士。

 父さんもそうだが、この人達は男のくせに随分と色恋沙汰が好きだなぁ。


「ちなみに、あのカミラとかいう鎧女。結婚してますからね?」


「「「「嘘だろぉ……」」」」


 俺の一言により、あろうことか鎧女を狙っていたらしい数人の兵士が肩を落とす。

 言われっぱなしだったため、少し気分が良い。


「まぁ美人だから結婚していても、おかしくはねぇよなぁ。……ってぇことは息子さんは不倫相手だったりとか?」


「いい加減にしろよ、おっさん共」   

 

 酒の席とはいえ、流石に言っていいことと悪いことがある。

 誰があの鎧女と不倫関係になるものか。『命が惜しけりゃ~』レベルじゃないと、あんな奴と肉体関係なんぞ結びたくない。

 それに好きな人にしか、そういった事はしたくないのだ。

 ファーストキスは既に奪われてしまったから、せめて此方(こちら)だけでも。


「済まねぇ済まねぇ。気分が悪くなっちまったのは謝るぜ。んじゃ、ここは歳上らしく若者の愚痴でも聞いてやるとするか。なぁ?」


 チリチリとした髪の毛に、やけに分厚い唇が目立つ兵士が周りに確認を取ると、それに対して彼らは頷きを返す。

 気がつけば、結構な人数が俺の周りに集まっていた。


「ほら、なんかねぇのか? 女にモテないとかよォ」


「それはテメェがだろう? 不細工な奴がそんな話持ち出すんじゃねぇって」


「なんだと兄貴ッ!? 兄弟なんだから兄貴だって不細工じゃないか!」


 そうして、勝手に喧嘩を始める二人。周りは止めることなどせず、寧ろそれを(はや)し立てる。

 やりたい放題だった。


「そういや息子さん、宴始める前にシルヴァさんへ怒鳴ってたっけか?」


「そうだそうだ。今、シルヴァさんがいないし、存分に吐き出しちまえ」


 そう言って、詰め寄ってくる顔の濃い二人。


「うっぷ……。んじゃ遠慮なく。おろろろろろろ」


「「お()ぇじゃねぇよ!?」」


 地面の方から酸っぱい臭いが漂う前に、鼻を摘む。

 彼女達がいなくなったせいで、どんどん酷くなっていく彼ら。

 酔いもすっかり醒めてしまったし、どうしよう、もう帰りたくなってきた。


「それじゃ、一つだけ。あまり気分の良いものじゃないですけど、いいですか?」


「酒の席だからな、構わねぇって。若いモンが遠慮してんじゃねぇよ」


 頭髪のところどころに白髪が混じっている兵士に了承を得て、俺は口を動かした。


「ある時、父からの手紙に『B級と戦った際に100人中70人もの被害を出した』って内容があったんですよ。

 で、今日の戦闘を見てみれば、父さん一人でB級を倒せていて……。その時は何かあったのかなぁ、と思いまして」


「そのモンスターの特徴とか聞いてもいいか?」


「えぇ、確か赤くて空を飛ぶ豚みたいな奴、って書いてありました」


 俺がそう言った途端に、彼らの表情が苦笑いに変わる。

 まぁ、聞かれても気分の良い話ではないから当然のことだ。やはり、興味本位で聞くべきではなかったか。


「あぁ、あれね。あれは酷かったなぁ」


「そうだな。たまたま矢とかが切れてる時にやって来たもんだから、俺達にゃ石投げる程度の抵抗しか出来なくてよぉ」


「そんなもんがモンスターに効くはずも無くて、痺れを切らしたシルヴァさんが――なんと俺達の剣を徴収して、それをモンスターに向けて投擲したんだよな」


「それで。シルヴァさんがあまりに力強く投げるもんだから、剣がイカれちまったんだよ。運の良い30人がそれを免れたんだよな。俺なんて家宝の剣がボロボロにされたんだぜ?」


 ……あぁ、やはり真相なんて知るべきでは無かったんだ。

 父め、母に格好付けたいがために、わざと剣の部分を省きやがったな。これでは、受け取る印象がガラリと変わってしまうではないか。

 書き忘れた、とでも言えば嘘にならない、という辺りが余計に腹立たしい。


「――フン、俺なんてシルヴァさんに手を肩に乗せられただけで脱臼したんだぜ?」


「それはお前が貧弱なだけだろ。俺なんてシルヴァさんに剣を受け止められただけで腕の骨が折れたわ」


「お前こそ貧弱じゃねぇか。俺はシルヴァさんの張り手で肋骨がイカれちまったよ」


「まだまだ甘い甘い。俺なんて5人がかりでシルヴァさんと腕相撲した時、腕が折れただけじゃなく、肩の骨までイカれちまったがな」


 で、いつの間にか俺の愚痴を聞くはずだった流れが、『父にやられた怪我自慢』になってるし。

 しかも聞いていると、大体しょうもないことが多い気がするのは何故だろうか。

 後、ここにいる皆は父さんのやったことを良く許せるな、と思ってしまう。


「で、息子さんはどうなんよ?」


「あぁ、俺ですか? 5歳の頃、褒められた際に父からの抱擁で全身骨折とかですかね」


「「「「「やっぱ息子さん、(すげ)ぇ!!!」」」」」


 彼らから変な敬意を抱かれ、宴は更に騒がしくなっていく。

 流石に遅い時間になってきたのか、(まぶた)が重く、意識が一瞬遠くなる。

 なので兵士達に断りを入れて、席を立つ。

 酔いが醒めたと思っていたが、まだ酒が抜けきっていないからか、足がふらついた。

 これでは宿に戻るのは無理そうだったので、一の塔に泊まらせてもらうことに。


「ふぅ……」

 兵士達の明るい雰囲気のおかげで、沈んだ気持ちも和らいだかもしれない。

 気分が良いうちに睡魔に身を委ね、明日からの憂鬱は明日の俺に全て丸投げにすることにした。

 次から本題に突入です。

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