7
【クレヴ】
「ん、知り合いか?」
俺が後悔に苛まれている中。
自らぶっ飛ばしておいて、今更シリア達の存在にようやく気付く父。
そして、合点のいった表情で父は馬鹿なことを言い出した。
「あぁ。さっきのことは悪かったなクレヴ。近くに彼女がいるのに、そんなこと言っちまって」
「違ぇよ! 何言ってんだよ父さん! あの人は王女だぞ?」
先程吹っ飛んでしまったからか外套が捲れ、素顔が露わになったシリアを指差し、そう叫ぶ。
「逆玉ってヤツか? こいつは凄ぇや」
子供のようにゲラゲラと笑う父に殴りかかろうとするも、腕が痺れて上がりそうにない。
なので無理矢理蹴りを放つも、父は軽快な動きで避けられてしまう。
デカい図体のくせして、結構素早いんだよな。
まぁ、身体が大きいから動きも鈍くなるっていうのは偏見なんだけど。
身体を動かす筋肉が優れていれば関係ないと、嫌になるぐらいに父から見せつけられている。
「な……なっ……!?」
攻撃が当たらない事と、身体を動かす度に痛む身体に苛立ちを感じている間、シリアは顔を真っ赤にして、驚いていた。
好きな相手にそんなことを言われたのだ。ショックを受けてしまったのだろう。
が、しかしそこまで傷付いて見えないのは不思議である。父のことは異性として好きなのではなく、本当に尊敬しているだけだったのだろうか?
「ん、違うのか。つまんねぇの。でも、あの反応を見るに脈はあると思うぜ? 良かったな!」
見当違いなことを言う父に怒りを通り越して、哀れに思う。
この鈍感野郎め。母からの好意は神経質になるぐらいに気にするくせして、他の人からの関心なんざ、どうでもいいと思っているとか。
もはや世間様の目が父をどう見ているのか、父は全くもって気にしないのだ。
その目は息子にまでも向くのだから、もう少し考えてもらいたい。
「コホン……で、まだ私の質問に答えて貰ってないのだが、本当にシルヴァさんの息子なのか、クレヴ?」
「いえ、赤の他人です、はい」
「何言ってんだ、俺とクレアンヌの愛の結晶よ」
まぁ、今更誤魔化せないか。厄介な父もいることだし、諦めて白状するとしよう。
「あー、大変不本意だけど、確かに俺はこの人の息子ってことになってる」
「不本意ってなんだよ? 自慢すべき父親だとか、敬愛する父上くらい言えないのかよ。えーと、クレヴの親父のシルヴァだ。よろしくな、お嬢ちゃん」
王女に対して、村にいる小さな子供にするような態度と振る舞い。相変わらず怖いもの知らずな父である。
「あの、シルヴァさん。貴殿とは一度顔を合わせているのだが、覚えていないだろうか?」
少し弱気な顔をして、シリアが此方に近付いて来る。
「ん? どちら様だ? どこかで会ったっけか? 覚えてるか、クレヴ?」
「何故俺に聞く? ……あの青い髪と目に見覚えとか無いのか、父さん」
父の記憶力の無さに、うんざりしたように言ってやると、父の目が再びシリアへ。
顔をしかめ、小さく唸るも、まだ思い出せず最終的には、
「悪い、忘れた!」
と、思い出すのを諦めた。全く茶を濁そうとしない、どストレートな発言。
潔い、と言えば聞こえが良いのだが、父の場合は思い出すのが面倒になっただけであろう。
このままだとシリアが可哀想だとは思う。しかし、これ以上父に何か言っても無駄にしかならない。
シリアが言葉を重ねようとするのを、首を横に振って、止める。
「そう、か」
落ち込んだ様子で、ぺたんと腰を地面に下ろすシリア。
「すまんな、お嬢ちゃん。んじゃ、クレアンヌの病気が治ったってことだし、帰るとするか。
クレヴはクレアンヌへの土産、何があげたら喜ぶと思う?」
「あぁ、それなら洗髪剤とか良いんじゃない? ここのは温泉があるからか、力入れてるみたいだし、髪が綺麗になって喜ばない女性はいないと思うから――って、ちょっと待てや!」
「そうです、何を言っているんですか貴様は……」
鎧女が身体のダメージを気にするように、リュドミラを抱き締めながら、ゆっくりと立ち上がる。
そして、さり気無く、絶妙な加減でリュドミラの薄い胸を弄っているのだから、只者ではない。
「シリア様がせっかく貴様の元を訪ねたというのに、その態度は何なのです? 畜生にも劣る行為だと知りなさい」
「ハッ、人生で全く会う機会が無さそうな王族に構うよりも、クレアンヌとの貴重なプライベートタイムの方が重要に決まってんだろうが」
鎧女の言葉を父は鼻で笑うと、鎧女の額から血管が浮き上がる。
「なかなか無い機会だからこそ、貴重なんですよ? どちらが重要かと言えばシリア様とのご相手をする方でしょうに。……貴様なんかとシリア様が相手するのは、不本意なんですけど」
「それは人の価値観によるモンだろ。お前の意見を押し付けるんじゃねぇ」
「そうだー、ありふれたな物だって大事なんだよー。貧乳もしかりー」
青い髪を揺らして今更目覚めたリュドミラが、父に賛同する。
身体の小さい彼女は鎧女の手から逃れようとするも、非力なのか外れる気配がない。
コンプレックスの塊を好き放題にされるのって、一体どんな気分なんだろうか?
「そろそろアタシのハートをキャッチ&リリースー」
「……民間療法で胸を揉めば大きくなると言われていますけど?」
リュドミラを抱いたまま、大変言い訳がましい口調で鎧女がそう言う。
「そんなこと実際に効能あったのならー、今頃皆、乳が大膨張してるってー。乳革命だよ、貧乳は女に非ずになってるよー」
その時のリュドミラはいつものように笑ってはいた。
笑ってはいたのだが、何故だか俺には泣いているようにも思えた。
「……リュド、こんなに大きくても邪魔なだけだぞ?」
脱力した状態で地面にへたり込むシリアが会話に割り込む。
父の容赦ない一言で落ち込んでいたのだが、どうやらそんな状態であっても話には混ざりたいらしい。
いや、ショックを何かで誤魔化したい気持ちがあったからこそ、会話に混ざろうとしたのだろうか。
「そうだねお姉ちゃんー。胸なんてただの脂肪だもんね――なんて言うかと思ったのー? このおっぱい富豪めー。
持たざる者の気持ちが分からないから、そんなことが言えちゃうんだよー」
「小さい胸もまた一興だと思いますよ、えぇ」
未だに胸から手を離そうとせず、鎧女がしたり顔で頷く。この女、初めに会った時とは、まるで違う。
いくら公の場では無いとはいえ、本性を表し過ぎではなかろうか?
「カミラも持たざる者のくせに何言ってるのかなー?」
だがリュドミラの一言で、気持ち悪いくらい滑らかな動きをしていた鎧女の手が、唐突に止まる。
まさか自分に話が回ってくると思っていなかったのだろう、唖然としてしまった鎧女が震えた唇を小さく動かす。
「私は小さくは無いですよ、リュドミラ様?」
「でもカミラの胸って主に筋肉で構成されてるじゃんー。胸筋はおっぱいに非ずだよー。
もし、それが有りって言うならーそこの筋肉達磨なんて胸囲が驚異的じゃないのー」
まさかの飛び火である。思わず父の方に顔を向けてみると、父は聞いていなかったのか惚けた顔して此方を見てくる。……俺が言った訳ではないのに。
まぁ、今の俺みたいにこっそりと途中で逃げ出そうとするよりかは、マシかもしれないけど。
鎧女に睨まれながら、渋々元の位置へと戻る。
「父さん、話を聞いてなかったのか?」
「いや、このゴツい胸筋が、もしおっぱいだったらと考えるとなると、俺って巨乳とかのレベルじゃないよな、と思ってな」
だから、どうした。
そう言ってやりたかったが同時に父の相手をしたく無くなってしまう。
というか、胸の話題に介入したいと思わない。男としては気まずいだけだと思うのだが。
「あぁ、ちなみにクレヴは大き過ぎず小さ過ぎず、程良い大きさが好みだぜ。なぁ?」
「何言ってくれてんだよ、父さんッ!?」
完全に不意を突かれた。話に混ざる気なんてこれっぽっちも無かったというのに、彼女達の視線が俺へと突き刺さる。これでは針の筵ではないか。
しかも強ち父の言っていることが嘘では無いので、否定しにくいし。
というか、何故父が俺の胸の好みを把握しているのか。
「親と子って好みが似るらしいぜ?」
そんな疑問に頭を悩ませていたのが顔に出ていたのか、父がニヤリと口元を歪め、頭に手を乗せてくる。
その表情もそうだが、俺の頭を簡単に包めるほど大きい父の手も、激しく苛立たしい。
「ふーん、そうなのか」
口では気にしていないと言っているくせに、自らの胸と俺の顔とを往復させるシリア。
やはり話題が話題だからか顔を赤くさせてるし、今度会話する時、気まずくなるだろう。
ったく、父の奴め。あまりの羞恥でシリアが父の顔を見れなくなってしまったではないか。
「ある意味、耳汚しですね」
鎧女は案の定、気にした様子は見られなかった。というか、コイツに羞恥した顔をする訳がない。
男の羞恥など興味の一欠片もない、というより気持ち悪いとでも思っているだろう。
まぁ女の羞恥した顔は大好物かもしれないが。現にシリアを見る鎧女の口元が少しだらしなくなっている。
で、癇癪を起こしていたリュドミラはというと。
自身の服の下に手を突っ込み、そして胸辺りで指を軽く曲げ、手の甲を前面に押し上げていた。
「パットトリックしても、まだお姉ちゃんに勝てないとかねー……」
そして勝手に心へダメージを負いながら話を蒸し返す。
そんなに嫌なら話を続けなければ良いのに、と思うのは俺だけだろうか?
――本当に今更だが、胸の話とか脱線し過ぎだろう。
「まぁ胸の話は置いといて、だ」
「何を言ってるのかな、お義兄ちゃんはー。胸って母たる象徴であってー、つまりー女性にとっては最重要事項じゃないー」
「リュド様、まだ母性を感じるような年齢じゃないし。俺、男だし」
「!?」
どうやら適当に返した言葉が自分で思っていた以上に効果があったらしい。
別に論破した訳ではないのだが、リュドミラが目を見開いて黙っている間に言いたいことを言わせて貰おう。
「父さん」
「ん、どうした? 小便したいなら下の階まで連れて行ってやってもいいぜ?」
「いや、それ父さんが行きたいだけだろ。何でも親子の感覚がシンクロしてると思うなよ。
って、そうじゃなくて――いい加減、いきなり俺を殴ったこと謝れよっ!」
「そしてお姉ちゃん、おっぱいに邪魔だって言ったこと謝りなよー」
ようやく言えたと思ったら、リュドミラからの不思議な便乗。何でも乗っかってくるな、あの人。
というか、皆はどうしてそんなに胸の話へ食い付いているのだろうか?
普通、吹っ飛ばされたのを怒ると思うのだが。
「あぁ、ごめんごめん。後、おっぱいごめん」
そして、父からのあまりにも軽い謝罪。頭を下げず、顔からは全く申し訳無さが感じられない。
寧ろ、にやけ顔から軽薄さがバリバリ出ていやがる。
「マジで痛かったんだからな! もうちょっと真剣に謝れよ――」
「少し黙れ」
思わず声を張り上げるも、父がそれを遮った。
先程とは声のトーンが低くなり、悪戯小僧のような笑顔から精悍な顔へと変貌を遂げる。
「クレヴはまだ遠くに離れた気配とか察知出来ねぇのか?」
「普通は出来ないと思うけど……?」
「少しは強くなったみてぇだが、まだ無理だったか。ったく、俺もいい歳なんだからよォ、いい加減父親超えしてくれてもいいじゃねぇか」
そんなことを父は言ってくれるが、多分一生かけても父という壁を超えられる気がしない。
死にかけレベルまで老衰していれば、何とか超えられるかもしれないが、父は俺より長生きしそうだから、無理に等しいだろうけど。
歳を取れば必然的に生物は衰えるはずなのに、俺の目からは全然弱くなっているように見えないし。
ここ数年で父が変化したとこなんざ、せいぜい顔に小皺が出来た程度のものだろう。
「東の方角に何か見えねぇか?」
そう父に言われて、俺は下に広がる景色を一望する。
冬になり植物の命が失われた大地には緑がなく、あるのは地面の色と同化するように生える枯れ葉や裸にされた木々に岩。
それらは、整地などされていない凸凹とした所に、乱雑にばら撒かれているようであった。
視線を更に先へと進めてみると、岩肌を晒した山が連なり、その麓には深そうな森。
良く目を凝らしてみるが、その景色を見るだけで精一杯だった。
「ごめん、何も見えない」
そう言って謝るも、父は気にした様子もなく話を続ける。
「クレヴ、あの山を越えた先に大きな集落――まぁ、小さな国みたいなものがあるのを知ってっか?」
「いや、知らないけど」
「そこにはよォ、結構強い戦士達が住んでいてな。アッチ1人に対してコッチは数人の兵士でかからないといけねぇ相手でよ。そんな奴らが何考えてんのか、結構な頻度でコッチに攻めてくるんだ」
「……で、そいつらが今回もここに来そうってことか? 場所が分かってんなら、そこに父さんが単身で攻め込めば何とでもなるんじゃない?」
それに対して、父は首を振った。
「アッチにも非戦闘員がいるだろうが。アッチがやったからといって、コッチも戦えねぇ連中を巻き込んでいい道理なんてねぇよ。
それに、どうもソイツらじゃない気がするんだ。
冬になりゃ食料が少なくなるから、奴らが商人の馬車でも狙いに来たと、俺も最初はそう思ったんだがな。どうも数が多い、多過ぎる」
「だとすれば、モンスターとか?」
「もしモンスターだとすりゃ、冬の季節にはあまり活動しなくなるってのに、おかしいとは思わねぇか?」
その父の言葉に、俺は頷いた。十中八九、山の方で『何か』があったのだ。
父がそう聞いてくるということは、それが自然に起きたものなのか、それとも故意に起こされたものなのか、俺に考えろということなのだろう。
「まぁ、来るなら撃退するだけだがな! 俺は考えたりするの嫌いだし、そういうのは頼んだぜ、息子よ」
「あいよ」
父は脳筋の部類に入るので、仕方がないといえば仕方がない。
意地悪で父に考えろ、と言ってる場合じゃなさそうだし、余計な事は口に出さないことにする。
まぁ、そこまで頭の回らない俺に聞くのも、どうかと思うが。
「それとだな、お嬢ちゃん達の避難先とかについては、まだ地面に倒れてる鍛え方の足りんアイツに聞いといてくれ」
それだけ言うと、父は塔の内部に入ることなく、そのまま地面へと飛び降りて行った。
……普通の人なら死ぬ高さなんだけどな。父の場合だと、足に痺れすら感じないというのが恐ろしい。
まぁ、頭から落ちたとしても瘤が出来るくらいで済みそう、と思えるのが真に父の恐ろしいところだが。
「よく分からないが、とにかく多くの敵が此方に向かって来ているということだな、クレヴ?」
口を挟んではいなかったものの、先程の話をシリアも聞いていたらしい。
さっきまでのショックは何処へやら。シリアは凛々しい表情に早変わりしていた。
「なら人の手は幾らあっても困らないはずだ。私達も加勢しに行くぞ、カミラ!」
「お待ち下さいシリア様! 危険ですって!」
鎧女の制止も聞かずにシリアは下へと駆け出していった。
その後ろを鎧女、そしてリュドミラが続いていく。
「……ごめん、父さん。少しも経たないうちに言い付けを破っちゃったよ」
まぁ、どうにもならなかった事だ。仕方がないと諦めて、俺も出来ることをしよう。
まずはここまで案内してくれた兵士を起こして、細かい指示を仰ぐのがいいかもしれない。
「起きてくださーい」
痺れた腕が回復したのを確認してから、平手打ちで彼の頬を張り、肩を揺する。
怪我している時には身体を揺らさず安静にしているのが良いと聞くが、今は緊急事態だ。
乱暴な手段を取ったとしても許されるはず。
「いつつ……、何故か顔がやけに痛ぇっ!」
「大丈夫ですか?」
つい叩き過ぎて彼の顔がやや膨れ上がっているが、気にしない。
決して俺がやったのだと顔には出さず、彼に話しかける。
「あの、起きて早々に済みませんが――」
簡潔に敵が迫って来ていることを彼に伝えると、彼はすぐさま立ち上がる。
どうやら身体に受けていたダメージは少なかったようだ。
「俺が気絶している間にそんなことが……。すぐに召集がかけられるから急がないと……!」
「急いでいるとこ悪いんですが、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
まだ聞けたいことが聞けていないので、慌てて彼を引き止める。
「あぁ、これからどうすりゃいいってことっすか? 正直、息子さんの手を借りたいっつーか、実力を見てみたいところっすけどね。
息子さんは客なんで、戦わなくとも別に構わないっすよ」
「そうですか。後、最後に一つだけ聞かせて貰いますが……」
少し間を開けてから、言葉を続ける。
「父さんのこと、怖くないんですか?」
こんなことを聞いている状況ではないのだが、これはどうしても聞き出したいことだった。
人は、あまりに自分とはかけ離れている存在を怖がる。
不気味に思う。その力が自分に降りかからないか、無闇に恐怖する。
だから昔、人は父を遠ざけた。
なのに、この一の塔では父の名前を聞いて怯える姿が見られなかったのである。
寧ろ、彼もシリアと同じく尊敬を念を抱いていていて。
何か、気になってしまったのだ。
「確かに、気絶する前に見た顔はすげぇ怖かったっすけどね。でも、あの人は命の恩人っすから。
どいつもこいつもシルヴァさんに危ないところを救われるっすからね。
会ったばかりの頃は確かに怖いって思ってたっすけど、今は感謝しても、しきれない。ま、そんなところっすかね」
これは他の人には内緒にしといて下さい、と付け加えて、彼は出口へと走っていくのを静かに見送る。
「あの父さんが上手くやれてるとはなぁ……」
父と同じく大雑把な連中だからなのか、それとも環境の違いなのかは分からない。
が、とにかく良かったと思う。口には出さないけど、なんだかんだいって母も父のことを心配しているからな。
……命の心配より、職場の人間関係の方を心配するって改めて考えると、少し変に思えるけど。
まぁ、帰ったら母に教えてあげるとするか。
もう一度、山の方に視線をやってから塔の中に戻る。
さて、思考を切り替えて、まずはモンスターの大移動って線から可能性を模索するか。
【シルヴァ】
日が傾き、天の色が青から赤へ移り変わった頃。
夕日に照らされ、伸びる人影。それらは簡易なバリケードの影に同化している中。
一際大きいものはそこから離れた先頭の位置を陣取っていた。
その影はまさに大木が如く。揺らぐことはなく、ただひたすらに立ち続ける。
「ようやく敵さんのお出ましかい!」
が、獰猛さを秘めた声を発せられたのと同時に、その影に動きが生まれる。
右手から長く伸びる得物は肩から離れ、地面と平行に構えられる。
その得物は刃渡り5メートルはある大剣。
ただ切れ味を犠牲にし、頑丈性のみに特化したその武器は剣というより、どちらかといえば鈍器に近いのかもしれない。
影の主――シルヴァは片手で大剣を水平に振るう。その大きさ故に重さもそれ相応にあるのだが、彼の腕の動きは軽々しく、その重さをまるで感じさせない。
むしろ彼にとってはこの大剣でも軽過ぎた。
「――ぜやァッ!」
彼は気合いを込めた声を吐き出すと、一足飛びで迫って来るモンスターの群れに突っ込んで行く。
そして、一瞬のうちに鈍い銀の一閃が数体のモンスターを薙ぎ払う。
「シルヴァさんに続けっ!」
それに遅れた形で、遊撃の役割を与えられた兵士達がその後ろを追う。
彼らに向かってくるモンスターの波は、目測でも千は超えているかもしれない。
圧巻の量。
普通の神経をしているならば、臆して逃げ出しているところではあるが――彼らは決して戦場を離れることはない。
数では圧倒的に負けてはいるけれど。
魔導師も前のルイゼンハルトで起きた騒動で、帰って来ておらず、数人しかいなくとも。
腰抜けで怠慢な騎士達が、この戦闘に参加していなくとも。
彼らは、仲間を信じているから。
後は後ろにバリケードで控えている者達が何とかしてくれる。それに、向かってくる敵は塔から投石機やバリスタで数を減らしてくれる仲間もいる。
彼らは与えられた役割――モンスターの侵攻をかき乱す事をただこなすだけ。
そして、何よりも。彼らが闘争心を失わずに済んでいられるのは、シルヴァの存在が大きかった。
「鬱陶しい、……震脚ッ!」
シルヴァの周りをモンスターが囲い、一斉に襲いかかる。
が、彼は突進での一点突破や防御の姿勢を取らず、ただ高く振り上げた右足を地面に叩き付ける。
彼の足が地に沈むと同時に――地面が大きな揺れを起こす。
その震動はいくら彼の体重が破格の4ケタに達していたとはいえ、ただ足を振り下ろしただけでは発生しない規模。
彼の周りにいたモンスター達が動くことが出来ず、その震動で強制的に倒される個体もあった。
その隙を突いて、シルヴァはすかさず大剣を振るう。
その一振りは、大振りでありながらしっかりとその残像が孤を描き、モンスターの体躯を切断する。
――が、まだその斬撃は止まらない。
彼の大剣によって切断されたモンスターが血肉を撒き散らすのに遅れて、刃の及ばない範囲にいたモンスターまでもが切り傷を刻まれていく。
何故、そうなるのか。
というのも、その見えぬ斬撃の正体が、衝撃波――みたいなものだからである。
実際に衝撃波なのか、彼自身にも良く分かっていない。彼の息子であるクレヴが取りあえず仮定しているだけなのだ。
その発生する理屈も理論も不明で、何となくで使えてしまう。そんな彼の物理法則は一体どうやって働いているのか。
ただ一つ、分かることといえば。彼が激しく人間離れしている、ということだ。
ちなみに、先程の震脚もその衝撃を利用した技であるのだが、こちらは彼が戦闘用に開発した技ではなく。
あまりの体重の重さに地面やら床やらが、歩く度にやたらとひび割れしまうことを妻であるクレアンヌから注意を受けて以来、その衝撃を逃がすようになった、というエピソードのことから、応用して生まれた技術だったりする。
シルヴァの衝撃によって、みるみるうちに数を減らしていくモンスター。
仲間のフォローに回る余裕が出来たシルヴァは遠くから衝撃を飛ばし、敵を狙う。が、それが味方に当たることは無い。
性格的には大雑把なシルヴァではあるが、衝撃を常日頃から、無意識に操っているために、狙い撃ちなど造作のないことであった。
敵に囲まれた際にやった大味の衝撃ではなく、本当にそれだけを狙い撃つような小規模なものも彼は放てるのである。
そして彼の真に恐ろしいのは、仮に誤って放ってしまった衝撃も続けざまに剣を振るった際に発生させた衝撃で相殺するのを、平然とやってのけるということだ。
「残り、大物が2体ってところかァ!」
そして戦場に残されたのは、巨体な彼よりも大きい個体、それも今まで生き残ってきただけあって、なかなか強い個体でもある。
1体は八本の足を持つ虫型のC級、そしてもう1体は岩のような硬質な肌を持ち、頭には歪な形に枝分かれしている2本の角を生やした、四足歩行のB級。
八本足の方はその足の多さからか、素早い動きで兵士達を翻弄していたものの、塔からの射撃により動きを制限することに成功したことで、彼らは戦いを有利に進めていた。
そのモンスターの魔法である『粘着領域』――モンスターの周囲の地面に特殊な力場を発生させ、動きを鈍らせる魔法――も、魔導師の地系統の魔法により無効化することが出来ていた、というのも大きな要因の一つかもしれない。
に対して、角の持つモンスターには、まるで歯が立たないようであった。 硬質な肌に己の得物では傷を付けることが出来ず、また『土流』――土による波を発生させる範囲の広い魔法で躱すのに手一杯となってしまう。
「(まぁ、あの魔法のおかげでアッチの敵も随分減らして貰えたんだがな。容赦なく倒れて貰うとするかァ!)」
シルヴァは角を持つモンスターに狙いを定め、地を蹴った。
当然、モンスターは彼を返り討ちにすべく『土流』を発動させるも、
「ウラァ――ッ!!」
シルヴァの震脚によって、その波を無理矢理かき消されて、彼の接近を許してしまう。
強く踏み込み、そして跳躍するシルヴァ。重力を無視するかのような、その跳躍は軽々とモンスターの頭上を取る。
「ぶっ倒れろやっ!」
両腕で大きく振りかぶり、モンスターの額に向けて大剣の腹を勢い良く叩き付ける。
しかし、そのインパクトの瞬間ではモンスターの巨大が揺らぐことは無く。叩き付けられた額に傷が付くことも無かった。
――が、同時にそのモンスターが身体を動かすことも無い。
モンスターの全身に衝撃を与え、その機能を麻痺させる。
いつからか同僚からスタン・パラライズと呼ばれるようになった、その技もまた――敵を倒すために生み出されたものではなかった。
まさかクレヴと手合わせする際、殺さないように、壊さないように、出来るだけ手加減したら偶然生まれたとは、彼ら親子以外に知る者はいない。
「――っせい!」
モンスターが身体の痺れで動けないところで、着地したシルヴァの追撃。
硬い皮膚に掌を当て、再び衝撃を叩き込み――今度はその巨体に揺らぎが生まれる。
そして地響きを上げて倒れ込むモンスターが再度動き出すことは無かった。
何故なら、彼の第二撃は麻痺させるものではなく、身体の内部から崩壊させるものであったからだ。
「(後はアッチのキモいヤツだが、さっきのアレやったら体液吹き出しそうで嫌だな……)」
シルヴァは顔をしかめて数秒考えてから、大剣の衝撃で足の何本かを吹き飛ばすと、
「後は頼んだぜ?」
と後始末は仲間に任せるのだった。




