6
【クレヴ】
「本当にすいませんでした」
「全く、最近のガキときたら――」
商人の彼に怒鳴り散らされること1時間。
ようやく終わったか、という解放感や、軽い気持ちで悪いことをしたな、という罪悪感、そしてあそこまで叱らなくてもいいだろうに、という不満よりも。
よくもまぁあんなにも長く怒声を張り続けられたことに驚きである。
いくら商人が呼び込みなんかしているとはいえ、彼の肺活量は相当なものだろう。
で、説教中に、そんな彼が騎士に向かって叫んでいた内容も判明。
何でも俺が覗いた馬車の積み荷を見られたくなかったらしいのだ。
あの時、例の馬車を除いて彼が所有する馬車の確認をしたのだから、一つくらい見逃してくれていいだろう、と強気に迫っていたのだとか。
そんなタイミングで俺がやらかしたので、本当に危なかったようで。
下手したら盗人扱いで即逮捕、ということもありえたらしい。
が、俺が介入したことで彼の大声に辟易していた騎士が俺をスケープゴートにして、他の馬車に向かったのが幸いだったかもしれない。
確認がうやむやになったし、物を取っている訳でもないので説教で許してくれることとなり、現在に至る。
「何をやっているんですか、貴様は……」
……まぁ先程の彼への悪感情など、嫌々保護者面している鎧女に比べたら塵に等しいが。
「常識が無い、マナーがなってない、とかなら、あの騒音発生器に言われたんで、小言なら別のものにしてくれるか?」
「では――死んで詫びなさい」
冷酷な色を帯びた瞳が此方に向けると、鎧女は己の首を親指でなぞる。
完全に足元見てやがるな、あの女は。しかし、何か言い返せる立場じゃない、というのが余計に腹立たしい。
「ところでシリア様とリュド様は?」
「貴様が馬鹿やって叱られている間に宿を見つけて、部屋で待機してもらっていますよ」
鎧女は苛立ちを隠そうともせずに、その感情を声に乗せて発していた。
そんなに苛立たしいのなら、俺のことなんて無視すればいいのに。そういう考えが顔に出ていたのか、鎧女が発言を続ける。
「私だって、貴様の顔を見るのが嫌なので置いていこうと思っていましたよ?
いっそ今の騒ぎで盗人として騎士に牢屋の中へぶち込んで貰いたかった。しかし、シリア様は貴様の為にこの騒ぎが収まるまで待って下さると仰ってくれたのですよ?
全くどれだけシリア様に心配かけさせるんですか……」
要するに、鎧女がここで俺を待っていたのはシリアの指示、ということだろう。
ただ、発言の後半部分だが、馬車での移動中でその心配を全て無碍にしてくれたのは、鎧女であることを忘れているのだろうか?
飯時に、一緒に食べようとシリアが誘ってくれたのも。
俺が寒空の下、濡らした布で身体を拭いているのを不憫に思ったのか、持ち運び式の風呂に入っていいと許可をくれた時も。
夜中に1人でこっそり馬車を抜け出して、不寝番を代わってやろうか、と毎日のように言われたのも。
鎧女の心無い一言を諫めようとしてくれたのも。
全部、全部。あの鎧女が台無しにしてくれやがったのである。
もしシリアが同行していなかったら、ルイゼンハルトを出発した初日であの鎧女に殴りかかっていたことだろう。
まぁ、あの鎧女と戦っても勝ち目は無いので、ぼろ雑巾のように道端へ捨て置かれるのがオチだと思うが。
「今日は宿でゆっくりし、あの忌々しいシルヴァに会いに行くのは明日ということになりましてね。
貴様と一緒の宿を利用するなど虫唾が走るのですが。
『ここまで一緒に来たのだから、クレヴも同行させていいだろう』、とシリア様が……」
「俺には他に用事がある、とか言わなかったのか?」
「同行した時点で既に暇人だと思われていますよ、貴様」
鎧女と溜め息が重なり、2人して眉間に皺を寄せる。
それからお互いに口を開くことなく、鎧女の後を追って宿へと向かう。
王族が泊まる宿は一体どんなものか、と思っていたら、なかなかお高い程度のところであった。
部屋代は彼女達持ちで、個室を取っておいてくれたようである。
荷物を整理している間に窓から夕日が差し込んでくるようになり、どうやら今日は外を見回る時間はないようだった。
それから、備え付けのベッドに転がっていると、部屋に食事が運ばれてくる。
金をかけているところはサービスもいいようで、食事を頂いた後、廊下に出しておけば片付けは従業員の人がやってくれるのだとか。
食事を美味しく腹に収めたら、温泉へ。
如何にも金を持っていそうな、立派な髭を生やした男達と湯を共にしたからか、緊張してあまりリラックスは出来なかった。
そして部屋に戻り、ベッドに倒れ込むと気が抜けてしまったのか、強烈な眠気と疲れが襲ってきて、意識を失うように眠りの世界へと誘われるのだった。
目を覚ますと完全に陽が登っており、周りは明るくなっていた。
どうやら久々によく眠ったからか、寝坊してしまったらしい。
といっても、元々が早起きだったため、普通の人達が起きる時間帯より少し早い程度なのだが。
「んーっ」
ストレッチで身体を解し、上半身を起こす。
「……ようやく、だ」
父に彼女達を押し付けて、自由を取り戻せる日がやってきたのだ。
辛かった日々も、ようやっと報われる。
名残惜しさなど微塵もありゃしない。
用意された朝食をゆっくりと味わうように食べ進め、最後に茶を一服。
食事を終えた後、時間を潰すべくいつもより長く時間をかけて身支度を整え、部屋を出る。
「おはよう、クレヴ」
部屋を出てすぐに、待ち構えていたシリアが元気良く挨拶してくる。
いつもの五割増しの笑顔を振り撒き、余程あの父に会えることが嬉しいようだ。
それに対して、彼女の妹は眠気がまだ抜けていないのか半眼だし、鎧女はやはり機嫌悪そうである。
まぁ、寧ろ鎧女の場合、機嫌が良い時に遭遇する方が少ないかもしれないけど。
「揃ったことだし、早速行くとしようか!」
「行き先、分かってんのか?」
意気揚々に歩き出すシリアに向かって、取りあえず確認を取る。
「シルヴァさんのことだ。一の郭でも一際大きな所に住んでいるんじゃないのか?」
「いや、四の郭にお住まいだと聞いてるけど?」
功績だけなら、そう思って当然かもしれないが、基本的に父は功績とか気にしないタイプだ。
サラナ生まれ故に、厳しい規則に縛られるのも嫌いなので、一の郭みたいな所には決して住んだりはしないだろう。
手紙にも、会いたくなったら四の郭の宿舎に来いと書いてあるし。
「クレヴは何でそんなこと知っているんだ?」
「あぁ……実は兵士の知り合いがいてな」
「そうか。しかし、流石はシルヴァさんだ。すぐに現場へ迎えるようにしているのか!」
父を買い被っているシリア。果たして実際に対面した時も同じようなリアクションが取れるかどうか。
「……シルヴァアア……!」
そして、シリアが高揚していく分だけ顔が険しくなっていく鎧女。
もう逆恨みでしかないのだが、半端じゃなく恐ろしい。
……俺が父の息子ってバレたら殺されやしないだろうか?
「……んぅ」
周りが騒がしいというのに、立ったままマイペースに眠るリュドミラ。
黙っている分には小動物みたいで可愛いのだがなぁ。
シリアが父の武勇伝を垂れ流すのを聞き流して歩くこと30分。
兵士が利用している質素な宿舎へと到着する。
「あのー、すいません。お聞きしたいことがあるのですが」
ちょうど宿舎から出てきた顔に傷のある兵士の男に父の部屋がどこか聞いてみると、
「シルヴァさん? あの人なら城壁の所にある、一の塔にいると思うぜ? だが、シルヴァさんに会いたいとは珍しいファンがいたもんだ」
「そうなのか?」
ガハハ、と大きく口を開けて笑う兵士に、シリアが不思議そうに問いかける。
「嬢ちゃんもファンなんてますます珍しいな、オイ。ま、大体のヤツは騎士団に憧れるからよぉ。
兵士なんて荒くれの集まりだからな。凄い、と聞いてもそれだけってことも多いもんだ」
物好きもいるもんだな、と彼はまた大きく笑うと、俺達に一の搭の場所を教えた後、ふらふらと何処かへと行ってしまった。
息が酒臭かったからな、あの足取りはきっと酔っていたに違いない。
朝から酒とは不謹慎だが、聞けたいことも聞けたので気にしないことにする。
「なんだ、ここから先は関係者以外立ち入り禁止だぜ? こんな所にいないで、さぁ帰った帰った」
四の郭を囲む城壁には、東西南北の4つの門とその門を左右で挟むようにして、8つの塔が建てられている。
一の塔は金属製で出来た相当大きな東門に接した塔のうち、背の高い方だと聞いてやって来たのだが。
着いて早々に、入り口付近にいた兵士に追い返される。
酔っ払いめ、一の搭が気軽に行けないのなら、そう言ってから消えれば良かったのに。
「そうですか残念ですね諦めて帰りましょうかシリア様」
息継ぎ無しにそう言い切った鎧女がシリアの背中を押して帰ろうとするも、シリアがその場に踏み留まる。
「ここまで来て会えないのは、ちょっとな。気が進まないが、正体を明かしてでも強引に通して貰うとしよう」
「我が儘はいけませんよ、シリア様?」
何やらあちらで揉めているが気にせず、門前払いしてくれた兵士の元へもう一度向かう。
こんなところで自由を諦めてたまるか。
「なんだ? 何度頼み込もうが無駄だぜ?」
「これ、見て貰えます?」
そう言って取り出すは、父の手紙。さて、効果は如何様なものだろいか?
「ん……? 確かにこの独特の文字はシルヴァさんのものだが、お前、何でこんな物を……?」
「これで関係者ってことになりません?」
「いや、いくら手紙を持っているからといって……? 待て、その手紙の内容は家族宛てみたいだな。まさか……」
不穏な空気だ。何かしくじってしまった気がする。
「クレヴーッ! もう少し引き止めといてくれー! 私もすぐそっちに行くから」
「クレヴ……? その名前は確か――」
シリアの叫ぶ声に兵士が、はっと何かに気がついたかのような顔をする。
「――いや、でも、仮にそうなら体格が……」
だが、俺がシルヴァの息子だと確信は得ていないようであった。
青髪の王女達にバレるのは非常にまずい。ここは一つ、彼には俺の素性を内緒にして貰うとしよう。
「……あの、一つお願いがあるのですが?」
「何だ?」
「シルヴァさんに、『クローゼットの奥、二重底、公開』って伝えてくれません?」
「はぁ? 何でそんなことをしなくちゃいけない?」
「まぁ言うだけなら別に問題ないでしょう?」
相手に軽く鬱陶しいと思われるレベルで、強気に聞き返す。
そうすることで、相手との友好関係を犠牲にして、此方の相手をするよりも、簡単な頼み事を聞いた方がいいと思わせられると、村に住むサマンサ(5)から教わったのを実践してみたが、どうやら上手くいったようである。
『子供の浅知恵と、侮ることなかれ。この方法を使えるのは若いうちのみだけなのだから。
相手にどう思われようが、此方の要望を呑んだのなら勝ったも同然よ』
これが5歳児の発言だというのだから、末恐ろしい。
流石は、無駄に格好付けていたけれど、振り返ってみれば凄く恥ずかしいことをしていた青臭い時期――通称『青の病』の最年少発症記録者だ。
将来はきっと相当な捻くれ者に育つこと請け合いである。
「――シルヴァさんから、通行の許可が出たっすよ、息子さん」
走って戻ってきた兵士の態度がいきなり軟化しているのをみると……完全に俺の正体がバレてしまったようだ。
まぁ、父に聞きに行ったのだから、当然といえば当然である。
ちなみに、彼に伝えて欲しいと頼んだあの言葉の羅列は、母が病気になる前に父が披露するはずだった一発芸用の道具の在処の事だ。
もうしばらくは村に帰っていないからな。自然と焦らされた形となり、どんなものか、と勝手に期待が高まっているかもしれない。
そんなところに、微妙なクオリティの一発芸を出したら大恥である。
母の前では良い格好したがるので、メンタル面でも滅法打たれ強いあの父にもダメージが与えられるのだ。
要するに、通してくれなきゃ恥かかすぞ、と遠回しに父を脅しているということである。
「あのー、出来れば俺がシルヴァの息子だということは御内密にしてもらえると助かるんですけど……」
「いやー、すんません。思わず皆に息子さんが来たと言い触らしちゃいました」
「…………」
時すでに遅し。あの父の息子が来たとか言われたら、知ってる人間なら気にならないはずがない。
俺だって父と他人だったなら、嬉々として野次馬になっていただろう。
だったら、せめて。王女一行だけでも、俺の正体を隠しておきたい。
「あー、連れには俺の事言わないで貰えませんか?」
「息子さんの頼みならば。でも、どうしてっすか? シルヴァさんに会いに来たんすよね?」
「……絶対、父さんと比べられるからですよ」
実際に息子の立場になってみなければ分からない、あの辛さ。
親が凄いと、当然その子供にも期待が寄せられるもので。
それで俺が想像以上の期待外れだと、判明した時の周りの反応ときたら、どうだ。
期待していた分、失望も大きいからかバッシングが大変酷いのである。
勝手に期待されて、困るのはこっちだというのに。こういうところでも、人間って生き物は自分勝手な生き物だと実感させられるものだ。
「はぁ、そうっすか」
納得はいっていないようではあったが、兵士の彼は俺の言葉に了承してくれる。
「おーい、入場許可出たぞー!」
「本当か?」
後ろに振り向いて、そう叫ぶとシリアが満面の笑みを浮かべて此方に駆け寄ってくる。
まぁ、鎧女からは本当に余計なことを、みたいな恨みがましいキツい目で見られたのだけど。
リュドミラはというと完全におねむ状態で、ついには鎧女に背負われていた。
若干不快そうな表情をしているのは、悪い夢を見ているからなのか。それとも鎧女が彼女の尻を執拗に撫で回しているからなのか。
まぁ、他人事だし、指摘すると奴の機嫌が悪くなりそうなので、触れないことにする。
一の塔外装も石造であったが、内部もどうやら同じく灰色の空間であった。
飾り気が無く、殺風景なのは男ばかりが利用するからなのか。
隣にそびえ立つ二の塔なんかは騎士が入るからか、外側からもある程度の装飾が見受けられるのであるが。
此方は実用性を重視している、と考えておこう。
案内の役目を買って出た兵士に連れられて、父のいるらしい塔の5階へと足を運ぶ。
一の塔は5階建て、つまりは最上階。5階には、物見または櫓の役目を果たすらしく、部屋などは存在していないのだとか。
あるのは広い空間に、5階全体を囲む落下防止用の鉄柵、二の塔にモールス信号を伝えるための、灯台にあるような発光する機械など。
下の階層よりも更に物がなく、殺風景といえよう。
ただ、太陽の光と地上よりも速く流れる風を浴びながら、広大な景色を眺められる解放感は良い感じかもしれない。
「おい、クレヴ……」
中央に仁王立ちする巨躯の男が、底冷えしてしまいそうな低い声を放つ。
分厚過ぎる筋肉に覆われ、人間離れした大きさをした身体は、縦の長さは俺の倍以上、横は4倍はくだらない。腕の太さだけでも俺の腰回りを軽く超えているだろう。
体躯の全てがスケール違い。顔だってそれなりの大きさであるのだが、あまりに身体が大き過ぎて小さく見えるほどである。
「お前……」
憤怒に満ちたその顔は、まさに鬼。
ただでさえ全身から威圧感を放っているのに、鋭い眼光が更にそれを倍増させるかのようだ。
「――何やってやがるんだよッ!!!!」
吠えると同時に――父が音を置き去りにするかの如く、一瞬の内に俺へと肉薄する。
速い、と驚きはしなかった。父の速さには、慣れていたから。
父が駆け出す一瞬前には、俺の身体は自然と腰を落とし、腕を前方へと構えていた。だが、未だにしっかりとは目視出来てはいない。
ブレる父の姿を全身の動きから、そして今までの経験からパターンを割り出し、父の攻撃を予測。
後は勘を頼りにして、受け流す体勢へと入る。
「――っ!」
掌に激痛が走ったと思った時には――足が地面から離れ、身体が浮き上がっていた。
完全に、受け流しきれなかったのだ。
「がぁっ!?」
後悔している暇もなく、まだ空中に浮いた状態だというのに、父は俺の胸座を指で掴み上げると、そのまま壁へと叩きつけた。
強制的に息が吐き出されたところで、首を締め上げられ、息苦しさは尋常なものではない。
硬質な壁と激突した背中の痛みで悶えてしまいそうなのを堪え、手を父の腕を伸ばす。
「ぁぁっ……ぐぁ……」
が、しかし全く鋼鉄より硬く、万力のように握られた父の手を退かせられる気がしなかった。
全然、力が入らないというのもあるが、身体が十全な状態であっても無理だろう。
意識が遠くなったところで――首元が緩められる。
どうやら俺が気絶して楽になるのを、父は許してくれないようだ。
「クレヴ、答えろ。お前は病気のクレアンヌ放り出して、一体何しに来やがったッ!? 俺はザビウス行く前にクレヴにちゃんとクレアンヌの世話を頼んだよなァッ!?
事と次第によっちゃ、いくらクレヴでもタダじゃ済まさねぇぞ!!」
激しく咳き込み、必死で肺に空気を取り込みながら、父を見る。
案の定、父は激昂していた。それと同時に、涙を流してもいた。いきなり父に襲われて、泣きたいのはこっちだというのに。
……まぁ、父が泣いていたのは、きっとこう想像したのだろう。
クレアンヌ――俺の母が亡くなったのを、知らせに来たのだと。
だが、信じられなかったから、父の心の許容範囲を超えたから、俺を見て湧いてきた怒りにすぐさま堪え切れなくなり、俺を殴り飛ばした。
事の顛末はそういったことなのだろう。
気を抜けば、すぐさま意識が吹っ飛びそうなのだが、それは父が許してはくれなさそうだ。
早く説明しないと、いつ父の攻撃が飛んでくるのか、分からない。
感情任せにしては、今回の父の拳が手加減されていたけれど、次がまた本気ではないとは限らないのだ。
父の本気を一度も見たことは無いが、多分受けたら身体が木端微塵とかになりそう。
「……説明するから……息が整うまで…………待ってくれない?」
「……あぁ、少しだけだ」
そう言って、父は俺を乱暴に床へ落とすと、その場に腰を落として眼を閉じる。力んだ身体の震えを見るに、そう長くは保てまい。
呼吸を繰り返し、俺は周りの様子を探る。
近くにいたシリア、リュドミラ、鎧女に案内役の兵士は父が接近したことにより、端の方まで吹っ飛ばされていたらしい。
シリアは柵に背中を強く打ったのか、柵に身を預け、背中に手をやりながら目を丸くし、口を大きく開いて此方を見つめていた。
リュドミラは鎧女に抱きつかれる形で庇われ、その鎧女は床に転がっており、すぐには動けない様子。
案内をしていた兵士はというと、柵の近くでうつ伏せになっていた。気絶しているのか、身体は全く動いていない。
パラパラと上から壁の破片が落ちてくるのが鬱陶しいが、それを払える元気は残っていなかった。
首を振っても微弱な動きしか出来ず、頭へと降り積もる。
「そろそろ、いいか?」
父が目を開き、俺を見る。先程よりかは、目が血走ってはいないようだった。
「結論から言うと、母の病気は治ったよ」
「それは、本当にか……?」
「あぁ」
俺は強く頷き、父を見つめ返す。威圧感が凄まじいが、決して目を逸らさないようにして。
それから数度の問答を繰り返し、
「良かったぁ……」
ようやく父が安堵した顔を見せてくれた。
「で、クレアンヌの病気はどうやって治ったんだ? 自然治癒?」
「いや、父さんみたいに寝りゃ治る単純な身体してないから」
「だよなぁ。強かそうに見えて、実はか弱い乙女なんだよな、クレアンヌは。
前に風邪を引いた際に、最初は俺達に隠してたんだがその無理が祟って、余計に悪くなって。
その後、ベッドで弱音を漏らした時なんか物凄く可愛かったよな!」
さっきまで怒りに満ちた顔をしていたくせに、もう気持ち悪いくらいに破顔していた。
というか、自分の母親が可愛いと息子に同意を得ようとするとか、普通はしないと思うのだが。
特に、俺ごと壁を破壊する程、思いっ切りぶん殴っておいて、する話じゃねぇ。
「偶然、リアナって奴が村に立ち寄ってな。母さんの病気を魔法で治してくれたんだよ。
お蔭で母さんが元気になり過ぎたくらいで」
「そうか! そのシスターちゃんには、お礼とかしないとな!」
やっぱり、その渾名が付くのか。リアナの性格は、シスターから程遠いというのに。
「非常に不可解だけど、そのリアナが家に住み着いちゃったんだけど」
「ほぅ、それはそれは。呼び捨てにしてるし……ようやく彼女を作ったのか!」
ニマニマと目尻を垂らす父に腹が立ってくる。
「そんな訳ないから。全く、微塵も」
「またまたー、照れんなよクレヴ? 一緒に住むくらいだからな、結婚まで秒読みってか?」
「おい父さん、いい加減にしないと殴るぞ。急所だろうが容赦しねぇ」
父さんからすれば、俺をからかっているだけなんだろうが、俺にだって我慢の限界はある。
リアナと恋仲とか、堪忍袋の緒だって簡単に切れてしまうさ。
「そう怒るなって。ありがたい後学になる、俺とクレアンヌの馴れ初めの話してやるからさ」
「んなモン誰が聞きたがるかよ、誰が」
「あ? 世界一可愛いクレアンヌの話だぞ? 殴って顔の面積を倍にしてやろうか?」
怒っていたのはこっちなのに、いつの間にか父がキレていた。
この理不尽な展開も久しぶりである。
「そうだな。母さんは可愛いよな」
「そうだろう、そうだろう。が、手出したら下半身不随にするからな、マジで」
あちらから振ってきた話題へ適当に返事しただけだというのに、この警戒振り。
「母親だぞ? そんなことあるわけないだろう」
「いや、クレアンヌは魅力的だからな。ありえなくは無い」
本当、母のこと好き過ぎるだろ、この人。
「――なぁ、クレヴ……」
あまりにも酷過ぎる父との再会に、思わず溜め息を吐き出したところで、父ではない声が俺を呼ぶ。
「クレヴがシルヴァさんの息子って本当なのか?」
殴られたことで誤魔化す余裕が吹き飛んでしまったのか。
彼女達が同じ空間にいるというのに、今この瞬間まで全く気にせず、普通に父と喋ってしまっていた。
あれほど彼女達を父に押し付けようと頑張ってきたというのに。
あぁ、やっちまった。完全に自滅である。




