5
【クレヴ】
シリア・リュドミラ姉妹にふって湧いた休暇により、俺の自由が失われた悲しみに暮れている暇も無く。
俺もその休暇を利用した旅行に同行するための準備をしなければならなくなってしまったのだ。
その準備として、まずは世話になっていた宿に戻り、部屋の鍵を返却する。
「お世話になりました」
そして10日分ほど先払いしていた金を返してもらい、勝手に拝借していた調理器具をこっそり戻しておく。
借りてた礼に銀貨を一枚、調理道具に忍ばせて宿を出た。
結局1日しか、この宿を利用出来なかったが、もっとあのベッドで寝られなかったのだけが心残りである。
一応、宿主にそのベッドがどこで売ってるか、聞いておいて本当に良かったけど。
この旅行とやらが終わったら、お土産の一つとして購入しておこう。
後は適当に市場を回り、生の野菜に、乾物や塩漬けなど保存がきく食料、いくつかの調味料、毒消しの効能を持つハーブ、そして水を買い足す。
宿に置いていた分と合わせるなら、1人で食べるには充分な量を確保出来たと思う。
一応、あちらさんも食料を用意してくれるとは思うが、鎧女が分けてくれない事があるかもしれないので、念には念を入れておく。
村から持ってきた荷物には、小さめの鍋に火打ち石、調理用のナイフ、砥石などがあるため、食に関しては特に問題はないだろう。
まぁ、あったとしてもそれは我慢すればいい。
いざとなれば、道端に生えている草で腹を膨らませるくらいなら出来るしな。
毒さえなければ後は鍛えられた胃腸が何とかしてくれる。
後は時間の許す限り、暇潰し用の書物選びに勤しんだ。
「多いなぁ」
シリアと鎧女の手によって、馬車の中へと詰め込まれていく荷物を見て、俺は単純に思ったことを口にした。
食料含め、少なくとも俺が用意した量の倍はありそうである。
まぁ馬車には無駄に収納スペースが余っているから別に構わない。寧ろ彼女達の方が有効活用出来ているのだろう。
……いつか、父や母とどこか旅行にでも連れて行ってやろうかな。
親孝行も碌にしてないし、これ以上に無いくらいに馬車を有効利用出来ると思うし。
「……で、リュド様は荷物を運ばなくていいのか?」
「あっちの脳筋達と違ってー、アタシはか弱いからねー」
だが精神的には随分と逞しいと思う。
この街には自由を謳歌しようとやって来たというのに、リュドミラのお陰で全て台無しにされたからな。
そうだというのに、リュドミラからは俺に対しての申し訳無さなんて、ちっとも存在していないように見える。
「それにわざわざ外套を着込んで目立たないようにしてるのにー、自分からそれを無駄にしてるような人の近くにいたくないからねー」
俺もそれには同感だったので、シリア達の手伝いをせず傍観を決め込んでいた。
「よし、終わったぞ!」
「あいよ」
ブンブンと大きく腕を振って、荷物が積み終わった事を知らせるシリアに短く返事をして、のろのろと彼女の元へと足を向かわせる。
気が進まなくとも、ここまできたら諦めるしかない。鎧女に城の方から緊急の召集とか期待してたんだけどなぁ。
そうすれば、否が応でも鎧女の方から中止を言い渡されてただろうし。
「で、行き先はどこなんだ?」
期待で胸を膨らませたシリアが無意識の状態でプレッシャーをかけてくる。
生憎と旅行なんて、父と2人で半強制的に、自然の厳しさ体験ツアー、とかばかりだったからなぁ。
かといって、まともな部類の思い出を探っても、近くの平原にピクニックへ行ったぐらいだ。
ピクニックじゃ彼女達が満足するとは思えない。だから――
「ザビウスなんてどうだ?」
――もう彼女達の要望など無視して、俺の役目を終わらしてしまえ。
「貴様、つまらない冗談は大概にしなさい。今度は斬りますよ?」
眼光を鋭くして、鎧女が剣の柄を掴む、その前に。
素早くリュドミラの背後へと回り込み、即席の盾になって貰う。
「ヘイ、リュド様。ここで奴めに制止の言葉を!」
「動くなー、こいつがどうなってもいいのかー?」
後ろにいる俺に向かって、リュドミラが掌を向けてくる。
その声は緊張感が無く、間延びしていて、とても可愛らしい。思わず鎧女の頬も緩む。
「構いません」
そして笑顔のまま、鎧女はリュドミラの頭上から俺に向けて拳を突き出してこようとしてくる。
どうやら俺とリュドミラの身長差を利用してきたようだが、それは甘い。
「ほら高い高いー!」
「なっ!?」
リュドミラを腰を掴み、上へと持ち上げる。意地でも盾の役割をやってもらうと、効果は抜群。
口を大きく開き、驚きの声を上げた鎧女は振り抜こうとした腕をギリギリのところで寸止めに成功する。
……間一髪だった。
おふざけをふっかけた身としては、リュドミラに対して罪悪感を抱くところだったが……鎧女に殴られる可能性があったというのに、リュドミラはヘラヘラと笑っているではないか。
「貴様、そんなことをして……! 不敬罪でしょっぴいてやりましょうか?」
「それはお前さんだって同じこと。道連れにしてやらぁ!」
「お義兄ちゃん、あそこはお姫様抱っこじゃないのー?」
鎧女と眼光のぶつけ合いの最中に緩い横槍が入る。
鋭い視線を逸らすことなく、律儀にリュドミラも相手してやることに。
「お姫様を抱っこすれば、もう既にお姫様抱っこなんだよ、付加価値的に」
「じゃー、おんぶしたら、お姫様おんぶー?」
「取りあえず、お姫様に何かしたら、枕詞に『お姫様』って付けときゃいいんだよ。
お姫様おんぶ……語呂は悪いが、文字だけ見れば全然おかしくない。抱っこがアリならおんぶもアリだろう」
「貴様がするのが、おかしいって言ってるんですよ。堂々と抱っことか、羨ま――もとい失礼な奴め。
そもそも私の見解ですと、貴様は抱っこしたタイミングは急過ぎて、完全にリュドミラ様を盾にしている狙いがあったように思えたのですけど?」
「盾の(役割をさせられた)お姫様って考えれば、凛々しい感じがしないか?」
「思いま――せん!」
……惜しい。
一瞬、鎧女がリュドミラのあまりに不似合いな武装姿を妄想してたっぽいが、勢いに流されなかったか。
さっきの言葉は、『今の俺をシリア様に置き換えて考えてみるんだ』、の方が良かったかもしれん。
それなら、おんぶの件ぐらいは頷いていたかもしれないだろうし。
「じゃあ、おっぱい姫はー?」
「姫って付けりゃ、何でも良いイメージになると思うなよ」
リュドミラの言ったヤツ、完全に姉への当て付けだろう。
俺なんか、というより男が言ったら完全アウトな台詞である。
「――で、いつまでじゃれ合っているつもりなんだ?」
と、このタイミングで冷静だったシリアから話を正常な流れに戻そうと梃入れが入る。。
若干不機嫌そうなのは、この会話に交じることが出来なかったからだろうか?
まぁ、まともな人間なら、こんな会話に参加したくないと思うはずなんだがな。
彼女は余程寂しがり屋なんだろう。
リュドミラに構ってやったことだし、そろそろ話を再開させるとするか。
「えーと、何で行き先がザビウスなんだ、と其方のカミラさんが聞いてきたところからでいいんだっけ?」
怒り心頭、といった様子であった鎧女もシリアによって宥められ、取りあえずは頭の血も下がっているようだ。
脳筋め、カッとなったらすぐに手を出してきやがるからな。今後とも気を抜かず、注意しておかないと。
「……えぇ。ザビウスは他の場所に比べると、強いモンスターが生息しているんですよ? そんな所にシリア様達を連れていけるとでも?」
「まぁ、そういうリスクはあるかもしれないけど、今は寒い時期だ。寒けりゃモンスターの活動も緩慢になる傾向にあるから、普段よりも危険度は低いしな。
それに――ザビウスにはシリア様がご執心のシルヴァさんだっている」
「ん、そうなのか?」
どうやらシリアはそのことを知らなかったようで、嬉しそうにしながら聞き返してくる。
てっきり父の動向くらい追っているものだと思っていたが、そうでもなかったみたいだ。
鎧女が、『余計なことを言うんじゃない』、と歯を剥き出しにし、感情が昂っているところをみると、鎧女がシリアに情報を回さないようにしていたらしい。
「後はザビウスの近くに山があるからか、温泉が湧いてるらしいし、のんびりするにはいいんじゃないか、と思うんだが」
「温泉かー、お風呂と何か違うわけー?」
「普通のお湯と違って効能とかあるんだとよ。肌とか綺麗になるらしいぞ?」
確かいつだったか父の手紙にそんなことが書いてあったっけか。
母に手紙を読んで貰えるように、母の興味を誘うような内容も同僚とか街の人に聞いたんだろうな。
大雑把な性格してるくせに母のことになると、ここまで頑張れるのだから……恋愛感情って本当に恐ろしいものだ。
「温泉……合法的に裸を……?」
どうやら鎧痴女の方も好感触なようで、行き先はザビウスで決定であろう。
……父には手紙を送るだけで済まそうと思っていたが、予定は変更だ。
父に彼女達の面倒を押し付けてやる。父の方がザビウスについて良く知ってるとでも言えば大丈夫だろう。
俺が父の息子だとバレるリスクがあるとしても、自由と天秤にかけるなら軽いものだ。
――何としても、自由を取り戻してやる!
心に再燃した諦めない精神が消えぬうちに、御者台に乗り込む、のだが……。
「よっと」
何故か隣にシリアが座ってくる。
「あー、シリア様に御者なんてやらせたら怒られるんで……」
現にあの鎧女が憤っている。というか、あの人どんだけ怒りっぽいのだろう。
過度なストレスは頭髪が寂しくなったり、早死にする原因にもなるというのに。
「あぁ、クレヴの仕事の邪魔はしない。ただ風に当たりながら景色を楽しみたいと思ってな」
「だったらアタシもー」
シリアが無邪気に目を細めて足を揺らす、その反対側にリュドミラが俺の傍らに近付いてくる。
完全に青の王女達に挟まれ、ちょっと複雑。
俺も男だ。美少女が近くにいて嬉しくないという訳ではない。
つい先日まで奴隷生活で、文字通り獣臭い男だらけだったからな。
女性の獣人を解放した後も、人間の男に酷いことをされていたからなのか、俺に近付いては来なかったし。
アンリエッタは慎ましい性格だったから、ある程度打ち解けた後も物理的な距離は取られていたし。
彼女から好意を寄せられたからとはいえ、あれは依存に近い何かだった。
こうして距離を置けば、恋愛感情ではなかったと落ち着いてみれば、そう気付くだろう。
……うん、何か落ち込む。
「そこ、退きなさい。変わってあげましょう」
そして、鎧女から御者台を下ろされる展開も読めていた。
大人しく場所を譲り、後ろの馬車の中へと入る。
さて、ゆっくり出来ることだし、早速書物でも読むとするか。
ルイゼンハルトから馬車が出発して9日。
自分以外が女性ということは、思っていた以上にハードなことだった。
特に、俺だけが外で連日不寝番というのはキツかっただろう。
途中でシリアが不寝番を代わってあげようか、と提案してくれたのだが、あの血も涙もない冷徹女があろうことにもこう言いやがったのだ。
『この男の心配する必要はありませんよ、シリア様。こう見えても寒さには強いので』
お前が俺の何を知っている、と思わず叫びたくなったところで、
『……では、貴様以外に誰が代わりをやれるというのです? 万が一シリア様、リュドミラ様に病気にでもさせてみなさい。貴様の首を刎ね飛ばしてやりますよ?
で、私には御2人の寝顔を死守する役目がありますから、不寝番の役は自動的に貴様以外の選択肢などないのですよ』
と、最後の方は完全に私情が含まれたことを小声で呟いてきたのである。
もし寝ようものなら、私が殺して地面に捨ててやる――という言葉のおまけ付きで。
だから引き受けるしかなかった。
冬の季節に、武器も無く、強いモンスターが現れたらどうしようか、と寒さに震えながら怯える日々を過ごしてきたのを。
そのお蔭で夜が来るのが無性に怖くなってしまった気がする。
あぁ、朝日ってこんなにも暖かいものだったんだな、と今の昼の時間帯は特に実感させられるな。肉体的にも精神的にも。
「なぁ、クレヴ。一体何をやっているんだ?」
荷物を隔てて、御者台に座るシリアが不思議そうな顔をして聞いてくる。
ちなみにこんな所にあるのは鎧女が俺とシリアの距離を置くようにするためだ。
で、その鎧女はというと、外の景色を眺めるよりも寒さに耐えきれなかったため、初日以降馬車に籠りっきりのリュドミラの方に絡みに行っている。
あの悪魔、どうやら一日交代でシリアとリュドミラの相手をしているらしい。
「あぁ、ただの癒し目的だよ」
正面から手元に視線を落とし、膝の上に乗せたスライムを見つめる。
片方の手を手綱に、そしてもう一方の手はそのスライムの上に乗せていて、確かに傍目から見れば俺のスライムへの愛情がシリアには分からないのかもしれない。
スライムを撫でる趣味って、世間じゃ広まってないみたいだし。
――まぁ、モンスターを愛でる人間など、狂人扱いされているらしいから、彼女に理解出来なくても当然と言えば当然だけど。
でも、いつかは皆に分かってもらいたいものである。
「それが、癒しなのか……?」
「触ってみるか? 結構触り心地がいいんだ」
「いや、遠慮しておこう」
笑顔で勧めてみるも、シリアに断られてしまう。
残念だ。ようやくあの日以来ずっと待ち望んでいた、スライムの良さを理解して貰えるチャンスが巡ってきたというのに。
だが、無理強いはしてはいけない。
例の『子供の躾 基礎編』で押し付けると余計に嫌われると書いてあったからな。
あれって意外と子供以外にも通用するから驚きである。
「素振りしたいなー」
「運動不足、ってヤツか? 飯の前にあれだけ振り回してんのに?」
青いポニーテールを揺らしつつ、空を見上げるシリア。
俺も彼女の動きにつられて空を見てみれば、彼女の瞳の色と同じ、透き通るような快晴が目に入った。
「馬車の中で素振りしちゃ駄目か?」
「リュド様とよろ……カミラさんがいるからな。もし当たったら危ないから駄目だろう」
「そっかぁ」
ずっと、シリアの動きが忙しない。
数日前から気付いていることだが、あまりじっとしているのが得意な方ではないみたいだ。
まぁ、1日2日程度ならのんびりしているのも苦痛ではないようなのだが、基本的には動いていたいのだろう。
「まぁ、代わりにまた腕立て伏せとか腹筋で我慢するしかないんじゃないか?」
「うーん……まだいい。見張りを続けることにする」
そう言って、シリアは顔を前に向けて、表情を引き締める。
どうやら3日前に偶然一体のモンスターが街道に現れたのをまだ気にしているらしい。
あの時はシリアが暖かい馬車の中でうとうとしている間に、御者をやっていた鎧女が素早く仕留めてしまったからなぁ。
今はよほど動き回れる大義名分を見つけたいのだろう。
そんなシリアを見て、俺は苦笑いをして――再び『魔導式魔力循環』を再開させる。
……重ねがけの魔法陣のことを話した時に、ルシルが結構驚いていたからな。あまり魔導について話さない方がいいだろう。
まぁ、一人ぐらいならという軽い気持ちで話したら、その人がついうっかりとそのことを他の人に話してしまう、なんてことがあるのを聞いた覚えがあるし、シリアにも話さないことにしている。
リュドミラなんかにバレたら、また弱みを握られそうだし。
また、副団長にハッタリをかました際にも魔導を使ったのもある。
あのハッタリも、俺の数少ない手札の一つになったのだ。ネタが割れてしまえば途端に効果が無くなるものなので、出来るだけ秘密にしておくべきなのである。
……まぁ、もし魔導の存在が知れ渡れば、魔法を行使する際にもっと便利になるだろう。
だが、俺は魔導師に貢献して一体何になるというのか。
俺は召喚魔導師だ。貢献をしたからといって、公的な立場として認められる訳ではない。
召喚魔導師を、俺を嫌悪する目が無くなる訳ではないはずである。
――と、少し周りの注意が疎かになっていたな。
魔導式魔力循環に意識を傾けながらも、シリアや前方の景色にも注意を払う。
魔力の量は増やそうとせず、循環速度だけを確かめながら、徐々に少しずつ上げていく。
そして身体から光が漏れ出したところで、すぐさまスピードを緩めて循環を停止。
で、次は手綱を握った左手に魔力を集中させてみる。
そしてある一定のラインで留めてみれば、何とあの発光現象は起こらない。
――これは、9日間続けてある仮説――というには推測が多過ぎるが――の『魔法を発動する際に起こる発光現象』の仕組みについて検証していたのだ。
それで、どのような時に発光現象が起こるのか『魔導』を使って確かめてみたところ、ある一定以上の魔力もしくはある一定の循環速度を超えた際に起こるものだと判明。
つまり、何が言いたいのかというと、あの発光現象は魔法を発動させようとするから起きていた訳ではなく――魔力が完全にコントロール出来ずに漏れ出した透過魔力なんじゃないだろうか、と考えたのである。
初めのは、明らかに召喚魔法を発動出来ないくらいに少ない魔力で全身を循環させたのだが、やはり発光現象が発生したのだ。
その次に左手に行ったことで、この仮説にある程度の自信を得ることが出来た。
多分、これは教えてくれたリアナですら知らないことだろう。
俺みたいに神経質になるまで確かめるのではなく、一定の理解を得たら放置とかしていそうである。
まぁ、俺がしょうもないことに、こだわっているだけなのかもしれないけど。
しかし、この仮説は推測だけで致命的な穴もあるため、まだ確信には至っていない。
フルデヒルドで奴隷をしていた時も魔導式魔力循環の練習をしていたが、発光現象が起きないことが多かったのだ。
あまり意識していなかったから、また推測になるが……魔力の流出を抑える方法があるというのだろうか?
「ん……?」
駄目だ、意識してみても出来ない。シリアにも魔力を勘付かれてしまった。
「いや、ちょっと高ぶってな」
「そうか」
そう言って再びモンスター探しに戻るシリア。魔導師なら偶にそうなることがあるし、何とか誤魔化せたかな。
中断していた思考を再開させる。
……そもそも、魔力はリアナに魔導式魔力放出で刺激されなきゃ、気がつかない程に弱く、そしてゆっくりと体内を巡っている。
この際に魔力が漏れ出していないのか。何故体内に留めておくことが出来るのか。
あれは魔法抵抗ですら、すり抜けるというのに。
それに、だ。
モンスターが魔法を発動させようとする際にも、発光現象が起きる奴と起きない奴がいたりもするのだが、何か法則性があるとでもいうのか。
今回も魔法について理解出来たのは、ほんの一部。結局考えても分からないことだらけだ。
まぁ、今回の発見で得られたメリットもあることだから、良しとするか。
――もし、この技術を完全に物にすることが出来たのなら、誰にも勘付かれることなく魔法を発動することが出来るのだから。
これは些細なことかもしれないが、いつかは役に立つ時もあるはずだ。
出来ることが少ない俺にとっては、何であろうと手数を増やしておくことに越したことはないのである。
……と、自分のことはこの辺にしておいて、次はスライムの特訓に移るとしよう。
魔導を一旦止めて、右手でスライムを回転させる。
小声でスライムに回転するよう指示を出し、左手はそれの補助だ。
補助は、スライム自身が回せるスピードの限界より少し速くなるよう、丁寧に。
スライムは成長する。しかも疲労がなく、作業パフォーマンスが落ちることはない。
だからこうしてスライムが耐えられる程度の負荷をかけ続けてやれば、驚くべき成長スピードを発揮する。
その成長は停滞することなく、1日で微妙に能力を伸ばすことが出来るのだ。
人間ならば、1日だけでは成長なんて実感出来ないというのに、である。
更に、身体の水分量が少なくなったりしない限りは、身体の調子が悪くなることもない。
スライムは、やれば出来る子なのだ。
閑話休題。
スライムの回転を鍛える方法は、他にもある。それはというと、先程まで自身の身体に行っていた魔導を使った方法だ。
まぁ、手で回していたのを代わりに魔力で回すだけなのだけど。
手では外部しか回せないのに対し、魔導なら内部からが可能になる。
幸い、どのスライムも魔導による回転を嫌がる反応を見せていないので、安心して特訓することが出来ていた。
あぁ、そうだ。スライムについての発見だが、スライムの体液は限りなく魔力に近いのかもしれない。
あの魔導で動くのだ、そう考えてもおかしくはないだろう。
微量の魔力を繊細なコントロールで操っていく。特訓を始めた時に比べると随分速くなったものだ。
――今日もモンスターに遭遇するような物騒なことはなく。
食事時には、鎧女が意外な才能を発揮して、保存食で作った割にはやけに美味そうな香りを放つ料理に背を向けて、1人寂しくモンスターの警戒をしながら干し肉を食らいつき。
シリアとリュドミラの湯浴み時には、彼女達の護衛で一緒に入ることの出来ない鎧女の愚痴を耳にして。
暗く静かな寒空の下、皆が寝てる中で星の明かりを頼りに不寝番。
いつものことだった。だが、それも今日で終わり。明日にはザビウスに到着するはずだ。
あぁ、こんなにも父に会いたくなる日が来るなんて思ってもみなかったな。
待ってろよ、父さん。そして俺の自由!
「ようやく見えてきたな!」
シリアのはしゃぐ声で目が覚める。
鎧女が御者台にいる時の昼間じゃないと眠る時間がないのだから、もう少し静かにして欲しいのだが、と思っていたのだが。
「えぇ、あれがザビウスですね」
鎧女の『ザビウス』という単語で、眠気が吹き飛んでしまった。
もうひと頑張りで、ゆっくり出来ると考えると途端に力が湧いてくる。
「おーい、リュド様ー。起きたんで身体の縄、解いてくれないか?」
ま、鎧女のせいで目覚めは最悪だけど。
俺が目覚めてから一時間後、馬車が動きを止める。シリアの嬉しさ満載の声がするので、どうやらザビウスに到着したらしい。
「実際に見てみると圧巻だな……」
城塞都市、なんて呼ばれている、ここザビウスは頑丈そうな四重の城郭に囲われている。
そうすることで敵の侵攻を阻み易く、そして遅らせるのだとか。
今いるのは、三の郭。外から数えて二番目の区域で、内に向かうごとに二の郭、一の郭と数字が減っていく。
四の郭はまるまる防衛などに利用するのか、馬車に乗ったまま三の郭まで来てしまったようである。
一の郭には一部の貴族と大層な武功を積んだ者達がお住まいの高い建物が建ち並ぶ。
二の郭はその他住民の住居、そして三の郭は観光に力を入れているらしい。
「――――!?」
大きな、怒鳴る男の声。どうやら近くに停めてある馬車の持ち主のもののようだ。
俺達の乗ってきた馬車の一回りは大きい馬車の近くに屈強な護衛達。そして、何やら騎士に怒鳴っている商人は恰幅が良く、顔に脂がたっぷり付いた中年。
いかにも金を持っていそうな人である。
つい興味本位で彼の荷物はどんなものか、とその馬車へと近付いていく。
幸い取り込み中らしいし、バレないようにするのは意外と難しくはなかった。
「ほぅ」
積んである荷物は想像していたような、金銀財宝は見られない。
代わりに、布に包まれた絵画とか不思議な形をした壺など、俗にいう芸術品があった。まぁ、これはこれで高そうである。
だが、そんな芸術品よりも目に留まる物が、それらに離れた場所に鎮座されている。
「あれは……卵か……?」
明らかに人よりも大きなサイズの卵。厳重に、何重にも見慣れない布に包まれていて、存在感が凄まじい。
「おら、何してやがるんだ?」
背中を強かに叩かれ振り向いてみれば、苦笑いする護衛の人達。
完全に悪戯小僧として見られているな。完全にその通りなんだけど。
そして、遠くから呆れ顔をする鎧女の姿。
全くもって自業自得なのだが、何か悔しい。
きっと俺も心底ストレスと退屈で辟易していたのだろう。
出来心、魔が差すって本当に怖い。
さて、頭下げるだけで許してくれるかね。




