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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
アスタール
8/136

5

『今日は少し身分制度についての話をしようか』


『わぁ、楽しみです』


『クラリッサ、またお前はそういう反応か……。一応授業中なんだが?』


『もう、先生ったら! 私と先生の仲じゃないですかっ!』


『生徒と教師という間柄だけなんだが?』


『またまたぁ、恥ずかしがっちゃってっ!』


『怒らないから、試しに何なのか言ってみろ』


『はい、私と先生は赤い糸で結ばれた――』


『そうか、じゃあ身分制度について話そうか』


『先生、反応がないのが一番(さみ)しいんですよ?』


『身分には、王族、貴族、平民、貧民という大きく4つにわかれているな』


『そして、私と先生は生徒と先生という身分を乗り越えて――』


『王族は言わずもがな、ルイゼンハルトの国王の親族の方々なんかがそうだな』


『って、少しは人の話を聞いてくださいよ!』


『それはお前にも返ってくる言葉だからな』


『似た者同士ってわけですね、私たち!』


『嫌だなぁ、それ』


『心外ですね、その言葉。それより説明の方いいんですか? まだ王族のところで止まってますけど?』


『意外と話聞いてたんだな、お前』


『私が先生の話を聞き逃すとお思いですか!?』


『そんなに強く言われてもな……。まぁ、屈辱的なことにクラリッサから授業を進めることを言われたからな、今から無駄口なしで進めようと思う』


『あぁん、先生とのコミュニケーションが……。えぇと、先生質問いいですか?』


『授業のことならな』


『王族の子孫だというならば、人類皆兄弟説を適応したら――』


『皆、王族にはならないからな』


『そうですね、もしそんなもの適応されたら、先生と兄妹ってことに……!!』


『ならねぇよ』


『しかしまぁ、それで真面目な質問なんですが、王族ってどこまでが王族なんです?』


『まぁ範囲としては、従兄弟辺りまでってことになっているらしいな』


『遠い親戚なんかはどうなるんで?』


『まぁ、血族ってことで、位の高い貴族くらいには優遇されているだろうな。まぁこの辺で王族の話は終わるとして、次は貴族だ』


『貴族っていうと、あの腹黒がデフォルトの?』


『それは、偏見だぞ? というより、ここにも貴族であるナサニエルとかもいるんだから、一種の侮蔑行為だぞ?』


『今日は休みっぽいです。ふぅ、助かった』


『他の誰かがナサニエルたちに言ってても俺は知らんぞ』


『その時は先生が生徒を助けるのが、お約束ってやつですよ!』


『悪いが、俺は熱血じゃないんでな』


『でも、そんな冷めたところも素敵!』


『満足したところで、授業進めるぞ』


『はい。それで、貴族っていうとお金持ちってだけなんじゃないんですか?』


『金を持っているのもあるが、まず色々と優遇された立場にある。例えば一番有名なのは、罪を犯して大金さえ払えば、罪が軽くなるっていうのとか』


『ひどいもんですねぇ』


『まぁ、他にも色々とあるんだが、今は大まかな身分についてだから流して

おこう。後、貴族の中にも階級みたいのがあってな、上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順になっているんだ』


『上の二つ、読み方が全く同じなんですけど?』


『そうだな、だが公爵と侯爵の間には「越えられない壁」があるんだ』


『例えば、生徒と教師の間に芽生える、禁断の恋とかと同じで?』


『取りあえず、それよりも高い壁なのは確かだ。貴族ってのは、国とかの貢献度によって昇級することがあるんだ。男爵が子爵に、みたいな』


『先生、私が生徒から先生の恋人に昇格するには、どれくらいの貢献度が必要ですか?』


『残念ながら、それも「越えられない壁」だ』


『そりゃないですよ。貴族よりも横暴です!』


『後、説明し忘れていたが、その「越えられない壁」っていうのが、端的に言うと侯爵がいくら国に貢献しても公爵にはなれないといったところか』


『一応、どうしてなんです、と聞いておきます。私のも含めて』


『先ほど、王族の遠い親戚は?、みたいな話をしただろう。あれに繋がっていてな、公爵ってのは所謂(いわゆる)名誉階級みたいなやつと考えてもいい。

 あれも王族と同じく、なろうと思ってなれるような身分ではないんだ。後、お前のについてだが、先生の中には昇格制度なんて存在しないから、とだけ答えておこう』


『でも、私はそれを乗り越えてみせる!! 不可能であればあるほど、燃えるもんです!!』


『まぁ、クラリッサは放っておくとして、次は平民についてだ。というより、これは説明としてはあまりいらないよな』


『私たち自身がそうですもんね』


『まぁ、国民の大体の層がこの平民に収まるからな。んじゃ、お次はラストの貧民についてだ』


『……』


『このようにクラリッサが暗くなるくらいに、貧民という身分は可哀そうな身分ということになっている』


『貧民っていってますけど、実際にはもう「奴隷」に近しいですよね?』


『まぁな。貧民には人身売買が適用されていたり、人間扱いされていない部分もあるからな』


『でも! 王族の方々は、それを認可していないんですよね?』


『あぁ、そうなんだが、貴族というのは隠し事がうまいもんでな。噂が立とうにも、今まででその証拠となるものが一切出てこないんだよ』


『それでは、罪を裁きようがない、と』


『表向きでは貴族の使用人として働かせていたりとかして、ごまかしていたりとかな』


『へぇ、そんなこと先生は何で知っているんです?』


『まぁ一応元貴族の学校で先生やってたからな。後、こういうことはあまり表立てて言わないように。

 先生からの忠告だ。それで貴族なんかに目をつけられても、先生は一切責任は取らないからな』


『貴族学校時代の先生について詳しく――』


『時間もちょうどいいから、今日はここまでな』


『延長を希望します』


『――さぁてと、今日はこれで終わりだな、っと』


『だからぁ、反応がないのが一番寂しいんですってぇええええ!!』







 日数も経って6月に入った。

 そして、今月はというと、そう合同実践演習のある月である。

 その開始までは後10日を切り、いよいよ始まるのだな、と嫌でも実感させられる。

 期日が近づいていくにつれ、生徒たちもなんだか気合が入っていくのか、魔法学校全体が活気で満ちているようだった。

 そして、そんな活気の影響は、俺の方にも少しだけ影響を与えてくれる。


 なんと、ナサニエルのいじめが最近なくなっているのだ。

 どうやら奴も奴で合同実践演習での結果を出そうと練習しているためか、俺に構う暇がないのだろう。

 なんだか、この行事は生徒たちにとって、非常に良い影響を与えているようだった。


 そんな中、俺はというと、生活面ではあまり変化はなく、特には変わらない日々を送っている。

 今日も今日とて、授業が終わった後、図書館に入り浸るという生活を送っていた。

 たまにレイオッド先生の手伝いなんかもあるけれど、基本的にはこちらの方が頻度としては多い。


「はぁ……」


 いつものように、名前も知らない(というよりも日記にも明記されていない)人の冒険記とやらを読み込んでいたのだが、どうも行き詰りになっていた。

 "三つ目"の魔法陣の形自体は、もうだいぶ覚えられてきている。だが、何度朝鮮しても、その魔法が発動できない。

 だから、コツみたいなものはないかと一からこの冒険記に目を通すが、書いてあるのは、その人の日常的な出来事についてがほとんどであり、他はというと、一面黒く塗りつぶされている(ページ)や、破られている頁なんかであり、特にそうしたことは載っていないようだった。

 まぁ、途中過程や失敗なんかをわざわざ日記で書く人なんか、あまりいないだろうから当然と言えば当然なんだけど。


「うむむ……」


 手詰まりとなってしまった。後はもう、あの二つのように己の感覚だけで試していくしかないんだけど。

 せめて補助魔法の知識があれば、何か進みそうな気がしなくもないんだけどなぁ。

 補助魔法、補助魔法と(つぶや)きながら、頭を悩ませていると、ある記憶がよぎる。

 思い出されるのは、そう。アスタールの大きな門の前で。

 ルシルと、並ぶ二人の男女。一人はダバルという可哀想な目にあった男で、もう一人が――確かフィリーネという魔法学校(ここ)で"補助系の魔法"を習っているといった少女だったはずだ。


「手掛かりくらいは何か掴めそうだな……」


 椅子から勢い良く立ちあがり、そして静かに席についた。

 勢い良く立ったせいで、椅子から大きな音が出てしまったのであの管理人さんに怖い顔で睨まれた、というだけではない。


「そういえば、フィリーネさんのこと、全く知らなかった……」







 こうなればヤケクソだ、ということで俺はフィリーネさんと繋がりがあると知っている、唯一の人物に会いにいくことにした。

 その名は勿論、ルシルである。

 ルシル――俺の頭の中で度々登場してくる優等生。

 同じ村出身ということでぐらいしか共通点がない彼女ではあるが、ちょっとしたことが原因で、俺をストレス発散の相手とするようになった、という関係だ。

 友達未満、知り合い程度といったところだろう。

 ちなみに、そのストレス発散とやらは、結構えげつないものが多いため、正直に言うと、ナサニエルのよりもこちらの方が俺としては大分くるものがある。

 ま、それは置いておくとして。

 それに、ナサニエルのイジメに動じない、気が強い人物でもあるため、他の人みたいに俺を避けるということはあるまい。

 確か、この時間帯でいうと、ルシルはちょうど火系統の詠唱魔法の授業に参加している頃だろう。

 さっそく、俺はそこに向かってみることにした。







 演習所A-1区画――主にA区画と呼ばれる場所は、詠唱魔法の訓練に使われることが多いからか、他の区画に比べ、区分けするための壁がとても頑丈で分厚い造りとなっている。

 そのA-1区画では、自然の中の、火系統の詠唱魔法の授業が行われていた。

 火系統の詠唱魔法は、詠唱魔法の中でも扱いやすい部類のため、多くの人が火系統の詠唱魔法の授業を受けるはずなのだが、そのA-1区画にいるのはざっと50名といったところか。

 他はどうしたのか、というと、お隣のA-2区画で行われていたりする。

 A-1区画が狭いのか、と言われると、そういうわけでもなく、普通にA-2区画と大きさとしては変わらないだろう。

 では、どうしてか。俺はその理由をまだ知らない。

 だって、俺は詠唱魔法の授業を取っていないから。まぁこういう機会に気になって覗くというのも当然だろう。


 演習所は、大きく頑丈な壁で囲まれているため、外から覗くとしたら、普通は出入り口である扉の隙間から覗く、といったところしか出来ない。

 だが、今は授業中ということもあり、その出入り口の扉も完全に閉められており、隙間が微塵も存在していない。

 だったら、どうするか。

 俺は外とを遮る壁をよじ登るという荒技で対処した。

 まぁ、結構な高さなので、落ちたら骨が何本か折れるで済むかどうか。取りあえず、痛いでは済まされないだろう。

 そういうわけだからか、俺以外、こういう覗き方をしている奴はいなかった。

 鍛えてなきゃ、そもそも登れないということもあるか。


「おっ」


 じっと授業の風景を見つめていると、全体に動きがあった。

 目一杯に広がっていった50人が、教える先生のいる中心に集まっていく。どうやら先生の話でも聞くのか。

 と思っていたら、別にそういうわけでもなく、集合し終わった後、一人を残して他の人たちは後ろに下がっていくようであった。

 何をするのだろう、と思い、出来るだけ身体を前にする。


「『ブラスト』ッ!」


 その一人だけ残った生徒が、詠唱をしたようだった。

 豆粒みたいに見える光が、生徒の掌に集まり、弾けた。

 なんだろう、と首をかしげようとしたところで、"それ"は一気に訪れる。


 ゴオオオオオオオオ、という大音量の空気を焦がす音。

 放たれた炎は凄い勢いで、爆発的に左右に広がっていく。

 それは何もかも飲み込んでいくような、灼熱の波。

 ひたすらに赤く、そして熱く。


 周りの空気が熱気を帯びたのか、少しその景色が揺らめいて見える。


「す、凄いなぁ……」


 驚いてずり落ちそうになった身体を保ちながら、それでもなお、俺はその光景から目を離せなかった。

 あんな広域の炎は見たことがなかった。

 たぶん、あの後ろで見ている50人くらいなら一気に焼き尽くすくらいは出来そうな範囲だった。

 こんなことするんだから、当然人は少ない方がいいよなぁ、なんて感心してしまうくらいだ。

 驚いている間にも、また次々と生徒たちはあの広域の炎を詠唱していく。

――なんだかもう、自分がやっている魔法がアホらしく思えるほどに。


 ごぉおおおん、と腹に響くような鈍い鐘の音が鳴る。授業の終わりを知らせる合図である。

 魔法に見惚れていた俺は、それでようやく本来の目的を思い出し、急いで壁を降りると、ルシルを探すことにした。


 そして、その数秒もかからず、ルシルを発見することに成功。

 というより、目的の人物であるフィリーネさんと一緒にいた。

 まぁ、二人が知り合えるところなんて、魔法学校以外には考えにくいし、当然と言えば当然だろう。

 二人を発見したのは、ちょうどA-1区画から出ていくところ。

 ルシルたちは女子5人のグループを形成しており、フィリーネさんもその中に含まれている。

 後の3人は、顔は見たことはあるけれど、名前は知らない人たちだ。

 にしても、あのルシルと並んで歩いていると、他の人との顔の造形の差というものが際立って見えてしまう。

 別に名前を知らない3人の顔が悪いってわけじゃない。特に二つ縛り――ツインテールといった髪型をしている女子なんかは美形の部類には入るだろう。

 しかし、ルシルと比べてしまうと、見劣りして見えてしまう。

 それだけレベルが高いと言えばそれまでなんだけれど。

 ……って俺も人のことが言えるような顔でもないので、比べたことを反省する。


「おーい、ルシルさーん」


 思い立ったら即実行ということで、ルシルに声をかける。

 "さん"付けなのは、あちらの指示である。あまり俺と親しい間柄だとは思われたくないらしい。

 ……いきなり、あまり親しくないフィリーネさんに話しかけるのはどうかと思い、ワンクッション置いた結果だ。


「あっ」


 こちらに気付いたのか、ルシルがこちらに顔を向けてくる。

 そして、友人に向けていたにこやかな顔から一転、少し嫌そうな顔をしてくる。

 だが、流石優等生というべきか、一瞬でまた笑顔を取り戻した。


「どうしたの、クレヴ君?」


 人の話を聞いてくれる(ふりをする)優しい(ように見える)ルシル。

 他の人から見れば、「こんなクレヴみたいな奴の話を聞くなんて、ルシルさんはなんていい人なんだろう」という印象を植え付けられるに違いない。


「ちょっと話があるんだけど、いいか?フィリーネさんもだけど」


 要件を率直に言ったのがまずかったのか、女子5人からの反応はいまいちなものだった。

 しかし、何かを察してくれたルシルは、いいよ、と言って、フィリーネを残し、名前の知らない3人を先に帰してくれる。

 なんだかんだ言って、彼女は優しい人物なのだろう。







「へぇ、私には用がないんだ?」


 前言撤回。やはり彼女はとても怖い人物でした。

 あれから、俺は2人に事情を説明したところ、やはりルシルに呼んだことについて言及された。

 恥ずかしいから、という理由も「理由になってない」、という一言でバッサリと切られ、お詫びとして今度何か(おご)る羽目となってしまった。

 厳密に言えば、パシリ(自腹)みたいなもんである。――一緒に買いに行くのは論外だそうだ。

 立場上、相手の方が学校内でのヒエラルキーが高いので、逆らおうにも逆らえない。

 これをイジメと言わず、何をイジメというべきか。

 ……こんな人のところへわざわざ自分から行くなんて、俺もイカレたものだ。


「……」


 俺がルシルに謝り倒していると、フィリーネさんがこちらをじっと見てくる。

 気になって謝るのがおざなりになってくる。


「あぁ、この子はいつもそうなのよ」


 俺の頭にチョップを落として、ルシルはフィリーネさんの方を向く。

 いつもそう、ってことはこう内気な面のことだろうか?

 今もなんだかんだいって、口を開こうともせず、俺のことを見てくるし。

 というより、少し睨んでいるといった方が近いか?への字の眉だから、少しわかりにくいけど。


「この子ね、人見知りなの」


 人見知りにしては、やけに俺のことを睨んでくるではないか。

 俺も負けずに、にらみ返してみよう。


「だから、不用意に触るとね」


 ルシルが、フィリーネさんの肩にポンと触れる。

 するとすぐにフィリーネさんが反応し、ルシルの手を目で捕捉。そして、捕捉した目標に一気に――


「噛みついた、だと……!」


 ルシルの指がすっぽりとフィリーネさんの小さそうな口に収まってしまった。

 歯を立てているからか、白い犬歯がチラリと見える。


「と言っても、手加減をしてくれてるから、甘噛み程度なんだけどね」


 ルシルはちょっと悪戯っ子のように笑うけれど、それより俺の視線はフィリーネさんへと集中していた。

 身体の小ささも相まって、彼女に庇護欲を誘うのに加えて、この子供のような行為。

 顔は童顔のルシルとは違い、少し大人びて見えるのに、このギャップともいうべきか。

 かぷかぷ、と擬音が出そうな行為をする彼女に、なんだか小動物のイメージが更に強まっていくような。

――要するにとても可愛らしい。


「アンタ、顔が凄く気持ち悪くなってる」


 なんだか、少し意識が飛んでいたようで、ルシルからとても軽蔑に似た目をしていた。

 にしても、あれだ。ようやくあの光景に納得がいく。

 あの光景――そう、ダバルという可哀そうな少年が、イアンドッグという犬に似たモンスターにボコボコにされていた時のことである。

 あの時、ルシルだけでなく、内気だと思っていたフィリーネさんもさりげなく弓矢で攻撃を加えていたので不思議でたまらなかったのだ。

 まぁ、ルシルの知り合いだから、変わった人間なんだ、と無理やり結論づけたが、まさか本当に変わった人間だったなんて……。


「つい、条件反射で……」


 フィリーネさんに今更恥ずかしがって言われても、俺には何と返していいか、わからない。


「というより、ルシルちゃん達が、いつもからかうからでしょ……」


「だって、反応が可愛いんだもん。にしても、手で払いきれなくなったら、まさか口が出るとはね」

 小さな声で抗議するフィリーネさんに、ルシルはおかしいようにして笑う。

 なんだか微笑ましい光景なんだけど、俺のことを忘れていませんか?

 っと、そういえば。さっきの光景で一つ気になったことがあったんだっけ。


「あのさ、ルシルさん」


「ん、なによ?」


 あ、なんかじゃれ合いを邪魔したから、少し不機嫌だ。


「あの時――グルタウロスの討伐の時にさ」


「だから何よ」


「どうして、イアンドッグの群れに対して、あの『ブラスト』だかを使わなかったんだ?」


 『ブラスト』を今日実際に見て知ったが、確実にあの時みたいな複数の相手に対しては、有効な魔法だと思ったのだ。


「あぁ、あれ」


 彼女は指で髪の毛を弄ぶ。どうやら、この行為は彼女が思い出す時にする仕草っぽい。


「だって、『ブラスト』なんて使ったら、ダバルって子が死ぬかもしれないじゃない」


 ……ダバルは一応気を遣われていたのか、と少しだけ複雑な気分になった。







 話が少し脱線しまくって、ようやく俺に主導権が回ってきたのは、ちょうどあの鐘が鳴った頃だった。


「そろそろ俺としては、本題に入りたいのだけど?」


「で、でも授業始まっちゃうよ、ルシルちゃん……?」


 心配そうな顔をするフィリーネさんだったが、ルシルは平然な顔をしている。


「フィリーネはないでしょ」


「だから、ルシルちゃんはあるじゃない……」


「でも、人見知りのアンタが一人で会話できるわけ?」


「ううう……」


 フィリーネさんの表情から見るに、おそらく俺と二人きりでの会話は無理そうである。

 っていうか、実際俺が目の前にいるのに、平然と会話を続けているのはどうなのだろうか?

 4人で行ったルルヌフの森の時なんか、あまり口を開かなかったというのに。

 俺ってそんなに存在感が薄い人間だったっけ?


「それに授業は『困った生徒を助けていたら授業に参加できませんでした』とか言っておくって」


 気楽そうに言うルシルだが、これは普段から優等生(ヅラ)しているからこそ出来る芸当らしく、教師からの相応な信用が不可欠なサボタージュらしい。

 ある種、嘘だとも言えない理由なため、余計にひどい。

 が、それは俺も一枚噛んでいるので、口を挟むことはしなかった。

 そもそも、ここまでルシルが協力的なのは、俺との裏取引がなされたからである。

 実は、先ほどの会話の途中に、ルシルにさりげなく交渉をしていたのだ。

 あの腹が黒そうなルシルである。彼女においしい話をすれば協力的になるかな、と思ってやってみたが、意外と効果覿面(てきめん)であった。

 交渉の内容は、「レイオッド先生の情報をあげるから、こちらにも協力してくれ」という簡単なものだ。


 正直、普段の俺ならばここまでの交渉はしなかったに違いない。リスクとリターンが釣り合っていないからだ。

 そもそも、相手はルシルという、俺よりもヒエラルキーの高い人物である。

 彼女の機嫌を損なえば、魔法学校での生活が苦しくなるし、そもそも俺は彼女と同じ村出身というだけで、魔法学校の男共には、無益な嫉妬をされているのだ。

 こんなところでルシルに話すこと自体が、自分の首を絞める行為だし、そもそも彼女自身が俺の話を聞いてくれない可能性だって存在する。

 レイオッド先生の情報だって彼女にとってはそこまでの価値がないかもしれない、と言うまでは何度も考えてきたことだ。


 では、なぜその行動に移したか?

 それは勿論、図書室でヤケクソ気味になっていた気持ちが再来したからであった。

 話が進まない――俺はそれでなんだかとても焦ってしまい、なんだか吹っ切れてしまったのだ。

 そして、今。その時の後悔が心にきていた。

 今更後悔したって遅いのだけれども、感情はコントロールできるものでもないのだから、仕方ないだろう。

 そうして、落ち込んでいるうちにどうやら、彼女たちの話はまとまったようである。

 もう彼女たちにはお願いして、時間を取らせてしまっているのだ。後悔したって、本当に遅い。


「それで、話ってのは何?」


 話を切りだしたのは、ルシル。どうやら説得は成功のようだ。


「あぁ、俺に補助魔法について教えてほしいんだよ」


「「……」」


 俺の台詞に対して、二人は無言で返すが、ルシルの方は少し呆れ気味に、そしてフィリーネさんの方はさっきのルシルの説得で不貞腐れているようである。

 あれ……?説得に成功したんじゃ?

 そう思って、ルシルに顔を向けるも、「こっち見るな」という視線で返される。

 ……そういえば、俺はちゃんとフィリーネさんに向かって頼んでいなかったっけ。

 その可能性を打ち消すために、俺は一度背を伸ばして、


「補助魔法について教えてください、お願いします」


 と礼をして反応を(うかが)う。

 チラッと上目遣いのようにして窺ってみれば、なんだか少しだけ戸惑っている様子。

 さてはルシルたちにからかわれ過ぎて、警戒しているんじゃないだろうか?

 ルルヌフの森の一件で、フィリーネさんは俺がルシルの知り合いだと知っているから、考えられなくはない。

 だが、しかし。そうであったなら、どうしてその日はあまり警戒しているように見えなかったのだろう。

 頭を下げながら、新たに浮かび上がった謎について頭を悩ます。

 なぜ、彼女は人見知りなのに、あの場に来ていたのだろう。

 一つは、思い浮かんだ。だが、俺は彼女についてあまりにも知らなさ過ぎる。

 これでいいのだろうか、と思う反面、これしかない、と思う自分がいる。

 だが、その時の俺はやっぱり吹っ切れていたのか、簡単に踏ん切りがついた。


「なんなら、何かの依頼を一緒に受けてもいいからさ」


 そう言った瞬間、彼女の顔が急変する。なんだか少し目を輝かせているような。

 どうやら、ルシルが言っていた好戦的な性格とやらは、人見知りのよりも上回っていたようだ。


 依頼――要するに『英雄制度』なんかのことを指している。

 モンスターなんかの討伐の依頼を受けたりすることで、地位や名誉を得られるかもしれない制度。

 誰でも受けられる制度ではあるものの、20歳を超えていなかったり、ある程度の実績がない者には色々と規制があったりするのだ。

 なぜ、そんな規制があるのか。それは依頼で死なれたりした場合、ヒステリックになった家族や保護者が出てくると面倒だからである。

 当然、フィリーネさんなんかも、家は結構有名なところの出らしいが、個人の実績としては年齢からにして、特にないに等しいだろう。

 あったならば、アスタールなんかでも話題が広まっているだろうし。

 だから、彼女個人では依頼を受けることはできない。受けるとするならば、規制をクリアしなければいけないのだが、規制としては大体は人数や技能なんか。

 グルタウロス討伐の場合は確か、人数としては剣士が最低でも50人。魔導師は10人分換算といったところか。

 20歳以下だった場合は、それが倍の人数となっている。そう考えるとルシルはどうやって依頼を取ってきたのだろう……?

 今は、それについて考えても無駄な気がするので、気にしないことにしよう。


 さて、フィリーネさんから好反応を得られたようだが、まだ返答は得られていない。

 少しだけ緊張しながら、返事を待つ。


「……じゃあ話してもいい」


 少し間が開いたが、なんとか承諾を得ることに成功したのだった。


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