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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
ザビウス
78/136

4

更新遅れて申し訳ないです。

リアルが思った以上に忙しくなるとは……

【クレヴ】

 何事にもタイミングが重要だと、昔母がそう言っていた。

 例えどんなに努力を積んだところで、決めるところをしっかり決める人間でなければ、その努力が全部水の泡になることだってあるという。

 その時、そのタイミングで。

 最善を尽くせば、ピンチがチャンスに早変わりすることだってある。

 

――しかし、鈍器を腰に携えた王女と、鬼や悪魔と並ぶくらいに邪悪な鎧女に絡まれているという面倒な状況に、自称俺の義妹を名乗る(はなは)だ面倒な王女が参入がしてきた場合。

 これってタイミングとかで、どうにかなるような状況にしか思えないのは、気のせいではあるまいて。

 不運に不運が重なって、退路を断たれたのではなかろうか?


 いや、諦めるな。良く考えろ。シリアの身内が襲来したからといって、必ずしも彼女達の味方になるとは限らない。

 あの頭の悪い会話で相手のペースを無茶苦茶に乱し、俺の嫌疑をはぐらかしてしまえば、まだ活路があるか……?


「おっとー、これは修羅場かなー?」


「カミラ、一体何があったんです?」


 案の定、リュドミラは遠慮無く首を突っ込んで来る中、俺の視線は彼女の後ろに続く付き人へと向かう。

 現在俺に絡んでくる鎧コンビに対して、主従共に目立たないように、という工夫が伝わってくる大人しい色合いの服装をしていて。

 服装なら、まるで違うというのに、両者共、鎧に身を包んだ者達の顔立ちと似通った部分があった。

 リュドミラはシリアと。そしてリュドミラの付き人は、カミラと呼ばれた憎い鎧女と。

 まさかとは思うが、鎧女と血縁があるというのか?

 姉妹で王族の姉妹の従者をやるとか、鎧女の一族は王族と何か深い繋がりでもあったとしたら……泣くかもしれないな。

 悪魔の血が流れる奴らが強大な権力と結び付くとか、考えただけで恐ろしい。


「何を(おっしゃ)るのですか、リュドミラ様? こんな奴、取り合う価値など御座いませんよ」


 鎧女が親族の言葉を無視して、俺を(さげす)む。


「そうだな、取り合ってるのではなく、クレヴには色々と確認しているところだ」


「確認ー? あー、指名手配のことねー。誘拐されて奴隷になってー、今度は犯罪者とか忙しいねーお義兄ちゃんはー」


「この人が例の……。見た目は普通ですのに、随分と奇特な人生を歩んでるんですね」


 鎧女の親族の方が、値踏みするような視線を向けてくるので、此方(こちら)も負けん気を発揮して彼女を見つめ返すと、あの鎧女と違ってキッチリ化粧を施した顔が目に映る。

 髪や肌にも手入れがいっているようで、姉妹で見栄えに差が出るのは歴然の結果だと思う。


「奴隷……? ふふふっ」


 先程まで警戒心バリバリだった鎧女が俺を指差し嘲弄する間、隣に立つシリアは首を傾げる。


「奴隷制度は廃止されたのではなかったのか? ま、まさか、それって愛の奴隷ってヤツなのか……!」


「シリア様よう、顔赤らめていきなり何言ってんだ?」


「気が早いなーお義兄ちゃんはー。そっちが指名手配されるから難しくなっちゃったんだよー?」


「リュド様も一体何の話をしている……?」


「ははは……因果応報ですよリュドミラ様? 結婚を甘く見過ぎなんですよ!

 何でもかんでも自分の思う通りになんてならない――我が(まま)なリュドミラ様が私の先を行くだなんて幻想なんです!」


 リュドミラの側で鎧女よりも黒い笑顔を浮かべる彼女に、鳥肌が立ってしまう。

 やはり、奴の一族は何か恐ろしいものがあるらしい。


「しかもクレヴを誘拐するまでとは、些か情熱的過ぎるのではないか、その人は?」


「シリア様、あんなのを欲しがる物好きなどいないはずです。何せ商品のおまけ程度ぐらいしか価値がない男ですから」


 いちいち此方を見ながら鼻で笑ってくる鎧女に腹が立ってくる。

 『女の最高の化粧は笑顔』なんて謳い文句があるが、奴には現在の他人を馬鹿にする表情が一番良く似合っていた。

 あそこまで露骨に、そして悪意に満ちているとは、マジで悪魔が人の皮を被っているんじゃないかと疑いたくなる。

 ここまで来たら、何か教会が売っている胡散(うさん)臭そうな聖なる水でもかけるとか、十字架を押し付けるとかして、一刻も早く浄化処理をするべきだろう。


「ニーナさー、結婚なんて腐る程あるじゃないー。もはや道端にゴロゴロ転がってるレベルでさー。

 貴族区にお住まいのマダムしかりー、平民区にお住まいの禿(ハゲ)頭しかりー。

 人間の婚姻制度に縛られなきゃー、オケラにアメンボに禿頭だって交尾出来る関係を持てるしー

 幼い子供だって結婚の約束してることだってあるんだよー?」


「うぐっ……。そ、そんなの妥協した結果に過ぎないだけですよ!

 好きでも無い相手を妊娠させて責任取っただけですよ、虫ケラも禿頭も。最後のは風化された記憶として二度とお目にかかれなくなるんで無効です、無効」


「結婚してない人に言われてもねー。負け惜しみにしか聞こえないー。妹に負けてる時点で既にそうかもしれないけどー」


 まさか、と己の耳を疑いながら視線は鎧女へ向かう。

 しかし、それに答えたのは彼女の主であった。


「あぁ。2、3年前にカミラの晴れ姿を見たが、綺麗だったな」


「お褒めいただき恐悦至極。しかし、前にも説明した通り、アレとの間に愛なんてありませんよ。アレとは利害が一致しただけです」


 当時のことを思い出し目を輝かせるシリアを見て、一瞬だらしなく頬を緩める鎧女だったが、すぐさま引き締めた顔に早変わりしていた。


「あんな妹が結婚出来て私は……」


 ニーナという女性も何か思うところがあったのだろう。

 著しくテンションが落ち込んでいる。

 ちょうど手の空いたリュドミラに小さく声をかけ、話を聞いてみることに。


「……リュド様や、詳しい話を聞かせては貰えませんかね?」


「んー? カミラは同性愛者らしいよー? その結婚相手もー」


 まさかのカミングアウトである。


「照れているのか、カミラ? そんなこと言って実は見えないところで愛し合っているんだろう?」


「私は男が嫌いなんですよ?」


「夫以外の、だろう?」


 何かシリアが凄く楽しげにしているが、やはり彼女も女なのか。

 いつも鈍器を振り回す姿しか見たことが無いので、少々意外だ。


「……貴族の間じゃ政略結婚とか蔓延(はびこ)ってるんじゃないのか?」


「実際に見たこと無いくせにー。偏見を持つなんて庶民の悪い癖だよー……って言いたいけどー、確かにそれもあるんだけどさー。

 予想以上にお姉ちゃんは幸せな頭してるからねー」


 だから身内にそれはないと思っている、と。

 そしてニーナとやらは、妹が先に結婚したことと、愛の無い夫婦関係だというのに彼女が円満な様子を見てショックを受けているのだろう。


 男女、人間関係の(わず)わしさとかから解放されているのは、気が楽になるのか。

 姉妹で精神的な余裕の差が結構出ているように見える。


 …………よし、いつの間にか彼女らが結婚の話に熱を入れ始めたことだし、そろそろ逃げるとしよう。


「うぅ……いき遅れだけは嫌ぁ」


「だったら選り好みしなければいいじゃないー」


「だってぇ、年齢差40歳のスケベ(ジジイ)とか体重差80キロの化け物とか生理的に受け付けませんよぉ」


 会話の様子を窺いながら、ゆっくり足をズラしていく。

 焦らず、慎重に。あちら側に動きを悟られないよう、上半身の動きは最小限に留める。

 この包囲網を突破すれば、後はトイレに行くとでも言って離脱してしまえばいい。

 騎士達との追いかけっこで逃げ足には自信がついたし、馬に餌をやってる間に右手に砂利を握り締めてあるので、万が一追い付かれた際の目潰しの準備も万全だと、そう思っていた。


「男が、逃げて行く……」


 だがしかし、そう思っていただけであった。

 あまりの落ち込みようにそこまで警戒していなかったニーナが、こちらに腕を伸ばしてきやがったのである。

 その動きはまさに狙いを研ぎ澄ました蛇。

 不意を突かれ、(アギト)と成した指が俺の腕を喰らう。


「あれー、どこに行くのかなー? まだ話は終わってないけどー?」


 青い髪を覆い隠す洒落たハンチング帽を弄るリュドミラが(わざ)とらしく聞いてくる。 こいつは結構目聡かったけか。どうやらまだまだ注意が足りなかったらしい。


「……離せ、離せよ! 人生の墓場に行けないアンデッドめ!」


「もう離しませんよ……! 私も人並みの幸せくらい掴みたいんです!」


「……俺の腕には幸せじゃなくて、多くの苦しみによって生まれた筋肉と骨が詰まってるだけだから!

 幸せになりたいなら身近にいる悪魔に魂でも売ってろ!」


 相当に握力が強いからか、ガッシリと掴まれたアンデッドの手が振り払えない。

 錯乱状態なのか息を荒くしてにじり寄って来る姿が心底恐ろしい。

 じわじわと焦りが身体の震えとなって現れ始める。

 このままアンデッドに構っている暇なんぞない。

 心を鬼にしてヤクザキックを繰り出そうとした、その時。

 首筋に当てられる鋭い感触。目だけを動かして見れば、その延長線上に伸びる銀色の光沢を持つ刃があった。


「悪魔って誰のことなんでしょうか?」


「さて、そんなこと言いましたっけ?」


 いつの間にか俺の側にいた鎧女が怒気を孕んだ声を発したので、すぐに逃げるのを諦めて命乞いの言葉を考えることにした。







 鎧女の拳により、頬全体がヒリヒリと痛むようになった後。


「人肌の温もり……」


 錯乱状態が解けた独り身アンデッドがちゃっかり拘束という(てい)で、未だに腕を掴んだまま結局離してくれずにいて。

 リュドミラはそれを面白がって彼女が腕を強く締め付けてくるワードを放ってくるし。

 シリアもシリアで、何故か俺が誰と結婚するか、とマイペース聞いてくる。

 やや混沌(カオス)となった事態の収集をすべく、俺は泣く泣く誤魔化せたはずの指名手配の話をもう一度持ち出すことにした。

 ……放置したままでいるよりもマシだろうし。


「――そういえば、そんな話もありましたね」


 鎧女はもう態度を変えなかった。大胆不敵に傍若無人。

 創作された物語に出てくる魔王みたいな奴である。


「随分殴られたのに顔が腫れてないんだな」


 シリアの興味は流れてしまったのか、俺の顔をジロジロと見てくる。

 目立った外傷は無いけれど、滅茶苦茶痛いことには変わりない。


「でー、何か言い残したことでもあるわけー?」


「リュド様や、遺言みたく言うんじゃねぇよ。……確かあの事件の証人って副団長だけなのか?」


「そうですね。しかし、顔はしっかり見ているらしいので『やっていない』とは言い逃れ出来ませんよ?」


 言い逃れ、というか物理的に逃げられないようにしている独り身アンデッドが据わった目で言ってくる。

 地味な顔とか言っておいて俺のこと好きになっちゃったのだろうか?

 ……いや、さっき馬車を見て金を持ってると思いやがったな。

 それで『私が結婚出来ないのに、他人が結婚出来るなんて許さない』、とかの危険思考になっちゃったのか?

 ……ありそうで困る。金があるだけでモテるからなぁ、金だけだけど。

 俺の場合だと金を毟り取られて捨てられるのがオチだろうな。


「いや、そこまでは言わないが、これだけは言わせて欲しい。爆破はしてないと」


「しかし地面にクレーターが出来ていて、側には大破した状態の大鎚があったそうですが?」


「その大鎚を使ってクレーターを作って、ボロくなってた大鎚が壊れただけ。よほど大きな音だったのか、それが爆発か何かと勘違いされただけだって」


 鎧女の疑問にすぐさま返事を返す。

 自信を持って、(へりくだ)ることはせず、相手の意思に呑まれぬように、しっかりと。

 もう上司ではないので、ついでに言葉遣いも強気にタメ口でいく。


「クレーターの規模を考えると私には、こじつけにしか聞こえないのですが。焦げた跡がないとすればシリア様、リュドミラ様と同じく地系統の魔法を使った、と考えた方がまだ現実的でしょうかね」


「しかし、そのやった理由が分からない。聞いていいか、クレヴ?」


 鎧女の言葉に続けて、シリアが質問を投げかけてくる。


「地面に埋めてた盾を取りに行ったんだ」


「盾? そんなものを訓練所で貴様が使っていた覚えがないのですが?」


「まぁ、訓練所では、そうかもしれないけどな。他では使ってることをシリア様とリュド様は知ってるだろう?」


 リュドミラには、ルイゼンハルトに初めて訪れた日に、リアナが俺を誘拐していると勘違いした時に。

 シリアには、一緒に護衛の依頼をした時に見ていたはずだ。

 二人に視線を送ると、二つの肯定が返ってくる。


「と、証人はいるから少なくとも訓練所から盗んできた、なんて罪を増やして貰っちゃ困るからな? そもそも訓練所に盾なんて無かったし」


「仮にそうだとして、何故そんなことをする必要があったんです?」


 理解出来ない、という風に呆れた顔をする鎧女。つくづく人を苛立たせる女だ。


「お前さん達に取られる可能性があったからだよ。少なくとも、悪戯でどこかに隠されるか、捨てられることもありそうだったしな。

 何か良く分からないが、騎士様達に随分と可愛がって貰ってたもんで。つい、ね」


 皮肉げに、そう言い返してやると鎧女の眉間に(しわ)が寄る。

 俺が鎧女が気に食わないのと同じく、奴も奴で理由も無く俺の態度が気に入らないのだろうか。

 まぁ、別に好かれようとは思ってないし、それで構わない――


「例えそうだとしても、貴様の貴族区への不法侵入という罪は不動なものだということには変わりはなさそうですけどね」


 ――ことも無かった。

 鎧女の機嫌を損ねて、余計な罪を被せられたら、おしまいじゃないか。

 迂闊(うかつ)だった。頭に血が上っていたのだろう。


「だけどなぁ! あの時、騎士の資格剥奪しといて貴族区に放置とか、ある意味で不法侵入を手伝ってるみたいなことがあったのを俺は忘れない。

 忘れてないからな!」

 もはや外聞など気にせず、子供のように(わめ)き散らす。みっともなかろうが、足掻くのを止めない。

 助かるのなら見苦くてもやってやらぁ。


「ん、それは本当か? カミラからの報告だと自らの意志で騎士見習いを辞めた、と聞いているんだが?」


「あの男が言っていることは虚言です! ただの戯れ言ですから聞き流してください、シリア様」


「嘘は言ってないみたいだけどねー。で、話はまだ続くのー?」


 途中から喋っていなかったリュドミラが、口を挟む。

 どうやら飽きてしまったようで、彼女の関心は馬の方に向かっていたらしい。

 餌を馬の鼻先で揺らしておきながら、意地の悪いことにそれを食べさせない、ということを何回も繰り返しているようだった。


「何故、あの男が言っていることが嘘ではないと言い切れるのですか?」


「んー嘘を吐いた時の仕草が無かったとしか言えないかなー。ねー、アイザックー?」


 最後の不意打ちに、心臓を強く揺さぶられる。

 顔から動揺の色を隠せない。

 何で俺が使った偽名を知ってやがるんだ……? 偶然言った、にしては出来過ぎている。


「アイザック? リュドミラ様、一体何のことを言ってるのですか?」


 幸い、鎧女含め、リュドミラ以外の奴らには何のことだか分かってないみたいだった。

 だが、先程の発言のイントネーションで人名のことだとバレるのは時間の問題だし、そうなると偽名と使ったという発想に至るのは、すぐのことだろう。


 アイザックという偽名を使い始めたのは昨日。

 使ったのは現在宿泊している宿屋に、商人ギルド。

 規模的に情報がリークされたのは、商人ギルドからと考えた方がいいだろう。

 ということは、だ。

 最悪、リュドミラの機嫌によってあの人相書きが騎士達にバレる可能性もあるってことになる。

 ……リュドミラの方が得体の知れない奴じゃないか。


「訓練所から物が盗られた、ってことも無かったんだろう? だったらお咎め無しにしてあげてもいいんじゃないか?」


「甘いですよ、シリア様。こういう男は図に乗って、また蛮行を繰り返すに決まっています!」


 (かたく)なに意見を曲げようとしない鎧女に、困り顔をしたシリアが人差し指で頬を掻く。


「カミラが納得しそうにないなぁ。だけど私は積極的にクレヴへ罰を与えたいとは思えない。だから、多数決で決めようか」


 久々に出たよ、数の暴力が。

 だが、普通に話し合いをしていても終着点が見えないし、妥当かもしれない。


 鎧女は俺を豚箱にぶち込むべきだ、と主張し、シリアは無罪放免にすべきだと言ってくれた。

 後のリュドミラと独り身アンデッドが何考えてんのか分からん。

 どうにか無罪の方に誘導出来ないだろうか?


「あのー、一つ聞いてもいいか?」


「なんだ、クレヴ?」


 手を挙げて、シリアから発言の許可を貰うと、一度咳払いしてから声を発する。


「俺の意見って反映されるのか?」


「されるわけ無いでしょう。そもそも私達の輪に入って来ないで下さい」


 しっしっ、と虫を手で払うようなジェスチャーをしながら、鎧女から返答が来る。


「ニーナー、クレヴはおやつに入らないのー?」


「えぇ、我が家を購入するまで、お小遣いは300(エギル)までで我慢して貰いますよ?」


 ……もうあっちには関わりたくないなぁ。というか多数決取れるかどうか心配になってきたのだが。

 約一名、意識がトリップしてる人がいるし。

 壊れ過ぎだろ、このアンデッド。一体何があったっていうんだ?

 リュドミラに何か悪い影響でも受けてしまったのか……それともこの人は元々おかしいのか。

 鎧女の姉だもんな、きっと頭も凶悪なんだろう。あの悪魔とは違った方向で。


「リュドミラ様はこの畜生が罰せられるべきだと思いますよね?」


 果敢にも鎧女があのリュドミラに話を切り出す。


「んー、お義兄ちゃんーちょっと来てー」


「なんだよ?」


 嫌な予感がするが、従わなければ話が進みそうに無いので、背中にアンデッドを伴ってリュドミラに恐る恐る近付く。


「騎士と一緒に楽しい鬼ごっこしたいー?」


「いや、堂々と太陽の下を歩きたいよ、切実に」


「なら一つお願い聞いてくれないー?」


 ……交換条件か。まぁ見返りくらい要求してもおかしくはない。


「それって俺でも出来ることだよな?」


「馬車に乗せてくれればいいよー」


「……そんなこと俺に頼まんでもいいんじゃないの?」


 だが、彼女達がこんな場所に来た理由は分かった。特に分かりたいとは思って無かったけど。


「ちょっと事情があってねー、国の方から馬車出してくれないんだー」


「だとしても、変装して乗合の馬車に乗るなり、どこぞの貴族に頼むなり、商人を金で買収するなりすれば、別に悩むことなんて無いんじゃないのか?」


「信用の問題とか考えるとお義兄ちゃんに頼むのが一番ベストだからねー」


 取りあえず、仕方なくだが、その説明で納得しておいた。

 面倒そうな匂いがプンプンするが、その条件を呑み込まないと指名手配のところに人相書きが追加されちゃうしな。


「分かった、馬車を貸してやるからそっちで勝手にやってくれ」


「――アタシはお姉ちゃんの意見に賛成ってことでー」


 これで後は独り身アンデッドの意見だけ。

 と、リュドミラが何か吹き込んでいるみたいだ。


「――私の未来のために、シリア様の意見に賛成せざるを得ないでしょう」


 彼女の台詞に一抹の不安を感じさせるものであったが多数決の結果は。

 流石にシリアの言った無罪放免とはならないけれど、俺がこの場で捕まることは無くなったのだった。







「で、シリア様もリュド様と同じくここに来たのは馬車が目的ってことでいいのか?」


「あぁ、長い休みを貰えたんでな。だとしたら少しくらい遠出がしたいと思うだろう?」


 シリアが満足そうに頷く側で鎧女が睨みつけてくる。

 何でもお前の思い通りになる訳じゃねぇんだよ! いい気味だ。

 あの屈辱的な顔、見ていてなかなか心地良い。


「馬車はクレヴが出してくれるそうだな。で、どこに行くんだ?」


「は?」


 シリアは一体何を言っているのか、理解するのに少々時間がかかってしまう。

 鎧女と表情がシンクロしているのが腹立たしい、と感じる余裕もない。

 ただ率直に疑問をぶつけることにした。


「えーと、馬車が必要なんだよな?」


「あぁ」


 まるで私が何かおかしなことを言ったか、という風な、そんな青い瞳が俺を見つめ返してくる。


「だったら馬車だけ借りれば、俺は必要ないだろ?」


「そうか? 馬車の持ち主として自ら御者をするのは、別におかしくはないと思うがな」


 商人からしてみれば馬車は大事な『足』なので、盗まれてしまうと大きな損害になってしまう。

 だから貸すにしても失ってもそこまで痛手とならない馬だけらしく、馬車ごと手放しに貸すなんてことは滅多にないのだとか。

 でも、貸す相手が王族だからなぁ。盗むなんざ、しょうもないことをするとは思えない。


「それに御者をカミラに任せると、いつも近場になってしまうからな。おかげでルイゼンハルトの周りでめぼしい所は殆ど行ったことがあるくらいだ。

 だから、クレヴに御者を任せたいと思ったんだが、駄目か?」


 意識していないだろうが、その上目遣いはなかなか心にぐっと来る。

 鎧女め、シリアに対して過保護過ぎるんじゃないか、と思ったが、こんな奴と長年一緒にいると過保護気味な傾向になってしまっても仕方ないのかもしれない。

 が、しかし。

 俺には既にフィリーネさんとの邂逅によって、ある程度の耐性が出来ている。

 面倒だし、勿論断ろう――と思っていたのだが。


「まさか、断ることなんてしませんよね?」


 素晴らしい勘の良さで、鎧女が血の涙を流さんばかりの形相で迫ってくる。

 本音は、俺なんかに御者を任せたくないのだろうが、かといってシリアの願いを断れない。

 そんな心の内がひしひしと伝わってくるようであった。


「……なら自分で遠くまで連れて行ってやればいいじゃないっすか」


 勢いに押され、思わず言葉遣いが敬語モドキに。


「……今更遅いんですよ。『そんなこと言って、また近場で済ませる気だろう。もう騙されないからな』と言われるまでになってしまったのですからね」


 鎧女は一瞬遠い目をした後、歯を食い縛りつつ俺の肩をがっしりと掴んだ。


「では……よろしく、お願いしますね……!!」


「はい……」


 馬鹿力に屈した俺は、頷く他に取れる行動は無かった。


「ではカミラ。前に話した通り、リュドミラ様をお任せしますが本当に大丈夫?」


「えぇ、私は大丈夫ですよ、私は」


 どうしてだろうか。鎧女が同性愛者と知ってから、余計に危ない奴に見えてしまう。

 こんな奴に任せていいのか。どさくさに紛れて、シリアの豊満な胸とか揉んでるだろう、絶対。

 まぁ、完全に偏見だけど。


「リュドミラ様、すみませんがお先に失礼します」


「全然済まなそうな顔してないじゃんー。すっごく清々しいー」


 独り身アンデッドは浅い角度で腰を曲げた後、何故か彼女の視線が此方(こちら)に向けられる。


「リュドミラ様に出世して貰って、まだ私が未婚でしたら迎えに来て下さいね?」


 そして不穏な言葉を残して、独り身アンデッドは去っていった。

 後でリュドミラから聞いた話だと、何度目かも分からない見合いに向かったんだそうで。

 それだけ出会いがあるのなら流石に結婚出来るだろう、と本人も思っていたようだが、なかなか難航しているらしい。

 なんでも、あの独り身アンデッドは血筋も良く、剣の腕が立ち、更に魔法も出来るという。

 で、尻込みしてしまう者が多く、彼女に寄って来るのは自信過剰の勘違い野郎に、家柄は良いがその本人は駄目なパターンだとか。

 よっぽど男運がないのだろうが、何故俺にそんなことを言う必要があった?

 青髪の王族姉妹と親しい(?)からか? でも、この姉妹と関わって良かった事なんて無かったと思うんだけどな……。


「よし、馬車も決まったことだし、早速出かける準備をしないとな。私達が戻るまでに行き先を考えておいてくれよ、クレヴ!」


 シリアが厩舎の入り口へと駆けて行くのを、鎧女が慌てて後を追う。


「この隙に逃げ――られないよな」


「逃げたら鬼ごっこがより熾烈なものになるからねー」


「リュド様の仕業で、だろう?」


 さようなら、俺の自由。


話が停滞ムードなのは、奴が出たせいです。


次回から本題のザビウス突入……の予定。

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